2020年11月28日

「アンダードッグ」森山未來・北村匠海・勝地涼 負け犬ボクサー3人、熱く戦う群像劇

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 チャンピオンへの道からはずれ、かませ犬=アンダードッグとしてリングに上がるボクサー・末永晃(森山未來)。幼い息子に父としての背中を見せられず、負け犬同然の毎日だ。プライドも粉砕され、どん底を這いずる男に、宿命的な出会いが訪れる──。

 安藤サクラ主演「百円の恋」(14)の武正晴監督、脚本の足立伸、製作の佐藤現らが再集結したボクシング映画。第33回東京国際映画祭オープニング作品で、今回前後編が同時に劇場公開された。

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 負け犬となった男3人のドラマが交差する。末永は元日本ライト級1位に上り詰めたが、チャンピオン目前で夢破れ、ボクシングジムに籍を置きながら、デリヘル店運転手兼用心棒として生計を立てている。妻(水川あさみ)や息子とは別居し、実家で老いた父(柄本明)と暮らしている。

 一方、夢あふれる若き天才ボクサー・大村龍太(北村匠海)。夜のトレーニング中に末永のジムにちょくちょく来て、なれなれしく末永にからんでいる。龍太の過去に理由があり、末永とは因縁めいた関係だ。児童養護施設で育ち、施設で一緒に育った加奈(萩原みのり)と結婚。龍太は過去に起こした傷害事件でボクサーの道を断たれていた。

 最後に有名俳優の父(風間杜夫)を持つ二世タレントの宮本瞬(勝地涼)。金銭的にまったく不自由ないが、芸人としては鳴かず飛ばず。バラエティー番組の企画で一旗揚げようと、ボクシングに挑む芸人ボクサーだ。

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 「アンダードッグ」は、劇場版前編131分+後編145分=276分の大長編。年明けには動画配信サイト「NETFLIX」で配信版が公開される。主人公3人にスポットをあてた劇場版に対して、配信版では1話は短いものの、主人公以外の周りの一人一人の物語が描かれるという。

 劇場版と配信版を合わせると壮大な群像劇で、3人の人生は複雑に絡み合っている。元悪童だった龍太は施設にボクシングを教えに来た末永と出会い、腕っぷしに自信満々で挑むが一撃で撃沈。プロの技に感銘を受け、ボクシングに開眼する設定だ。

 一方、デリヘル店運転手の末永が、送迎する明美(滝内公美)の常連客が、車いす生活を送っている設定など、3人のドラマは底辺でつながっている。サイドストーリーも充実していて、末永と腐れ縁のデリヘル店店長(二ノ宮隆太郎)とベテランのデリヘル嬢(熊谷真実)の淡い恋が作品にふくらみを与える。

 どん底から這い上がる男たちの熱いドラマの中、「観客の目をだませないファイトシーンをどう見せるか」がハードルになる。高い演技力が要求されるが、森山、北村、勝地が素晴らしい身体と演技を見せる。日本のボクシング映画史を塗り替える迫力のファイトシーンに胸を熱くさせられた。北野武監督作品の常連俳優・芦川誠が、末永が所属するボクシングジム会長役を渋く演じる。

 監督の前作「百円の恋」に続いてボクシング映画となった「アンダードッグ」。チャンピオンの華々しさと正反対に、負け犬人生を送るボクサーたちの生きざまと、彼らを取り巻く人々の生活が生々しく、見ごたえ満点な群像劇だ。

(文・藤枝正稔)

「アンダードッグ」(2020年、日本)

監督:武正晴
出演:森山未來、北村匠海、勝地涼、瀧内公美、熊谷真実、水川あさみ、風間杜夫

2020年11月27日(金)、丸の内TOEIほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://underdog-movie.jp/

作品写真:(C)2020「アンダードッグ」製作委員会

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2020年11月21日

第33回東京国際映画祭を振り返って 大九明子監督「私をくいとめて」に観客賞

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 今年は新型コロナ肺炎拡大の中での開催となった「第33回東京国際映画祭」。TOHOシネマズ六本木ヒルズをメーン会場に、2020年10月31日から11月09日まで開催された。昨年の上映本数183本に比べ、今年は138本と約25%減った。印象に残った作品を紹介したい。

 海外の審査員やスタッフ、キャストの来日が難しいため、「コンペティション」3部門が中止。代わりに「TOKYOプレミア2020」として、アジアを中心としたワールド・プレミア作品から観客が投票で選ぶ「観客賞」が設けられ、大九明子監督「私をくいとめて」(20)が選ばれた。大久監督は2017年に同映画祭で上映された「勝手にふるえてろ」(17)続き、2度目目の観客賞獲得となった。 写真:(c)2020「私をくいとめて」製作委員会

<TOKYOプレミア2020>

「アフター・ラヴ」(英)
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 夫の急死を悲しんでいた未亡人のメアリーは、知られざる夫の一面を発見し、真相を探るべく英から仏に渡る──。夫と別の女性の二重生活を知ったメアリーだが、乗り込んだ浮気相手の女性に家政婦と間違えられる。引っ越し準備中の浮気相手の家でメアリーは家政婦になりきり、夫のもう一つの顔を知ると同時に、夫が遺した息子と出会う。やや強引なプロットだが、浮気相手への憎しみが、やがて氷山が崩れ落ちるように、同じ男を愛した同士の理解と共鳴に変わる瞬間を明確に描いた作品だ。写真:(c)British Broadcasting Corporation, The British Film Institute, After Love Production 2020 (c)RÅN studio

「マリアの旅」(スペイン)
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 安定した老後を迎えていたマリア。入院先で相部屋となった若いヴェロニカの様態が急変する。無縁仏となった身寄りのないヴェロニカの位牌を、マリアは故郷へ返すべく旅に出て、さまざまな人と出会い、数々の経験を積む。静かだったマリアの人生が輝きを取り戻すロードムービーだ。写真:(c)Lolita Films, Mediaevs, Magnetica Cine, Smiz & Pixel, La Vida Era Eso AIE

<ワールド・フォーカス 台湾電影ルネッサンス2020>

「悪の絵」(台湾)
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 服役中の殺人犯の絵に魅了された画家が、その絵を世に出そうと奔走する。「殺人犯が描いた絵に罪はあるか」。被害者と加害者と家族、絵に魅了された高名な画家の苦悩と葛藤。重いテーマに真正面から切り込んだ新人監督チェン・ヨンチーの意欲作。写真:(c)Positivity Films Ltd. & Outland Film Production

「足を探して」(台湾)
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 敗血症の夫は足を切断するも、還らぬ人になった。妻は行方不明となった夫の足を病院で探す。執念深い妻を描いた現在と、夫婦の出会いから夫が亡くなるまで過去が交差しながら展開。ブラックでシニカルなドラマで、今年の「台湾金馬映画祭」オープニング作品。写真:(c)Creamfilm Production

 東京国際映画祭は、世界の珍しい作品が一堂に会する映画ファンにとって年1度の祭である。各国の文化や風習を理解していないと楽しめない作品もあるが、知らない世界の作品と出合えるまたとないチャンスだ。

 新型コロナウイルスという見えない脅威の中で、安全な形で映画祭を開催した運営スタッフと学生ボランティアに感謝したい。映画祭で上映された作品が1本でも多く日本で劇場公開されることを願う。

(文・藤枝正稔)

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2020年10月22日

「みをつくし料理帖」角川春樹78歳、「最後の監督作品」

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 享和二年の大阪。8歳の澪と野江は姉妹のように仲の良い幼なじみだったが、大洪水で生き別れになってしまう。10年後。両親を亡くした澪は、江戸・神田にある蕎麦処「つる家」で女料理人になっていた。一方、野江は吉原の遊郭で花魁・あさひ太夫を名乗っており、やがて澪が生み出す料理が、二人を再び引き寄せる──。

 高田都の同名時代小説シリーズが原作。「犬神家の一族」(76)、「人間の証明」(77)「野生の証明」(78)など、1970〜80年代にプロデューサーとして一世風靡した角川春樹による最後の監督作品だ。

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 かつて角川映画に出演した俳優が多く起用されている。蕎麦処の主人は「犬神家の一族」で金田一耕助を演じた石坂浩二。「蒼き狼 地果て海尽きるまで」(07)の反町隆史、若村麻由美、中村獅童、「スローなブギにしてくれ」(81)の浅野温子、「メインテーマ」(84)の薬師丸ひろ子、野村宏伸、「晴れ、ときどき殺人」(84)の渡辺典子、「天と地と」(90)の榎木孝明、「野獣死すべし」(80)「キャバレー」(86)の鹿賀丈史。「角川オールスターズ」の様相だ。さらに窪塚洋介、藤井隆も出演している。

 角川春樹は薬師丸ひろ子、原田知世、渡辺典子を“角川三人娘”として売り出し、大ヒットを連発した。今回主役に選んだのはドラマ「ひよっこ」で注目を浴びた松本穂香、「ハルカの陶」(19)の主演・奈緒だ。旬な二人に加え、元「乃木坂46」の衛藤美彩、「曇天に笑う」の小関裕太ら、若手俳優の選び方にセンスを感じる。

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 スタッフにも注目だ。主題歌の作詞・作曲は「ねらわれた学園」(81)、大林宣彦監督版と角川春樹監督版双方の「時をかける少女」で主題歌を手掛けた松任谷由実。夫で作曲家の松任谷正隆が劇伴音楽を手がけた。正隆氏も「晴れ、ときどき殺人」に俳優として出演している角川ファミリーだ。

 生き別れとなった幼なじみの友情と運命を、落ち着いたトーンで描いている。料理が引き寄せる絆、笑いと涙、時に暴力を交えた演出。出版社社長から映画プロデューサー、映画監督となった角川春樹も78歳になり、最後の監督作品はいいゴールとなった。往年のヒット作ほど派手ではないが、軽妙で丁寧な語り口は、多くの観客の心をつかむだろう。

(文・藤枝正稔)

「みをつくし料理帖」(2020年、日本)

監督:角川春樹
出演:松本穂香、奈緒、若村麻由美、浅野温子、窪塚洋介、小関裕太、野村宏伸、中村獅童

2020年10月16日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://www.miotsukushi-movie.jp/



作品写真:(C)2020 映画「みをつくし料理帖」製作委員会

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2020年10月05日

「望み」消えた息子をめぐるサスペンス 堤真一「つらく、難しかった」

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 10月9日公開のサスペンス映画「望み」の公開を前に、東京都内でこのほど完成披露試写会が行われ、主演の堤真一、石田ゆり子、堤幸彦監督が舞台挨拶した。雫井脩介の同名ベストセラー小説が原作。消えた息子をめぐって家族の思いが交錯する作品だ。息子・規士役を岡田健史、妹・雅役を清原果耶、父・一登役に堤、母・貴代美役を石田が演じる。堤は「難しいというか、発している言葉と体にずれを感じて、本当につらかった」と語った。

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 幅広いジャンルの作品を手がけてきた堤監督は「キャストやスタッフに助けられ、体験したことのない、演劇を作っているような緊張感ある撮影ができた」と振り返った。父親役の堤については「ひとことひとこと、ものすごい熱量をかけて、考え抜く演技をしてもらった」と絶賛。石田には「前回の『悼む人』(15)でかなりきついことを要求したが、それに勝るとも劣らないつらさを強いてしまった。強い母の愛を体現してもらい感謝している」と話した。息子役の岡田については「若い俳優の中でも誰にも代えられない存在感を持っている。残り香というか、振り向いて目線の先に何かを残していく演技に注目してほしい」と語った。

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 父・一登を演じた堤は「台本を読んだ時、良い話とは思ったが難しいので断ろうと思った。現場に入ってからも難しいというか、発している言葉と体にずれを感じて、肉体と気持ちが解離していくような感覚で本当につらかった。撮影以外の時は、楽しく過ごそうとベラベラしゃべっていた」と撮影を振り返った。

 これに対し、石田も「撮影以外の堤さんは薪ストーブがどんなに素晴らしいか、薪ストーブの話ばかりしていて、私も欲しくなりました」と話して笑いを誘った。母・貴代美役ついては「想像を絶する役だったので、話しを全て理解したうえで飛び込むしかない。ある瞬間から全てのシーン泣かなければならなくて、つらかった」と苦労を口にした。

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 息子を演じた岡田は「僕の演じる規士が加害者なのか被害者なのかが肝になる作品。どちらにもとれるよう、社会性をなくすことを突き通した。今までの作品とは違うアプローチだったので、衣装合わせの時に監督から『反抗期(の空気)を出して』と言われた。準備したことは間違っていなかった。監督が肯定してくれたから、のびのびと規士を生きることができた」と話した。

 最後に堤が「色々な視点で観ることができる映画。それぞれの視点で観てもらえれば」、石田は「時間がとても濃い。1秒にものすごく凝縮された気持ちが詰まっていて、あっという間に観終ってしまうと思う。集中して見て下さい」、岡田は「映画を観て、両親や、子どもや家族を思い出して、家に帰ったら家族を愛でる時間を設けて下さい」と語った。

 堤監督は「映画のどこかに皆さんが所属していると思います。それくらい皆さんの心に刺さる、刺さりたいという気持ちで作ってきたので、最後まで見て下さい」と呼びかけて締めくくった。

(文・写真 岩渕弘美)

「望み」(2020年、日本)

監督:堤幸彦
出演:堤真一、石田ゆり子、岡田健史、清原果耶

2020年10月9日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://nozomi-movie.jp/

作品写真:(C)2020「望み」製作委員会
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2020年10月04日

「生きちゃった」 石井裕也監督最新作「愛と衝動と魂だけで作った」

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 幼なじみの厚久(仲野太賀)と武田(若葉竜也)、奈津美(大島優子)は、学生時代を含めていつも一緒に過ごしてきた。30代を迎え、厚久と奈津美は結婚して5歳の娘がいた。だがある日、厚久が早退して家に帰ると、奈津美が見知らぬ男と肌を重ねていた。その日を境に3人の関係が動き出す──。

 「川の底からこんにちは」(09)、「舟を編む」(13)、「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」(17)の石井裕也監督の最新作。発端は19年の上海国際映画祭。「至上の愛」をテーマに映画製作の原点回帰を模索する企画で、石井監督を含むアジアの監督6人が参加した。

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 舞台は東京近郊の工業地帯。30歳になった厚久と武田は、起業に向け英語と中国語のレッスンに励んでいる。厚久と奈津美夫婦の暮らしはつつましく、今も若い頃のように仲のいい3人だった。しかし、奈津美の不倫をきっかけに、負の連鎖が始まり、坂道を転げ落ちるように3人の人生は狂っていく。

 うたい文句が「忖度、制約なく完全な自由の中で作った映画」というだけに、観客にこびを売らない作品だ。登場人物を厳しい試練が容赦なく襲い、3人はネガティブな方向に向かう。現代日本の陰鬱な空気が、作品にも反映されている。奈津美の不貞で壊れる夫婦を、武田は見守り続ける。妻や娘と別れた厚久の心は完全に折れてしまう。感情を押し殺し続けた厚久が、負の連鎖を断ち切るように爆発する。自らの感情と素直に向き合い、選んだ道が一筋の光となる。

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 石井監督は「愛と衝動と魂だけで作った」と語る。スポンサー主導の商業映画のしがらみから離れ、説得力ある演出でシンプルな物語を映像化した。仲野、若葉、大島は熱量の高い演技で監督の要求に応えた。今の日本社会に絶望し、もがき、出口を探す人々が共感する作品だろう。

(文・藤枝正稔)

「生きちゃった」(2020年、日本)

監督:石井裕也
出演:仲野太賀、大島優子、パク・ジョンボム、若葉竜也

2020年10月3日(土)、ユーロスペースほかで公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://ikichatta.com/

作品写真:(C)B2B, A LOVE SUPREME & COPYRIGHT @HEAVEN PICTURES All Rights Reserved
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