2016年08月31日

「アスファルト」パリ郊外の団地 3つの不思議な出会いと再起

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 フランス、パリ郊外のさびれた団地。奇抜な物語を紡ぐのは3組の男女。車いすの男と夜勤の看護師。落ちぶれた女優と留守番の高校生。アルジェリア移民の女性と米国人宇宙飛行士。団地に住む以外、彼らに共通点はない。交わることのない3つのストーリーには、「再起」のメッセージが込められている。

 団地の住人会議。議題は故障したエレベーターの修理費だ。2階に住むスタンコヴィッチ(ギュスタヴ・ケルヴァン)は支払いを頑なに拒む。費用を分担しない代わりに使用しないと約束する。しかし皮肉にもけがを負い、エレベーターが必要な生活になってしまう。そこで誰もいない深夜に人目を盗んで外出し、行きついた病院で夜勤の看護師(ヴァレリア・ブルー二・テデスキ)に出会う。

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 いつも家で留守番している高校生のシャルリ(ジュール・ベンシェトリ)。ある日隣に中年女性が越してきた。慣れない団地で困る彼女を助けるうちに、かつて名を馳せた女優ジャンヌ・メイヤー(イザベル・ユペール)だと知る。シャルリは出演作を観て絶賛し、ジャンヌは自信を取り戻す。以前演じた劇の再演を知り、再びヒロイン役を目指すジャンヌだったが──。

 米航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士ジョン・マッケンジー(マイケル・ピット)が団地の屋上に着地した。フランスに着陸したことに取り乱すジョンは、最上階の部屋で電話を借りる。部屋の主はアルジェリア移民のマダム・ハミダ(タサディット・マンディ)。マダムは数日間ジョンをかくまうようNASAに頼まれる。言葉が通じない二人の共同生活が唐突に始まる。

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 セリフが少なく俳優の演技が際立つ作品。シャルリ役のジュール・ベンシェトリはサミュエル・ベンシェトリ監督の実の息子。名女優イザベル・ユペールの圧倒的な演技にも負けない存在感を放つ。

 団地で起きるそれぞれの物語は、互いにかかわりを持たない。しかし確かに「そこ」に存在する。無機質な見た目の内側で、人々の営みが続いている。たまたま居合わせた偶然が、それぞれの再出発をひと押しする。

(文・魚躬圭裕)

「アスファルト」(2015年、フランス)

監督: サミュエル・ベンシェトリ
出演:イザベル・ユペール、ヴァレリア・ブルー二・テデスキ、マイケル・ピット、ジュール・ベンシェトリ、ギュスタヴ・ケルヴァン、タサディット・マンディ

2016年9月3日(土)、 ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.asphalte-film.com/

作品写真:(C)2015 La Camera Deluxe - Maje Productions - Single Man Productions - Jack Stern Productions -
Emotions Films UK - Movie Pictures - Film Factory

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2016年08月28日

「ティエリー・トグルドーの憂鬱」家族と生活のため、屈辱と不条理に耐える 労働者の現実リアルに

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 51歳のティエリー・トグルドーは、長年勤務した会社を突然リストラされる。合理化のための不当解雇。同僚は会社側を訴えようと気炎を上げるが、ティエリーにそんな余裕はない。障害を持つ息子と長年連れ添った妻との生活を支えるため、一刻も早く新しい仕事を探さなければならないからだ。

 工作機械のオペレーターだったティエリーは、ハローワークで勧められるまま、クレーンの操縦免許を取得。だが、経験者ではないという理由で雇ってもらえない。スカイプを使った模擬面接では、採用される可能性は低いと断言され、グループ研修では、「笑顔が冷たい」「心を閉ざしている」と酷評された。再就職の道は予想以上に険しい。

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 生活が逼迫するなか、ティエリーは愛着のあるトレーラーハウスを手離す決意をするが、価格交渉が決裂。結局、売却には至らなかった。

 ようやく見つかった就職先は巨大なスーパーマーケット。仕事は万引き監視員だった。気づかれないように店内を巡回し、監視カメラの映像をモニターでチェック。発見したら捕まえて、場合によっては警察に通報する。

 そんな監視員の仕事が、自分に向いているとは思えなかったろう。しかし、ほかに選択肢がないティエリーは、与えられた仕事を黙々とこなしていく。ところが、監視の対象が従業員にも及ぶことになった瞬間、ティエリーは思いがけない試練に直面する――。

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 ステファヌ・ブリゼ監督とヴァンサン・ランドンが、「シャンボンの背中」(09)、「母の身終い」(12)に続き3度目のタッグを組んだ「ティエリー・トグルドーの憂鬱」。家族を養うため、前半では、屈辱に耐えながら就職活動に邁進し、後半では、組織の論理と個人の尊厳の板挟みになり、ぎりぎりまで耐えてみせる主人公を、徹底したリアリズムで描き出している。

 ティエリーはまるでヴァンサン・ランドン自身のように思えるし、面接や研修の風景、スーパーのレジ作業や監視カメラの映像も、ドキュメンタリーを見ているよう。出演者の多くは素人だそうだが、ランドンと絡んで少しも違和感のない自然な演技も見事だ。

 日本とは比較にならないほど失業率の高いフランスの現実を映し出した作品。だが、描かれている主人公は資本主義社会ならどこにでもいる平凡な人物だ。近所のハローワーク、あるいは昼間のカフェや公園、至るところに“ティエリー”を見つけることができるはずだ。もしかしたら、将来の自分自身であるかもしれない。そう思って見ると、一層胸に迫るものがあるだろう。

(文・沢宮亘理)

「ティエリー・トグルドーの憂鬱」(2015年、フランス)

監督:ステファヌ・ブリゼ
出演:ヴァンサン・ランドン、イヴ・オリィ、カリーヌ・ドゥ・ミルベック、マチュー・シャレール

2016年8月27日(土)、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://measure-of-man.jp/


作品写真:(c)2015 NORD-OUEST FILMS - ARTE FRANCE CINEMA.
タグ:レビュー
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2016年08月27日

「ライト/オフ」闇に何かがうごめく 日常に潜む恐怖、シンプルに

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 一人暮らしのレベッカ(テリーサ・パーマー)は、実家の幼い弟から「電気を消すと何かが来る」と打ち明けられる。実はレベッカが家を出たのも「それ」が原因だった。おびえる弟のため、今度は逃げずに正体を突き止めようと決意する──。

 動画配信サイトで約1億5000万回再生された短編恐怖映像「Light Out」の長編映画化。監督はデビッド・F・サンドバーグ、製作は「ソウ」(04)や「死霊館」(13)のジェームズ・ワン。

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 暗闇の気配におびえる女性を、約2分40秒に収めた「Light Out」。シンプルな短編映像を長編化するため「それ」=怪物ダイアナとレベッカの背景を掘り下げている。アイデアは共通するが、完全に別物のバージョンアップ版といえよう。

 誰もが一度は感じる闇への恐怖。日常に潜む感情をシンプルなアイデアで描く。電気を消した闇にダイアナが現れるだけではただの脅かしだが、ダイアナが生まれた背景、子供時代のレベッカの母ソフィー(マリア・ベロ)との関係に踏み込んだ。

 ダイアナは闇の中を縦横無尽に動き、レベッカ家族の前に現れる。床のきしみ、何気ない音で観客に恐怖を感じさせる。米国でリメークされた日本製ホラー「リング」や「呪怨」の影響が色濃い。光と闇の間を移動するダイアナは、「呪怨」の伽椰子に通じるものがある。

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 正統ホラーの手法は製作のジェームズ・ワンならでは。デビュー作とは思えぬサンドバーグ監督の緩急自在な演出も冴える。監督は続いてワン製作の「アナベル 死霊館の人形」続編でメガホンを取る。狭く深く小さな世界を舞台に、話を大きく広げなかったのが成功のポイントだ。怪物に魅入られた家族の恐怖を、濃厚に描いたホラーの佳作といえよう。

(文・藤枝正稔)

「ライト/オフ」(2016年、米国)

監督:デビッド・F・サンドバーグ
出演:テリーサ・パーマー、ガブリエル・ベイトマン、ビリー・バーク、アレクサンダー・ディペルシア、マリア・ベロ

2016年8月27日(土)公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://warnerbros.co.jp/c/movies/lights-off/

作品写真:(C)2016 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC ALL RIGHTS RESERVED

タグ:レビュー
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2016年08月25日

「人間爆弾『桜花』 特攻を命じた兵士の遺言」育てておきながら、最後には鉛筆の先で殺した

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 「桜花」とは、太平洋戦争末期に日本海軍が開発した特攻兵器である。爆弾を積んで敵艦に体当たりするのは「神風」と同様。違うのは、攻撃機(一式陸上攻撃機)の下部に吊るされ、敵艦の目前で切り離された後、短時間で敵艦に突っ込むという点だ。

 一種のロケット機でありすこぶる高速。しかも至近距離から接近するため、迎撃される可能性が低く、戦局を打開する切り札として期待された。しかし、実際は、桜花を搭載する母機が目標地点に到達する前に撃墜されることが多く、大した戦果を上げることはできなかった。

 目標を完遂することなく、まさに桜のごとく散って行った、多くの若いパイロットたち。出撃命令イコール死の宣告だった。命じる側も苦しかったろう。そのつらい役割を担っていたのが、元・海軍大尉、林冨士夫。映画で澤田正道監督のインタビューを受ける人物だ。澤田監督が質問し、林が答えるという一問一答式で進んで行く。

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 「桜花」作戦計画を聞かされた時の気持ちを問われた林は、「そんな話があれば行くに決まっている」と自ら進んで志願したことを強調する。戦時中、兵士にとっては「死ぬも生きるも一緒だった」と語る林。死ぬことは恐怖でも何でもなかったのだ。初めて桜花を目にした時は「ああ、これが俺の棺桶か」と思った。

 大きな敵艦が目の前に横たわっている。「それに向かって突っ込んでいくパイロットといったら、いい気持ちでしょうなあ」。ぎょっとするような言葉がポンと出てくる。

 いつでも出撃する覚悟はできていた。だが、出撃の機会は与えられなかった。与えられたのは、出撃者を指名する役目だった。筑波海軍航空隊で操縦技術を教えたパイロット、応援部隊として送り込まれてきた学徒兵。ほぼ同年輩の部下たちに、次々と出撃命令を下していった。

 「育てておきながら、最後には鉛筆の先で殺す」。その矛盾に耐え兼ね。出撃に送り出した後は、草むらにしゃがみこんで泣いたという。

 部隊には桜花作戦に否定的な者もいた。「こんな馬鹿馬鹿しいものはやめたほうがいい。特攻なんてブッ潰してしまえ」。指揮官の野中少佐は、こう言い残して飛び立っていった。

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 最も親しかった部下の西尾中尉は「私が天皇だったら即刻降伏しますね。いまの戦争のやり方は馬鹿げている」と話し、その数週間後、林から出撃命令を受けた。「えこひいきと非難されても具合が悪いから、ほどほどのところでお前さんを殺すよ」。西尾中尉は「ありがとうございます。光栄の至りです」と返したという。

 特攻のことは天皇も知っていた。「戦死した隊員に対し、ひとことも謝罪の言葉がなかったのは残念です」

 「桜花」作戦に参加した喜び、特攻への憧れ、出撃できなかった無念、多くの部下を死なせた悔恨――。林は記憶の引き出しを探りながら、桜花部隊の一士官として見聞きしたこと、感じたこと、考えたことを、正直に、正確に、語っていく。

 画面に映されるのはインタビューに答える林の姿のみ。資料映像は挿入されない。ほぼ編集されずに提示された映像には、真実のみが発する生々しい迫力がある。昨年6月に亡くなった林冨士夫の遺言ともいえる、渾身のドキュメンタリー。戦争を知らない世代にこそ見てほしい。

(文・沢宮亘理)

「人間爆弾『桜花』 特攻を命じた兵士の遺言」(2014年、フランス)

監督:澤田正道
出演:林冨士夫

2016年8月27日(土)、シアター・イメージフォーラム ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://kamikazeouka.wordpress.com/

作品写真:(C)Comme des Cinemas

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2016年08月20日

「健さん」“最後の映画スター”高倉健の実像に迫るドキュメンタリー

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 遅咲きのスターである。デビューは1956年と早いが、なかなか芽が出なかった。所属する東映では、同世代の中村錦之助(後に萬屋錦之介)や大川橋蔵らの活躍を横目で見ながら、ひたすらB級作品に出演し続けた。ブレークしたのは60年代の半ばだ。映画産業は斜陽期を迎え、東映は看板の時代劇から撤退。起死回生の一手として打ち出した任侠路線に、高倉健の個性がピタリとはまった。時代劇では弱点だった三白眼が武器となった。

 「日本侠客伝」、「網走番外地」などのシリーズで人気が沸騰。東映を背負って立つ看板スターとなる。70年代に東映を飛び出しフリーになると、出演作品を厳選。存在感あふれる芝居で称賛を浴び、名実ともに日本を代表する俳優となった。英語に堪能なこともあり、ハリウッド映画でも活躍。中国のチャン・イーモウ(張芸謀)監督作品では主役を演じた。2014年に逝去するまで、国民的大スターであり続けた。

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 寡黙な人だった。公の場で多くを語ることはなく、取材も滅多に受けなかった。そのため著名人でありながら、驚くほど情報が少ない。そもそも、映画スターはスクリーンの中だけに存在するもの。だとすれば、高倉は典型的な映画スターだった。しかし、ファンならば知りたい。高倉健にとって、映画とは何だったのか。人生に何を求め、どんな生き方をしたのか――。

 本作は、国内外の著名人や裏方スタッフなど、さまざまな人物の証言を通し、これまで知ることができなかった高倉健の実像を明らかにした、初のドキュメンタリー映画である。

 マイケル・ダグラスは、共演した「ブラック・レイン」(89)で見せた高倉の演技がいかに素晴らしいかを力説する。八名信夫は「最初から殺されに行くな。殺すつもりで行って、殺されるんだ」と、高倉から“殺され役”の心得を説かれた思い出を語る。監督の澤島忠は「人生劇場 飛車角」(63)で大役を得た高倉が「どう演じていいか分からず悩んでいた」と明かす。これらのエピソードは、演技者・高倉健に対する見方を確実に変えるはずだ。

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 ほかにも高倉がある理由で酒を飲まなかったこと、遅刻しても平然としていたこと、異常なまでに猜疑心が強かったことなど「健さん」のイメージとはかけ離れた話が、高倉と親交を結んだ人々から披露される。いずれも親しい間柄だからこそ知り得た情報であり、人間・高倉健を理解する上で貴重なエピソードばかりである。

 「どんな大声を出しても、伝わらないものは伝わらない。むしろ言葉が少ないほうが伝わると思う」。作中で高倉健が語っている。高倉が伝えたかったことは何だろう。本作の中に答えはあるかもしれない。

(文・沢宮亘理)

「健さん」(2016年、日本)

監督:日比遊一
出演:マイケル・ダグラス、ポール・シュレイダー、ジョン・ウー、澤島忠、梅宮辰夫、降旗康男、山田洋次、八名信夫

2016年8月20日(土)、渋谷シネパレス、新宿K's cinema ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://respect-film.co.jp/kensan/

作品写真:(c)2016 Team“KEN SAN”
タグ:レビュー
posted by 映画の森 at 09:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする