「ヒッチコックの映画術」マーク・カズンズ監督に聞く「20世紀の最も偉大な『視覚的思考家』」

インタビュー

 “サスペンス映画の神様”と称されるアルフレッド・ヒッチコック監督の生涯を、独自の手法で切り取ったドキュメンタリー映画「ヒッチコックの映画術」が公開中だ。マーク・カズンズ監督は、ヒッチコック監督「本人」が作品の裏側を語る手法を採用。膨大な作品群をオリジナルのセリフで再考察した。公開を前に来日したカズンズ監督は「ヒッチコックは『時代の精神に沿う』映画を作らず、より普遍的なものを作ろうとしました。視覚的にはっきりした存在感と普遍性があったからこそ、作品に力をもたらしました。20世紀の最も偉大な『視覚的思考家』の一人だったと思います」と語った。

「ヒッチコックの映画術」のマーク・カズンズ監督=東京・渋谷で8月

 「裏窓」(54)、「めまい」(58)、「北北西に進路を取れ」(59)、「サイコ」(60)、「鳥」(63)など映画史に残る名作を数多く残したヒッチコック監督のデビューから100年。「ストーリー・オブ・フィルム 111の時間旅行」(11)で、映画約1000本から映画史を考察したカズンズ監督がメガホンを取った。

 50年を超えたヒッチコック監督の映画人生を、「逃避」、「欲望」、「孤独」、「時間」、「充実」、「高さ」の6章に分け、演出の意図や技法を探っていく。ヒッチコック監督に似せた声で、“監督自身が自作を語る”スタイル。ドキュメンタリーとフィクションの間を行く作品だ。

 カズンズ監督との主なやり取りは次の通り。

 ──今回“王道”のヒッチコック監督をテーマに選んだ理由を教えて下さい。

 たくさん分析されてきた映画作家について作るのは怖いことです。監督デビューから100年で、プロデューサーに「何か作れないか」と言われたのが最初。(新型コロナウイルスの)パンデミック(感染爆発)の視点からヒッチコックを見る作品になったかな、と思います。

 パンデミックの間、孤独や悲しさだけでなく、人間的な何かを感じました。ヒッチコックには冷たさや怖さを感じる人が多いかもしれないけれど、私はむしろ温かみを感じたのです。

アイデアを書いたメモを見せるマーク・カズンズ監督=同

 ──コロナが関係していたんですね。6つのテーマは、監督自身が選んだのでしょうか。。

 はい。(手書きのノートを見せて)これがプラン。10秒ぐらいで書きました。最初の10秒に書いたアイデアは建築でも映画作りでも役に立つものです。逃避や欲望はよくヒッチコックについて語られますが、それ以外にあまり描かれない「充実」にも触れました。

 ──「充実」の章が一番意外でした。コロナで改めて発見したのでしょうか。

 ヒッチコック監督の娘のパトリシアさんの本を読んだところ、監督はガーデニングが大好きで、友達を呼んでわいわい食事をするのも好きだったと知りました。休暇でいろいろな国を旅行していました。生きること、人生を愛していたんですね。

(C)Hitchcock Ltd 2022

 ──ヒッチコック監督のモンタージュをつなぎ、声優が話す「ヒッチコックの声」をかぶせる手法です。話している内容は資料からの引用でしょうか。

 いいえ。彼の実際の言葉はまったく使っていません。しかし、出来事は実際に起きた事実です。2時間のフィクションのモノローグ(独白)だけれど、ベースにしているのは事実。遊び心のあるヒッチコックだから、そういうスタイルで、遊び心を持って作りたかったのです

 ──とても独創的な手法ですが、どこから思いついたのですか。

 自分の監督作品の中心テーマには、イノベーション(革新)があります。常に「どう違うものを作れるか」と考えています。フィルムと声を新しくイノベーションされたもので作ろうと考えました。私は今村昌平監督の「人間蒸発」(67)が大好き。あの作品はドキュメンタリーでしょうか。いや、そうではないかもしれません。今回の私の作品と同じなんです。グレーゾーン、真のドキュメンタリーとフィクションの間は、作り手にとって非常に肥沃な土地といえます。

 ──とても興味深いです。途中、時々現れる「黄色い服の女性」は誰でしょうか。

 コロナ禍で外で撮影できなかったので、いわゆるストック映像、無料で使えるフリー素材。ただ、カメラ目線をしてほしかったんです。着ている服が「引き裂かれたカーテン」(66)のジュリー・アンドリュースの衣装にとても似ているんですよ。

(C)Hitchcock Ltd 2022

 ──監督は「映画は映画館で見る」とお聞きしました。私が最初にヒッチコック作品を見たのはテレビでした。映画を取り巻く状況は時代とともに変わっていますが、今もインターネットでは映画を観ないのですか。

 はい。仕事以外ではほとんど見ません。毎日映画館に行きます。よく人は「映画はみんなで見て、みんなで経験するもの」といいますが、私はそれを信じていません。私のとって映画のエッセンスはもっと崇高なものなんです。人間より存在感のある大きなものです。重要なことは、映画館では自分でコントロールが効かないこと。自分で家なら一時停止を押せますが、映画館では状況に身を任さなければならない。自分の時間を作り手や監督に渡すのです。

 ──最近はネット全盛で、多くの良作が観客の目に止まらず流れてしまっています。映画の置かれた現状をどう思いますか。

 複雑な状況ですね。僕らが若い頃は、一時停止ボタンがありませんでした。(オーソン・ウェルズ監督・主演の名作)「市民ケーン」(41)は作品の存在を聞いてから実際に観るまでに10年かかりました。今ならクリックするだけでしょう。映画に対する欲求が若かった頃と違うのです。テーブルにたくさん食べ物が並べられていて、選択肢の多さに圧倒されます。逆にいい面もありますよ。田中絹代さんの監督作品を簡単に見ることもできるからこそ、評論家や歴史家、キュレーターが支持できるんです。

 ──いわゆる「古き良き時代」を知っている監督たちは、映画作りに疲れてしまっているのではないでしょうか。映画製作自体、環境は良くなっていくと考えますか。

 映画は生まれてから130年。文学や絵画などに比べて若い芸術です。1950年代、60年代が映画の黄金期というけれど、もしかしたら今後、最高の時代が来るかもしれない。今はかつてなく作り手が多様化します。先日エジプトの若い女性監督たちと会いました。女性の作り手も増えています。流れが三角地帯にぶつかって広がっている感じです。三角地帯は肥沃でしょう。

 若い映画作家にとって大事なのは、いかに「観客が見たことがないものを見せられるか」。他人がやったことを繰り返してはいけない。ロベール・ブレッソンが言っています。「あなたがいなければ世界が見ることがなかったものを、見せる努力をすればいい」。とてもいいアドバイスだと思う。

 それが創造性。ヒッチコックも死からよみがえったように作りました。いかに新しいものが作れるかが創造性なのです。ヒッチコックは「時代の精神に沿う」映画を作らず、より普遍的なものを作ろうとしました。欲望と恐怖心の関係性を描き、オブジェに関心がありました。鍵、建物、電車、ドレス、食べ物などです。視覚的にはっきりした存在感と普遍性があったからこそ、作品に力をもたらしました。20世紀の最も偉大な「視覚的思考家」の一人だったと思います。

(文・阿部陽子 写真・王維城)

「ヒッチコックの映画術」(2022年、英)

監督:マーク・カズンズ
声の出演:アリステア・マクゴーワン

2023年9月29日(金)、新宿武蔵野館ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

映画『ヒッチコックの映画術』公式サイト
映画の秘密、教えます。サスペンスの神様、ヒッチコック監督デビュー100周年!ー映画『ヒッチコックの映画術』公式サイト。2023年9月29日(金)新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA、角川シネマ有楽町ほか全国公開!

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