カンヌ映画祭グランプリ「コンパートメントNo.6」ユホ・クオスマネン監督に聞く 「映画の魔法」で驚きをフィルムに

インタビュー

 2021年のカンヌ国際映画祭でグランプリを獲得したフィンランド映画「コンパートメントNo.6」(21)が2月10日から公開中だ。前作に続いて2作品連続でカンヌ受賞を果たしたユホ・クオスマネン監督に話を聞いた。極北の長距離列車で出会った二人が、ぶつかりながらひかれ合い、魂を解放していく物語。ドキュメンタリーのような味わいに、クオスマネン監督は「現場で起きる予期せぬことを、うまくとらえて画面に盛り込めるどうか。それが映画の魔法でしょう」と語った。

 1990年代のモスクワ。フィンランド人留学生・ラウラ(セイディ・ハーラ)は、極北の町・ムルマンスクにペトログリフ(岩面彫刻)を見に行くため、寝台列車に乗り込む。恋人のイリーナ(ディナーラ・ドルカーロワ)に同行を断られ、失意のまま「6号客室」に入ると、乗り合わせたのは炭鉱労働者・リョーハ(ユーリー・ボリソフ)だった。泥酔して煙草をふかす粗野なリョーハにラウラは辟易するが、旅を続けるうち、距離が縮まっていく──。

「俳優が脚本を理解したら、遊び場に解き放ち、自由に動いてもらう」と話すユホ・クオスマネン監督=東京・恵比寿で2023年2月11日

外国人としてロシアで撮影 可能性に身を委ねて

 物語はシンプルだ。失意のフィンランド女性が列車に乗り、凍てつく北極圏を目指す。車内で自分と異なる国籍、性別、境遇のロシア男性に出会い、最初は反発するものの、旅が進むにつれ共通点を見出していく。凍りつく大地を行く列車、狭く息が詰まる車内、同室者とのぎこちない空気。長旅の雰囲気がリアルに映し出され、ドキュメンタリーのような味わいもある。

 「私自身が異国のロシアへ行き、外国人として現地に身を置きました。状況を受け入れるしかなく、ドキュメンタリーに近くならざるを得ませんでした。外国にいると、さまざまな可能性に身を委ねるしかないことがありますよね」

 長距離列車は深夜、ペトロザボーツク駅に停車する。リョーハは渋るラウラを連れ、一人暮らしの老婦人の家へ向かう。迎え入れた老婦人は酒や料理で二人をもてなし、ラウラに「心の声を信じて生きるのよ」と語りかける。見知らぬ土地、見知らぬ人の家で、ラウラの緊張はほぐれ、楽しい一夜が過ぎていく。

 「老婦人に自由に話してもらい、(ラウラ役の)セイディには『ただ聞いていなさい』と伝えました。基本的に主演の二人は脚本に沿って演じましたが、撮影前にいろいろなことを話しました。大枠を理解したら、遊び場に解き放って、好きなように動いてもらう。特にロシア人のユーリー(リョーハ役)には、細かく指示するのは避けました。制約を与えることになり、逆に良くないと考えたからです」

(C)2021 – AAMU FILM COMPANY, ACHTUNG PANDA!, AMRION PRODUCTION, CTB FILM PRODUCTION

フィルム撮影は演劇の舞台のよう 力を込めて集中できる

 クオスマネン監督は、俳優の経験がある。撮影や演出に対する姿勢も、演じる側の視点が色濃く出ているようだ。現場での監督の仕事は「理想的な環境を用意すること」と話す。

 「撮影場所や方法を決め、空気感や雰囲気を作り上げる。事前に話し合いを重ねて、理解してもらう。そうすれば俳優が自分でできる。監督は少し離れて見ているぐらいがいい。空気をチューニングしたら、自由を与えて邪魔をしない。どこまでコントロールして、どこまで状況を受け入れるか。バランスが微妙ですけれど」

 ドキュメンタリー的な手法に加えて、フィルム撮影による画面の味わいも印象的だ。カンヌ「ある視点」部門作品賞の長編デビュー作「オリ・マキの人生で最も幸せな日」(16)は1960年代の物語で、モノクロフィルムで撮影した。「過去の記憶をとらえたい」というクオスマネン監督。「フィルムを使う理由を言語化するのは難しい」としながら、演劇の舞台にたとえて説明した。

 「フィルムは高く、量も限られている。考えて買い、リハーサルして、準備して『さあ今だ』と撮影する。とても力を入れた動きができる。デジタルだと『リハーサルも撮っておこう』と、なんだかリハーサルの延長のような気持ちになってしまう。ここぞという転換ができなくなる。フィルムは演劇の舞台に似ている。最後のリハーサルと、舞台の初日はまったく違う。初日がいいのは、力を込めて、集中できているからだと思います」

初対面から似ていた二人 魂が同じきょうだいのように

 主演の二人、ハーラとボリソフは、役同様にバックグラウンドも正反対だった。監督はモスクワで二人に会い、2時間ほど話して起用を決めた。「当初は異なる二人が共通点を見出し、引き寄せ合うことを想定したけれど、実際は違う展開になった」という。

 「最初に会った時にすでに、二人は似ていると感じました。初めはそれぞれが社会で果たす役割や性別、国籍にとらわれていたけれど、最後は全部それが取り払われてつながる。会ったことはないけれど、同じ魂でひかれ合う。きょうだいのように感じました」

 初めての映画でカメラ慣れしていなかったハーラは、撮影が進むごとになじんでいき、狭い列車内での撮影にもリラックスして臨んでいったという。旅が進むごとに緊張が和らぎ、心が解き放たれた。まるで演じたラウラのように。

 「現場で起きる予期しなかったことや、驚きをうまくとらえて画面に盛り込めるかどうか。だから私のプロット(あらすじ)はシンプルなんです。何が起きても幸運な出来事になり、アクシデントも良い方向で取り込める。それが映画の魔法でしょうね」

(文・ 阿部陽子・付文錦 写真・蘇瑞傑)

(C)2021 – AAMU FILM COMPANY, ACHTUNG PANDA!, AMRION PRODUCTION, CTB FILM PRODUCTION


「コンパートメントNo.6」(2021年、フィンランド・エストニア・ドイツ)

監督:ユホ・クオスマネン
出演:セイディ・ハーラ、ユーリー・ボリソフ、ディナーラ・ドルカーロワ、ユリア・アウグ

2023年2月10日(金)、新宿シネマカリテほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

映画『コンパートメントNo.6』公式サイト
カンヌ映画祭グランプリをはじめ世界中で17冠の快挙!カウリスマキ監督に続く、フィンランドの新たな才能が誕生!2023/2/10(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開

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