チャン・リュル監督作「福岡」 山本由貴に聞く「さらさら落ちていくものを、すくい上げるような現場」

インタビュー

 中国出身で韓国・ソウルを拠点に活動するチャン・リュル(張律)監督が、福岡市で撮影した映画「福岡」(2019)が、12月23日から全国順次公開される。今回は“福岡三部作”の「群山」(18)、「柳川」(21)も同時期に上映され、チャン・リュル監督の世界観をスクリーンで堪能できそうだ。「福岡」には韓国の俳優たちとともに地元出身の女優・山本由貴も出演。即興が多いチャン監督の撮影現場を「さらさらと落ちていくものを、少しずつすくい上げるような感じでした」と語った。

 韓国で古本屋を営むジェムン(ユン・ジェムン)が、店の常連の少女・ソダム(パク・ソダム)の誘いで福岡を訪れる。そこにはジェムンの大学時代の親友・ヘヒョ(クォン・ヘヒョ)がいた。20年ぶりに再会した中年男二人と少女は、福岡の街をそぞろ歩く。話しながら歩くうち、3人は現実と夢の間のように不思議な体験をする──。

インタビューに答える山本由貴=東京都内で7月、龐棟元撮影

「冬のソナタ」クォン・ヘヒョ、「パラサイト」パク・ソダムらと共演

 福岡県八女市出身で、福岡を中心に活動する山本は、韓国ドラマ「冬のソナタ」などで日本でもおなじみのクォン・ヘヒョ、米アカデミー作品賞「パラサイト」出演のパク・ソダム、同じくポン・ジュノ監督のヒット作「グエムル 漢江の怪物」、「母なる証明」などに出演したユン・ジェムンらと初共演。3人がふらりと訪れる福岡で、偶然出会った書店員を演じた。

 ──撮影から4年ぐらいになりますね。

 2018年の3月ですね。福岡で桜が満開から散り始めぐらいの時で。その年のアジアフォーカス・福岡映画祭に、チャン監督が「春の夢」で参加されていました。私は別の作品で参加していたんですが、一緒にレッドカーペットを歩く機会がありました。その時に気にかけてもらったようで、「福岡」を作ることになった時、スタッフから「監督と一度会いませんか」と連絡がありました。その後、ロケ地の下見に来ていた監督が「居酒屋さんで飲みましょう」と。「どこで生まれたの」とか本当に普通の話をして、後日「出演どうですか」という感じで決まりました。

「福岡」の(右から)クォン・ヘヒョ、パク・ソダム、ユン・ジェムン

台本のない現場 その場で増えていくシーン

 ──台本なしで撮影する監督です。いかがでしたか。

 私は(台本を)もらってないです。ヘヒョさんたち3人も、台本というには心もとない、プリントの束を持っているだけでした。そもそも私はワンシーンしか出ない予定だったんです。スタッフから「『監督の作品は現場でどんどん物語が変わっていく。出番が増えるかもしれませんよ』と言われ、それなら空いている日は毎日行こうと。書店のシーンが終わって、監督に「今からうどんを食べに行くけど来る?」と聞かれ、スタッフたちとみんなで食事をするだけだと思っていたら、撮影が始まりました。監督が「由貴、そこに座ってうどんを食べて。おじさん二人が入って話しかけてくるから答えて」と。そのまま演出が始まって、台本にないシーンが次々組まれていきました。

 ──本当に即興なんですね。チャン監督の印象はどうでしたか。

 とにかくフラットな感じです。せかせかしないし、のんびりしている。風景も人も大きく見ているというか。話している時は、ずっと瞳をのぞいてこられる。瞳でやり取りするのだろうな、と。監督のお昼寝の時間もありました。撮影はみんなで台車を引いて周って撮る感じで、今日どこを撮りたいかが変わる。物語がぐるぐる監督の頭の中にあるようですが、疲れてしまったようで、拠点にしていた駐車場に椅子を並べて寝ておられました。韓国から学生らしい若いスタッフをたくさん連れてきていて、彼らも監督が休んでいるのを微笑ましく見ていて。すごくのんびりしていました。「若い学生たちを積極的に使いたい」という話をしていました。

 ──画面に写った福岡と、普段生活されている福岡。印象の違いはありましたか。

 そんなに大きく違うとは思いませんでした。(しばらく考えて)下見でかなり歩かれたそうなので、歩きながらここで撮ろうと決めていった感じです。

 ──監督の撮影方法は新鮮でしたか。

 はい、新鮮でした。撮影現場はたいてい時間に追われる感じですが、のんびり……のんびりとも違う、なんて言うんでしょう。じっくり丁寧に、さらさら落ちていくものを、少しずつ「すくい上げる」イメージでした。

トークイベントで「福岡」の撮影エピソードを語る山本由貴(左)=東京都内で7月、龐棟元撮影

韓国の俳優たち 演技と素の境目がない素晴らしさ

 ──韓国の俳優たちとの共演はどうでしたか。

 素晴らしかったです。あのままなんです。とてもフラットで。撮影している時もしていない時も変わらない。どこまでセリフがあって、どこからセリフがないのか分からない。言葉の壁もあまり感じませんでした。もちろん通じはしないんですが、監督の作った空気の中にいるからなのか、ただぶらっと歩いて……。

 (彼らの素晴らしい点について)普通は演技で切り替わると思うんですよ。それを本当に感じない。普段のままで出ているのか、普段が役のままなのか分からない。そういう俳優さんは少ないと思います。セリフがセリフではなくて、その場に俳優がいる。人がいる。演じている感じが本当にない。すごいことだと思います。ヘヒョさんは少し日本語もできて、自転車で現場に来ていました。「まだ自分の撮影じゃないよね。じゃあ散歩してくる」という感じ。ソダムさんはおいしいカレー屋さんやカフェに行ったりしていました。

国境を越える豊かさ「深い部分で分かり合おうとする」

 ──映画の福岡と自分の故郷で住んでいる福岡。画面で見た印象は。

 韓国とすごく似ています。舞台で釜山に滞在したことがありますが、すごくなじみがいい気がします。映画を歩いて撮って、あのままなんです。街がコンパクトで。

 ──今後も国境を越える仕事をしたいですか。

 はい、やりたいです。言葉が通じないけれど、豊かなんですよ。通じないことで、深い部分で分かり合おうとする感じがします。同じ単語を使っても、違いを埋めようと、相手のことを分かりたいと思っていて、思ってくれている気がします。それで作品がいいものになる気がします。ストレスは全然感じないです(笑)。たぶん好きなんでしょうね。

(聞き手・阿部陽子 写真・龐棟元)

「福岡」(2019年、韓国)

出演:クォン・ヘヒョ、ユン・ジェムン、パク・ソダム、山本由貴

2022年12月23日(金)から新宿武蔵野館で1週間限定公開。12月23日(金)からKBCシネマ(福岡)、12月30日(金)から横浜シネマリン(神奈川)ほかで順次公開。

映画『福岡』公式サイト
映画『福岡』公式サイト

「柳川」 Yanagawa(2021年、中国)

監督・脚本:チャン・リュル
出演:ニー・ニー、チャン・ルーイー、シン・バイチン、池松壮亮、中野良子、新音

2022年12月30日(金)、新宿武蔵野館ほかで全国順次公開。12月16日(金)から福岡KBCシネマで先行公開。作品の詳細は公式サイトまで。

映画『柳川』公式サイト
映画『柳川』公式サイト

「群山」(2018年、韓国)

出演・パク・ヘイル、ムン・ソリ、チョン・ジニョン、パク・ソダム

2022年12月23日(金)から順次公開。

映画『群山』公式サイト
映画『群山』公式サイト

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