第36回東京国際映画祭グランプリ チベット映画「雪豹」インタビュー ペマ・ツェテン監督は「人類全体の物語を撮った」

インタビュー

第36回東京国際映画祭(2023年10月23日~11月1日)でグランプリを受賞したチベット映画「雪豹」。チベットを代表する映画監督で、今年5月に53歳の若さで急逝したペマ・ツェテン監督の遺作となった。映画祭に合わせて来日したジンパ、ツェテン・タシ、ション・ズーチーの俳優3人にこのほどインタビューした。ペマ監督と縁の深いジンパは「彼が撮ったものはチベット族に限らず、人類全体の物語でした。チベット文化や宗教には、大きな慈悲の心や大きなテーマが含まれ、それはすべて人類の問題でもあります。ペマ監督が素晴らしい点は、作品が非常に普遍的なテーマを取り上げていること」と語った。

チベットの山村を舞台に、雪豹に羊を殺された遊牧民(ジンパ)と、希少動物保護を主張する役人が対立。村の若い僧侶(ツェテン・タシ)、撮影のため町から出向いたカメラマン(ション・ズーチー)ら、雪豹の処遇に人々が巻き込まれる。孤高の雪豹を横目に騒ぐ人間たちはどこか滑稽でユーモラスだ。雪豹はコンピューターグラフィックス(CG)で作られ、チベットの大自然を背景に精巧に映し出される。大いなる自然と最新技術の対比から目が離せない。チベットをテーマに「オールド・ドッグ」(11)、「タルロ」(15)、「轢き殺された羊」(18)、「羊飼いと風船」(19)など、さまざまな作品を発表してきたペマ監督の最後の意欲作となった。

主なやり取りは次の通り。

ツェテン・タシ「演じる前夜、眠れず不安だった」

──脚本を受け取り、それぞれの役を演じると知った時、役をどのようにとらえましたか。また、演じるうえで何らかの困難を経験しましたか。

ツェテン・タシ:撮影の3日前に脚本をもらったので、一生懸命に読んで学ぶ必要がありました。外見や歩き方、話し方など、外見は役と似ていましたが、心の強さや自信といった精神的な側面は、内向的な性格の私とかなり異なりました。演じる前夜、眠れず非常に不安でした。ジンパさんやほかの俳優たち──映画で見たことがある俳優たちが目の前に現れました。みな素晴らしい人たちで、その夜、私に多くのアドバイスをくれ、徐々にリラックスできるようになりました。

ジンパ:今も彼は内向的ですが、最初に現場に入った時、非常に不安そうで、質問攻めにされました。

ション・ズーチー:(ツェテン・タシさんは)役に没頭し、真剣に取り組んでいました。クランクアップ後に彼がこんなに楽しい人だと知りました。仕事の間も仕事が終わってからも、彼はとても楽しい人です。

ジンパ:監督が脚本を送ってきた時、私は別の映画の現場にいました。助監督に脚本を読むように言われ、過去の役と異なると感じました。これまでは冷静で落ち着いているキャラクターが多かったのですが、今回は非常に狂気的で野蛮で、怒ると何でも言い、声も大きい。普段の私とはまったく異なり、「これはかなりの挑戦になる」と感じました。心の中で計画を立て、全力を尽くさなければ演じられない、と考えました。だから「雪豹」の役は、全力を尽くして演じたものです。

 私だけでなく、俳優たちはセリフが非常に多く大変でした。唇がしびれたほどです。休憩してもすぐ続ける感じでした。現場に着いてから、脚本や演技について監督と話しました。それが監督との初めての会話でした。監督に自分の考えをたくさん話し、意見を交換し、探求する俳優もいますが、私はあまり好きではありません。脚本を読んだ後、私は役の大まかなイメージと内面に対する理解で十分だと考えていました。

ション・ズーチー:私はペマ・ツェテン監督の「羊飼いと風船」(21)を見た後、監督の映画に出演する機会があるかどうかを探りましたが、その時点ではなく、後にチャンスを待っていました。「雪豹」でついに出られることになりました。ペマ監督と会ってから、自分の役(王旭)について理解しました。撮影で初めてチベット地方に行くなど、役と私の経験は非常に似ていました。私は監督に「何を準備すべきか、何を学ぶべきか」を尋ねました。監督は「好奇心を持っていることが大切です。事前にあまり多くのことを知らないようにして下さい。現場に着いたらすべて分かります」と言いました。

撮影は非常に不思議なプロセスで、これまでの人生で最も不思議な経験でした。海抜が非常に高い場所に行くのは初めてです。ジンパさんはとても優れていて、地面に押さえつけられるシーンや、大量のセリフもこなしましたが、私は走るだけで息切れしてしまいました。海抜が高すぎて植物もほとんど生えていません。私はカメラを持って走る必要があり、古いタイプのカメラは本当に重かった。厚手の服を着ていて、コートの腕を上げることができないほどでした。一日中カメラを持ちながら走り回りましたが、とても楽しかった。みんなが挑戦していて、その挑戦は忘れがたいものでした。

ション・ズーチー「監督はいつも『新しい要素』を求めた」

──長回しのシーンが多く、非常に自然に感じました。長回しを撮るには、どのようにリハーサルをして、監督は現場でどのように指導しましたか。

ジンパ:脚本にそう書かれていました。私たちは俳優ですから、大まかなポジションに立ち、その配置で撮影できるかを見ます。それからカメラマンに見せて、配置を調整できるか尋ね、カメラマンが調整します。それが感触で、それほど難しいことはありませんでした。事前に練習する必要はありません。俳優なので皆の配置を知っていれば十分でした。

──長回しの中で、皆さんはアドリブで演技する余地がありましたか。

ジンパ:もちろん、それはあったと思います。同じカットでも、二回以上演じると、演じ方がかなり違う場合もありました。

ション・ズーチー:時々、何度も撮影することがあり、カメラとの調和も考慮に入れなければなりませんでした。残りの演技部分は非常に自由で、監督は私たちに多くの余地を与えてくれました。また、よく「新しい要素を提供するよう」求めました。

──皆さんから見て、映画「雪豹」の主人公は誰でしょう。

ジンパ:私たちは全員主人公です。俳優は自分自身を主人公だと感じるものです。良い映画では主役という概念はあまり重要ではなく、全員が素晴らしい演技をする必要があります。もし一人がうまくいかないと、映画全体が完璧でなくなります。誰かの演技がうまくいかないと、私の演技も悪くなります。私の演技が悪ければ、ほかの俳優にも影響します。一人が特に優れていても、その人が共演者を牽引することはできません。それぞれの俳優が同じように、ほかの人たちに支えられています。映画は監督だけでも、俳優だけでも作れません。それぞれの部署が協力する必要があり、どこかでミスがあると映画は成り立たなくなる。私はそう考えています。

ジンパ「監督と私はともに表現下手。心の中に存在していた」

──ジンパさんにお聞きします。過去にもペマ監督作品に出演し、深い協力関係がありますね。ペマ監督の息子であるジグメ・ティンレー監督の映画「一人と四人(原題:一个和四个)」(21、第34回東京国際映画祭で上映)に出演しました。二人はどんな関係でしたか。

ジンパ:私たちは互いに表現が得意でなく、普段はあまり会話をしませんでした。一緒に遊んだり、近づいたりすることも少なかった。監督は口数の少ない人でした。現場では、それぞれのペースを保ち、演技のない時間には自分のやりたいことをしました。互いに心の中には存在していますが、表現が得意でなかったと思います。ジグメ監督の映画「一人と四人」へ出演することになったのは、撮影監督からの推薦だと聞きました。ジグメ監督とは以前、ペマ監督の現場で知り合いました。彼らはリスクを冒して私を「一人と四人」に出演させました。私は理由をよく分からないです(笑)。私たちの関係はこんな感じでした。

──ペマ監督のチベット語映画は、一貫してチベット族の文化を伝え、チベット族の物語を語ってきました。しかし、今回の「雪豹」では物語の構造が変わり、監督は高水準のCG技術を採用しました。チベット語映画も変化しているようです。チベット語映画にどのような期待を抱いていますか。

ジンパ:ペマ監督は亡くなりましたが、多くの若者を育てました。私も彼らの中に光があると確信しており、いつか輝くでしょう。私は期待しています。彼はゆっくり映画を製作する傾向があり、今後なんらかの奇跡が起こるかもしれません。正直なところ、彼が撮ったものはチベット族に限らず、人類全体の物語でした。チベット文化や宗教には、大きな慈悲の心や大きなテーマが含まれ、それはすべて人類の問題でもあります。ペマ監督が素晴らしい点は、作品が非常に普遍的なテーマを取り上げていることだと思います。

人生の大きな真理の中で、バランスは非常に重要

──ラストシーンについてお聞きします。雪豹は法的に救済されたのでしょうか。それとも登場人物の内面の変化によって救済されたのでしょうか。

ジンパ:私は雪豹に傷つけられたくなかったし、私も雪豹を傷つけませんでした。しかし、(両方の)バランスを取り、最もいい解決策を見つけられませんでした。それは私たちすべてが直面している問題です。人生の大きな真理の中で、バランスは非常に重要です。宗教においても中道で、バランスが必要です。世の中のすべてのことがそうでしょう。人の欲望も同じです。ある程度まで行ったら、それで良しとしなければなりません。そうしないと、欲望は底なしになり、ある日突然、あなたの人生は味気なくなる。すべてはバランスの問題です。

映画「雪豹」を見ると、多くのことが見えてくるでしょう。彼(ペマ監督)はさまざまな問題を提起しています。私たちは自分自身の判断力、経験を生かして考え、この作品を評価します。私たち俳優は、映画評論家ではありません。私はキャラクターの起源や背景について調べ、その運命について理解しようとします。彼がどのような運命をたどるのか、それを知りたいと思います。その後、私は思うままに演じます。私は恥ずかしがり屋で、人とあまり話しませんが、文章や映画撮影や演技で表現します。私は涙もろいほうではありませんが、「雪豹」の撮影では力の限りに泣きました。とても楽しかった。通常はできないことですが、演技を通じて、心の中の不快な感情や悲しみを吐き出すことができます。演技は私にとって発散の手段です。私に言わせればそうなんです。

(聞き手:付文錦、蘇瑞傑 写真:龐棟元 構成:阿部陽子)

「雪豹」(2023年、中国)

監督:ペマ・ツェテン
出演:ジンパ、ション・ズーチー、ツェテン・タシ

第36回東京国際映画祭グランプリ受賞作。作品の詳細は映画祭公式サイトまで。

【雪豹】|第36回東京国際映画祭(2023)
本年5月に急逝したチベット人監督ペマ・ツェテンの最後の作品のひとつ。舞台は白い豹が生息するチベットの山村。若いチベット僧と豹との交流をファンタジックな設定の中に描き、人間と動物の共生の可能性を問う。

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