韓国・全羅北道全州市で2024年5月1日から10日まで「第25回全州国際映画祭2024」が開かれた。期間中は43カ国・地域の232本を上映。スローガンの「私たちは常に線を超える」が示すように、常識や固定観念に縛られない人々を映し出す映画や、さまざまな背景や事情を抱える人に寄り添う映画が多く紹介された。
■「夜明けのすべて」三宅唱監督「映画好きが集まる映画祭」
映画祭は三宅唱監督の「夜明けのすべて」で幕を開けた。三宅監督は2019年の「きみの鳥はうたえる」に続いて2度目の参加。前回は「映画好きが集まる映画祭」だと感じたといい、再訪を喜んだ。
「夜明けのすべて」は瀬尾まいこ氏の同名小説の映画化。月経前症候群(PMS)のため周期的に感情を抑えられなくなる女性とパニック障害により転職を余儀なくされた男性が、周囲の人々に支えられて互いに理解を深めていく物語だ。会見で三宅監督は「さまざまな理由で思い通りに働けない人は日本社会にも多い。そういう問題を、映画を通じて考えたいと思った」と話した。「一緒に仕事をしたい韓国の俳優は」との質問に「シム・ウンギョンさん」と答える一幕もあった。
■韓国初の女性監督 パク・ナモク「未亡人」上映
映画アーカイブの韓国映像資料院が創立50周年を迎えたことを記念し、全州映画祭では過去の作品を上映するプログラムを設けた。韓国初の女性監督、朴南玉(パク・ナモク)監督の「未亡人」(1955)も上映された。朴監督は2本目を監督することはなく、これが唯一の作品。監督が自らスタッフの食事を作り、赤ん坊をおぶって撮影したとの逸話も残る。
上映後には韓国の女性映画人の歴史に詳しいシン・スウォン監督が登壇した。シン監督は監督の表現方法に触れ、「女性の感情を、(表情ではなく)建物の外側を撮るカメラの動きなどで表しているのが興味深い。当時の男性監督ならこういう撮り方はしなかったのではないか」と分析した。
夫が戦死して幼い娘と残された女性の悲喜と愛憎を描く「未亡人」にはさまざまな階級の男女が登場し、朝鮮戦争後の混乱期にあった当時の韓国の雰囲気をうかがうことができる。最後の部分のフィルムが欠損しているのが残念だが、資料的価値は高い(映像資料院のYouTubeチャンネルで視聴可能)。若手の女性監督が続々と登場している現在の韓国映画界の原点を知る上でも貴重な作品だ。
■ユ・ジテが短編3本監督 「春の日は過ぎゆく」ホ・ジノ監督とトークも
国際コンペティション部門の審査員として映画祭を訪れていた俳優のユ・ジテが、主演作「春の日は過ぎゆく」(ホ・ジノ監督、2001)の上映後トークイベントに監督とともに参加し、ファンの歓声を浴びた。 地方の放送局を舞台に仕事仲間の男女の恋と別れを描く「春の日は過ぎゆく」は、「八月のクリスマス」に続く監督のヒット作だ。ユ・ジテは年上の女性ウンス(イ・ヨンエ)の心変わりに苦しむ青年サンウを好演している。映画祭の「今年のプログラマー」部門でプログラミングを担当したホ監督のセレクトで、劇場公開から23年後の上映が実現した。
ホ監督は上映後に「長い間この映画を覚えてくださっている方が多いのは俳優たちの演技のおかげ」と出演陣をたたえた。ウンスがサンウを部屋に誘う場面で発し、韓国で流行語にもなったせりふ「ラーメン食べる?」は、台本段階の「コーヒー飲む?」から現場で俳優側の発案で変更になったことも監督から明かされた。ユ・ジテは「監督は俳優の中の“人間”を撮ろうとするスタイル。監督のフィーリングに合わない時は撮り直しも多かった」と当時を回想した。
今回の映画祭ではユ・ジテが監督した短編3本も上映された。最新作「トーク・トゥ・ハー」(2024)は、ポン・ジュノ監督にあこがれて来韓し映画の現場に飛び込んだ韓国系アメリカ人男性が、理想と異なる現実の中で一人の女性と出会うまでのストーリー。平凡な人々の心の動きをユーモアを交えて描く作風に、次回作への期待も高まる。
(文・写真 芳賀恵)
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