「ちょっと思い出しただけ」ジャームッシュ作品に着想 別れる二人の6年間

レビュー

 照明スタッフの照生(池松壮亮)と、タクシー運転手の葉(伊藤沙莉)。愛し合った日、喧嘩した日、冗談を言い合った日、出会った日。誰もが戻れない過去を抱えて生きている。そんな日々を描く「ちょっと思い出しただけ」。

 尾崎世界観が最も好きな映画に挙げるジム・ジャームッシュ監督の「ナイト・オン・ザ・プラネット」(91)に着想を得て書いた、主題歌がベースの作品。ドラマ「バイプレーヤーズ」シリーズ、「くれなずめ」(21)の松井大悟監督初の完全オリジナルラブストーリーだ。昨年の東京国際映画祭で観客賞、スペシャル・メンションを受賞した。

 照生の誕生日である7月26日に起きた出来事を、1年ずつさかのぼって描いていく。葉と別れた後の2021年から、出会った6年前までだ。一方、去年ヒットした「花束みたいな恋をした」(21)は、恋人同士の出会いから別れの5年間を時系列に描いていた。どちらも恋人たちの長い交際期間をじっくり追う点が共通している。

 二つの作品が面白いのは、ともに別れてしまったことが冒頭で示されていることだ、別れまでのプロセスはもちろん、出会いから愛を育む経緯が詳細に描写される。「花束みたいな恋をした」は出会い、愛を育む高揚感。心のすれ違い、険悪な関係へと変貌する。「ちょっと思い出しただけ」は正反対で、愛が終わって冷めた状態から1年ずつさかのぼり、濃密な時期を経て、出会いへ高揚感が増していく。

 1年ずつさかのぼる設定はひねりが効いている。観客は別れる結果を知っているだけに、切なさが増す。脇役も重要だ。主題歌を作った尾崎世界観演じるミュージシャンが、二人の人生の要所要所に絡んでいく。照生のアパートの近所の公園にいる謎の男・ジュン役は、ジャームッシュ作品「ミステリー・トレイン」(89)、「パターソン」(16)に出演した永瀬正敏。時間をさかのぼることで彼の人生も見えてくる。

 6年という長いようで短い年月。主人公の男女、つながりのある人々のなんでもない1日が愛おしく描かれる。作中で何度か引用される「ナイト・オン・ザ・プラネット」を見ておくと、より楽しめるだろう。

(文・藤枝正稔)

「ちょっと思い出しただけ」(2022年、日本)

監督:松居大悟
出演:池松壮亮、伊藤沙莉、河合優実、大関れいか、屋敷裕政、尾崎世界観、成田凌、市川実和子、高岡早紀、國村隼、永瀬正敏

2022年2月11日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

映画『ちょっと思い出しただけ』オフィシャルサイト
監督・脚本:松居⼤悟 出演:池松壮亮、伊藤沙莉 主題歌:クリープハイプ「ナイトオンザプラネット」配給:東京テアトル

作品写真:(C)2022「ちょっと思いだしただけ」製作委員会

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