「PERFECT DAYS」ヴェンダース監督の見た東京 淡々とした日常への敬意

レビュー

 東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山(役所広司)は、淡々とした日々を静かに生きていた。同じ時間に目覚め、同じように支度し、同じように働く。繰り返しに見えるかもしれないが、同じ日は1日としてなく、毎日を新しい日として生きていた。木々を愛し、木漏れ日に目を細める生き方は、美しくすらあった。そんな平山に思いがけない出来事が起き、彼の過去を小さく揺らしていく──。

 「PERFECT DAYS」は、「パリ、テキサス」(81)、「ベルリン・天使の詩」(87)で知られるドイツ出身の名匠ヴィム・ヴェンダース監督が、役所広司を主演に迎え、日本で撮影した作品だ。役所は第76回カンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞。作品は第96回米アカデミー賞の国際長編部門に日本代表として出品。第36回東京国際映画祭のオープニング作品として上映された。

 ヴェンダース監督は小津安二郎監督をリスペクトしている。小津監督の足跡をたどったドキュメンタリー映画「東京画」(85)を製作したほどだ。「東京画」は、小津作品に関係したスタッフとキャストのインタビューをメーンに、変わり果てた1980年代の東京に外国人監督が混乱する様子を記録した。ヴェンダース監督は「夢の派てまでも」(91)も部分的に日本を舞台とした。「PERFECT DAYS」は、現在の東京に生きる主人公のつつましい生活を、画面比率1対1.33の四角いスタンダード画面で映し出す。スタンダード画面にこだわった小津作品を意識したのだろう。

 主人公・平山の名は「東京物語」の主人公へのオマージュだ。築50年を過ぎたと思われる古びたアパートに暮らす平山の部屋には、仕事で使うガラケー以外、デジタル機器は無い。最低限の生活用品とラジカセとカセットテープ、文庫本。平山は昭和の香りを残す品々に囲まれている。近所の神社から聞こえる掃除の音で目を覚まし、身なりを整え、アパート前の自販機でコーヒーを買い、仕事道具が満載された軽乗用車で押上から渋谷へ。風変わりな公共トイレが仕事場だ。

 平山は公共トイレを転々と移動し、黙々と掃除する。まるで武士か僧侶のようだ。対照的なのが同僚のタカシだ。口数が多くいい加減な男だが憎めない現代の若者を、柄本時生が好演している。平山の繰り返される日々をドキュメンタリーのように描きながら、タカシや姪っ子のニコ、なじみの店の人たちと接することで芽生える、平山の感情の揺らぎを写していく。

 淡々と繰り返される日々に打ち寄せる小さな波。これまでのヴェンダース作品に比べるとシンプルで分かりやすく、自然に心に染み入ってくる。平山の繰り返される日々は一日として同じではなく、こだわって撮影する木漏れ日の白黒フィルム写真と変わらない。役所の抑制の効いた演技が素晴らしい。

 カセットテープから流れる懐かしい楽曲が、外国人監督のフィルターを通した東京を引き立てる。古い町並みと対比してそびえ立つ東京スカイツリー。平山が通う銭湯やコインランドリー、街の写真店や古本屋。浅草駅につながるレトロな浅草地下商店街、下町のスナック。昭和の匂いを残すロケ地も作品世界に彩りを与えた。わびさびすら感じさせる監督の美意識が画面に広がっている。

(文・藤枝正稔)

「PERFECT DAYS」(2023年、日本)

監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:役所広司、柄本時生、アオイヤマダ、中野有紗、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和

2023年12月22日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

PERFECT DAYS 公式サイト
映画PERFECT DAYS公式サイト。2023年12月22日(金)日本上映開始。ドイツの名匠ヴィム・ヴェンダースと日本を代表する俳優 役所広司の美しきセッション。

作品写真:(C)2023 MASTER MIND Ltd.

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