釜山国際映画祭2024 独立系映画に良作そろい 社会を映す新潮流

映画祭

 第29回釜山国際映画祭(2024年10月2~11日)では俳優のトークイベント「アクターズハウス」が行われ、多くのファンを集めた。このうちチョン・ウヒが登場したイベントを取材した。チョン・ウヒはインディペンデント映画「ハン・ゴンジュ 17歳の涙」(2014)に主演し、注目された。今年の釜山映画祭も配信作など大衆色が濃くなったものの、韓国のインディペンデント映画の良作を多く集めていた。印象が強かった作品を紹介する。

■チョン・ウヒ「千の顔」を持つ俳優

 映画やドラマに引っ張りだこのチョン・ウヒは、「恋する神父」(2004)で子役デビュー。すでにキャリアは20年となる。彼女が分岐点となった作品に挙げたのは「サニー 永遠の仲間たち」(2011年)だ。女子高校を舞台にした青春映画の中で、彼女の演じた不良少女には大変なインパクトがあった。背景や感情を与えられた人物を演じるのは初めてだったといい、「それまでは演技に面白さをあまり感じていなかったが、初めて演技に没入できた」と振り返った。

 出世作の「ハン・ゴンジュ」は地方都市で起きた女子中学生への性的暴行事件をモチーフにした作品。被害にあった生徒を演じるにあたっては周囲の人々の心配もあったが、精神的・身体的な苦労も「贅沢なこと」ととらえて演技にまい進したという。

トークイベント「アクターズハウス」で笑顔を見せるチョン・ウヒ=韓国・釜山で2024年10月6日、芳賀撮影

 最近では「The 8 Show 極限のマネーショー」、「ヒーローではないけれど」の2つのドラマが相次ぎ放送された。前者は自由奔放で狂気をはらんだキャラクター、後者は事故のトラウマに苦しむキャラクター。全く異なる人物を演じ、その演技力にますます注目が集まる。

 作品選びについては「誰かを助けたり誰かに救われたりする作品を選んできた。結局は愛や連帯が最も大切。そのような作品にひかれる」と話した。技術よりも説得力のある演技、感動を与える演技が重要と考えるようになった現在は、名字(チョン=千)のとおり「千の顔をもつ俳優」にふさわしくなれるよう、挑戦し続けたいと語った。

■格差に就職難、グローバル化のひずみ 社会のさまざまな側面

 経済格差、若者の就職難、グローバル化のひずみ、福祉制度のはざま――。インディペンデント映画には韓国社会のさまざまな側面が現れる。

「朝の海のカモメは」(釜山国際映画祭事務局提供)

 アジアの新人監督が対象の「ニューカレンツ賞」に選ばれた「朝の海のカモメは」(パク・イウン監督、タイトルは原文の日本語訳・以下同)は、小さな漁村に住む人々の物語。船長と2人で漁船に乗っていた青年が行方不明になる。船長は彼が海に落ちたと話すが、母親とベトナム人の若い妻は納得しない。過疎の村の閉鎖性やアジアからの結婚移民への視線がリアルに迫ってくる。一本気な船長を演じるベテラン俳優ユン・ジュサンら、キャストが魅力的だ。韓国では今月末に劇場公開される。

「3年生の2学期」(同)

 インディペンデント映画を集めた「韓国映画の今日・ビジョン」部門では、工業系高校生の工場での現場実習をめぐるエピソードを盛り込んだ「3年生の2学期」(イ・ラニ監督)が「韓国映画監督組合プラスエム賞」など4冠に輝いた。“実習”の名のもとに行われる低賃金労働への問題提起を下敷きに、そうした環境の中で仕事と向き合い成長していく高校生の姿を描いて共感を呼び、高い評価を受けた。

「破片」(同)

 成長物語としては「破片」(キム・ソンユン監督)も見どころが多かった。殺人事件の加害者・被害者のそれぞれの子どもたちが直面する苦悩と、それを自分自身で乗り越えようとするプロセスを描く。子役出身のオ・ジャフンと若手注目株のムン・ソンヒョンが巧みな演技を披露し、レベルの高い作品となっている。

■青年世代の経済苦 笑えない現状を“コメディー映画”に

 「キケがホームランを打つさ」(パク・ソンヨル監督)は、近年の韓国の若手作品によく見られる、青年世代の経済苦がテーマ。店の共同経営を約束していた先輩に裏切られ、危ない仕事に足を踏み入れる夫と、講師の仕事が打ち切られて仕事探しに苦労する妻。タイトルは夫婦が互いに送るメッセージだ。

「キケがホームランを打つさ」(同)

 「キケ」とは米大リーグ・ドジャースのエンリケ・ヘルナンデス選手の愛称。今年のポストシーズンでも大活躍だったが、韓国の柳賢振(リュ・ヒョンジン)投手の在籍時、監督が「キケがホームランを打ってくれるさ(投手が打たれても大丈夫)」と伝えたとの逸話がある。つまり、このタイトルは“いつかいいことが起きる”“絶対的な救世主が現れる”ことへの願望なのだろう。自分の努力だけではまともな暮らしができない現実を訴える作品で、ジャンルこそ「コメディー」と銘打たれているが、まったく笑えない現状を映し出しているといえる。

(文・芳賀恵)

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