韓国釜山市で10月5日から14日まで「第28回釜山国際映画祭2023」が開催された。アジアの新人監督部門の「ニューカレンツ賞」には森達也監督の「福田村事件」が選ばれた。森監督はドキュメンタリー監督として長いキャリアを持つが、本作は初めて演出した劇映画であることから同部門にノミネート。見事に最高賞を受賞した。
「福田村事件」は1923年の関東大震災後の混乱の中で、香川県の行商人一行が朝鮮人と誤解され、千葉県福田村の自警団に殺害された実話をもとにしたフィクション。当時は「朝鮮人が集団で襲ってくる」といったデマが流れ、不安と恐怖にさいなまれた人々が朝鮮人を虐殺する事件が相次いだ。
森監督がQ&Aに登場した9日と11日はいずれも満席となった。観客からは映画を作った動機や登場人物のキャラクターについて多くの質問が投げかけられた。前半に村人の日常を丁寧に描いた意図を問われた森監督は「加害者をモンスターにはしたくなかった。普通の日常、その中の喜怒哀楽を描くことで、人間はあるきっかけで変わる、特に集団になると暴走してしまうことを描きたかった」と答えた。
「福田村事件」は昨年、釜山国際映画祭共催の企画マーケット「アジアプロジェクトマーケット」(APM)で入賞した。その支援金のほか、3600万円のクラウドファンディングで完成にこぎつけたエピソードも披露された。
この他にも日本映画への注目度は例年に増して高かった。「悪は存在しない」の濱口竜介監督のQ&Aでは音楽や演出に関する質問が相次いだ。また野外上映の「リボルバー・リリー」は行定勲監督と主演の綾瀬はるかが登壇し、熱い歓声を浴びていた。
■ポン・ジュノの原点
力作がそろうドキュメンタリー部門の中でも異色の作品が「ノランムン:韓国シネフィル・ダイアリー」(Netflixで配信中)だ。ポン・ジュノ監督が延世大学在学中に在籍していた映画サークル「ノランムン(黄色いドア)映画研究所」。そのメンバーの一人であるイ・ヒョクレ監督が当時のメンバーらに取材し、サークルの活動を掘り起こしていく。
映画は、当時ポン・ジュノが忘年会用に作ったストップモーションアニメ「ルッキング・フォー・パラダイス」の8ミリフィルムを彼の書斎から発掘する。公式に知られるデビュー作より前の“処女作”だ。「ほえる犬は噛まない」「パラサイト 半地下の家族」などに繰り返し現れる地下室のイメージが、すでにこのとき登場していたことに驚かされる。
1990年代初め、韓国の大学は社会問題を告発する独立映画ブームに沸いていた。しかし「黄色いドア」はそれとは一線を画す映画マニアの集まりだった。当時の大学サークルの雰囲気とともに、名監督の若き日を知ることができる興味深い一本だ。
■予算減に危機感も
3年ぶりの正常開催となった昨年に続き、今年も国内外のスターが秋の釜山を彩り、会場は多様な映画を楽しむ人々であふれた。ただ、予算の減少で映画祭の規模は昨年よりも縮小した。
今年の招待作品は69カ国・地域の209本で、昨年の71カ国・地域、242本から大きく減少。イベントも減り、特に後半は見るべきものが少なかった。総観客数は14万人で、昨年より約2万人も減った。また事務局内の混乱から執行委員長のポストが空席となり、オープニングセレモニーでゲストを迎える役割は俳優のソン・ガンホが担うこととなった。
追い打ちをかけるように、韓国政府は24年に国内の映画祭への支援を約50%に削減する方針を示した。ただでさえ韓国映画界は深刻な危機に直面している。コロナ禍で激減した映画の動員数が動画配信サービスの普及もあって思うように回復していないのだ。これに重要な発表の場である映画祭の予算削減までも現実になれば、映画界にとっては死活問題となる。
釜山映画祭を含めた約50映画祭は政府に予算削減の撤回を求めているが、先行きは不透明だ。
(文・写真 芳賀恵)
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