大阪アジアン映画祭レポート(1)韓国女性監督3人 意欲的な短編

映画祭

 「大阪アジアン映画祭2023」(OAFF2023)が2023年3月10日から19日まで大阪市で開催され、16カ国・地域の51本を上映した。コロナ禍で途絶えたゲストの登壇が復活して賑わいが戻った一方、予算の大幅減などで上映規模が縮小する厳しい一面も見られた。今年の映画祭を韓国作品を中心にレポートする。

 韓国映画はコンペティション部門へのノミネートはなく、商業映画の「リメンバー(原題)」(イ・イルヒョン監督)を除けば長編劇映画が一本も上映されず、やや寂しいラインアップとなった。インドやタイ、台湾などの作品の勢いに比べ韓国映画のインパクトが足りなかったのが要因かもしれない。

 近年の韓国の若手監督の映画は丁寧に作られ完成度が高い一方、内向きの問題意識や定型的なストーリー展開が多い印象も受ける。ワクワク感のある映画に出会うことが少なくなっているとも言える。そんな中で選ばれた短編3本は、いずれも女性監督の意欲的な作品だった。

「梨泰院クラス」イ・ジュヨン、配達女性の一日描く

 日本初上映「ドア前に置いて。ベル押すな」のイ・ジュヨン監督は「なまず」「野球少女」などのインディペンデント映画で存在感を発揮してきた俳優。ドラマ「梨泰院クラス」のトランスジェンダー役でブレークしたのは記憶に新しい。

「ドア前に置いて。ベル押すな」=映画祭事務局提供

 電動自転車を買って配達のアルバイトを始めた若い女性の一日を描く。客のクレームに振り回されたあげく雨に降られてタクシーを使う羽目になり、バイト料はほとんど残らない。くたびれ果てた夜のベンチでちょっとした人の優しさに触れ、再び明日に向かう。不条理を声高に訴えるのではなく、もがきながら自分の居場所を見つけようとする若者の姿を、適度な距離を保って描き出した。

「トランジット」ムン・へイン監督 低予算映画の現場舞台に

 「トランジット」のムン・へイン監督もインディペンデント映画を中心に活動してきた俳優だ。低予算映画の撮影現場を舞台にした「トランジット」は、照明技師のトランスジェンダー女性が主人公。周囲のスタッフの視線や自分に気を遣う姿に窮屈さを感じる彼女は、無邪気な子役の少女と心を通わせていく。

「トランジット」(C)MOONHyein

 「映画の森」の書面インタビューによると、実在する照明技師のトランスジェンダー女性のインタビューからインスピレーションを得て作った。インタビューで特に印象に残ったのが「一つ一つのの視線の重さが積み重なり、ついには一人の存在が倒れてしまう」という言葉だった。自身は俳優として、撮影現場で他人の視線による疎外感や負担感を体験しているため、そうした心理を主人公に重ねて表現しようとしたという。

 ムン監督は演技にも演出にも「作り上げる楽しさ」があるとして、演出の醍醐味に「一緒に作業する俳優やスタッフの個性と才能を集結させること」を挙げた。監督としての活動は今後も続け、長編映画を構想中。「トラウマは克服できるのか」をテーマに、トラウマに苦しむ俳優が古い集合住宅とのかかわりをきっかけに自分自身と向き合うストーリーの脚本を執筆中だという。

「重なりゆく夏」ペク・シウォン監督 日本映画に影響受け

 「重なりゆく夏」のペク・シウォン監督はテレビ業界出身。日本映画、とりわけ是枝裕和監督に影響を受けて30代で韓国芸術総合学校に入学した。「重なりゆく夏」は卒業作品だ。

 前作の短編「乳首第三次大戦」(2020年)は国内外の映画祭で高く評価され、2022年ゆうばり国際ファンタスティック映画祭でも「ニップル・ウォーズ3」のタイトルで上映された。「乳首第三次大戦」のモチーフは、2020年にブラジャーは女性抑圧の象徴だとして女性たちが繰り広げた「ノーブラ運動」。フェミニズム運動をコメディーとして描くだけでなく、社会へのメッセージも込めた手法が新鮮だった。「重なりゆく夏」は前作と対極のメロドラマだ。10年間の間に別れたり復縁したりを繰り返す一組の男女の心の動きを、巧みな構成で描く。

「重なりゆく夏」(C)siwonPAEK

 「映画の森」のインタビューでペク監督は、詩人アン・ミオクの詩「とても長い間」からインスピレーションを得たと明かした。「幾重もの顔が幾重にも重なって流れる時。信じていた。長い間。人が人を癒やすという言葉を」というフレーズから思い浮かんだのは「今の自分は、これまでに出会った多くの人々に向けた自分の表情で作られている」という思いだった。そのモチーフを映画の中に溶かしこみたかったという。

 「重なりゆく夏」は10年の物語を34分に凝縮しているが、現在、長編バージョンのシナリオを執筆中。「日本映画の穏やかで細やかな情緒が好き」という監督が紡ぎ出すストーリーに期待が高まる。

(文・芳賀恵)

Osaka Asian Film Festival 2023
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