ゆうばり・福岡で受賞のヒョン・スルウ監督、初長編「もしかしたら私たちは別れたのかもしれない」公開

韓国

 韓国のヒョン・スルウ監督(36)の長編デビュー作「もしかしたら私たちは別れたのかもしれない」(原題日本語訳、英題「Someone You Loved」)が韓国で2月8日に封切られた。ヒョン監督はゆうばり国際ファンタスティック映画祭や福岡インディペンデント映画祭で受賞歴があり、日本の映画祭関係者や熱心な韓国映画ファンに注目されてきた存在だ。初の商業映画はラブストーリー。過去の短編作品とはジャンルは異なるが、日常のささいな出来事から想像力をふくらませてストーリーを構成するスタイルは監督がこれまで積み重ねてきたものだ(日本公開は未定)。

上映後のトークイベントで話すリュ・ジュンヨル(左)とヒョン・スルウ監督=ソウルで2月18日

 「もしかしたら私たちは別れたのかもしれない」は、一組の男女の「別れ」に関する物語だ。同居するジュノ(イ・ドンフィ)とアヨン(チョン・ウンチェ)は大学美術科の同期カップル。公務員試験浪人のジュノを支えるため、アヨンは絵画をあきらめて不動産仲介会社で働いている。仕事も家庭も順調な学友たちに会う時、アヨンは引け目を感じざるを得ない。そんなアヨンの気持ちを知ってか知らずか、ジュノは試験勉強もろくにせずバイトや遊びに明け暮れる。アヨンのいら立ちは日ごとに募り、ついにジュノを家から追い出す。時がたち、二人はそれぞれ新たな恋を見つけるが、「永すぎた春」は二人を完全な他人にはしていなかった。再会した日、ジュノとアヨンは何を思い、どんな道を選択するのか――。

 ヒョン監督は過去の短編作品で見せた毒やブラックユーモアの代わりに、誰もが思い当たるようなエピソードを織り込み、「愛」から「情」、「未練」、そして「忘却」に至る心の動きを抑制された演出で描き出す。人間関係のメタファー(暗喩)として枯れた植木鉢や食べ残しの麺、使い古しの歯ブラシなどが効果的に登場する。

(c)26 company

 手放せないと思い込んでいたものも、いったん手放してしまえば思い出として消化(あるいは昇華)できるようになるのだ。自分に言い訳をして日々をやり過ごす人は、その言い訳に手足を縛られて次に進めない。映画の登場人物がかわるがわる口にする「あなたは好きなことをした方がいい」という言葉は、自分のための人生を探し求める人へのメッセージだ。

 怠惰なだけではない複雑な内面をもつ人物としてジュノを演じたのは、多くのドラマや映画で存在感を示すイ・ドンフィ。不甲斐ない恋人と自分の関係を見つめ直すアヨンは、ホン・サンス監督作品などで日本でも知名度があるチョン・ウンチェが好演している。

盟友リュ・ジュンヨルも応援

 2月18日、CGV建大入口の上映後にはヒョン監督と俳優リュ・ジュンヨルのトークが行われた。リュは本作には出演していないが、多忙なスケジュールをぬって友人であるヒョン監督のために駆けつけた。二人の出会いは映画「ソーシャルフォビア」(2015)のオーディション会場。リュが初めてオーディションに臨んだ作品だ。演出チームのヒョン監督と意気投合し、その後も個人的な付き合いを続けてきたという。

同上

 同日のトークでリュは「2月に一緒に旅行に行く約束をしていたのに、公開が決まったからと断られた」と笑わせ、「あきらめずにシナリオを書いて準備してきたからこの日がある」と監督の努力をたたえた。また、大規模な映画がスクリーンを席巻する状況について「誰でも共感できる、こういう映画は必要。もっと多くの人に見てほしい」と訴えた。

独特のコメディーセンスでコアな人気

 ヒョン監督は1987年、釜山生まれ。大学で映画を専攻し、在学中に作った短編「壁」が2010年の第20回ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で北海道知事賞を受賞した。卒業後は商業映画のスタッフ、短編映画の監督や俳優と多岐にわたって活動してきた。

 筆者がヒョン監督に初めて会ったのは「壁」が上映された2010年のゆうばり映画祭。「壁」はたばこの吸い殻を拾おうとした男の悲喜劇を描く9分の短編で、映画祭参加者には好評だったものの、監督自身は受賞を全く予想していなかったという。審査員の俳優・石橋凌や香港のジョニー・トー監督の総評コメントにも、ただただ恐縮していた姿が印象深い。

 その後、監督は短編映画の新作ができるたびに送ってくれ、日本の映画祭で上映が決まれば筆者が日本語字幕を担当するようになった。「アレルギー」(2015)や「それは牛のフンの臭いだった」(2016)、「バーゲンセール・キラー」(2021)などの独特のコメディーセンスはコアな映画ファンに受け、特に「アレルギー」は2016年の「第8回福岡インディペンデント映画祭」でグランプリを獲得した。
 
(文・写真 芳賀恵)

(c)26 company

「もしかしたら私たちは別れたのかもしれない」(2023年、韓国)
監督・脚本:ヒョン・スルウ
出演:イ・ドンフィ、チョン・ウンチェ

コメント

タイトルとURLをコピーしました