2017年05月10日

「マンチェスター・バイ・ザ・シー」すべてを失った男、絶望と再生の物語 ケイシー・アフレック好演

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 主人公のリー・チャンドラー(ケイシー・アフレック)は、米国ボストン郊外で便利屋として働いている。水漏れ修理やペンキ塗りなど、何でも器用にこなし重宝がられているが、無愛想でけんかっ早く、トラブルもしょっちゅうだ。そんなリーが、かつて暮らしていた町、マンチェスター・バイ・ザ・シーに帰ってくる。兄のジョー(カイル・チャンドラー)が急死し、甥のパトリック(ルーカス・ヘッジズ)の後見人に指名されたからだ。

 リーはこの町で生まれ育った。結婚して子供も3人いた。幸せな生活だった。ところが、ある事件をきっかけにすべてを失い、故郷の町を去って行く。それほど悲痛な事件とは何だったのか。答えを明かさないまま、物語は進んでいく。

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 リーが町を去った当時は幼い少年だったパトリックも、いまは高校生。アイスホッケーとバンド活動に夢中な普通の若者だ。リーの脳裏にかつてパトリック、ジョーの父子と3人で海釣りをした思い出がよみがえる。

 父親代わりとして、パトリックの面倒を見るリー。付き合っている彼女のことなど、親身になってパトリックにアドバイスする。事件以来、他人を寄せ付けなかったリーの固い心がしだいにほぐれていく。だが、心に巣食うトラウマはそう簡単に消えるものではない。

 映画は現在と過去を交差させながら、傷ついたリーの内面に迫っていく。圧巻はついに事件の真相が明かされるシーンだ。悲劇的予感をはらんだ音楽が流れ、観客は徐々に恐るべき瞬間へといざなわれる。そして映し出される、あまりに残酷で非情な光景。耐え難い現実を前に、リーは呆然と立ち尽くし、人格は崩壊する。

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 ここからいかにしてリーは再生を果たしていくのか。故郷を離れても癒えることのなかった傷が、帰ってきた町で甥と交流する中で、どれほど回復していくのか。決して楽観的なストーリーではない。予定調和のハッピーエンドとは無縁だ。だからと言って、全編が暗いトーンに覆われているわけでもない。ユーモアもふんだんに詰まっている。絶望のふちにも希望の光は差し込むのである。

 この映画が見る者の心をとらえるのは、単純に割り切ることのできない人生を、真正面から見つめ、ごまかしのないやり方で、ありのままに描き出しているからだろう。隅々まで血の通った脚本が秀逸。リーに扮したケイシー・アフレックの演技が出色である。アカデミー賞、ゴールデングローブ賞など、主要映画賞を席巻したのもうなずける。

(文・沢宮亘理)

「マンチェスター・バイ・ザ・シー」(2016年、米国)

監督:ケネス・ロナーガン
出演:ケイシー・アフレック、ミシェル・ウィリアムズ、カイル・チャンドラー、ルーカス・ヘッジズ、カーラ・ヘイワード

2017年5月13日(土)、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.manchesterbythesea.jp/

作品写真:(c)2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.
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2017年05月07日

「八重子のハミング」病を抱えた夫妻、喜びと苦難の12年 佐々部清監督渾身の自主映画

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 4度のがん手術から生還した夫が、若年性アルツハイマー病の妻を介護した記録「八重子のハミング」。陽信孝の同名原作を「半落ち」(04)、「夕凪の街、桜の国」(07)の佐々部清が監督。大手映画会社の出資を受けず脚本、製作も兼ねて完成させた自主製作映画だ。ベテラン俳優の升毅が映画初主演。「サンダカン八番娼館 望郷」(74)などに出演後、作家に転身した高橋洋子の28年ぶりの映画女優復帰作である。

 舞台は山口県。実在の八重子さんが好きだった場所でロケ撮影したという。幕開けは街が見渡せる高台の風景。石橋夫妻が覚悟を決めたような表情でたたずんでおり、一瞬不安がよぎる。時と場所は変わり、白髪の誠吾(升)が妻の介護について講演している。テーマは「やさしさの心って何?」。妻の八重子(高橋)との思い出が回想シーンとなり、夫婦と家族の12年が過去と現在を交差して描かれる。

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 夫のがんに妻のアルツハイマー症。重く難しいテーマだ。しかし、夫婦の苦難を丁寧に回想する一方、老いた誠吾が講演会で過去の出来事をユーモラスに話す様子や、心温まるエピソードに救われる。バランスをうまく取った演出と構成だ。

 自分も病に苦しむ誠吾が、次第に「赤ちゃん返り」する妻に優しく接する。排便など映像として見せるのが難しいシーンは、誠吾の講演会での話術で乗り切る。升の柔軟な演技が作品を引っ張る。物語の中心になる八重子役の高橋が、復帰作でこんな難役を演じ切ったことに心打たれた。高橋はデビュー作「旅の重さ」(72)の無垢な家出少女が印象深い。今回は教師同士の夫妻が出会った若き日から、病で天真爛漫になった晩年まで魅力的に演じた。

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 がん、闘病、若年性アルツハイマー病、介護、老い、死。ネガティブな要素を真正面から描く一方、夫妻が友人や家族に見守られつつ、困難を乗り越える過程をバランス良く描いた。一歩間違えればつらい作品になる恐れがあったが、重い部分は浄化させて夫婦愛に焦点をしぼった。佐々部監督渾身の1本だ。

(文・藤枝正稔)

「八重子のハミング」(2016年、日本)

監督:佐々部清
出演:升毅、高橋洋子、文音、中村優一、安倍萌生

2016年5月6日(土)、有楽町スバル座、新宿武蔵野館ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://yaeko-humming.jp/

作品写真:(C)Team「八重子のハミング」

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全州国際映画祭(1)カン・ドンウォン、2カ月ぶりに公式の場

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 韓国全州市で開かれた「全州国際映画祭2017」で5月3日、韓国映画「マスター」の上映後に舞台あいさつが行われ、カン・ドンウォンとチョ・ウィソク監督が登場した=写真。イ・ビョンホン、キム・ウビンも出演し話題を呼んだ同作は昨年末に公開され大ヒット。会場は満員のファンで埋まった。

 カン・ドンウォンは今年3月に母方の曽祖父が日本植民地時代に反民族的活動をした「親日派」だったと報じられて以来、公の場に姿を現すのは初めて。舞台あいさつの冒頭、カン・ドンウォンは「公式の場で謝罪したかった。歴史と真実について反省し学びたい」と神妙な表情でコメントした。

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 「マスター」はネットワークビジネス詐欺事件の首謀者(イ・ビョンホン)と、彼を追い詰める知能犯罪捜査班の刑事(カン・ドンウォン)の息詰まる闘いを描く。イ・ビョンホンは政官界に太いパイプを持ち権力をほしいままにしている設定。映画の編集作業中に朴槿恵大統領の友人による国政介入問題が明るみに出たため、チョ・ウィソク監督は「『現実のほうが面白い』といって映画を見に来る人がいなくなるのではないかと心配した」という。

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 自身初の刑事役を演じたカン・ドンウォンは役作りについて尋ねられ、「いつも初めてシナリオを読んだときに感じたことを大切にしている。刑事が主役の映画はよく見ているので役作りに役立った」と話した。

 カン・ドンウォンの次回作は1987年6月の民主化闘争をテーマにした「1987」(チャン・ジュナン監督)。特別出演で、デモ中に催涙弾に当たり亡くなった実在の学生運動家を演じる。

(文・芳賀恵、写真・岩渕弘美)
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2017年04月28日

「シチリアの恋」アジアの豪華キャスト競演、切ない多国籍ラブストーリー イ・ジュンギ8年ぶりの映画

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 韓国大ヒット作「王の男」(05)のイ・ジュンギ、中国の張芸謀(チャン・イーモウ)監督作「サンザシの樹の下で」(10)でデビューしたチョウ・ドンユイが、イタリアと中国を舞台に繰り広げるラブストーリー「シチリアの恋」。台湾映画「ジャンプ・ボーイズ」(11)のリン・ユゥシンがメガホンを取り、「モンガに散る」(10)のイーサン・ルアンも出演。舞台とキャストが中国、韓国、台湾、イタリアにまたがる多国籍作品だ。

 イタリアから中国へ留学中の韓国人学生ジュンホ(イ・ジュンギ)は、ある日偶然見かけたシャオヨウ(チョウ・ドンユイ)に一目ぼれ。猛烈なアプローチの末に交際をスタートさせる。その後、上海のデザイン事務所にそろって就職。一緒に暮らし始め、結婚も約束する。

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 しかしある日、ジャンホはシャオヨウに突然別れを切り出し、イタリアへ帰っていく。理由も分からず取り残されたシャオヨウ。追い打ちをかけるようにジュンホの事故死の知らせが入った。葬儀にも参列せず、自暴自棄となるが、ジュンホには別れを告げた秘密があった。運命に抗えないと知り、愛する女性の幸せだけを願い、命をかけて見守る決意をしたのだった──。

 中国とイタリアの美しい風景の中、多国籍豪華キャストで描かれる切ない愛。余韻が心地よい上質なラブストーリーだ。

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 イ・ジュンギは「光州5・18」(07)以来8年ぶりの映画復帰。中国映画初出演で、得意なダンスと歌を披露している。デビュー作で可憐な魅力を見せたチョウ・ドンユイは、心揺れる女性を感情豊かに表現。成長ぶりを印象づけた。2人を優しく見守る隣人役にイーサン・ルアン。リン監督とは旧知の間柄で、存在感ある演技で作品に華を添えた。製作は香港のスタンリー・クワンが務めている。

(文・岩渕弘美)

「シチリアの恋」(2016年、中国)

監督:リン・ユウシェン
出演:イ・ジュンギ、チョウ・ドンユィ、イーサン・ルアン、シン・ジアドン、ルー・イジャ

2017年4月22日(土)、シネマート新宿ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://loveinsicily.net/
タグ:レビュー
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2017年04月26日

「イップ・マン 継承」ドニー・イェンのアクション炸裂、人気シリーズ最新作 タイソンと真っ向勝負

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 香港のアクションスター、ドニー・イェン主演の人気シリーズ最新作「イップ・マン 継承」。伝説のカンフースター、ブルース・リーが唯一師と仰いだ「詠春拳(えいしゅんけん)」の達人、イップ・マンの生涯を描く。敵役でボクシングの元ヘビー級世界チャンピオン、マイク・タイソンが出演している。

 監督は前2作「イップ・マン 序章」(08)、「イップ・マン 葉問」(10)に続いてウィルソン・イップ。アクション監督はサモ・ハンに代わり、ハリウッド映画「マトリックス」シリーズなどのユエン・ウーピンだ。音楽は押井守監督作品で知られる川井憲次。シリーズを通して素晴らしいスコアを披露している。

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 1959年、香港。街は好景気に沸く一方、治安は悪化し、無法地帯になりつつあった。裏社会を牛耳る不動産王フランク(タイソン)の前にイップ・マン(イェン)は立ち上がる。だがそれは、自分の家族も命の危険にさらす危ない賭けだった。

 イップ・マンを語るうえで欠かせない、弟子ブルース・リーとの師弟関係。幕開けに若き日の2人のユーモラスで切れのよい妙技が披露される。リー役はチャウ・シンチー監督、主演の「少林サッカー」(01)でそっくりさん役を演じたチャック・クォックワンだ。

 ドニー・イェンと二人三脚でシリーズを作ってきた監督によると、テーマは第1作が「生存」、第2作が「生活」、今回が「生命」。イップ・マンの人生を支える妻ウィンシン(リン・ホン)の存在がクローズアップされる。夫妻の息子が通う小学校がフランクに狙われる一方、詠春拳の正当性をめぐって息子の同級生の父チョン(マックス・チャン)と対立する。

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 普段は物静かで優しい男が、いざ格闘となると瞬殺で敵をなぎ倒す。静と動の対比で人物像を際立たせる。シリーズ恒例になった大勢の敵との格闘シーン。ボクシングと詠春拳の異種格闘技対決。変化球的な迫力が合わさった名場面となった。

 そしてチョンとの詠春拳での真っ向勝負。技と技のぶつかり合いは、ドニー・イェンのスタント担当だったマックス・チャンが、師匠に挑む様子を見るようだ。作品のところどころで使われるワイヤーに、アクション監督ウーピンの職人技を感じる。

 一方、病に伏せる妻との夫婦愛描写に多くの時間を費やし、ドラマに深みを与えた。狭いエレベーターで襲われ、身を挺して妻を守る姿や、ダンス教室で仲睦まじく踊る夫妻に、夫としての優しさを見た。昨年公開されて大ヒットした「ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー」(16)でドニー・イェンを知ったビギナーから、古くから作品を追う熱心なファンまで、武術とドラマで満足させる作品となっている。

(文・藤枝正稔)

「イップ・マン 継承」(2015年、中国・香港)

監督:ウィルソン・イップ
出演:ドニー・イェン、リン・ホン、マックス・チャン、
マイク・タイソン、パトリック・タム

2017年4月22日(土)、新宿武蔵野館ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://gaga.ne.jp/ipman3/

作品写真:(C)2015 Pegasus Motion Pictures (Hong Kong) Ltd. All Rights Reserved.

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