2018年02月02日

「苦い銭」中国ドキュメンタリー監督ワン・ビン最新作 急発展支える底辺の人々

c.jpg

 中国・雲南省出身の少女シャオミンは15歳。縫製工場で働くため、バスと列車を乗り継ぎ、遠く離れた浙江省湖州へ向かう。出稼ぎ労働者が80%を占める街にも、胸に響く一瞬がある。初めて街で働き始める少女たちのみずみずしさ。稼げず酒に逃げる男。仕事がうまくいかず、ヤケになって工場を移る青年──。

 「三姉妹 雲南の子」(12)、「収容病棟」(13)などの中国ドキュメンタリー映画監督、ワン・ビンの「苦い銭」は2016年、第73回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門で脚本賞、人権の重要性を問う最も優れた作品に与えられる「ヒューマンライツ賞」を受賞した。

2.jpg

 故郷・雲南省を離れて出稼ぎに向かうシャオミンら3人の若者たち。約2200キロ離れた浙江省の省都・杭州まで列車で20時間。カメラは縫製工場に着いたシャオミンを追いながら、同じ工場で働く他の出稼ぎ労働者を、枝分かれするように並行して写し始める。

 子供を故郷に置き、夫と出稼ぎに来た25歳のリンリン。夫のアルゾは工場で右手を切断してしまい、今はインターネットや麻雀ができる雑貨店を経営しているが、商売は芳しくない。そこへリンリンが「金を入れてほしい」と言い出し、店内で壮絶な夫婦喧嘩が始まる。

3.jpg

 真っ当な妻の言葉を、夫は頭ごなしに否定。怒りを露わに反論を続けた挙句、暴力をふるう。店の外から監督は撮影を続ける。仲間が仲裁に入るが、アルゾの怒りは収まらない。ほかにも出稼ぎの低賃金に嫌気がさし、マルチ商法に興味を示す者。酒やギャンブルに溺れる者。カメラは出稼ぎ労働者の人間模様を収め続ける。

 説明的な描写は一切ない。観客は映像から判断する。長回しを多用した撮影スタイルで、低賃金で働く人たちの過酷な労働環境や人間関係が見えてくる。低賃金でも黙々と縫製作業を続ける少女たちと対照的に、嫌気がさしてぼやく男たち。歯に衣着せぬ出稼ぎ労働者の正直な姿。長回しでの夫婦喧嘩の映像。外から聞こえる鳴りやまない車のクラクション。観客も劣悪な労働環境を疑似体験させられ、相当なストレスと忍耐を強いられる。

 急速に発展する中国を、底辺で支える出稼ぎ労働者たち。富裕層の夢の生活とは無縁の人々の人生を、映像として明確にとらえたことに感心する。

(文・藤枝正稔)

「苦い銭」(2016年、仏・香港)

監督:ワン・ビン

2018年2月3日(土)、シアター・イメージフォーラムほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.moviola.jp/nigai-zeni/

作品写真:(C)016 Gladys Glover-House on Fire-Chinese Shadows-WIL Productions

タグ:レビュー
posted by 映画の森 at 12:33 | Comment(0) | 中国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月01日

「スリー・ビルボード」娘が殺された 孤軍奮闘する母、田舎町を揺るがす

1.jpg

 最愛の娘が殺されて数カ月。犯人逮捕の気配がなく憤る母親のミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は、捜査の遅れに抗議するため、町はずれに巨大な広告看板を設置し、警察と激しく対立する──。

 昨年のベネチア国際映画祭で脚本賞、トロント国際映画祭観客賞、先日の第75回ゴールデン・グローブ賞でも作品賞など主要4部門を獲得。3月の第90回米アカデミー賞も作品賞ほか7部門で候補となっている話題作「スリー・ビルボード」。監督・脚本・製作は「セブン・サイコパス」(12)のマーティン・マクドナー。

2.jpg

 米ミズーリ州の田舎町エビング。さびれた道路脇に立つ朽ちかけた広告看板を、車の運転席から中年女性が見つめている。女性はミルドレッド。7カ月前、娘がレイプされて殺されたのだ。その足で看板を管理するエビング広告社に出向き、前金で1年間の広告契約を結ぶ。

 ミルドレッドは警察に不満をぶつけるように、赤地に黒文字で掲げる。「レイプされて死亡」、「なぜ? ウィロビー署長」、「犯人逮捕はまだ?」。すべて警察署長のウィロビー(ウディ・ハレルソン)に向けていた。パトロール中のディクソン巡査(サム・ロックウェル)が看板に気づき、ウィロビー署長に報告する。

3.jpg

 看板をめぐる出来事をシリアスに描きつつ、黒い笑いを塗したクライム・サスペンスだ。静かだった田舎町に波紋が広がり、町全体を揺るがす一大事へ発展する。信念だけ警察と戦う母親を演じたマクドーマンド。筋が通ったぶれない姿勢がポイントだ。

 対照的にぶれまくるのが、暴力巡査を演じたロックウェル。母親と2人暮らしの単細胞で、ことごとくミルドレッドの挑発に乗り、事を大きくする。ハレルソン演じる署長は、ミルドレッドとディクソン巡査、事件の板挟みとなる。穏健派で町の人々の信頼も厚く、父性を持った存在で、揺れる町の均衡をかろうじて保つ。

 後を絶たないレイプ事件を、当事者ではなく、遺族と警察の視点で描く。きっかけとなる事件そのものは描かない。被害者が死亡したため、犯人は闇へと消えた。

 ミルドレッドと警察の対立から始まる物語は、犯人探しの推理劇に発展する。孤軍奮闘するミルドレッドは、西部劇の主人公のごとく、自力で決着を付けようとする。先の見えない運命を暗示する極上の幕引きが、力強く、深い余韻をもたらした。

(文・藤枝正稔)

「スリー・ビルボード」(2017年、英)
監督:マーティン・マクドナー
出演:フランシス・マクドーマンド、ウッディ・ハレルソン、サム・ロックウェル、アビー・コーニッシュ、ジョン・ホークス

2018年2月1日(木)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.foxmovies-jp.com/threebillboards/

作品写真:(C)2017 Twentieth Century Fox

タグ:レビュー
posted by 映画の森 at 22:10 | Comment(0) | 英国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月28日

「ザ・リング リバース」人気ホラー米国版シリーズ最新作 “呪いのビデオ”も技術的進化

1.jpg

「見た者は7日後に必ず死ぬ」“呪いのビデオ”。呪われたら恐怖の奈落へ突き落とされ、恐ろしい形相で亡くなるという。恋人のホルト(アレックス・ロー)の身代わりでビデオを見てしまったジュリア(マチルダ・ルッソ)の周辺で、奇妙な出来事が起こり始める。助かる方法は1つ。「ビデオのコピーを取り、誰かに見せること」だった。監督は「リング」シリーズの大ファンを自称するスペインの新星、F・ハビエル・グティエレス。

 鈴木光司の小説を映画化した「リング」(98)の米リメイク版「ザ・リング」(02)シリーズの第3弾だ。1998年にスタートした日本版シリーズは、同時上映の続編「らせん」(98)、別次元で描いた続編「リング2」(99)、前日譚「リング0 バースデイ」(00)でいったん終了した。

2.jpg

 2002年に米国版の「ザ・リング」が製作され、海外版の貞子の名前は“サマラ”として大ヒット。続編「ザ・リング2」(05)は日本版「リング」の中田秀夫監督を招いて製作。休止していた日本版も「貞子3D」(12)、「貞子3D2」(13)として復活。16年には貞子と並ぶ「呪怨」の人気ホラーキャラ“伽椰子”が対決する「貞子VS伽椰子」が番外編的に製作された。

 さらに、今回満を持して製作されたのが「ザ・リング リバース」だ。米国版シリーズ第3弾として、12年ぶりに製作された。前2作とは直接関連はなく、呪いのビデオにまつわる新たなる物語で、呪いのビデオのルールを知っていれば誰でも楽しめる。

 呪いのビデオの映像は「ザ・リング」と全く同じ。アナログのVHSビデオテープでスタートした“呪いのビデオ”は、機材の進歩によりパソコンで複製され、ネット動画として拡散する。パソコン、スマートフォン、液晶テレビなど、あらゆる機材で再生された“サマラの呪い”が拡散していく。ビデオテープとブラウン管テレビで呪いが成立した旧世代とは比べ物にならない爆発的な威力だ。

3.jpg

 そんな“呪いのビデオ”を、大学内で秘かに研究する大学教授と学生たちが、次々とサマラの呪いに感染していく。サマラの呪いの原点を探り、感染を食い止めようとするホルトとジュリア。シリーズの正統的な構成に新たな解釈も加わった。呪いのビデオを見てしまったジュリアが、ビデオの影響で幻覚を何度も見る。断片的な幻覚はサマラの謎を解くイメージのようだ。

 12年ぶりに米国で復活した「ザ・リング リバース」。「リング」シリーズの恐怖を継承しながら、プラスアルファを加えた正統的作風が好印象だ。おなじみの“呪いのビデオ”と“サマラ”の安定した恐怖は健在で、時代に合わせた解釈も不自然さはない。VHSテープだけでは再生不可能だった場所で、呪いのビデオは猛威を振るい、新たな映像表現と恐怖を生み出した。

 「マグニフィセント・セブン」(16)の好演も記憶に新しいヴィンセント・ドノフリオが、物語の鍵を握る重要な役で出演している。

(文・藤枝正稔)

「ザ・リング リバース」(2017年、米)

監督:F・ハビエル・グティエレス
出演:マティルダ・ラッツ、アレックス・ロー、ジョニー・ガレッキ、ビンセント・ドノフリオ、エイミー・ティーガーデン

2018年1月28日、TOHO シネマズ新宿ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://thering-movie.jp/

作品写真:(c)2017 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.
タグ:レビュー
posted by 映画の森 at 14:53 | Comment(0) | 米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月26日

「谷崎潤一郎原案 TANIZAKI TRIBUTE」舞台を現代に 耽美で濃厚な独自世界

k.jpg

文豪・谷崎潤一郎の小説3作品を原案に、舞台を現代に置き換え、新進3監督が映画化したプロジェクト「谷崎潤一郎原案 TANIZAKI TRIBUTE」。2018年1月27日(土)から順次公開される。

「神と人との間」

 町医者の穂積(渋川清彦)と、親友で売れない漫画家の添田(戸次重幸)は、ともに熱帯魚屋で働く朝子(内田慈)に惚れている。穂積は朝子を譲り、添田と朝子は結婚する。しかし添田はすぐに愛人を作り、朝子を虐待し、穂積と朝子が不倫するようにけしかける。監督・脚本は「グレイトフルデッド」(14)、「下衆の愛」(16)の内田英治。

 谷崎が妻を友人の佐藤春夫に譲った「細君譲渡事件」を基にした短編小説が原案。屈折した愛情と奇妙な友情の間で、複雑に絡み合う三角関係を、監督は入念に描いた。いつもワイルド系な役が多い渋川が一転、ダサい衣装でとつとつとした抑えた演技。男の純愛を内面からにじみ出させ、哀愁を醸し出した。

「富美子の足」

 富豪の老人・塚越(でんでん)はデリヘルで見つけた富美子(片山萌美)を愛人にした。美しい足を偏愛して喜ぶ日々。フィギュア作家の甥・野田(渕上泰史)に、富美子の足の実物大フィギュア製作を依頼する。監督は「リュウグウノツカイ」(14)、「桜ノ雨」(16)のウエダアツシ。

f.jpg

 女性の足に執着した老人のフェティシズムをでんでんが怪演する。老人の偏愛を受け入れた富美子だが、ストレスが限界に達すると、バッティングセンターで憂さ晴らし。しかし、センターは閉店してストレスの矛先は野田に向かい、眠っていたサディスティックな一面が開花する。富美子がマゾからサドへ変わり、リミッターが外れる後半が痛快だ。

「悪魔」

 大学入学のために上京した佐伯(吉村界人)は、閑静な住宅街にある林邸に下宿する。そこには大家の千枝と娘で高校生の照子(大野いと)、照子を偏愛する林家の親戚・鈴木(前田公輝)が住んでいた。監督は「オー!ファーザー」(14)の藤井道人。

a.jpg

 谷崎の「悪魔」、「続悪魔」が原案。新しい環境に馴染めず、薬とアルコールに溺れる佐伯が幻覚から生み出す内なる悪魔。佐伯は照子や同級生・あゆみに惑わされ、小悪魔ぶりに翻弄され、崩壊していく。ホラー映画を思わせるダークなトーン、エロティシズムが融合したおぞましい作品だ。

「谷崎潤一郎原案 TANIZAKI TRIBUTE」で描かれる世界は、「鍵」、「痴人の愛」、「白日夢」、「卍」など、エロティシズムな作品群に近い。男の女に対する偏愛やフェティシズムなど、さまざまに屈折した愛を濃密に描いている。

(文・藤枝正稔)

「神と人との間」(2018年、日本)

監督:内田英治
出演:渋川清彦、戸次重幸、内田慈、山田キヌヲ、
萬歳光恵

「富美子の足」(2018年、日本)

監督:ウエダアツシ
出演:片山萌美、淵上泰史、武藤令子、山田真歩、福山翔大

「悪魔」(2018年、日本)

監督:藤井道人
出演:吉村界人、大野いと、前田公輝、遠藤新菜、山下容莉枝

2018年1月27日(土)、テアトル新宿ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://tanizakitribute.com/

作品写真:(C)「TANIZAKI TRIBUTE」製作委員会

タグ:レビュー
posted by 映画の森 at 13:25 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月24日

「ジュピターズ・ムーン」空中に浮く難民少年 大金がほしい医師 「信頼」テーマの人間ドラマ

1.jpg

 医療過誤訴訟で訴えられている医師・シュテルン(メラーブ・ニニッゼ)は、難民キャンプで違法に難民を逃がして金を稼いでいた。ある日、被弾し瀕死の重傷を負った少年アリアン(ゾンボル・ヤェーゲル)が運び込まれる。シュテルンはアリアンが重力を操り、浮遊する能力を持ち、傷を自力で治癒できると知る──。

 ハンガリー出身のコーネル・ムンドルッツオ監督が「ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲」(14)に続き「信頼」について描いた「ジュピターズ・ムーン」。第70回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、審査員を務めた俳優のウィル・スミスが絶賛して話題となった。

2.jpg

 すし詰めの列車に乗せられ、ハンガリー国境にたどり着いたシリア難民たち。警備隊に阻まれながら、一斉に国境を越えようと森へ走り出す。アリアンは父とはぐれて一人で走り続けるが、警備隊のラズロに銃で撃たれてしまう。

 地面に倒れたアリアンの傷口からあふれた血は、玉状となって宙を舞う。アリアンの体も空中に浮かび、一定の高さまで上昇して止まり、地上に落下する。その後、運び込まれた難民キャンプの医師がシュテルンだった。

 登場人物はみな一癖ある者ばかりだ。訴訟の賠償金でお金が必要なシュテルン。弾を受けて特殊な能力を身につけたアリアン。アリアンを撃った事実をもみ消したいラズロ。3人が追いつ追われつ、負の連鎖が重なるように物語は展開する。

3.jpg

 空中に浮く人間をめぐり、シリアスで現実的な人間ドラマが描かれる。SFの概念では測れない、揺れ続ける世界情勢に、翻弄される人々。生死をかけて欧州を目指す難民たち。訴訟で巨額の賠償金が必要な医師。事件を消したい国境警備隊員。さらに列車で自爆を画策するテロリスト。不穏な現実と裏腹に、非現実的な少年の存在。特殊能力の理由は示さず、観客にゆだねた形だ。

 現実を見つけたリアルな演出、幻想的な空中浮揚シーン。カーチェイスに長回しの多用。撮影技術が素晴らしいだけに、現実と非現実のバランスの悪さに違和感が残る。宣伝コピーの「SFエンターテインメント作品」に惑わされず、信頼を描いた人間ドラマとして、作品に真摯に向き合うことをお勧めする。

(文・藤枝正稔)

「ジュピターズ・ムーン」(ハンガリー・ドイツ)

監督:コーネル・ムンドルッツォ
出演:メラーブ・ニニッゼ、ゾンボル・ヤェーゲル、ギェルギ・ツセルハルミ、モーニカ・バルシャイ

2018年1月27日(土)、新宿バルト9ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://jupitersmoon-movie.com/

作品写真:2017 (C) Proton Cinema - Match Factory Productions - KNM

タグ:レビュー
posted by 映画の森 at 15:12 | Comment(0) | ハンガリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする