2019年01月31日

「バーニング 劇場版」村上春樹の原作、韓国イ・チャンドン監督が映画化 探究心くすぐる濃密推理劇

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 運送会社アルバイトのジョンス(ユ・アイン)はある日、幼なじみのへミ(チョン・ジョンソ)と再会した。二人は一度だけ肉体関係を持ち、へミはアフリカへ旅行に行き、ジョンスは猫の世話を頼まれる。帰国したヘミは青年ベン(スティーブン・ユァン)を連れていた。裕福で日々遊んでいるとうそぶくベンは、ジョンスに秘密の趣味を打ち明ける──。

 村上春樹の短編小説「納屋を焼く」を脚色し、映画化した「バーニング 劇場版」。韓国の巨匠、イ・チャンドン監督が「ポエトリー アグネスの詩」(10)以来、8年ぶりにメガホンを取った。昨年末、NHKで95分版の「ドラマ バーニング」が放送され、今回の「劇場版」は148分に拡大されている。地方から小説家を夢見て都会に出たジョンス、幼なじみのヘミ、謎多きベンの奇妙な関係を、ジョンスの視点で描いた。

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 非常にミステリアスで難解な話だ。いくつかのセリフや小道具が伏線のように散りばめられている。ジョンスとヘミが再会した時に景品としてもらった「女物のチープなピンク腕時計」。ヘミがジョンスに見せる「見えないミカンを食べるパントマイム」。ヘミが飼っている「姿を見せない猫」。ほかにも多くのキーワードが配置されている。

 後半に最も重要なキーワード「ビニールハウス」が登場する。原作の「納屋」が「ビニールハウス」へ変えられ、話は核心に近づく。ジョンスの実家を訪れたベンとヘミは、ワインと大麻を楽しみ、開放的な夕暮れのベンチでまったり過ごす。ベンはジョンスに秘めた趣味を語り出す。それは「他人の古いビニールハウスを、2カ月に1度焼く」ことだった。ベンは「下見に来た」と言い、それを境にヘミが姿を消す。

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 ジョンスの心理と行動をもてあそぶように、ベンは謎かけをする。ヘミのアパートの部屋は主を失い、ジョンスの想像と創作の場所となる。ジョンスの妄想は膨らみ続け、衝撃のラストが導かれる。テレビ版ではヒントを投げただけで終わったが、劇場版は行く末をきっちりと描いた。

 思わせぶりな描写とセリフが積み重ねられ、観客の探究心と好奇心がくすられる。映画ファンをうならせる濃密なミステリーだ。

(文・藤枝正稔)

「バーニング 劇場版」(2018年、韓国)

監督:イ・チャンドン
出演:ユ・アイン、スティーブン・ユァン、チョン・ジョンソ

2019年2月1日(金)、TOHO シネマズシャンテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://burning-movie.jp/

作品写真:(C)2018 PinehouseFilm Co., Ltd. All Rights Reserved

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2019年01月10日

「この道」北原白秋と山田耕筰 珠玉の童謡を生んだ名コンビ あふれる人間味と固い友情

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 昭和27年(1952年)、神奈川県小田原市で「北原白秋 没後十周年記念コンサート」が開かれ、白秋が作詞した「この道」が、少女合唱隊とオーケストラによって披露された。指揮は作曲した山田耕筰。コンサート終了後、若い女性記者に「白秋はどんな人だったか」と尋ねられ、耕筰は出会いと交流を回想する──。

 詩人・歌人で童謡作家の北原白秋と、作曲家・指揮者の山田耕筰の友情を描いた「この道」。白秋役を「ハゲタカ」の大森南朋、山田耕筰役にEXILEのパフォーマーで、映画「沈黙 サイレンス」(17)などに出演したAKIRA。監督は「半落ち」(04)、「夕凪の街 桜の国」(07)の佐々部清。

 佐々部監督は白秋を偉人として描かない。観客が抱くイメージを壊す人物造形に驚かされる。過去に一緒に仕事をしたことがあるチェコ出身のミロス・フォアマン監督が、作曲家・モーツァルトを下品な人物として描いた「アマデウス」(85)を参考にしたという。

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 白秋と耕筰は全く性格が異なり、水と油のように交わらなかった。大正7年(1918年)に「赤い鳥」創刊者の鈴木三重吉(柳沢慎吾)の仲介で知り合ったものの、反発し合いけんか別れする。大正12年(1923年)に関東大震災後、耕筰が白秋を案じて会いに行く。耕筰が「僕の音楽と君の詩で、傷ついた人々の心を癒す歌ができるはず」と言い意気投合。二人はコンビを組み、数々の童謡を生み出すことになる。

 白秋は「女好き、酒好き、泣き上戸の遊び人」として描かれる。大森は「破天荒な白秋」を喜怒哀楽を全開に、愛すべき人物として演じる。耕筰は逆に真面目な勤勉家の堅物。AKIRAはりりしい若き日、特殊メイクの晩年の双方を演じる。硬さの残る演技が、遊び人に徹した大森の演技を引き立てた。

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 ドラマ演出に定評のあるベテラン佐々部監督らしく、白秋の人物像をじっくり掘り下げながら、日常生活を通して見た情景や聞こえる音から詩が生まれる瞬間を軽妙に描く。耕筰との最悪の出会いから、震災を境に友情が育まれていく。

 二人のあふれる人間味、友情を通じ、歴史に残る「からたちの花」、「この道」など数々の名曲が生み出された。笑いと涙のバランスもほどよく、親しみやすい作品だ。

(文・藤枝正稔)

「この道」(2019年、日本)

監督:佐々部清
出演:大森南朋、EXILE AKIRA、貫地谷しほり、松本若菜、小島藤子

2019年1月11日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://konomichi-movie.jp/

作品写真:(C)映画「この道」製作委員会

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2018年12月25日

「家(うち)へ帰ろう」アルゼンチンからポーランドへ ナチス迫害から逃れた老人、恩人へ感謝を伝える旅

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 アルゼンチンの仕立て屋・アブラハム(ミゲル・アンヘル・ソラ)は88歳。自分を施設に入れようとする家族から逃れ、ポーランドへ旅に出る。70年前、ドイツによるホロコースト(大量虐殺)から救ってくれた親友に、自分で仕立てた「最後のスーツ」を渡すためだ。しかし、絶対にドイツを通りたくなかった。パリからポーランドへドイツを抜けずに列車で行けないか。四苦八苦するアブラハムを、旅の途中で出会った人たちが手助けする──。

 アルゼンチンからポーランドへのロードムービー。出演するのは「タンゴ」(98)のミゲル・アンヘル・ソラ、「シチリア! シチリア!」(09)のアンヘラ・モリーナ。監督、脚本は今回が長編2作目のハブロ・ソラルス。

 監督の祖父はポーランド生まれ。家族の中では「ポーランド」と口にすると沈黙が生まれ、禁句だった。監督の幼少期の記憶は、成長するに伴いポーランドへの探求心に変わっていく。

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 アブラハムの旅はトラブル続きとなり、行く先々で見知らぬ人々に助けられる。飛行機で隣に座った青年、マドリッドのホテルの女主人。「ドイツ」という言葉さえ口にしたくないアブラハムは、列車内の筆談で「ドイツを通りたくない」と伝えるが通じない。助けてくれたのは皮肉にもドイツ人の女性文化人類学者だった。妥協するアブラハムだったが、ドイツ人だらけの列車でストレスはピークに。ナチスの幻影まで見てしまう。

 ポーランドへの旅で、アブラハムの辛い過去はわずかに回想で描かれる。会いに行きたい親友は、ホロコーストから逃れ、廃人状態だったアブラハムを、家族の反対を押し切って救ってくれた。ずっと心の支えだったのだろう。戦時中にドイツに迫害されたユダヤ人の心は今も傷つき、恐怖は心の奥深くに入り込んでいる。

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 ナチス迫害の悲痛な過去を、他人に助けられて移動するロードムービーとして描く。アイデアが秀逸で、クライマックスは山田洋次監督「幸福の黄色いハンカチ」(77)を彷彿させる。万国共通の温かい幕引きが光る作品だ。

(文・藤枝正稔)

「家(うち)へ帰ろう」(2017年、スペイン・アルゼンチン)

監督:パブロ・ソラルス
出演:ミゲル・アンヘル・ソラ、アンヘラ・モリーナ、オルガ・ボラズ、ユリア・ベアホルト、マルティン・ピロヤンスキー

2018年12月22日(土)、シネスイッチ銀座ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://uchi-kaero.ayapro.ne.jp/

作品写真:(C)2016 HERNANDEZ y FERNANDEZ Producciones cinematograficas S.L., TORNASOL FILMS, S.A RESCATE PRODUCCIONES A.I.E., ZAMPA AUDIOVISUAL, S.L., HADDOCK FILMS, PATAGONIK FILM GROUP S.A.

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2018年12月24日

「こんな夜更けにバナナかよ」前田哲監督が札幌で撮影秘話 当時の状況、再現に腐心

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 大泉洋主演の「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」の前田哲監督がこのほど、撮影地の札幌市でトークイベントに参加し、撮影秘話を語った。

 人工呼吸器を使いながら車いすで「自立生活」を送る筋ジストロフィー患者と、彼を24時間体制で支える介助ボランティアたちの交流と葛藤を描く。実在のモデルは2002年に42歳で亡くなった鹿野靖明さんで、作家の渡辺一史氏のノンフィクションが原作。鹿野役を大泉洋が演じるほか、鹿野が心を寄せる新人ボランティア役を高畑充希、美咲の恋人の医大生ボランティア役を三浦春馬が演じている。

 前田監督は原作を読んで、「感動を売り物にしているのでは」という先入観が覆され衝撃を受けたという。鹿野さんをスクリーンによみがえらせたい、との思いで映画化の企画が始まった。鹿野役は大泉洋しか考えられないと、監督とプロデューサー、脚本家の意見が一致。本人も快諾した。

 ロケは幸運続きだったと監督は振り返る。映画の中の鹿野の自宅は、鹿野さんが実際に暮らしていたケア付き住宅。クランクイン直前に「たまたま」空室になり、当時を再現することができたという。鹿野さんのかかりつけの病院や実際に旅行に行った美瑛のペンションも快く撮影スケジュールを調整してくれた。

 1994年の物語であるため、当時の医療環境の再現には気を使った。鹿野さんの使用していたものと同タイプの人工呼吸器が入手できたのも幸運だった。

 大勢のエキストラを集めた野外ジンギスカンのシーンで、撮影前に大泉が始めたあいさつが10分以上にも及び、エキストラを喜ばせたというエピソードも披露された。

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原作はノンフィクション

 原作の「こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち」は渡辺氏が2003年に発表した作品。渡辺氏は鹿野さんのボランティアの一員となり、美談では済まされない「重度障がい者の自立」という問題を内部から見つめた。その視点は高く評価され、大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞した。

 タイトルは、鹿野さんが夜中に「バナナが食べたい」と言ってボランティアに買いに行かせたエピソードがもとになっている(映画の序盤にも主人公のキャラクターを象徴するものとして描かれる)。ボランティアの若者たちに介助の仕方を指導し、言いたいことは遠慮なく口に出し、アメリカに行く夢を持って英語の勉強を続ける鹿野さん。その姿は時に反発を呼びながらも、多くのボランティアたちの人生に多大な影響を与えた。

 鹿野さんは生前、メディアにたびたび登場していた。障がい者は「肩身の狭い」存在ではなく、ボランティアは「崇高」な行為ではない。人間は対等で、互いに助け合って生きるものだと身をkもって訴えてきた。その思いを、映画はあらためて観客に差し出す。

(文・写真 芳賀恵)

「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」
12月28日(金)より全国ロードショー。作品の詳細は公式サイトまで。
http://bananakayo.jp

写真:トークイベントに参加した(右から)前田哲監督、石塚慶生プロデューサー=札幌市で12月16日
作品写真:(c)2018映画「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」製作委員会

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2018年11月29日

「ヘレディタリー 継承」恐怖に追い詰められ、壊れゆく家族 トラウマ系ホラーの秀作

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 グラハム家の祖母・エレンが亡くなった。娘のアニー(ト二・コレット)は、母にに愛憎入り混じる感情を抱いていたが、粛々と葬儀を行う。遺品に入った箱には「私を憎まないで」とメモがあった。アニーと夫のスティーブン(ガブリエル・バーン)、高校生の息子・ピーター(アレックス・ウォルフ)、人付き合いが苦手な娘・チャーリー(ミリー・シャピロ)は喪失感を乗り越えようとするが、奇妙な出来事が頻発する──。

 長編デビューとなるアリ・アスターが監督、脚本を手掛けた本格的なホラー映画。「シックス・センス」(99)のトニ・コレット、「ユージュアル・サスペクツ」(95)のガブリエル・バーン、「ライ麦畑で出会ったら」(15)のアレックス・ウォルフらが出演している。

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 亡くなったエレンは、グラハム家の家長だった。娘でミニチュア造形作家のアニー、アニーの夫で精神療法施設を経営するスティーブン、二人の子供で高校生の長男ピーター、特別支援クラスに籍を置く長女チャーリー。四人は喪失感の中にいたが、ある出来事でさらなる失意の底へおちる。

 得体の知れぬ緊張感、不気味な不安感が物語全体に漂う。あるきっかけで恐怖と不安感はピークに達し、物語はさまざまな伏線を張りながら、オカルト・スピリチュアルな方向へ舵を切る。

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 恐怖は心霊現象として表れる。ふいに鳴る物音、部屋を這う不思議な光、誰かの話声、何者かの気配。追い詰められ、とりつかれたように心を乱すアニーと、恐怖に憔悴して壊れていくピーター。やがて伏線を回収するように原因が明らかになる。

 悪夢の日常を淡々と描きながら、静と動を使い分けて恐怖を積み上げ、中盤以降はオカルト思考が支配する。「ローズマリーの赤ちゃん」(68)、「エクソシスト」(73)、「ヘルハウス」(73)など、往年のオカルトホラーの要素を巧みに取り入れ、現代的な解釈を加えた。五感を刺激する大胆なショック演出が破綻することなく、物語が成立した希有な作品だ。

 アスター監督の演出は抑制が効いている。受け継いだものに憑りつかれ崩壊するコレットの狂気の演技が、観客を恐怖のどん底へ突き落す。これ見よがしで派手な脅かし系ホラーと一線を画し、精神的に追い詰められるトラウマ系ホラーの秀作だ。

(文・藤枝正稔)

「ヘレディタリー 継承」(2018年、米)

監督:アリ・アスター
出演:トニ・コレット、アレックス・ウルフ、ミリー・シャピロ、アン・ダウド、ガブリエル・バーン

2018年11月30日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほかで全国公開。作品の詳細は公式さイオまで。

作品写真:(C)2018 Hereditary Film Productions, LLC
posted by 映画の森 at 11:17 | Comment(0) | 米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする