2020年01月17日

「私の知らないわたしの素顔」SNS上のバーチャル恋愛、なりすましが招く悲劇

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 パリの高層マンションに暮らす50代の大学教授・クレール(ジュリエット・ビノシュ)は、年下の恋人に捨てられたことをきっかけに、SNSの世界に足を踏み入れる。Facebookで“24歳のクララ”になりすまし、アレックス(フランソワ・シビル)とつながったが、アレックスとクララが恋に落ちて事態は思わぬ方向へ──。

 2016年に出版されたカミーユ・ロランスの小説を原作に、サフィ・ネブー監督がビノシュを主演に想定して脚本を書いた。女優で映画監督のニコール・ガルシアが精神分析医役で出演している。

 他人になりすました詐欺行為は、日本でも主に高齢者をターゲットに急増している。「私の知らないわたしの素顔」は女性が年下の男性をだますもので、場所は変われど現代的なテーマといえよう。

 離婚経験者のクレールは、息子2人が週末に夫のもとへ行く際、年下の恋人と愛欲生活を楽しんでいた。しかし、恋人に簡単に捨てられ、彼の近況を知りたくてSNSに入り込む。アレックスは恋人の仕事上のパートナーだった。クレールは若く美しい他人の写真をプロフィールに使い、「クララ」の名前で登録。アレックスに友達として承認される。

 アレックスとチャットするうち、クレールの内に恋愛感情が芽生える。アレックスも「クララ」を気に入り、互いにバーチャル恋愛にはまっていく。しかし、アレックスはチャットだけで物足りなくなり「声を聞きたい」「会いたい」と要求がエスカレートする。SNSの匿名性を利用していたはずのクレールだったが、厳しい現実を突きつけられる。

 SNS全盛時代、誰にも起こりうるバーチャル恋愛をスリリングに描いている。芸達者のビノシュが演じたクレールは、容姿に自信がない50代のバツイチ女性。冒頭は枯れて色つやがない眼鏡おばさんだが、バーチャル恋愛を楽しむことで、どんどん魅力的に変貌していく。しかし、アレックスの脳に刷り込まれた「クララ像」は覆せず、物語は悲劇に向かう。

 ポイントになるのは、クレールの話を聞く精神分析医・ボーマン(ニコール・ガルシア)の存在だ。恋愛にはまって暴走するクレールを客観視し、作品を引き締めている。SNSの魔力にとわれた女性の心理、行動に鋭く切り込む1本だ。

(文・藤枝正稔)

「私の知らないわたしの素顔」(2019年、仏)

監督:サフィ・ネブー
出演:ジュリエット・ビノシュ、二コール・ガルシア、フランソワ・シビル、ギョーム・グイ

2020年1月17日(金)、Bunkamura ル・シネマほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://watashinosugao.com/

作品写真:(C)2018 DIAPHANA FILMS-FRANCE 3 CINEMA-SCOPE PICTURES
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2020年01月12日

「パラサイト 半地下の家族」滑稽で残酷でほろ苦い 離れがたきこの世界

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 カンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を獲ったポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」は、格差社会を糾弾する作品ではない。貧富の構図は、物語の入り口に過ぎない。

 半地下の家に住む貧乏な家族が、金持ち家族の豪邸に入り込み、「寄生」する悲喜劇だ。貧乏と金持ち、それぞれの家族の住居、家具や持ち物、服装や職業はリアルに考えられ、日常生活が詳細に映し出される。しかし、監督はどちらが幸せとも、不幸せとも断定しない。どちらがいいとも、悪いとも言わない。ポン・ジュノの映画はいつも饒舌だが、メッセージを発しない。

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 そんな中で、あえて意味を持たされた存在が二つあった。一つは匂いだ。貧乏家族の父親(ソン・ガンホ)が、爆発するきっかけになるのが、体にしみついた匂いだった。人は自分の匂い(具体的にも抽象的にも)に気づかない。ぬぐえない。だからこそ、他人に指摘されると癇に障る。知らぬうちに忌むべき「貧しさ」を拡散していたことを、父親は他人に指摘され、傷つき、爆発する。

 もう一つは、貧乏家族の元に到来した大きな石。息子は最後まで「なぜ離れられないのか分からない」と言いながら、石を持ち歩き、最後の決定的なエピソードが起きる。来日インタビューで石の意味を問われたソン・ガンホは、「私にも分からない」と答えていた。なぜなら、石は人なら誰しも抱えている「生きにくさ」の元凶──自分ではどうにもならない、内側に抱える業のようなもの──だからだ。人間の数だけ石があるから、何を象徴するかは言えない。ソン・ガンホはそれを理解していただろう。

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 ポン・ジュノの「語り」の力は圧倒的で、ディテールと構図に目を奪われ、ユーモアとリアリティーに感情をゆさぶられ、ぐいぐい物語に引き込まれていく。見終わった後、監督が何かを「訴えた」のではなく、この世界──ある時は容赦なく、逃げ出したく、ある時は心地よく、離れがたい──私たちが暮らす世界を、そのままざっくりすくい取っていたことに気づく。そこに暮らす貧乏な家族も、裕福な家族も、時に滑稽で、時に温かく、幸せにも、不幸せにも見える。自分と同じ人間なのだ。

 メッセージを発しないポン・ジュノが、この寄る辺なき世界を楽しく、ほろ苦く、残酷に、豊かに見せてくれて、心から満たされた。

(文・遠海安)

「パラサイト 半地下の家族」(2019年、韓国)

監督:ポン・ジュノ
出演:ソン・ガンホ、イ・ソンギュン、チョ・ヨジョン、チェ・ウシク、パク・ソダム

2019年12月27日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.parasite-mv.jp/

作品写真:(C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
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2020年01月07日

「マザーレス・ブルックリン」NYの闇、フィルムノワールの香り エドワード・ノートン19年ぶり監督作

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 1957年、米ニューヨーク。私立探偵のライオネル・エスログ(エドワード・ノートン)は、障害を抱えながら、驚異の記憶力を持っていた。恩人であり唯一の友人でもあるボスのフランク・ミナ(ブルース・ウィリス)が殺され、フランクは事件の真相を追い始める。ウイスキーの香り漂うハーレムのジャズ・クラブから、マイノリティーが集うブルックリンのスラム街へ。わずかな手がかりと勘、行動力で大都会の闇に迫っていく──。

 ジョナサン・レセムの原作を「真実の行方」(96)、「ファイト・クラブ」(99)のエドワード・ノートンが監督した。脚本、製作、主演も兼ねた犯罪劇だ。共演に「ダイ・ハード」(88)のブルース・ウィリス、「美女と野獣」(2017)のググ・バサ=ロー、「レッド・オクトーバーを追え!」(90)のアレック・ボールドウィン、「永遠の門 ゴッホの見た未来」(18)のウィレム・デフォー。豪華な顔ぶれだ。

 孤児のライオネルを拾い、父親のような存在だった探偵事務所の主・フランクが殺される。残された探偵たちは、フランクを陥れた犯人を探そうと動き出す。しかし、街の暗部に触れてしまったライオネルの前に、巨大な権力が立ちはだかる。

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 原作の時代設定である1999年が1957年に変更され、フィルムノワールの香り漂う探偵ものに仕上がった。主演のノートンがいい。ライオネルはトゥレット症候群(字幕で「チック症」)を持ち、時おり感情が抑えきれず、大声でさまざまな単語を発してしまう。同僚には「フリークショー(見世物小屋)」と揶揄される始末だ。一方で、異常なまでに記憶力が良い。チック症でくせの強い話し方だが、脳内の独白は冷静で滑らか。頭脳明晰ぶりがうかがえる。

 フランクを亡くしたライオネルの良き理解者になるのが、捜査中に知り合った黒人女性ローラ(ググ・バサ=ロー)だ。父親がジャズクラブを経営しており、ライオネルの心はローラの存在と熱いジャズの響きに解放させる。音楽を担当したダニエル・ペンバートンがうまい。モダンジャズ、ビバップ、ビッグバンド、ジャズオーケストラなど、シーンによって使い分けて盛り上げる。

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 1957年のジャズ界は、ビバップ全盛だった。トランぺッターのマイルス・デイビスがパリに招かれ、ルイ・マル監督「死刑台のエレベーター」(58)のサントラを手掛けた。「マザーレス・ブルックリン」に登場するトランぺッターは、マイルスがモデルだろう。吹き替え演奏したのは、米の大御所ウィントン・マルサリス。マイルスが「モード奏法」を生み出す前夜、57年当時の熱いジャズシーンを再現している。監督こだわりのシーンに注目してほしい。

 ノートンにとって「僕たちのアナ・バナナ」(00)以来の19年ぶり監督2作目。自身が演じた特異なキャラクター、ライオネルが物語をかみ砕き、バランスの取れた良作になった。

(文・藤枝正稔)

「マザーレス・ブルックリン」(2019年、米国)

監督:エドワード・ノートン
出演:エドワード・ノートン、アレック・ボールドウィン、ブルース・ウィリス、ググ・バサ=ロー、ウィレム・デフォー

2020年1月10日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://wwws.warnerbros.co.jp/motherlessbrooklyn/index.html

作品写真:(C)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

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2019年12月25日

「男はつらいよ お帰り 寅さん」人気シリーズ50作目、思い出を名場面とともに

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 山田洋次監督の人情喜劇シリーズ50作目「男はつらいよ お帰り 寅さん」。“寅さん”こと渥美清が亡くなった翌年の「寅次郎ハイビスカスの花 特別篇」(97)以来、22年ぶりに製作されたシリーズ最新作だ。おなじみの主題歌を桑田佳祐が歌っている。

 人気小説家の満男(吉岡秀隆)は、中学3年生の娘と2人暮らし。妻の七回忌の法要で柴又の実家を久々に訪れ、母・さくら(倍賞千恵子)と父・博(前田吟)、近所の人たちと昔話に花を咲かせる。騒々しく楽しかった伯父・寅次郎との日々。いつも味方でいてくれた寅さんに会えず、満男の心には大きな穴が開いていた。出版社の担当編集者・高野(池脇千鶴)から次作の執筆を勧められるが、今ひとつ気乗りしない。そんなある日、書店のサイン会で、初恋の人・イズミ(後藤久美子)と再会する──。

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 「男はつらいよ」は、渥美は病で42作目「ぼくの伯父さん」(89)以降助演に回り、寅次郎の妹・さくらの息子・満男が実質的に主演を務めて48作まで続いた。渥美の没後、シリーズはいったん終了。今回の「男はつらいよ お帰り 寅さん」は、シリーズの後日譚で、満男主演シリーズの完結編といって問題ないだろう。

 満男は50歳になり、7年前に妻に先立たれ、娘・ユリ(桜田ひより)と二人で暮らしている。両親は健在だが、肝心の寅次郎の消息は語られない。小説家でひとり親の満男の物語が進む一方で、登場人物が寅次郎を回想する形で旧作の名場面が挿入される。現在のシーンに、過去作から抜き出した寅次郎がCG合成され、満男に寅次郎が寄り添う。

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 「寅次郎忘れな草」(73)から「寅次郎紅の花」(95)まで、4度も恋仲となったマドンナ・リリー(浅丘ルリ子)の登場。舞台となる柴又の団子屋「くるまや」。隣接する印刷工場を経営するタコ社長の娘・朱美(美保純)と息子。過去の物語が現在と地続きになっている。

 池脇演じる編集者・高野の登場は、満男の新たなパートナー登場を予感させ、山田監督の人情喜劇作家としての健在ぶり感じさせる。主演を亡くし、完結できなかった「男はつらいよ」。執念でシリーズ50作目を撮り上げた監督の作家精神に頭が下がる。

(文・藤枝正稔)

「男はつらいよ お帰り 寅さん」(2019年、日本)

監督:山田洋次
出演:渥美清、倍賞千恵子、吉岡秀隆、後藤久美子、前田吟、池脇千鶴、夏木マリ、浅丘ルリ子、美保純、佐藤蛾次郎

2019年12月27日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://www.cinemaclassics.jp/tora-san/movie50/

作品写真:(C)2019 松竹株式会社

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2019年12月20日

「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」すずのもう一つの物語 エピソードを加えて誕生

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 昭和19年。絵を描くのが好きな18歳のすず(のん)が、広島・呉に嫁いでくる。夫・周作(細谷佳正)や家族に囲まれ、見知らぬ土地で暮らし始めるすず。次第に戦争が迫り、食べ物や物資が少なくなる中、工夫を重ねて日々を過ごしていた。ある日、迷い込んだ遊郭で、すずは同世代の女性リン(岩井七世)と出会う。いつしか二人は互いを大切な存在に思うようになるが、ふとしたことで、すずは周作とリンの過去に触れてしまう──。

 こうの史代原作、片渕須直監督・脚本の「この世界の片隅に」に、250カットを超える新エピソードを加え、キャラクターの秘められた思いや新たな解釈とともに、もう一つの物語が誕生した。

 呉を舞台に戦争を庶民目線で描いたアニメーション「この世界の片隅に」。主人公すずの子ども時代から始まるドラマは、戦争で物資や食料が困窮していく中、知恵を絞り嫁ぎ先の家族とつつましく生きる姿が描かれた。劇中、すずが道に迷い、遊郭で働くリンと出会うエピソードがある。「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」は、現行版でさらりと描かれたすずとリンとの関係を深く掘り下げた。

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 エピソードが増えたことで、大人向けのビターな味わいになった。年齢も近く、名前も「鈴」の音読みと訓読み。表意一体のような二人に、意外な関係が見えてくる。現行版で描かれた周作のノートの裏表紙の一部が四角く切り取られた意味が詳細に明かされ、りんが周作に抱く感情が現行版より複雑になる。新たにリンと同じ遊郭で働くテル(花澤香菜)とすずのエピソードも加わり、すずと周作の関係描写も濃密になった。長尺版は約40分長く、現行版がダイジェストに感じるほどだ。

 太平洋戦争をテーマに、反戦を高らかに叫ぶのではない。平穏なすずの目線で日常を描き、戦争の無情、悲惨を鮮明に浮かび上げた。物資も食料もない戦時、呉の街並み、港に浮かぶ軍艦など、徹底的に調査して物語に真実味を持たせた。柔らかいタッチの細部や背景も、非常に丁寧で親しみやすい。

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 一番の功労者はすずの声を演じたのんだ。おっとりした性格のすずだが、芯の強さもあわせ持っている。のんは柔軟にキャラクターに命を吹き込んだ。既存の映画音楽と一味違い、劇伴にスキャットを加えたコトリンゴの音楽も秀逸。

 日本がたどった戦争の現実を受け止めながら、ネガティブに走らず、前向きにとらえる演出の押し引きもうまい。現行版を見た人には新たな発見をもたらし、未見の人は一本の新作として楽しめるだろう。

(文・藤枝正稔)

「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」(2019年、日本)

監督:片渕須直
声の出演:のん、細谷佳正、尾身美詞、稲葉菜月、小野大輔、潘めぐみ、岩井七世

2019年12月20日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://ikutsumono-katasumini.jp/

作品写真:(C)2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
posted by 映画の森 at 15:31 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする