2018年01月14日

「5パーセントの奇跡 嘘から始まる素敵な人生」視力を失っても 夢をあきらめなかった青年の実話

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 ドイツ人の母、スリランカ人の父の間に生まれたサリア・カハヴァッテ、“通称サリー”(コスティア・ウルマン)。両親と姉の4人家族、夢は立派なホテルマンになること。しかし、先天性の病気で網膜剥離になり、手術後に残ったのは5パーセントの視力だった。父は「障害者の学校へ転入しろ」と言うが、夢をあきらめたくないサリーが取った行動は──。

 実話を基にしたドイツ映画で、監督は「白バラの祈り ゾフィー・ショル、最後の日々」(05)のマルク・ローテムント。主人公のサリアは15歳で視力の95パーセントを失い、高校卒業後はホテルで見習いとして働き、接客業などのキャリアを積み、15年間も目が見えないことを隠していたという。

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 学生時代はまだ目が見えていたサリー。レストランで見習いをしながら、家族に料理をふるまうなど明るい未来が開けていた。しかし、突然の病で一度は絶望的な状態に。それでも夢をあきらめない。驚異的な記憶力、わずかに残った視力、聴力を駆使し、猛勉強して学校を卒業する。目のことを隠し、母と姉の助けを借りながら、憧れの一流ホテルの面接を受けて合格する。

 実話ものの映画だが、最初の設定の難易度が高く、映画として興味深い展開になる。主人公が絶望をはねのけ、ポジティブに希望へ向かう姿は、サクセス・ストーリーに近い感触だ。ホテルでの接客の仕事は、人への対応から建物内の移動、食べ物や飲み物、食器の扱いまで、さまざまな作業を覚えなければならない。

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 いくたの困難に立ち向かうサリーを、同期見習いのマックス(ヤコブ・マッチェンツ)が助ける。いち早く視力が弱いことを見抜き、サリーにとって心強い相棒になる。出入り配送業者の女性クララ(アンナ・マリア・ミューエ)との淡い恋、指導教官クラインシュミット(ヨハン・フォン・ビューロー)の厳しい監視もアクセントに。さらに、アフガニスタン移民で外科医のハミデ(キダ・コドル・ラマダン)が、キャリアを生かせず皿洗いとして働いている点に、ドイツの現状に対する風刺をしのばせている。

 幸運と不運がともに訪れるサリーの人生。実話がもとであることで真実味が増した。サリーを演じたウルマンは好演で、ローテムント監督の演出は絶妙。誰もが共感できる軽快な作りで、心地よく感動できる作品だ。

(文・藤枝正稔)

「5パーセントの奇跡 嘘から始まる素敵な人生」(2017年、ドイツ)

監督:マルク・ローテムント
主演:コスティア・ウルマン、ヤコブ・マッチェンツ、アンナ・マリア・ミューエ、ヨハン・フォン・ビューロー、アレクサンダー・ヘルト

2018年1月13日(土)新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://5p-kiseki.com/

作品写真:(c)ZIEGLER FILM GMBH & CO. KG, SEVENPICTURES FILM GMBH, STUDIOCANAL FILM GMBH

タグ:レビュー
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2017年09月14日

「50年後のボクたちは」少年たちは疾走した 忘れ得ぬひと夏の冒険

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 クラスに気になる子がいる。その子は自分のことなんか眼中にない。あたりまえだ。彼女は美人で派手で、女王様的存在。それに対して、こっちは空気が読めずオタクっぽく、浮いた存在。そもそも住む世界が違うのだ。

 14歳の“イケてない”男の子、マイク。父親は不動産ビジネスで財を築き、プール付きの豪邸を建てたが、母親がアル中の治療で家を空けるや途端に愛人と旅行に出てしまう。

 夏休み。一人残されたマイクのもとに、ロシアから転校してきたばかりのチックが、どこかで盗んだオンボロ車を駆ってやってくる。子供が車を運転している時点でアウトなのに、盗難車。でもそんなの気にもかけない。少年だから刑罰の対象にあらずと涼しい顔なのだ。内気なマイクとは対照的にブッ飛んだ奴。

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 その日は、マイクが恋する女王様の誕生日。何とクラスで招待されなかったのは、マイクとチックだけだった。それならば、こっちから押しかけるまで。チックはためらうマイクを助手席に乗せ、誕生パーティに乱入する。マイクは心を込めて描いた彼女の似顔絵をプレゼントすることに成功。ささやかな達成感を胸に、二人はあてどないドライブに出るのだった――。

 性格も素性も異なる2人の少年。シャイなマイクは大胆不敵なチックにリードされながら、これまでに味わったことのいない、めくるめく出来事に身を委ねていく。

 ドライブが始まるや、GPS(全地球測位システム)で居場所がばれるからと、チックがマイクのスマホを窓から放り捨てる。「イージー・ライダー」(69)の冒頭、ピーター・フォンダが腕時計を外して投げ捨てる場面を思い出す人もいるだろう。体制からの決別宣言。

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 便利なスマホと引き換えに、少年たちが手に入れたとびきりの自由。とうもろこし畑に描く即興アート、風力発電所での野宿、廃墟の少女との出会い、貯水池での水浴び……。14歳の少年たちが、濃密な体験を重ねながら、人間的に成長していく。

 何か何まで管理され、もはや自由など存在しないかに見える現代っ子の世界。ところがスマホを取り上げるだけで、これだけ伸び伸びと生きることができるのだ。もしスマホを捨てさせなければ、こんなにワクワクするロードムービーなんか撮れなかったに違いない。加えて盗難車を運転させる設定。広大なドイツの国土を駆け抜ける姿が、少年たちの生命力、躍動感とよくマッチしている。

 監督はドイツの名匠ファティ・アキン。初期作「太陽に恋して」(00)を貫いていたダイナミズムとロマンチズムが、今回も力強く脈打っており、見る者の胸を熱くさせるとともに、爽やかな後味を残す。

(文・沢宮亘理)

「50年後のボクたちは」(2016年、ドイツ)

監督:ファティ・アキン

出演:トリスタン・ゲーベル、アナンド・バトビレグ・チョローンバータル、メルセデス・ミュラー

2017年9月16日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.bitters.co.jp/50nengo/

作品写真:(c)2016 Lago Film GmbH. Studiocanal Film GmbH

タグ:レビュー
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2017年06月22日

「ありがとう、トニ・エルドマン」リアルとシュールの絶妙なバランス 父と娘の破格な愛

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 トニ・エルドマンとは、主人公であるヴィンフリートが創造したもう一つの人格である。学校の音楽教師をリタイアし、時間をもてあましているらしいヴィンフリートは、気が向くと入れ歯やカツラで変装し、トニ・エルドマンと名乗っては、悦に入っている。

 そんなヴィンフリートにとって、気がかりなのは娘のイネスのことだ。コンサルティング会社に勤めるイネスは、ルーマニアのブカレストに赴任し、朝から夜まで働きづめ。たまにドイツの実家に帰ってきても、ケータイで仕事の打ち合わせばかりしている。結局、ろくに会話もしないまま、ブカレストに戻ってしまう。

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 イネスが心配でたまらないヴィンフリートは、はるばるブカレストまで彼女に会いに行く。驚くイネスだったが、仕事に忙殺され、父にかまっている暇などない。だが、あまり冷たくするのも気の毒に思ったか、イネスは財界人が集まる大使館でのレセプションに父を招く。ヴィンフリートは、取引先の役員を怒らせて落ち込む娘の姿に、彼女の仕事の過酷さを垣間見る。

 企画、プレゼンテーション、接待と、休む間もなくスケジュールをこなしていくイネス。そんなイネスの前に、ヴィンフリートはトニ・エルドマンの姿で現れるようになる。同僚との食事会、上司と口論している屋上、ボーイフレンドと楽しんでいるパーティー。

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 まさに神出鬼没。ごく日常的な風景の中に、突如として姿を現す異形の中年男。リアルな世界をかき乱すシュールな人物。ビジネスでキャリアを積み上げるために、毎日必死で頑張っているイネスにとっては、迷惑このうえない存在のはずだ。

 しかし、イネスは父=トニ・エルドマンを決して遠ざけようとはしない。彼の行動が、意地悪や悪ふざけなどではなく、自分を気遣ってのことだと分かっているからだ。

 イネスは、いつのまにかトニ・エルドマンに癒され、影響されていく。手堅く、そつなく、常識的に。それまでの生き方を彼女はかなぐり捨てる。ヴィンフリートの娘ではなく、トニ・エルドマンの娘へ。その気になれば、自分も変身できる。イネスは覚醒するのだ。

 リアルとシュールが絶妙なバランスで、全編に監督の非凡なセンスが光る秀作。カイエ・デュ・シネマ誌、スクリーン・インターナショナル誌など、世界の名だたる映画誌が年間ベストワンに選んでいるのもうなずける。

(文・沢宮亘理)

「ありがとう、トニ・エルドマン」(2016年、ドイツ・オーストリア)

監督:マーレン・アデ
主演:ペーター・ジモニシェック、ザンドラ・ヒュラー

2017年6月24日(土)、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.bitters.co.jp/tonierdmann/

作品写真:(c)Komplizen Film
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2017年04月13日

「わすれな草」 認知症が人間関係を再構築 他人と化した妻を愛し直す

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 ドキュメンタリー映画作家のダービット・ジーベキングが、認知症を患った母と過ごす最後の日々を記録した作品だ。映し出されるのは、記憶を失い、夫も息子も区別できなくなった母。そして、彼女の世話に四苦八苦する父や監督自身の姿である。

 介護の過酷さを見せつける映像はほとんどない。失禁で濡れた床を父が掃除する場面ぐらいだろうか。焦点があてられいるのは、介護の厳しい現実ではなく、認知症を通して結ばれる新たな家族の絆である。

「母さんはこの家に30年住んでいるんだよ」
「まさか。初耳だわ」
「父さんとはずっと前から結婚している」
「あなたが父さんでしょ?」

 監督と母との会話である。まったく話が噛み合わない。自分の居場所も家族の顔も名前も認識できなくなった母親。監督は1週間で疲弊しきってしまう。「父はこれを何年も続けてきたんだな」とため息をつく。

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 このまま放置すれば、症状はどんどん悪化し、家族関係は崩壊してしまう。無理やりにでも外に連れ出す。介護人にサポートしてもらう。さまざまな方法を試すが芳(かんば)しい結果が出ない。スイスに旅行中の父に会いに行かせても自分の夫だということが分からない。

 昔のことを思い出せば何かが変わるかもしれない。そんな期待を抱きながら、秘密警察が保管する母と父の記録を閲覧し、母のかつての恋人を訪ねて話を聞く。

 父と母はともに過激な政治活動に身を投じたカップルだった。互いの自由恋愛を条件に結婚。父は浮気が本気になり、離婚を切り出すが、母が「私たちはつながっているの。簡単には別れないわ」と反対した。家事や育児に一切タッチしなかった父。不満を日記に書き記していた母。さまざまな事実が浮かび上がってくる。そして、ある日、思いがけない変化が起こる――。

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 1960年代後半という政治の季節に青春を過ごした知的カップル。自由恋愛という名の不干渉が生み出したであろう心の隔たり。妻の認知症が契機となって、逆にその距離が縮まり、新しい夫婦関係が構築されていく様子が、実に興味深く示唆に富む。「認知症は人間関係を破壊する」という常識に一石を投じる作品だ。

(文・沢宮亘理)

「わすれな草」(2013年、独)

監督:ダービット・ジーベキング

2016年4月15日(土)、渋谷ユーロスぺースほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.gnome15.com/wasurenagusa/

作品写真:(C)Lichtblick Media GmbH

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2016年12月04日

映画祭を振り返る(1)第29回東京国際映画祭最高賞「ブルーム・オヴ・イエスタディ」ホロコーストから60年 被害者と加害者の孫が過去に向き合う

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 今年も残すところ1カ月を切りました。秋の映画祭シーズンを振り返り、レビューやレポートを連載でお送りします。まずは第29回東京国際映画祭(2016年10月25日〜11月3日)東京グランプリ(最高賞)受賞作ブルーム・オヴ・イエスタディ」のレビューです。

…………………………

 「ブルーム・オヴ・イエスタディ」は、ドイツ人男性とユダヤ人女性が、ホロコーストをテーマとするイベントの準備を進める中で、ぶつかり合ったり、ひかれ合ったりする姿を、ときにユーモラスに、ときにシリアスに描いた作品だ。

 ホロコーストの研究機関に勤めるトトは、頑固な性格が災いして担当を外される。だが、トトは引き下がらない。面倒を見るよう命じられたフランス人研修生のザジを巻き込み、独自にイベントの準備を進めるのだが――。

 エキセントリックなザジが、ナチに対する敵意丸出しで、いくぶん無神経なトトを悩ませる。トトの乗るメルセデスベンツを「ユダヤ人移送に使ったのと同種だ」とケチをつけたり、激高してトトの愛犬を走行中の車から放り投げたり――。序盤はドタバタの連続で大いに笑わせるが、中盤からトーンが変わってくる。

 実はザジはユダヤ人犠牲者の孫であり、トトはナチスの孫。2人が歴史とどう向き合い、過去の因縁にどう決着を付けるかが中盤以降の見どころだ。2人がそれぞれに抱える私生活の秘密。新たに発見される真実。物語は急展開に次ぐ急展開で、先の流れを読ませない。

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 メガホンをとったのは、「4分間のピアニスト」(07)で注目されたドイツ人監督クリス・クラウス。自身の家族の過去について調べる中で、見聞きしたドイツ人とユダヤ人のエピソードに着想を得て、脚本を執筆したという。

 過去を決して水に流すことなく、未来への希望を示唆するエンディングの演出が心に沁みる。

(文・沢宮亘理)

「ブルーム・オヴ・イエスタディ」(2016年、ドイツ・オーストリア)

監督:クリス・クラウス
出演:ラース・アイディンガー、アデル・エネル、ヤン=ヨーゼフ・リーファース

作品写真:映画祭事務局提供 (C)2016 Edith Held / DOR FILM-WEST, Four Minutes Filmproduktion
タグ:レビュー
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