2012年05月31日

「ファウスト」 ゲーテ代表作 巨匠ソクーロフ、大胆な脚色 息のむ映像

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 ドイツの文豪、ゲーテの代表作「ファウスト」の映画化である。だが、最初に宣言されているように、ソクーロフ監督は設定や構成を大幅にアレンジしている。たとえば主人公ファウストは、老人から青年へ変身する展開はなく、最初から最後まで壮年の男として登場。一方、悪魔メフィストはマウリツィウスという高利貸の姿で現れる。アウエルバッハの地下酒場や魔女の厨(くりや)といった有名な場面にも、ソクーロフ流の大胆な改変が加えられている。

 冒頭は、弟子のワーグナーとファウストが、ぶらりと吊り下げられた人間の死体を解剖するシーン。ここで早くも、古典的なファウスト像は打ち砕かれる。映し出されるのは、かびとほこりにまみれた書斎の住人というイメージにはほど遠い、体格のよい男。なるほど、この男なら変身せずとも、マルガレーテに言い寄ることは可能だろう。

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 そのマルガレーテ。原作のイメージそのままに再現されているのは、彼女だけかもしれない。澄んだ瞳、控えめな口元、真っ白な肌。主人公を虜(とりこ)にする汚れなき乙女のオーラを放つ。全体に色調が暗めな作品だが、彼女が現れるや映像が光り輝く。

 マルガレーテとファウストは、女たちがひしめく洗濯場で運命的出会いを果たす。海千山千のマウリツィウスが、世間知らずのファウストに未知の世界を教えるため案内した最初の場所だ。ローマ風呂を彷彿とさせる広々とした空間で、ひときわ精彩を放つマルガレーテ。野卑なマウリツィウスが女たちとじゃれ合う中で、ファウストの視線はマルガレーテに釘づけとなる。

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 しかし、あろうことかファウストは、次に案内された地下酒場で、マルガレーテの兄を誤って殺してしまう。窮地に陥ったファウストは、すがるようにマウリツィウスのもとを訪れる。「一晩だけでもマルガレーテと過ごしたい」。願いを叶える条件として、マウリツィウスがファウストに求めたのは、魂を引き渡す契約書へのサインだった――。

 ファウストが兄を殺したことを知ったマルガレーテがファウスト宅を訪ねるシーンで見られる、彼女のクロースアップの何と魅力的なことか。強い光が当てられ、白く輝く顔は、妖(あや)しいまでに美しい。また、自殺しようと水辺にたたずむマルガレーテが、ファウストに抱きかかえられるようにして、水中に身を投じる時の、観念したような晴れやかな表情も忘れがたい。マルガレーテ役のイゾルダ・ディシャウクあっての映像美。とくと味わってほしい。

 二人の最終的な運命は? ファウストとマウリツィウスとの因縁は? 意表を突く展開と、息をのむエンディングに、改めてソクーロフの比類なき才能を思い知る。

(文・沢宮亘理)

「ファウスト」(2011年、ロシア)

監督:アレクサンドル・ソクーロフ
出演:ヨハネス・ツァイラー、アントン・アダシンスキー、イゾルダ・ディシャウク

6月2日、シネスイッチ銀座ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.cetera.co.jp/faust/

作品写真:(c)2011 Proline-Film,Stiftung für Film-und Medienförderung, St. Petersburg,Filmförderung, Russland Alle Rechte sind geschützt
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2009年09月29日

「ボヴァリー夫人」 鬼才ソクーロフの野心作 20年経て日本公開

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 「モレク神」(99)、「太陽」(05)など、数々の問題作で知られるロシアの鬼才、アレクサンドル・ソクーロフ監督が、旧ソ連時代の1989年に発表した作品のディレクターズカット版である。91年に製作されたクロード・シャブロル監督の「ボヴァリー夫人」は、原作の構成を生かしたオーソドックスな作品だった。これに対して、本作は原作を大胆に解体し、ソクーロフ独自のスタイルへと再構築。従来のエマ像とはひと味もふた味も違う“異形の”ヒロイン像を生み出している。

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2008年11月11日

「チェチェンへ アレクサンドラの旅」 疲れ横たわる 戦争の現実

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 「チェチェンへ アレクサンドラの旅(原題:アレクサンドラ)」は、天皇ヒロヒトを描いた「太陽」のアレクサンドル・ソクーロフ監督作品である。チェチェン共和国の首都・グロズヌイにある現実のロシア軍駐屯地とその周辺でオールロケーションを敢行し、フィクションとノンフィクションの狭間で戦争の現実を描き出した。

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