2015年10月31日

「裁かれるは善人のみ」ロシアの過酷な大地、理不尽と戦う弱者

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 寒風吹きすさぶ砂浜に、巨大な鯨の骨が横たわる。ロシア北西部、北極海に面した町。ロシア映画「裁かれるは善人のみ」は、開発と土地買収をめぐる理不尽、弱者の苦闘を描いた作品だ。

 自動車修理工場を営むコーリャ(アレクセイ・セレブリャコフ)は、息子のロマ、後妻のリリア(エレナ・リャドワ)とつつましく暮らしていた。一家の生活はつつましく質素だ。仕事場も兼ねるガレージ付きの家には、祖父の代から住んできた。しかし強欲な市長ヴァディム(ロマン・マディアノフ)は、開発に向け土地を買い上げようとする。買収の手法に不満を抱いたコーリャは、市を相手取り訴訟を起こしていた。

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 モスクワから友人の弁護士ディーマ(ウラジーミル・ウドビチェン)を呼び、土地を手放さぬため戦うコーリャ。しかし市長はあらゆる人脈、権限、果ては暴力まで使い、コーリャを黙らせようとする。市長は攻撃をエスカレートさせ、ディーマをだまして襲う。八方塞がりのコーリャは、涙を流して嘆く。「主よ、なぜですか」。疲れ切り、神すら信じられなくなっていた──。

 カンヌ国際映画祭脚本賞、米ゴールデングローブ賞外国語映画賞など、世界各地の映画祭で注目を集めた作品。デビュー作「父、帰る」でベネチア国際映画祭金獅子賞(最高賞)をさらい、カンヌで「ヴェラの祈り」、「エレナの惑い」と2作連続受賞したアンドレイ・ズビャギンツェフ監督の新作だ。

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 鈍い灰色に覆われた北の大地、人間を芯から凍らせる冷たい風、出口の見えない理不尽な現実。小さな町の小さな善人が、権力を振りかざす安っぽい悪に踏みつけられていく。監督は容赦がなく、甘い理想など見せてはくれない。

 しかしそれ以上に、ロシアの厳しく気高い自然が観る者を圧倒する。時折映される鯨の骨は、人間の小ささを際立たせる。コーリャ個人の戦いを描きながら、普遍的で抗いがたい世の現実を突き付ける。その果てに観客が見るのは、絶望なのか、いちるの望みなのか。

「裁かれるは善人のみ」(2014年、ロシア)

監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ
出演:アレクセイ・セレブリャコフ、エレナ・リャドワ、ウラジーミル・ウドビチェンコフ、ロマン・マディアノフ、セルゲイ・ポホダーエフ

2015年10月31日(土)、新宿武蔵野館ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.bitters.co.jp/zennin/

作品写真:(C)2014 Pyramide / LM
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2015年09月24日

「草原の実験」一瞬で壊される夢と幸せ カザフスタンの実話をもとに

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 広大な草原に囲まれた粗末な一軒家に、若い娘と父親が暮らしている。父親は毎朝トラックを運転し、どこかに出かけていく。軍関連施設に勤務しているようだ。娘は父親を見送ると、家でひとり父親の帰りを待つ。壁に貼られた世界地図に遠い外国への憧れをかきたてられつつも、平穏な毎日に不満はなさそうだ。

 近隣に住む幼なじみの青年は、娘に好意を抱いている。そしてよそからやってきた金髪の青年もまた、娘に一目ぼれしてしまう。二人の青年に愛され、娘の心は大きく揺れる。

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 ある日、父親が突如として病に倒れる。その夜、軍用トラックでやってきた男たちは、雷雨の中で父親を裸にし、ガイガーカウンターを当てる。激しい警告音とともに、カウンターの針が大きく振れる。

 映画の序盤に、プロペラ機で軍人が降り立ち、父親が操縦のまねごとをする場面がある。軍人という記号のせいだろう。一見ユーモラスなこの場面に、微かな不安が宿っている。その不安は、雷雨の場面に至って不吉な予感へと変わる。すでに平穏な暮らしは崩壊しかかっている。娘は金髪の青年との恋愛で危機を切り抜けようとするが、運命の歯車を止めることはできない。

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 男と女として結ばれた二人は、未来へ向かって歩き出そうとする。しかし次の瞬間、恐ろしい衝撃が襲う。喜びも夢も幸福も、すべてを一瞬にして消滅させる、まるでこの世の終りのような、すさまじい映像と音。心の底から震撼させられる。

 旧ソ連時代のカザフスタンで起きた実話をもとにした物語。セリフを一切排し、俳優に表情と動作だけで演技させたことが画面に緊迫感を与え、異様な迫力を生み出している。アップ、ロング、俯瞰など、多様なサイズ、アングルのショットを、テンポよく組み立てた構成も巧みで緊張が途切れない。映像の力を思い知らされる作品だ。

(文・沢宮亘理)

「草原の実験」(2014年、ロシア)

監督:アレクサンドル・コット
出演:エレーナ・アン、ダニーラ・ラッソマーヒン、カリーム・パカチャコーフ、ナリンマン・ベクブラートフーアレシェフ

2015年9月26日(土)、シアター・イメージフォーラムほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://sogennojikken.com/


作品写真:(C)Igor Tolstunov’s Film Production Company


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2014年12月19日

「エレナの惑い」家族の絆、戸惑いと葛藤 女性心理掘り下げ

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 ベネチア国際映画祭金獅子賞(最高賞)を獲得した「父、帰る」(03)のロシア人監督、アンドレイ・ズビャギンツェフ監督の「エレナの惑い」(11)。同監督の「ヴェラの祈り」(07)とともに同時公開される。

 モスクワ。初老の実業家ウラジミル(アンドレイ・スミルノフ)は高級マンションに住んでいる。夜明けとともに妻エレナ(ナジェジダ・マルキナ)が目を覚ます。身支度すると夫を起こし、手際よく朝食の準備をする。10年前、ウラジミルは入院先の病院で看護師のエレナと知り合い、2年前に結婚した。

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 二人は再婚同士だった。エレナは前夫との間に無職の息子のセルゲイ(アルクセイ・ロズィン)がいる。妻や高校生の息子がいるにもかかわらず、エレナの年金を頼りに暮らしていた。ウラジミルの一人娘カテリナ(エレナ・リャドワ)は仕事をせず、気ままな遊興生活を送り、父と疎遠になっていた。

 セルゲイは母エレナに、息子の大学裏口入学資金の援助まで求める。相談されたウラジミルは断るが、心臓発作を起こし車いす生活に。その後、娘カテリナとの関係は改善し「全財産を譲る」と言い始める。夫の一方的な態度に釈然としないエレナは、ある計画を思いつく──。

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 再婚で裕福になったエレナと、極貧をさまよう息子家族。現在の生活と息子の幸せ。エレナは狭間で迷う。監督は両極にある家族を対比させながら、女性の心理を丁寧に掘り下げ、その行動の是非を観客に問いかける。

 シーンの半分以上はエレナと夫が住む高級マンション、息子セルゲイが住む古びた狭いアパートで展開する。暗いイメージとして枯れ木にとまるカラス、鳴き声が挿入される。観客は不吉な予感を抱く。現代音楽の一種、ミニマル・ミュージックの第一人者、フィリップ・グラスの交響曲が緊張感と切迫感を生み出す。

 家族の絆に戸惑い葛藤し、その先に見える皮肉な光景。エレナのしたたかさ、いびつな幸せ。緻密に計算された作品だ。

(文・藤枝正稔)

「エレナの惑い」(2011年、ロシア)

監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ
出演:ナジェジダ・マルキナ、アンドレイ・スミルノフ

2014年12月20日(土)、ユーロスペースほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.ivc-tokyo.co.jp/elenavera/
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2013年08月04日

「オーガストウォーズ」 グルジア紛争とロボット激突 息子救出に走る母 ロシア発CG戦争大作

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 ロシア・グルジア紛争の現場である南オセチアを舞台に、巨大ロボットの激突を描く「オーガストウォーズ」。ロシアのジャニック・ファイジエフ監督による戦争大作だ。

 2008年夏。シングルマザーのクセーニア(スベトラーナ・イバーノブナ)は、息子チョーマと2人暮らし。チョーマは両親の離婚から逃げるように、空想世界で善悪のロボットを戦わせていた。一方、クセーニアは恋人との再婚を望むが、息子の存在が障害になる。そこへ軍人の元夫ザウール(エゴール・ベロエフ)から「子供に会いたい」と連絡が入る。

 ザウールの居場所はグルジア国境・南オセチア。危険な紛争地域のため不安を抱くクセーニアだったが、「大統領は休暇中。衝突は起こらない」と判断。恋人とのバカンスを選び、息子を元夫のもとに送り出してしまう。しかし予想に反し、南オセチアにグルジア軍が侵攻する──。

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 ロボット戦争映画のように宣伝されているが、ふたを開ければ実際の紛争を背景に、息子を救うため孤軍奮闘する母を中心にした作品だ。ロボットはあくまでスパイス的な存在。恋愛に浮かれていたクセーニアは、息子の危機を知り一心不乱に動き出す。南オセチアに潜入後、乗り合いバスで村に向かうものの、グルジア軍のミサイルで車体は大破。救出に来たロシア軍指揮官リョーハ(マクシム・マトヴェーエフ)はクセーニアを引き止めるが、意思の強さに負けて途中の街まで送り届ける。

 チョーマの空想世界を描いたオープニングは、CG(コンピューター・グラフィックス)アニメーションに実写をはめたように稚拙な仕上がり。逆にロボットは「トランスフォーマー」シリーズさながらの高品質CG映像。冒頭からのファンタジーとコメディーが混在した作風にも戸惑うが、クセーニアの潜入後は勢いが止まらない。バスの大破、逃げ込んだ建物の崩壊、車を襲う空爆の嵐。クセーニアは危険の連続を乗り越えていく。周りの人々が次々命を落とす中、リョーハに助けられ、強運を武器に走り続ける。

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 戦車、戦闘機、ヘリコプターなどの兵器は、ロシア軍の全面協力を受けて撮影。CG依存のハリウッド映画と一味違い生の迫力がある。さらに特殊映像はロシアのファンタジー大作「ナイト・ウォッチ」(04)のスタッフが作成した。CGロボットが大暴れする荒唐無稽の世界観。戦争アクションとSFがごった煮となった力強さ。その根底に流れる母の愛は普遍的で心動かされた。先入観をいい意味で裏切る快作だ。

(文・藤枝正稔)

「オーガストウォーズ」(2012年、ロシア)

監督:ジャニック・ファイジエフ
出演:スベトラーナ・イバーノブナ、エゴール・ベロエフ、マクシム・マトベーエフ

2013年8月10日、渋谷TOEIほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.augustwars.com/

作品写真:(C)2011 Glavkino. All Rights Reserved
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2012年12月08日

「プリズナー・オブ・パワー 囚われの惑星」 ロシア製SF巨編 旧体制批判も堂々と

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 2157年。人類は戦争も飢餓もテロも克服し、平和な世の中を謳歌していた。個人の宇宙旅行など当たり前。冒険心あふれる若者たちの中には、一人で宇宙探査に出かける猛者も少なくなかった。ハンサムな金髪の大学生、マキシムもそんな一人。

 ある日、宇宙を航行中のマキシムを隕(いん)石が襲い、宇宙船は謎の惑星に不時着する。マキシムは住民に捕らえられるが、何とか脱出に成功。その後も度重なる危機を、持ち前の戦闘能力で乗り切っていく。そんなマキシムに目をつけた政府は、彼を親衛隊に入隊させる。しかし、やがてマキシムは政府軍のやり方に疑問を抱き、親衛隊を離脱。反政府軍とともに、政府転覆をはかるのだが――。

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 惑星を牛耳る独裁政権は、各地に設置された防衛塔から放射する特殊光線によって住民の思考力を奪い、隷属させている。反政府軍の兵士がマキシムに「人々は新聞、ラジオ、テレビをすべて鵜呑みにし、プロパガンダを受け入れる」と語るシーンが印象的だ。SFの体裁をとりつつも、描かれているのは、旧ソ連のカリカチュア(戯画)にほかならない。

 原作「収容所惑星」が書かれたのは1969年。まさに冷戦真っただ中のソ連時代だ。作者のストルガツキー兄弟は反体制的な作品で知られ、アンドレイ・タルコフスキー監督の「ストーカー」(79)も、彼らの作品を原作としている。

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 こんな作品がエンターテインメントとして製作され、しかも大ヒットを記録したというのだから、かの国も随分と変わったものである。アクションやスペクタクルの表現レベルはなかなかのもの。また、オープニングタイトルの背景に本作のコミック版を用いるセンスもいい。ロシア映画はこれからますます面白くなりそうな予感がする。

 主演のワシリー・ステパノフ、ヒロイン役のユーリヤ・スニギーリ。ともに美形でオーラも十分。スニギーリは「ダイ・ハード ラスト・デイ」(13)でハリウッドデビューを果たしている。この水準のスターが続々と輩出されれば、映画大国への道もおのずと開かれるのではないだろうか。

(文・沢宮亘理)

「プリズナー・オブ・パワー 囚われの惑星」(2008年、ロシア)

監督:フョードル・ボンダルチュク
出演:ワシリー・ステパノフ、ピョートル・フョードロフ、ユーリヤ・スニギーリ

12月8日、渋谷シネクイントほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.prisoner-movie.jp/
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