2017年04月11日

「タレンタイム 優しい歌」女優アディバ・ノールに聞く 多民族・多宗教国家マレーシアからのメッセージ「違うことは悪いことではない。心を開いて互いを探り合い、発見し合うことが大切」

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 マレーシアのヤスミン・アフマド監督の遺作「タレンタイム 優しい歌」(08)が、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムほかで公開されている。マレーシアの高校を舞台に、人種や宗教の異なる生徒たちが、それぞれの悩みを抱えながら音楽コンテストに挑む物語。多民族、多言語、多宗教の国で、ヤスミン監督は共存する素晴らしさと知恵を発信し続けた。突然の死から8年、テロと分断の危機が世界を覆う今こそ、見る者の心に染み入る作品だ。

 ヤスミン監督の全6作品のうち、「細い目」(04)、「グブラ」(05)、「ムクシン」(06)、「タレンタイム 優しい歌」と4作品に出演した女優で歌手のアディバ・ノールが日本公開に合わせて来日した。世界にテロが蔓延し、宗教間の溝が深まる今、一人のイスラム教徒、マレーシア人としての思いを聞いた。

 主なやり取りは次の通り。

 ──ヤスミン監督は「分断」を嫌った人でした。イスラム教徒を名乗る人々によるテロが増え、世界は分断の危機にさらされています。穏健なイスラム教国と呼ばれるマレーシアの市民、一人のイスラム教徒として、世界はどう見えますか。

 いま世界で起きていることは、イスラム教の真理のために行われたことではなく、個人の利益が追求された結果だと思います。「イスラム教徒が起こした」こととは思いません。しかし、そういうもの(テロや過激思想)がさらされて、人々の目につくようになると、世界の人々の物の見方に影響します。テロはあくまでジハード(聖戦)の実現を考える人たちがやっていること。マレーシアでは宗教を問わず、誰もがテロはいけないことだと思っています。

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 ──監督がこの世を去って8年になります。「タレンタイム 優しい歌」が製作された当時と今のマレーシア社会を比べて、どんな点が変わりましたか。

 人々の団結力は強くなっています。ネットでSNS(交流サイト)を見てもそう感じます。政治への不満が募るほどに、市民が互いを認め合い、助け合おうとしています。もちろん少数派ですが、分断を起こそうとする人はいます。しかし、私たちマレーシア人には、植民地主義に対抗してきた時代から、魂の中に団結して戦う心が根付いているのです。分断を利用しようとする魂胆が見えるほど、人々の団結力は強くなる。テロは一部の問題ある指導者が原因です。人々に問題はありません。

 ──世界中に国を追われる難民があふれ、日本も移民や外国人をより多く受け入れる時代になりました。受け入れる側として、日本人が心に留めておくべきことは何でしょうか。

 移民や労働者がほかの国を訪れる時、「入れてほしいな」と思ったら、その「家」の暮らし方、習慣や文化に自分を合わせようとします。たとえばマレーシアも日本も、家に入る時は靴を脱ぎます。土足で入るのは、私の考え方では誤りです。しかし、家の住民はゲストのニーズも考えなければなりません。宗教であれ、生活するうえで必要なことであれ、互いを尊重し、開かれた発想でいることが大切です。違いがあることは、優劣があることではありません。相手を「もっと知りたい」と思い、互いに探り合い、発見し合うことが重要です。

 日本にもさまざまな国のイスラム教徒が住んでいますよね。イスラム教徒を受け入れるため、お祈りの場所や(イスラム教の戒律を守った)ハラルの食事を用意する動きがあると聞きました。日本にも受け入れる用意がある、ということだと思います。

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 ──「タレンタイム 優しい歌」に登場する高校は、マレー系、中華系、インド系の生徒が入り混じっています。マレーシアでは一般的なことなのでしょうか。

 作中に登場する高校は公立高校で、よくある学校の風景です。人種が混ざり合っていますね。ヤスミン監督らしいな、と思ったシーンがありました。中華系の少年が中華系の先生に、マレー系の同級生への不満を相談します。でも、先生はきちんと同級生には否がないことを説明し、「人種で人を判断するのはいけない」と伝えます。監督からのメッセージだと思います。

 私自身はちょっと保守的な育ち方をしました。母は「特定の人種は避けた方がいい」と言うような人でした。ただ、学校へ行けばいろいろな人種の同級生がいるので、そういう環境にはなじんでいました。ヤスミン監督と仕事をするようになり、彼女の「違いを悪いものととらえるのではなく、みんなで分かち合おう」とする考えを当然と思うようになりました。ヤスミン監督には大きな影響を受けました。

(文・写真 遠海安)

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「タレンタイム 優しい歌」(2008年、マレーシア)

監督・脚本:ヤスミン・アフマド
出演:パメラ・チョン、マヘシュ・ジュガル・キショール

シアター・イメージフォーラム(東京・渋谷)ほかで公開中。作品の詳細は公式サイトまで。

http://moviola.jp/talentime

作品写真:(C)Primeworks Studios Sdn Bhd

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2014年11月19日

「破裂するドリアンの河の記憶」第27回東京国際映画祭 マレーシア、資本主義の矛盾と成長する少年

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 マレーシア。主人公は高校生の男女。茶畑や海辺でデートする二人は、青春を謳歌しているようにみえる。だがその後、二人は帰属する階層が異なり、やがて引き裂かれる運命にあることが示唆される。少年は富裕層に属し、卒業後はオーストリアの大学に進むことが決まっている。一方、少女は貧しい漁師の娘で、親がお膳立てした結婚話が持ち上がっている。相手は市長の弟。家庭の事情もあり、断れないようだ。

 地元では放射脳汚染につながるレアアースのプラントが建設されようとしており、反対運動が起きている。運動の先頭に立つ担任の女教師は、授業で生徒たちを啓蒙し、彼らを運動に引き込もうとしている。

 父親の捕獲した魚に異変を見た少女は、この問題に関心を持つが、少年は無関心である。しかし、少女やクラスメートに感化され、やがて少年も無関心ではいられなくなる。

 少年と少女の恋物語は、少女の妊娠、転居で突然中断。ここから先は、彼らを担任する女教師にスポットが移り、彼女が主人公となる。唐突に主役が交代する展開に驚くかもしれないが、前半を第1章、後半を第2章、それが継ぎ目なしに構成されていると考えれば、決して不自然ではない。

 女教師による授業風景が興味深い。タイやフィリピンで過去に起きた国家による民衆弾圧、人権迫害など、与えられたテーマに基づき、生徒たちがグループごとに寸劇を演じ、教師が解説していく。テーマの中には“からゆきさん”(19世紀後半にアジア各地で売春させられた貧しい日本人女性たち)も含まれていて、ぎょっとさせられる。

 寸劇を通じて学習していく風景に、ゴダールの「気狂いピエロ」(65)や「中国女」(67)を想起した。もはや歴史の授業という域を脱し、反政府イデオロギーを共有する場へと化している。当然のことだが、女教師は学校側と対立し、しだいに追い込まれていく。彼女の行動は過激化し、ついに超えてはならない一線を超えてしまう――。

 前半の主人公であった少年は、女教師に振り回されながらも、一定の距離を取り、彼女の行動の証言者としての役割を果たしていく。前半に姿を消す少女と、最後にいなくなる女教師。2人の大切な人物を失った少年の胸に去来するものは何か。平凡な高校生の成長物語の中に、新人監督エドモンド・ヨウは、資本主義社会の矛盾を照らし出した。

(文・沢宮亘理)

「破裂するドリアンの河の記憶」(2014年、マレーシア)

監督:エドモンド・ヨウ
出演:チュウ・チーイン、シャーン・コー、ダフネ・ロー、ジョーイ・レオン

作品写真:(c)Greenlight Pictures (c)Indie Works
タグ:レビュー
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2010年11月18日

第23回東京国際映画祭 アジアの風部門 スペシャル・メンション受賞 「タイガー・ファクトリー」 “赤ん坊製造”の実態

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 日本での生活を夢見て、マレーシアの養豚場と食堂で働く少女。給料は微々たるものだ。もっと手早く大金を稼ぎたい。彼女は新しい仕事を紹介してもらう。それは男と性交渉を持ち、妊娠・出産する“赤ん坊製造業”だった――。

 マレーシア映画界の新鋭、ウー・ジンミン監督が、実話をもとに撮り上げた「タイガー・ファクトリー」。マレーシアに巣食う闇(やみ)ビジネスの実態に肉薄した問題作だ。

 少女のかかわる商売が、単なる売春ではないところがすごい。少女は、性の道具を通り越し、生殖の道具として使用されるのだ。養豚場の場面で、オス豚の精液をメス豚の性器内に注入する作業が仔細に描かれる。後にこのイメージが少女の“生殖行為”にオーバーラップし、はっと胸を突かれる。

 少女は淡々とビジネスをこなす。「日本に行って働き、豊かな生活を手に入れたい」一心が、彼女を仕事に駆り立てる。ただし、彼女も年ごろの女性だ。生殖相手である一人の男に恋愛感情をいだく。彼女は彼に問いかける。「私があなたの奥さんと人に思われたい?」。しかしその後、彼女は大金と引き換えに男をあっさり警察に売ってしまう。

 性交後、少女は、妊娠しやすいよう仰向けに寝て、足を高く上げるポーズをとる。他人に売るための子供を授かるため、最善を尽くす少女の姿は、ストイックでさえある。

 カメラは、そんな少女の姿を、一切の感傷を排し、クールにドキュメンタリー風にとらえていく。最初は画面の中で何が起きているのかさえ判然としないが、時間がたつにつれ、事態が少しずつ明確な像を結んでいく。実際にその場に居合わせて、少女と同じ時間を過ごしているような臨場感を覚える。

 アジアには、同じような境遇で、同じようなビジネスに手を染めている少女たちが多数存在するに違いない。冷徹なまでのリアリズムが、そんな過酷な現実への想像力をかきたてる。

(文・沢宮亘理)

「タイガー・ファクトリー」(2010年、マレーシア・日本)
監督:ウー・ミンジン
出演:ライ・ホイムン、パーリー・チュア

第23回東京国際映画祭 アジアの風部門 スペシャル・メンション受賞作品。

http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=83

作品写真:(c)Greenlight Pictures (c)Kohei Ando Laboratory
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2009年11月12日

“壁”越える恋と友情 ヤスミン・アフマド監督の遺作「タレンタイム」

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 学内オーディション“タレンタイム”に出場する高校生たちの恋、友情、家族愛を、爽やかなタッチで描いた青春群像劇「タレンタイム」。今年7月に惜しくも急逝したマレーシアの女性監督ヤスミン・アフマドの遺作となった作品である。

 主要な登場人物は4人。裕福でリベラルな家庭の娘で、英国の血が混じったマレー系のムルー(パメラ・チョン・ヴェン・ティーン)。末期がんの母を看病しながらも優秀な成績を修める、マレー系の男子生徒ハフィズ(ムハマド・シャフィー・ナスウィプ)。教育熱心なエリート家庭の息子で中華系のカホウ(ハワード・ホン・カホウ)。そして聴覚に障害を持つインド系の男子生徒マヘシ(マヘシュ・ジュガル・キショー)。

 優勝を争うのは、ムルーとハフィズとカホウの3人だ。ハフィズとカホウは2人ともムルーに恋心を抱いているライバル同士。オーディションには参加しないマヘシは、ムルーをスクーターで送迎する役目を受け持つが、彼も実はムルーに恋している。マヘシとムルーはスクーターの二人乗りを続けるうち、いつしか恋し合う仲となる。

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