2015年12月21日

第16回東京フィルメックス ピエール・エテックス特集 斬新な笑いのセンス、日本に初紹介

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 11月に開催された第16回東京フィルメックスで、フランスの映画監督ピエール・エテックスの特集が組まれ、「ヨーヨー」(65)と「大恋愛」(69)の2本が日本初上映された。

 「ヨーヨー」は、エテックスが少年期に夢中となったサーカスへの愛が全編にあふれる作品だ。1965年のカンヌ国際映画祭に出品され、ジャン=リュック・ゴダールらが絶賛。2007年の同映画祭ではデジタル修復版が公開され、改めてエテックスの才能に注目が集まった。

 主人公は大豪邸に何十人もの召使を抱え、何不自由ない暮らしを送る男。だが大恐慌で全財産を失い、かつて恋人だった女曲芸師のもとへ戻ることに。幼い息子のヨーヨーと3人、サーカス団での巡業生活が始まる。男も元々は曲芸師だったらしい。やがてヨーヨーは大人に成長、サーカス団の花形に。巨万の富を築いたヨーヨーは、父親が手放した屋敷を買い戻すのだが――。

 大豪邸での贅沢ざんまいの生活を描いた序盤から、大恐慌、戦争、テレビの台頭と、時代が激変する中で、新たに主人公となったヨーヨーが頭角を現していく中盤。そして代替わりした大豪邸でのクライマックスへ。サイレント映画ふうに演出した序盤と、最後の壮大なパーティの場面には、独創的なギャグの数々が散りばめられ、エテックスが卓越したコメディー作家であることが分かる。

 しかし一方、男が豪邸で別れた恋人の写真を眺め思いにふける場面や、解雇された召使たちが丘の上の屋敷から長い坂道を下っていく場面、またヨーヨーが恋人と別れる場面などには、憂愁の影が漂う。笑わせるだけでなく、人生の意味をシリアスに省察した作品でもある。

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 「大恋愛」もまた、第一級のコメディーでありつつ、「結婚とは何?人生とは何?」という大問題に迫る作品だ。結婚10年目を迎えた夫婦。表面上は平穏な日々を送っているが、夫の心に浮気の虫がうずき出す。会社の美人秘書に対し、妄想の翼を広げるのだが――。

 ビリー・ワイルダー監督の名作「七年目の浮気」(55)を思わせる設定である。主人公が妄想の世界に入るとき、ワイルダーは画面上で妄想開始の合図をしていた。だがエテックスの場合、主人公は何の前触れもなく、妄想の世界に入って行く。妻が義母に似てきたと思えば、その瞬間、妻は義母の姿に変わってしまうのだ。

 妄想と現実の境目がないシュールな映像。最たるものが、走るベッドの場面だ。秘書との妄想にふけりながら眠りに就いた主人公。いきなりベッドが動き出し、玄関から外へ出ると、そのまま路上を走行していく。道中、主人公と同じくベッドに乗った人々が、それぞれ苦難に直面している。故障したベッドの下に潜って修理する人。事故に遭って立ち往生している人。途中で主人公は秘書を拾い、隣に座らせる。彼女の肩に手を回し、ベッドを走らせ、やがて自宅に戻る。穏やかな笑みを浮かべながら眠る主人公。もちろん隣に秘書の姿はない。

 妄想は妄想のまま、主人公は現実に戻り、平和な夫婦生活は継続されることになったが――。夫婦の形勢が逆転するラストの締め方が鮮やかだ。

 エテックスはフランス風刺喜劇の名手、ジャック・タチ監督の「ぼくの伯父さん」(58)で助監督や俳優を務めたほか、タチ作品の一連のポスターを手がけるなど、タチとは縁が深い。作品にもその影響が見られるが、タチほどのメッセージ性はなく、ギャグの斬新さが身上だ。若い頃に道化師として働いた経験がスタイルを決定づけたのだろう。

 ジェリー・ルイス、ウディ・アレンをはじめ、多くの映画人からもリスペクトされているエテックス。しかし、これまで日本で作品が上映されることはなかった。今回、東京フィルメックスで代表作2本が紹介されたのを契機にエテックス作品が知られ、さらに大きなスポットがあてられることを期待する。

(文・沢宮亘理)

「ヨーヨー」(1965年、フランス)

監督:ピエール・エテックス
出演:ピエール・エテックス、クローディーヌ・オージェ、リュース・クラン

「大恋愛」(1969年、フランス)

監督:ピエール・エテックス
出演:ピエール・エテックス、アニー・フラテリーニ、ニコール・カルファン

作品写真:(c)2010 Fondations Technicolor-Groupama Gan-Studio 37

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2015年10月29日

「わたしの名前は...」男は命がけで少女を守った アニエスベーの鮮烈な監督デビュー作

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 少女は父親から性的虐待を受けている。逆らえない。逃げられない。母親にも打ち明けられない。必死に平静を装うが、内心は地獄である。助け舟となったのは、学校の夏合宿。これで父親から解放される。少女は喜々として家を出る。しかし、合宿が終わって帰宅すれば、悪夢の日々が待っている。

 それが嫌だからだろう。少女はトラックに乗った。運転手は英国人。フランス語は話せない。それでも気持ちは通じ合う。妻子を亡くした中年男と、12歳の家出少女。それぞれ心に傷を負った二人の逃避行が始まった――。

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 ファッション・デザイナーのアニエスベーが、本名のアニエス・トゥルブレ名義で初めてメガホンをとった。これまでもプロデューサーとして、ハーモニー・コリンの「ミスター・ロンリー」(07)を始め多くの映像作品にかかわってきたアニエスベー。監督、脚本、撮影の一人三役をこなし、華々しいデビューを飾った。

 映画のメーンをなすのは、少女とトラック運転手とのロードムービーの部分だ。砂浜で一人遊びをしていた少女が、通りかかったトラック運転手と視線を交わす。一瞬で男にひかれるものを感じたのだろう。彼の運転するトラックの荷台にこっそり潜り込む。だがあっけなく発見され、助手席に移動。そのまま彼の“相棒”となる。男に名前を聞かれた少女は「わたしの名前は…」と言いよどむ。ワケありと察知したか。男はそれ以上追及しようとしない。

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 ちょっぴりワイルドな風貌だが、思いやりにあふれた、男らしい男。言葉の壁など軽々と超え、少女は男と親密な関係を築いていく。日本人ダンサーのカップルや放浪の哲学者たちとの出会いも楽しみながら、男との旅は少女の心に忘れがたい思い出を刻んでいく。

 おぞましい序盤から一転、解放感に満ちた中盤の展開は、メルヘンのように晴れやかだ。だがアニエスベーは、この幸福感あふれる流れに、突如として父親のトラウマを滑り込ませ、見る者をハッとさせるのである。こういう繊細な演出は随所に見られ、この監督がただものでないことを感じさせる。

 同じように少女と中年男が旅をする映画に、ヴィム・ヴェンダースの「都会のアリス」(73)があった。同じようい旅の終止符は突如打たれる。しかし、その終わり方はまったく対照的だ。主人公たちの姿をゆっくりと観客の視界から遠ざけ、余韻を高めていく「都会のアリス」に対し、本作は唐突かつ暴力的である。思わずあっと声を上げてしまいそうな、ショッキングな結末。だがそれは、命がけで少女を守るために男が下した、崇高な決断の結果なのだ。

(文・沢宮亘理)

「わたしの名前は...」(2013年、仏)

監督:アニエス・トゥルブレ(アニエスベー)
出演:ルー=レリア・デュメールリアック、シルヴィー・テステュー、ジャック・ボナフェ、ダグラス・ゴードン、アントニオ・ネグリ

2015年10月31日(土)、渋谷アップリンク、角川シネマ有楽町ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.uplink.co.jp/mynameis/


作品写真:(c)Love streams agnès b. Productions
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2015年10月21日

「アクトレス 女たちの舞台」交差する虚構と現実 3女優のスリリングな競演

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 女優のマリア・エンダース(ジュリエット・ビノシュ)は、秘書のヴァレンティン(クリステン・スチュワート)とともに、列車でスイスのチューリッヒに向かっている。劇作家メルヒオールの功績を称える式典に出席し、本人に代わって賞を受け取ることになっているのだ。ところが、そこに突然、衝撃的な知らせが入る。メルヒオールの訃報だった。病気を患っていたメルヒオールが自ら命を絶ったらしい。

 メルヒオールは、新人だったマリアを自作「マローヤの蛇」の主役に抜擢してくれた大恩人だった。授賞式後のレセプションで、マリアは「マローヤの蛇」を再演する新進演出家から、出演をオファーされる。ただし、役はかつて演じたヒロインのシグリッドではなく、ヒロインに翻弄され自殺する会社経営者ヘレナのほうだ。初演では凡庸な女優が演じ、お陰でマリアの演技が引き立った。

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 今回シグリッドに扮するのは、ハリウッドの人気若手女優ジョアン・エリス(クロエ・グレース・モレッツ)。バリウッドを軽蔑するマリアはジョアンを否定的に見ていたが、ヴァレンティンは高く評価している。躊躇しながらも出演を決めたマリアは、メルヒオールの妻から借り受けた山荘にこもり、ヴァレンティン相手に台本の読み合わせを始める。

 シグリッド役を務めるヴァレンティンと、ヘレナ役のマリア。2人が読み合わせするのを見ていると、やがて、この2人の関係がヘレナとシグリッドの関係に酷似していることが分かってくる。

 功成り名を遂げた中年女性と、キャリア形成の途上にある若い女性。前者は後者に依存し、彼女なしの生活は考えられない。だが、後者にとって前者との関係は一時的な雇用関係にすぎない。良好な関係ではあるが。互いの感情には明らかな温度差がある。

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 物語が進行するにつれ、2人の関係はいよいよヘレナとシグリッドの関係に重なっていく。ヴァレンティンにしがみつくマリアと、自らの人生の先行きを考えるヴァレンティン。マリアはヘレナへ、ヴァレンティンはシグリッドへと同一化する。最初はマリアの陰で目立たなかったヴァレンティンの存在感が、次第に大きくなっていく。そしてマリアの運命を変える決定的な瞬間が訪れる。美しいアルプスの自然を背景に起こる、まるで白昼夢のような出来事は、見る者をしばし陶然とさせるだろう。

 中盤から登場するジョアンとマリアとの関係もスリリングだ。シグリッドとヘレナのキャラクターが重なるばかりでなく、クロエ・グレース・モレッツとジュリエット・ビノシュという女優の素顔までもが透けて見えるのだ。2人の女優が劇中の役を演じ、さらに劇中劇の役を演じるという三重構造の、しかも白熱した演技バトルは、圧巻の一語である。

(文・沢宮亘理)

「アクトレス 女たちの舞台」(2014年、仏・スイス・独)

監督:オリヴィエ・アサイヤス
出演:ジュリエット・ビノシュ、クリステン・スチュワート、クロエ・グレース・モレッツ、ラース・アイディンガー、ジョニー・フリン、アンゲラ・ヴィンクラー、ハンス・ツィシュラー

2015年10月24日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://actress-movie.com/


作品写真:(c)2014 CG CINÉMA – PALLAS FILM – CAB PRODUCTIONS – VORTEX SUTRA – ARTE France Cinéma – ZDF/ARTE – ORANGE STUDIO – RTS RADIO TELEVISION SUISSE – SRG SSR
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2015年05月19日

「フランス映画祭2015」6月26日から オゾン、アサイヤス新作など12本 ゲストも豪華に

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 「フランス映画祭2015」のライナップと来日ゲスト発表記者会見がこのほど東京都内で開かれた。開幕作品はフランスで700万人以上を動員した「エール!」。少女の自己実現と家族愛をユーモアに包んで描いた作品だ。このほかフランソワ・オゾン監督の新作「彼は秘密の女ともだち」、オリヴィエ・アサイヤス監督がジュリエット・ビノシュ主演で撮った話題作「シルス・マリア(原題)」、セザール賞7部門を制した「ティンブクトゥ」、90年代フランスの音楽シーンを描いた「EDEN エデン」など12本が上映される。

 毎回恒例のクラシック作品はマックス・オフュルス監督の「たそがれの女心」。仏ゴーモン社の創立120周年を記念して上映されるもので、流麗なカメラワークと主演女優ダニエル・ダリュー絶頂期の美貌が堪能できる、まさにフランス映画を代表する逸品だ。

 映画祭の団長は「リード・マイ・リップス」(01)の実力派女優エマニュエル・ドゥヴォス。新作「ヴィオレット」(原題)を携えマルタン・プロヴォスト監督と来日する。「エール!」のエリック・ラルティゴ監督、主演のルアンヌ・エメラ、フランス・オゾン監督と主演のアナイス・ドゥムースティエ、オリヴィエ・アサイヤス監督ら計13人が来日。「EDEN エデン」の脚本を担当したDJスヴェン・ラブによるパーティー、来日ゲストの特別講義も予定されている。

 日本ではかつてハリウッド映画と人気を二分したフランス映画。往年の勢いはないものの復調の兆しも見られる。会見であいさつしたティエリー・ダナ駐日仏大使=写真=によると、2014年に日本で公開されたフランス映画の観客数は300万人を超え、前年比60%増と大幅に伸びた。今回の充実したラインナップからも好調ぶりが伝わってくるようだ。

 「フランス映画祭2015」は6月26日から29日まで、有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇で開催される。上映作品やスケジュールなどは、映画祭公式サイトまで。

http://unifrance.jp/festival/2015/

(文・写真 沢宮亘理)
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2015年04月02日

「やさしい女 デジタル・リマスター版」女の狂気、男の目で即物的に ブレッソン初カラー作品

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 質屋を営む男が、若い女の客に恋をする。二人は交際するようになり、男は結婚を切り出す。女は乗り気ではなかったが、男が押し切る形で結婚する。しかし、ほどなく二人の間に亀裂が生じ、女は精神に変調をきたす。そして悲劇が起こる――。

 女は結婚を望むもの。結婚したら将来のために倹約すること。男の通念や常識が、若い女には息苦しい。そんな窮屈な生活を強いる男への復讐だろうか。女は別の男と密会し、寝ている夫に銃口を向ける。男は嫉妬と恐怖に襲われる。だが、男には正面切って女と向き合う勇気がない。

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 やがて女は病を患い、その行動は日増しに狂気の度を増していく。一人で部屋にこもり大きな声で歌う姿の、ぞっとするような不気味さ。結婚式の後の初夜、いそいそとシャワーを浴び、小躍(おど)りしながらベッドに飛び込んで行った、あの溌剌(はつらつ)たる娘は一瞬の幻だったか。

 女は男を本当に撃ち殺すつもりだったのか。密会した男とは肉体関係があったのか。謎は謎のまま、最後まで解かれることはない。男の視点からのみ描かれているので、男の目がとらえた女の姿や行動だけが、この女のすべてなのだ。目に見えるものが世界のすべて。見えないものは映さない。説明しない。ロベール・ブレッソン監督の即物的スタイルは、初のカラー作品でも変わらない。

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 プロの俳優を使わない原則も守られている。ただし、当時モデルだったドミニク・サンダは、「やさしい女」への出演をきっかけに女優に転身。ベルトルッチの「暗殺の森」(70)やデ・シーカの「悲しみの青春」(71)で、世界的に知られるようになった。

 優美と残酷が同居する容姿。大きく見開かれながら何も語ろうとしないミステリアスな瞳。サンダの魅力が存分に味わえる作品でもある。

(文・沢宮亘理)

「やさしい女 デジタル・リマスター版」(69年、仏)

監督:ロベール・ブレッソン
出演:ドミニク・サンダ、ギイ・フランジャン、ジャン・ロブレ

2015年4月4日(土)、新宿武蔵野館ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://mermaidfilms.co.jp/yasashii2015/
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