2015年11月17日

第28回東京国際映画祭「百日草」トム・リン監督、主演のストーンに聞く 妻を亡くした経験を映画に「自分が立ち直るための儀式だった」

「百日草」トム・リン監督とストーン.jpg


 愛する者を失った時、人はどう痛みを乗り越えるか。台湾のトム・リン(林書宇)監督の新作「百日草(原題)」は、妻を亡くした監督自身の体験を元にした人間ドラマだ。「(映画の主人公と同じように)出口を求めてもがいていた」と話す監督。「この映画を撮ることは、自分が立ち直るための儀式だった」と振り返った。

 主人公は二人。同じ交通事故で妻を失ったユーウェイ(ストーン)と、婚約者を失ったミン(カリーナ・ラム=林嘉欣)。それぞれ心身ともに傷を負いながら、喪失感を埋めるため苦しみ、葛藤する過程が描かれる。

 第28回東京国際映画祭「ワールド・フォーカス」部門での上映に合わせ、このほど来日したリン監督、ストーンに話を聞いた。ストーンは台湾の人気バンド・メイデイ(五月天)のギタリストとして活躍。俳優業にも進出し、活動の幅を広げている。香港映画出身で実力派女優のラムは結婚、出産を経て5年ぶりの映画復帰作となった。

「百日草」トム・リン監督とストーン2.jpg

 主なやり取りは次の通り。

 ──自身のつらい体験を脚本に書くことで、さらに痛みが増すことになりませんでしたか。

 監督:妻が亡くなった悲しみから立ち上がるには、ある儀式が必要でした。(劇中で)ユーウェイは(ピアノ教師だった妻の生徒に)レッスン代を返しに行きました。ミンは(新婚旅行を予定していた)沖縄に一人で出かけました。僕にとってはこの映画を撮ることが儀式にあたり、自分にとって必要な行為でした。

 ──役作りをする上で、監督とはどんなやり取りをしましたか。

 ストーン:クランクインの前にかなり時間をかけて監督と役について掘り下げ、脚本について討論しました。撮影に入る時点では、ユーウェイの性格、個性、関心、生活方式、亡くなった妻への気持ちを完全に理解していました。それをただ演技として表現するだけでした。

 監督はわざわざ2、3日時間を作り、僕と妻役の女優との普段の生活のシーンを撮ってくれました。夫婦の甘い雰囲気を感じ合った後、彼女がいなくなり、本当に妻を亡くしたような喪失感がありました。演じる上でとても役に立ちました。

「百日草」ストーン.jpg

ストーン「演奏は道具を使う。演技は素手で触るような感じ」

 ──メイデイのギタリストとして、普段は音楽の世界で表現していますね。演技という表現との違い、難しさはありますか。

 ストーン:かなり違います。ギタリストとしては楽器を使い、歌や音符で表現する。常に道具を使っています。でも演技には道具がありません。自分自身の外見、表情を使いますね。たとえれば、医師がメスで手術をするのが音楽。演技は素手で患部に触るような感じです。自分がけがをする可能性もあり、非常に危険なこともあります。

 ──これまで特に演技の勉強をした経験はないそうですが、現場に入る時にどんな工夫や準備をしていますか。

 ストーン:役柄についてよく研究し、準備します。彼がどんなものが好きで、どんな背景で育ったか。人の個性は育った背景、環境、親などに大きく左右されると思うんです。それらをすべて考え、自分なりの方法で整理し、消化する。そういう手続きを必ずします。

 今回は監督がある方法で、僕に想像する空間を与えてくれました。監督は「ユーウェイはサイだ」と言ったんです。動物のサイですよ。外見から内面まで「なぜサイなんだろう」と考えました。実は僕自身、自分はメイデイの中でキリンだと思っているんです。(笑いながら)すごく穏やかでおとなしい。キリンは背が高いから上から見下ろせて、動作もゆったりしている。そういう存在になりたいし、自分はそうだと思っています。

「百日草」トム・リン監督.jpg

監督「ストーンにはものすごい爆発力を感じる」

 ──監督は「直感で俳優を選ぶ」そうですが、ストーンの俳優としての魅力はどこにありますか。

 監督:人生の中で豊かな力を持っている。目を見ると分かるんです。人間の中身がしっかりしている。それ以外は技術的なことなので、一緒に努力すれば克服できます。でも最初の(人間的な)部分が俳優にとっては大事。外見上は穏やかだけれど、ものすごい爆発力のある人だと思います。

 ──劇中のエピソードは監督自身の体験や調査結果から作られたのですか。

 監督:両方です。俳優が決まった段階で「彼らならどんなことが起こるだろう」と考え、出てきたエピソードもありました。一人になったミンは「果たして新婚旅行に行くだろうか」などと考えました。初七日に玄関先に塩をまいておくと、亡くなった人が戻ってきて足跡がつく。これは人から聞いた言い伝えです。

「百日草」トム・リン監督とストーン3.jpg

 ──カリーナ・ラムさんの魅力について教えて下さい。

 ストーン:ずっと前から(女優としての)彼女を知っていたけれど、触れることもできない憧れの存在でした。今回初めてきちんと知り合い、とても親しみやすい人と分かりました。僕からみると「絹のような人」。こちらの反応を受け止める時に柔らかい。すーっと寄って来て、さあっと離れていくような感じです。彼女の反応は強烈ではなく、漂うように流れるように来る。でも彼女にそう言ったら「自分は活発だ」と反対すると思いますが。

 監督:自分の考えをしっかり持つ、本当に素晴らしい女優。出演を依頼したのはタイミングが良くも悪くもある時でした。良かったのは彼女が演技から5年遠ざかり「そろそろ女優の仕事に戻ろうか」と考えていたところだったこと。悪かったのは出演を決めた1カ月半後、実際に父上を亡くされたんです。彼女は「自分も死に向き合い、克服する過程が必要です」と言って出てくれました。

(聞き手・遠海安、写真・岩渕弘美)

original.jpg

「百日草」(2015年、台湾)

監督:トム・リン(林書宇)
出演:カリーナ・ラム(林嘉欣)、ストーン(シー・チンハン=石錦航)、柯佳[女燕]、馬志翔、張書豪

第28回東京国際映画祭「ワールド・フォーカス」部門出品、第17回台北映画祭2015クロージング作品。

作品写真:(C)2015 Atom Cinema Taipei Postproduction Corp. B'in Music International Ltd. All Rights Reserved
posted by 映画の森 at 14:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月07日

第15回東京フィルメックス 「西遊」ツァイ・ミンリャン監督&リー・カンション 短編シリーズ、次は「東京で」

ツァイ・ミンリャン.jpg

 第15回東京フィルメックスで、ツァイ・ミンリャン監督の「西遊」が特別招待作品として上映され、ツァイ監督と主演のリー・カンションが観客との質疑応答に参加した。短編シリーズ「Walker」の6作目にあたる作品。托鉢(たくはつ)僧に扮したリー・カンションが、仏マルセイユの街をおそるべき低速度で歩行する姿が固定カメラの長回しで収められている。

 登壇したツァイ監督は「Walker」シリーズを撮ることになった経緯から語り始めた。「2001年に台湾で演出したシャオカン(リー・カンション)の一人芝居がきっかけだった」。難航したのは、舞台上の数メートルを移動する間に、別の人物に変身するという難しい演技。試行錯誤を繰り返した末に、リーから「ゆっくり歩く」というアイデアが出たという。

リー・カンション.jpg

 17分かけてゆっくり歩いて見せたリーの姿に「美しく、力強い!」と感動したツァイ監督。ぜひとも映像に記録したいと思い、シリーズ化を決めたという。「シャオカンに世界中あちこちの街を歩かせてみたかった」。うれしいことに、次の7作目は東京が舞台になるそうだ。

 だが、長時間ゆっくり歩くことには、人知れぬ苦労もある。「マレーシア編ではアスファルトの路面が熱く、足に水ぶくれができた」と、撮影の過酷さを振り返るリー。「香港編では冬でも蚊がいて、追うこともできず、刺されるがまま。蚊もゆっくり血が吸えて満足だったのでは」と話し、観客の笑いを誘った。

 歩行中はつねに人や車の妨害を受ける。疲労も募る。集中力を切らさないよう、お経を唱えることもあったとか。リーのゆっくりとした歩行を見つめていると、あまりにもテンポの速い現代社会に対する警鐘のようにも思えてくる。

「西遊」.jpg

 「一連のシリーズでは、2つの時間を表現している。シャオカンのゆっくりした時間の流れと、ノーマルな時間の流れだ。現代人はあまりにも歩くのが速すぎる。その速さには思考が伴っていない」

 今回、下見で池袋を訪れたツァイ監督。人々がすごい速さで歩いているのを見て、思わず逃げ出したい気分になりつつも、立ち止まってじっと彼らを見ていたいとも思ったそうだ。「来年1月には東京のどこかで撮影したい。もし興味があれば、シャオカンと一緒にゆっくり歩いてみてほしい」

 「興味のある人は挙手を」というツァイ監督の呼びかけに、会場から多くの手が伸びた。日時・場所はインターネットで告知するかもしれないという。ツァイ・ミンリャン作品に出演するという、ファンにとって夢のような出来事が実現するかもしれない。

 この日の客席には、黒澤明作品のスクリプターとして知られる野上照代氏の姿も。「今日の午後に、野上氏とリーを同じフレームに収めて撮ったんだ!」と興奮するツァイ監督に、野上氏が「ツァイさんの媚びない姿勢を尊敬しているが、観客のことなんか考えたことないんですかね」と問いかけると、場内は大爆笑。すかさずツァイ監督は「私は頭のいい観客が好きだ」と返し、「監督は利己的であるべき。作品以外のことは考えるべきではない。それが観客に報いることだと思う」と、創作にかける揺るぎない信念を語った。

(文・写真 沢宮亘理)

第15回東京フィルメックス「西遊」作品紹介
http://filmex.net/2014/ss05.html
posted by 映画の森 at 17:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月02日

「祝宴!シェフ」チェン・ユーシュン監督に聞く 「台湾の素晴らしい食文化、知ってほしい」

チェン・ユーシュン監督.jpg

 台湾映画「祝宴!シェフ」が2014年11月1日公開された。1990年代、「熱帯魚」(94)、「ラブゴーゴー」(97)などのヒットを飛ばしたコメディーの名手、チェン・ユーシュン(陳玉勳)監督16年ぶりの新作だ。今回のテーマは料理。伝説の料理人を父に持つ娘が、究極のメニューを追う姿を描く。監督は「台湾には素晴らしい文化が残ってることを知ってもらいたかった」と語った。

 台湾ではかつて祝い事があると「総舗師(ツォンポーサイ)」と呼ばれる料理人が出張。屋外宴会「辦桌(バンド)」を取り仕切ったという。料理人は調理器具のみを持参。与えられた食材、宴会のテーマでメニューを考え、出席者と主催者を満足させた。今回の作品の舞台は南部の町・台南。数々の美食が笑いとともに登場し、台湾料理と文化を一度に味わえる映画となっている。

chief_main.jpg

 ──台湾伝統の食文化の一つ「バンド」を取り上げた理由は。

 私も小さいころ、よくバンドの祝宴に連れて行ってもらった。当時の台湾は今のように豊かではなく、ごちそうを食べる機会もあまりなかったが、祝宴がある時はおいしいものをお腹いっぱい食べられた。バンドには自分自身の幼いころへの郷愁、懐かしい気持ちが反映されている。今の台湾はいろいろなことが統一化され、レストランも増え、出張料理の習慣も衰退しつつある。台湾には素晴らしい文化が残ってることを、みなに知ってもらいたかった。

 ──個性的で楽しい料理人がたくさん登場する。モデルは特にいるのか。

 私の想像が生んだキャラクターだ。彼らの姿を借り、映画界で出会ってきた先輩、監督たちを描写したかった。

 ──具体的にどんな監督たちか。

 いろいろな人物を混ぜてつくった。ホウ・シャオシェン(侯孝賢)、エドワード・ヤン(楊徳昌)、アン・リー(李安)、ワン・トン(王童)、ワン・シャオディー(王小棣)、ツァイ・ミンリャン(蔡明亮)……彼らが映画界に果たした功績に敬意を込めて描いた。私は長く劇映画から遠ざかっていたので、今回はいろいろな困難があった。主人公の女性は出会った人たち、先輩の心意気と腕を借りながら夢に近づいていく。私も彼女と同じ。映画界の大先輩の経験を借りて、一つのことを成し遂げたいと思った。

chief_sub1.jpg

 ──喜劇をずっと撮っているのはなぜか。

 コメディーばかり撮る監督と思われたくないんだ。最初ワン・シャオディー監督の会社に入りコメディーに出合った。助監督としてついたツァイ・ミンリャン監督の初期作品もコメディーだった。CMを撮るようになり、ほとんどがコメディー・タッチだった、習慣的にそうなり、周りからも「喜劇の監督」と言われるようになったが、ほかのジャンルも撮りたいと思っている。

 ──新作まで16年も開いた理由は。

 「ラブゴーゴー」の後に台湾経済が低迷し、映画業界も不景気になった。私の気持ちにも影響した。どんな脚本を書けば観客が見てもらえるか分からなくなった。当時脚本を2本書いたが「受け入れらないだろう」と思い、自分の道が見えなくなった。そこで「ちょっとCMを撮ってみよう」と思った。2、3年CMのディレクターをやればいいと思ったら、いつのまにか16年たっていた。

chief_sub2.jpg

 ──台南を紹介する作品でもある。作品を見て「行ってみたいな」と思う日本人も出てくると思う。監督からみた台南の魅力は。

 台湾は一つの色に決められない国。地方それぞれに特色があり、台南といえば誰もが食べ物を思い出す。伝統ある古い街で、日本の京都のよう。軽食の種類が多く有名だ。台南と食べ物は切っても切り離せず、中でもアナゴの炒めものが名物。人情味のある土地柄で、人々は親切。ロケ撮影の半分は台南だったが、地元の人たちはとても協力的でいろいろ助けてもらった。

 ──今後はどんなテーマを撮りたいか。

 ブラック・コメディーを撮ってみたいとずっと思っているが、まだ脚本を書けていない。武侠もののコメディーなどいろいろな撮影依頼も受けている。現在検討中だ。

(文・遠海安)

「祝宴!シェフ」(2013年、台湾)

監督:チェン・ユーシュン(陳玉勳)
出演:リン・メイシウ(林美秀)、トニー・ヤン(楊祐寧)、キミ・シア(夏于喬)、ウー・ニエンチェン(呉念真)、クー・イーチェン(柯一正)

2014年11月1日(土)、シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://shukuen-chef.com/

作品写真:(C)2013 1 PRODUCTION FILM COMPANY. ALL RIGHTS RESERVED.

posted by 映画の森 at 06:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月22日

台湾ドラマ「僕らのメヌエット」 ラン・ジェンロン来日会見 「作品の温かさ伝えたい」

僕らのメヌエット来日記者会見1.jpg

 台湾ドラマ「僕らのメヌエット」(2015年1月16日DVD発売)主演の俳優ラン・ジェンロン(藍正龍)、脚本家のシュー・ユーティン(徐誉庭)が2014年10月21日、東京都内で記者会見した。ラン・ジェンロンは「作品の温かさが見る人に伝わってほしい」と語った。

 「僕らのメヌエット(原題:妹妹)」は、チェン・ボーリン(陳柏霖)主演「イタズラな恋愛白書 In Time With You」、「台北ラブストーリー 美しき過ち」などのヒット作を飛ばし、台湾で“恋愛ドラマの女王”と呼ばれるシュー・ユーティンの最新作。ラン・ジェンロンは長澤まさみが主演した台湾ドラマ「ショコラ」の相手役などで知られている。

僕らのメヌエット来日記者会見2.jpg

 幼なじみの男女による不器用で切ない恋を描いた今回の作品。ラン・ジェンロンは「シューさんとは知り合って10年以上になるが、一緒に仕事をするのは初めて。脚本が気に入って出演を決めた」と語った。シュー・ユーティンは「最初から主役は彼と決めていた。とても繊細な俳優で、常に100%以上の気持ちを込めて演技をしてくれる」と絶賛した。

 登場人物の心の揺れを的確にとらえ、印象的なせりふにも人気が高いシュー・ユーティン。今回初めて製作も兼務した。「脚本家としての私は厳しい人間。プロデューサーにもこだわりを求めるため、現場では苦労をかけてきた。今回はテレビ局の上層部から『自分でやってみたら』と提案されて引き受けた。現場のつらさがよく分かった」と振り返った。

 ラン・ジェンロンは、北村豊晴監督の映画「おばあちゃんの夢中恋人」(13)に続き、アンバー・アン(安心亞)との共演となった。脚本を読んだ時は海外で演技の勉強中で、気分的に落ち込んでいたそう。主人公が困難に直面する姿に「情が移った」という。「人生は山あり谷あり。いろいろなことを乗り越え、今以上の自分を探し出せるのでは。現場では演技の楽しさを再発見できた。作品の温かさが見る人に伝われば」としみじみと話していた。

(文・遠海安)
タグ:記者会見
posted by 映画の森 at 10:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月05日

「郊遊 ピクニック」 引退表明から1年、最後の長編 ツァイ・ミンリャン監督に聞く 「映画上映に革命を」

蔡明亮監督&李康生.jpg
 
 台湾映画界の巨匠、ツァイ・ミンリャン(蔡明亮)監督最後の長編作品「郊遊 ピクニック」が2014年9月6日公開される。突然の引退表明から1年。新たな表現の道を探る監督は「若い人に作品を観てほしい。映画上映に革命を起こしたい」と語った。

 昨年秋のベネチア国際映画祭。突然の引退表明は内外に波紋を呼んだ。まだ50代で働き盛り。「郊遊」は同映画祭で審査員大賞を獲得した。監督は発言を振り返る。「映画作りは神が定めた運命と思ってきた。しかし、もう創作意欲が湧いてこなくなった」。ビジネス優先の映画界に疲れたという。「郊遊」で「十分納得いくものができた」とも感じていた。

jiaoyou_main.jpg

 デビューから20年あまり。集大成となる「郊遊」の主演は、長編10作品すべてに出演した盟友、リー・カンション(李康生)だ。リーは子供二人をもつ男を演じる。男は不動産広告の看板を持ち、1日中幹線道路に立つ。子供たちはスーパーの試食で空腹を満たす。すみかは薄暗い空き家。3人は公衆トイレで体を洗い、薄汚れた寝床で寄り添って眠る。そこへ3人の女がからむ。彼らの行動の理由も、関係性も説明されない。時系列も判然としない。都会の孤独と愛への渇望。無駄が極限まで削られ、観る者の数だけ解釈が生まれる作品だ。

 「映画の固定観念を捨てられるようになった。物語、せりふ、音楽。さまざまな形式を捨てた。すべての焦点をリーの顔に絞った」

 娘が買ってきたキャベツを、男がむさぼるシーンがある。キャベツには人の顔が描いてある。胸に抱き寄せ、ばりばりと食べる。涙を流す。そこには監督とリーの20年があった。

 「彼の顔は時間の概念だ。ある物体が被写体になり、私はそれを撮ってきた。彼の演技は、演技を捨て去っている。彼は20年間キャベツを食べ続けた。それがあのシーンに凝縮されている」

jiaoyou_sub1.jpg

 長編映画製作からは引退するが、創作意欲は衰えていない。リーは静かに言った。「たまたま体調が悪かったので、『これで最後にする』と言ったのだと思う」。その証拠に、監督はリーを主演に新たな短編シリーズを撮り始めた。題名は「ウォーカー」。世界各地を舞台に、ただ「歩く」リーをカメラに収めている。

 新しい映画上映の方法も模索中だ。作品を美術品として、美術館で展示上映する。監督は打ち切りを心配せず「じっくり観客に作品を見せられる」と説明する。8月初めにはリー主演で舞台「玄奘」も上演した。

 「新しい観客を発掘したい。若い人にはチケットを安く設定し、繰り返し来られるようにする。美術館でリラックスし、自由に観てもらいたい。美術館で上映することで、映画の革命を起こしたいんだ」

 ツァイとリーの挑戦は続いている。

(文・写真 遠海安)

「郊遊 ピクニック」(2013年、台湾)

監督:ツァイ・ミンリャン(蔡明亮)
出演:リー・カンション(李康生)、ヤン・クイメイ(楊貴媚)、ルー・イーチン(陸奔静)、チェン・シャンチー(陳湘[王其])

2014年9月6日(土)、シアター・イメージフォーラムほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.moviola.jp/jiaoyou/

作品写真:(C)2013 Homegreen Films & JBA Production

posted by 映画の森 at 08:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする