2019年04月05日

第14回大阪アジアン映画祭 台湾映画「先に愛した人」ロイ・チウ(邱澤)に聞く 「撮影が始まると世界が静まり返る。その瞬間が、僕はとても好きです」

ロイ・チウ.jpg

 ロイ・チウ(邱澤)は「先に愛した人」で、過去のイメージをがらりと変えて現れた。デビューから十数年。連続ドラマでのアイドル的なイメージが強かったが、「先に愛した人」で演じたのは、台湾のどこにでもいそうなチンピラ役。柄物の派手なシャツに短パン、サンダルを突っかけ、うすらひげでバイクを乗り回す。まったく新たな表情だ。新境地に至ったきっかけは何だったのか。第14回大阪アジアン映画祭で来日したロイに話を聞いた。

t03_1.jpg

 現在37歳。「先に愛した人」の話が持ち込まれた時、年齢的にもキャリア的にも転機に差し掛かっていた。シュー・ユーティン(徐誉庭)監督によると、直前に主演したドラマ2本で取れると思った賞を逃し、落ち込んでいたという。ロイを励まそうと事務所や業界関係者が開いた食事会で、監督は初めて本人に会った。

 「ドアを開けて入ってきたロイを見て驚いた。うつむき加減で破れたジーンズを履き、まるで野生の狼のよう。作品で見るイメージとまったく違っていた。見てすぐに自分の作品に起用したいと思った」

 食事をしながらシュー監督は「先に愛した人」の構想を話したが、まだ脚本はできていなかった。しかし、過去に「イタズラな恋愛白書」や「台北ラブストーリー 美しき過ち」、「僕らのメヌエット」など良質なドラマを送り出し、ヒットを連発してきた監督だ。ロイに迷いはなかった。

 「監督に『こういう役なんだけど、やってみたくない?』と言われました。監督の作品ならどうしてもやりたかった。その場で『やります』と答えました」

DearEx_sub2.jpg

 即答はしたものの、「先に愛した人」の役は、経験したことのないものだった。自由気ままなゲイの劇団主宰者。男性の恋人がいたが、病気で亡くなってしまう。その後、恋人の生命保険金の受取人になっていたことが判明。恋人の妻が息子を連れ、怒鳴り込んでくる。愛する人を亡くしたゲイの男。夫を男に奪われた妻。間にはさまれ戸惑う息子。同じ人を愛し、失った三人の葛藤が描かれる。

 撮影が始まり、監督はロイが積み上げてきた演技経験を徹底的に破壊した。ドラマ経験の長いロイには、照明、小道具、カメラの位置、共演者まで、くまなく気を配り、スケジュール通りに撮影が進むよう配慮する習慣があった。しかし、監督はただ現場で「役を生きる」ことを求めた。監督は言う。「谷底に突き落とした。何から何まで否定した。私が男だったら、ロイに殴られていたと思う」。

StarAward_5.JPG

 一方のロイは監督を信じ、ひたすら付いて行こうとした。

「監督の演出が厳しかったのかどうか分からない。が、過去の経験とは少し違った。監督は『とにかくカメラを意識しないで。人物に100%なりきって』と言った。最初は戸惑ったが、数日で監督への信頼が強まり、やり遂げられた。役の中に自分に似ている部分を探しながら演じていった」

 監督とロイの化学反応の結晶ともいえる作品は、昨年夏の台北電影節(台北映画祭)で4部門を独占。最優秀主演男優賞を受賞したロイは、出演映画で獲った初めての大きな賞に、喜びに唇を震わせて感謝の言葉を述べた。

StarAward_1.JPG

「僕は本当に演技が好きです。どんな困難があっても、撮影が始まると世界が静まり返り、その瞬間を生きるだけになる。さまざまな役柄を生きるその瞬間が、僕はとても好きです」

 昨年秋の台湾での劇場公開を経て、先月の大阪アジアン映画祭で上映。アジア映画界に貢献し、活躍が期待される映画人に贈られる「オーサカ Asia スター★アワード」も獲得した。

 インタビューの席で、一つ一つの質問に対してじっくり考え、丁寧に答える様子には、真面目で慎重な素顔が透けて見えた。高校時代に習ったという日本語は玄人はだしで、こちらの質問を聞き取ろうと、一点を見つめて耳をそばだてる。

 台北電影節での受賞コメントに触れると、流暢な日本語で、一気に吐き出すように言った。

 「そう。そうねえ……やっぱりアクションの後は静かになって、みんな精神集中する。人生は今だけになる。その雰囲気が一番好き。みんな一生懸命、カメラさんもスタッフさんも集中して、いい作品を作ろうとする。その瞬間が一番好きです」

DearEx_sub1.jpg

 「先に愛した人」で、新たな顔を見せたロイは、次回作の映画「江湖無難事」、「第九分局」で再び初めての役に挑んでいる。「江湖無難事」は裏社会が舞台のブラック・コメディーで、ロイは若いヤクザを演じる。「第九分局」はホラー風味の刑事もの。今後は幽霊が見える警官を演じている。ヤクザも警官も演じるのは初めてだ。「年を取った役や汚れ役も見てみたい」と伝えると、初めてホッとしたような、柔らかい笑顔を見せた。37歳。挑戦は続く。

(文・遠海安)

「先に愛した人(原題:誰先愛上他的)」(2018年、台湾)
監督:シュー・ユーティン(徐誉庭)、シュー・ツーイェン(許智彦)
出演:ロイ・チウ(邱澤)、シェ・インシュエン(謝盈萱)、スパーク・チェン(陳如山)、ジョセフ・ホアン(黄聖球)

大阪アジアン映画祭「先に愛した人」紹介ページ
http://www.oaff.jp/2019/ja/program/t03.html
posted by 映画の森 at 20:02 | Comment(0) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月20日

「52Hzのラヴソング」台湾・ウェイ・ダーション監督に聞く 初のミュージカル「人が大きな幸せを求めない時代。夢を追ってほしかった」

gitokusei.jpg

 台湾のウェイ・ダーション(魏徳聖)監督6年ぶりの最新作「52Hzのラヴソング」が公開中だ。「海角七号 君想う、国境の南」(08)、「セデック・バレ」(11)2部作などをヒットさせた監督が、初めてミュージカルに挑戦した。監督は「人が夢を失い、大きな幸せを求める気持ちが消えている。だからこういう映画を撮った。夢を追ってほしかった」と語った。

 バレンタインデーに起きる出来事を描いた群像劇。パン職人のシャオヤン(リン・ジョンユー)と花屋のシャオシン(ジョン・ジェンイン)。シャオヤンが思いを寄せるレイレイ(チェン・ミッフィー)と、その恋人のダーハー(スミン)の4人を中心に、恋愛模様がポップに描かれる。

 人気バンド「宇宙人(Cosmos People)」ボーカルのリン・ジョンユーら4人はいずれもプロのミュージシャン。さらに「セデック・バレ」で原住民族のリーダーを演じたリン・チンタイ、「海角七号 君想う、国境の南」主演の田中千絵とファン・イーチェンら、監督ゆかりの俳優たち、台北市長の柯文哲(か・ぶんてつ)氏も出演し、作品に花を添えている。

小さくても楽しい映画を撮りたくなった

 一問一答は次の通り。

 ──製作を担当した「KANO」(14)公開時、次の作品では台湾史を壮大に描くと話していましたが、ミュージカルになった経緯を教えて下さい。

 次の歴史作品は時間をかけて準備している最中だ。「セデック・バレ」、「KANO」と規模が大きく、心身ともにくたくたになった。次はさらに大きくなるが、ちょうど合い間に時間があり、小さくても楽しく、(スタッフ)全員が休めるような映画を撮った方がいいのでは、と思った。

1.jpg

 ──最初のアイデアはどうひらめきましたか。
 
 映画界に入ったばかりの二十数年前は、歴史ドラマよりラブストーリーを書きたかった。書きたい種はあったが、なかなか芽が出ない。「KANO」の撮影を終え、宣伝で海外を回っていた時、ふと軽やかな映画を楽しくやりたくなり、すぐに脚本を書いた。とはいえ、小さい作品でも簡単ではなく、かかる時間も大作と同じだった。

 ストーリーはシンプルで、バレンタインの一日を描く。ラブストーリーとして作ると表面的になってしまう。音楽、踊りを加えて、恋愛に対する期待、想像、気持ちを力強く表現した。

ミュージシャンも舞台の上では役者。演出に苦労はなかった

 ──中心となる4人の俳優たち、劇中に使われた曲はどう決めましたか。

 脚本が先にあって、キャラクターに合う俳優を決めた。映画に登場するパフォーマンスには、普段の彼らがそのまま表れている。オフの時もあんな雰囲気で、楽しくて面白い人たち。主演の2人(シャオヤンとシャオシンは)、30センチの身長の差も味になり、調和がよかった。

2.jpg

 ──ほぼ演技経験のない人たちです。演出は苦労しましたか。

 彼らも(音楽を演奏する)舞台の上では役者。演じることに対して前向きで、好きな気持ちがある。あとは映画と舞台のスイッチの切り替えれば大丈夫。演技、ダンス指導の先生についてもらい、理解すればすぐ動けたので、それほど苦労はなかった。

 ──製作を通じてどこに時間がかかりましたか。

 一般的に映画はリサーチやセット作りなど、準備に時間を費やす。しかし今回は、オリジナルの歌詞、曲作りに時間がかかった。音楽はコミュニケーションがとても大事で、完成までの過程も長い。すべてオリジナル曲のうえ、創作性の高いものは完成まで予測がつかず、時間がかかった。

 ──俳優たちも製作にかかわりましたか。

 スミン演じるダーハーが彼女のレイレイに歌う場面は、当初別の歌があった。しかし歌わせてみたら、なかなかうまく歌えない。それでスミンに「あなたの歌の力で、彼女が涙を流すものを書いてほしい」と。最後に完成したのはあの曲だった。

3.jpg

 ──台北市主催の合同結婚式のシーンには、市長さんも出ましたね。

 正直に言うと、バレンタインの一日にしぼったので、使える材料が多くない。あらゆる可能性、エピソードをすべて盛り込み、やっと一日が成立した。市長は出演を快諾してくれた。スターになりたかったのかもしれないね(笑)。

人々が夢を失い、小さなことに幸せを感じている

 ──監督は製作理由の一つとして、台湾社会の空気が暗くて重いことを挙げていました。どこに感じますか。

 「暗い」とはいえない。人が夢を失っている。私も50歳近いが、若い時は夢があった。努力して実現したかった。今の若者には夢がない。家賃も不動産も高く、経済も政治もよくない。

 台湾では今「小確幸(小さくても確かな幸せ)」という言葉がはやっている。たとえばちょっと質のいいビールを飲めたり、安く買い物ができたなど、人々がちっぽけなことに幸せを感じている。努力してもだめなので、夢を持たない。大きな幸せを求める気持ちが消えている。だからこういう映画を撮った。夢を追ってほしかった。

 ──日本と同じ状況ですね。

 世界中どこでも、大都会で暮らしている人はほとんどそうだろう。20代の人たちは夢がない。30代は夢があるけれど、なかなか実現できず、だんだん夢を抱かなくなっている。30代の少なくない人たちが独身を選んでいるのは、世の中が不確実だから。他人を迷惑をかけたくないと思っている。

 ──エピソードを作る際、かなり調査しましたか。

 それほどしなかった。自分は普通の人間。生活も普通。周りの人たちも普通の人ばかり。彼らの姿、話し方、考え方はよく理解できる。映画の物語は、自分自身の経験から出た。社会で直面している問題と、自分の経験を組み合わせた。

 ──「海角七号 君想う、国境の南」に「52Hzのラヴソング」と、歌が重要な役割を果たしています。監督の映画に音楽は重要ですか。

 音楽は好きだけれど、得意なわけではない。映画の中でほしい音楽は、よく分かっている。脚本の段階で映像、音楽に対する感覚が全部つかめている。

 シャオヤンが屋上で歌う場面は、最後に完成した。もともとの歌ができて歌わせたが、どうもしっくりこない。彼は愛とは何か、孤独とは何かの代弁者。何度も直しても合わないので、作曲家に要求した。シャオヤンが屋上に立ち、街の風景を長め、独り言のように歌い出す。心の中から独り言が流れるように書いてほしい、と頼んだ。それでできたのがあの曲だ。

(文・写真 遠海安)

「52Hzのラヴソング」

「52Hzのラヴソング」(2017年、台湾)

監督:ウェイ・ダーション
出演:リン・ジョンユー、ジョン・ジェンイン、スミン、チェン・ミッフィー、リン・チンタイ

2017年12月16日(土)、ユーロスペースほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.52hz.jp/

作品写真:(C)2017 52HzProduction ALL RIGHTS RESERVED.

posted by 映画の森 at 11:07 | Comment(0) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月24日

「星空」思春期の少女の心象風景 ファンタジックな映像で 台湾トム・リン監督名作

メイン/縮小.jpg

 裕福な環境で育った13歳の少女。はた目には恵まれているように見えるが、両親の仲は冷え切っていて、家庭にぬくもりはない。寂しさを紛らわすように、少女は幸せだった幼い頃の思い出にふける。祖父とともに過ごした山の中で見た満天の星。もう一度、あの星空を見たい。祖父に会いたい。しかし、夢はかなわぬまま、祖父は亡くなってしまう。

 そんな少女の前に、1人の少年が現れる。少女の家の真向かいに越してきた転校生だった。少年はいつもスケッチブックを持ち歩き、卓越した画才の持ち主だ。しかし、描いているのは裸婦像ばかり。たちまち少年はクラスで浮いた存在となる。

サブ1/縮小.jpg

 同級生にいじめられる少年。加勢した少女はけがを負い、二人は意識し合う仲となる。ところが、少年は突然母親から転居を告げられる。DV(ドメスティック・バイオレンス)が原因で別れたはずの父が、居場所を突き止め、追ってきたのだ。一方、少女も両親から離婚を宣言される。少女は「星を見に行かない?」と少年を誘う。森、湖、山小屋、そして星空。古い思い出が蘇り、新しい思い出がつむがれる――。

 親しくなった少年と少女が、親の都合で引き離される。成瀬巳喜男監督の名作「秋立ちぬ」(60)を思い出す。少年の視点から、大人の身勝手さに翻弄される子どもの切なさ、やるせなさを、リアリズムの手法で描いた成瀬作品に対し、トム・リン監督は、少女の視点からファンタジー色強く描いている。

サブ2/縮小.jpg

 駅の待合室に降り積もる雪。巨大化して少女に付き従う木彫りの動物たち。星の瞬く夜空を疾走する列車。残酷な現実に抗するように表れる少女の心象風景が美しくも悲しい。

 エピローグには、成長した少女の役でグイ・ルンメイが登場。直前に投げかけられる謎と、ラストのサプライズをお見逃しなきよう。

(文・沢宮亘理)

「星空」(2011年、台湾・中国)

監督:トム・リン
出演:シュー・チャオ、リン・フイミン、レネ・リウ、ハーレム・ユー、ケネス・ツァン、ジャネル・ツァイ、シー・チンハン、グイ・ルンメイ

2017年10月28日(土)、K's cinemaほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://hoshizora-movie.com/

作品写真:(c)HUAYI BROTHERS MEDIA CORPORATION TOMSON INTERNATIONAL ENTERTAINMENT DISTRIBUTION LIMITED FRANKLIN CULTURAL CREATIVITY CAPITAL CO., LTD ATOM CINEMA CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED

タグ:レビュー
posted by 映画の森 at 23:54 | Comment(0) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月15日

「海の彼方」沖縄・石垣島への台湾人移民、苦難を乗り越えて ドキュメンタリー・シリーズ第1弾

u1.jpg

 戦前、台湾から沖縄県石垣島に移り住んだ人々を追ったドキュメンタリー映画「海の彼方」。日本に統治されていた1930年代、台湾から八重山諸島に農家約60世帯が移り住んだ。「海の彼方」に登場する玉木家の人々も含まれていた。

 2015年、88歳になった玉木玉代おばあは、娘や孫に連れられ、台湾の埔里へ最後の里帰りをする。長年の思いを胸にたどり着くが、70年の歳月がもたらした変化は大きかった。

u2.jpg

 玉代おばあの孫である玉木慎吾がナレーションを務める。慎吾はヘビメタバンドのメンバーとして活動している。東京から石垣島へ慎吾が帰るところから、カメラは追っていく。慎吾を迎える家族の中に、玉代おばあの姿も。再会を喜ぶ家族の幸せの向こうには、おばあが歩んだ苦難の歴史があるのだ。

 日本の敗戦後、石垣島に残った台湾の人々は無国籍状態に置かれた。おばあも沖縄が本土に復帰する1972年、日本国籍となった。沖縄の台湾人は、台湾の戦後教育を受けていないため、台湾語と日本語しか話せない。孫の代になると台湾語ができなくなる。台湾と日本の間にいる移民のアイデンティティーに迫りながら、おばあの里帰りを追っていく。

u3.jpg

 台湾人移民の苦難の歴史、玉木家の家族史がうまく合わさっている。日本と台湾の歴史も分かりやすく入ってくる。黄インイク監督のドキュメンタリー・シリーズ「狂山之海(くるいやまのうみ)」第1弾作品。

(文・藤枝正稔)

「海の彼方」(2016年、台湾・日本)

監督:黄インイク
出演:玉木玉代、玉木慎吾、玉木茂治、玉木美枝子、登野城美奈子

2017年8月12日(土)、ポレポレ東中野ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://uminokanata.com/

作品写真:(C)2016 Moolin Films, Ltd.

タグ:レビュー
posted by 映画の森 at 11:31 | Comment(0) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月28日

「台湾萬歳」酒井充子監督に聞く アイデンティティーは「自分の人生が決めるもの」

t1.jpg

 台湾南部の漁村を舞台に、海や山とともに暮らす人々を追ったドキュメンタリー映画「台湾萬歳」。台湾の「日本語世代」を追った「台湾人生」(09)、「台湾アイデンティティー」(13)に続き、酒井充子監督が3部作の最終章として送り出した作品だ。

 前2作では歴史の波に翻弄され、激動の人生を歩んできた日本語世代の過去と現在を描いた酒井監督。今回は舞台を南部の台東県成功鎮に移し、台湾の自然と文化を愛し、汗を流し根を張って生きる人々に焦点をあてた。監督は一人、南部最大の都市・高雄から車を走らせた。

sakai.jpg

 「台湾の南の方で撮りたくて、台東になったのは偶然です。今回はゼロからやろうと思い、取材の予約もしませんでした。(米どころで知られる南部の)池上へ行けば、米を作っているおばあちゃん、おじいちゃんがいるだろうと思い、池上の農協で聴き込みました。ところが、(日本語世代の高齢化が進み)存命の人が少なかった。どうしようかな……海へ行けば漁師さんがいるかもしれない、と海岸線を北上。途中で『成功漁港』の看板を見たんです」

 行き当たりばったりの取材をスタートさせたのは、前2作とはまったく違うものにしたかったからからだ。日本統治時代を含め、より長いスパンで台湾の時の流れをとらえたかったという。「特別なもの」ではなく、「そもそもの」台湾を知りたくなった。

t2.jpg

 「これまでずっと、台湾の人たちが持っている明るさ、強さはどこから来るんだろうと思ってきました。風土や社会環境、台湾人を育んだものを見たかった。激動の歴史の一方で、コツコツと額に汗して生きてきた人たちを撮りたかったんです」

 台東県はアミ族、ブヌン族、タオ族など原住民の人々が人口の3割強を占める。成功鎮も漢民族と原住民が半々だ。今回登場するのは、日本統治時代に持ち込まれたカジキの「突きん棒漁」をする夫婦、ブヌン族の伝統的な狩猟を受け継ぐ若い世代も登場する。台湾の多様性、歴史が浮かび上がる。

t3.jpg

 15年を超える取材を通し「台湾とは何か、日本とは何か」を探ってきた酒井監督。日本で台湾は「親日」の国とくくられがちだが、はっきりと異議を提示する。

 「東日本大震災後、台湾から多額の義援金が来て初めて、多くの日本人が台湾を意識するようになった。ただ、興味の示し方が露骨で、日本にとって都合のいいイメージでしか台湾を見ない。親日の2文字では語れない歴史があり、今もその時代を生きた人がいる」

 では、前作のタイトルにもなった「アイデンティティー」とは何か。何がそれを決めるのか。

 「自分の人生が決めるものだと思います。国や民族、言語や文化では規定できないもの。その人が歩んできた人生こそ、アイデンティティーではないでしょうか」

 “最終章”と銘打たれてはいるが、酒井監督の台湾への旅は続いている。次回作は「場所」を撮るそうだ。「まだどこかは言えませんが」と笑顔を見せた。

「台湾萬歳」(2017年、日本)

監督:酒井充子

2017年7月22日、ポレポレ東中野ほか全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://taiwan-banzai.com/

作品写真:(C)「台湾萬歳」マクザム/太秦
posted by 映画の森 at 00:00 | Comment(0) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする