2017年09月09日

「三里塚のイカロス」代島治彦監督に聞く「あの時代の悪霊を、もう蘇らせたくない」

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 成田空港建設反対闘争に参加した三里塚農民の現在の姿を撮った「三里塚に生きる」(14)。その共同監督を務めた代島治彦監督が、今度は「三里塚のイカロス」で、農民と共に闘った若者たちの人生に迫った。代島監督は「あの時代の悪霊を、もう蘇らせたくない」と語った。

農家に嫁いだ“支援妻”の悲劇

 前作「三里塚に生きる」の姉妹編ともいえる「三里塚のイカロス」。製作のきっかけとなったのは、2013年5月に起きた痛ましい出来事だったという。

 「三里塚の農家に嫁いだ、いわゆる支援妻の一人が自殺した。空港反対同盟の夫とともに反対闘争を続け、ずっと土地を売らずに頑張っていたのですが、2006年4月、ついに移転を受け入れた。その7年後のことでした。移転したことを“同志たち”への裏切りと受け止め、自分を許せなかったのか。『三里塚に生きる』を撮っていて農民たちの心の傷の深さを感じましたが、支援妻もまた深い心の傷を負っていた。それで、次の映画のテーマとして“支援妻”はどうだろうと考えたのです」

 20人以上いた三里塚の支援妻。4、5人が離婚してこの地を去ったが、残りの十数人が今も三里塚で暮らしている。

 「『夫が移転を決めたときには自分も悩んだ』、『気持ちはよく分かる』。会って話を聞くと、みんな自殺した女性に同情的でした。作品には秋葉恵美子さんという女性が出ていますが、ご主人の義光さんが軽トラの運転席からインタビューに応じるシーンで、よく見ると、ローレックスの高級腕時計をしているのが分かる(笑)。石を投げたり、鎌を振り上げたりして、農地死守を叫んでいた夫が、何億という大金を手にした瞬間に豹変する。その姿を見ているのは、さぞ辛いだろうと思いますね」

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三里塚と連合赤軍との因縁

 支援妻をテーマにとの目論見だったが、出演依頼に応じてくれたのは、作品に登場する3人のみ。残りの女性には、『夫もいる、子供もいる、カメラの前では話せない』と断られたため、取り上げる人物の範囲を『外から入ってきた若者』に広げることに。人選にあたってリサーチを進めると、三里塚と連合赤軍との関係も浮かび上がってきた。

 「反対闘争の初期、ほとんどの新左翼のセクトは三里塚に団結小屋を持っていて、いろいろな人が入っていた。中には連合赤軍事件の森恒夫や永田洋子もいた。69年に赤軍派を結成、山梨県の大菩薩峠で軍事訓練をして、50何人かが一斉検挙されますが、このとき三里塚の農家の息子たちもかなり誘われている。また、連合赤軍の母体となった京浜安保共闘が雲取山に設けた山岳ベースには、三里塚から米や野菜が運ばれたりしている。作品では言及できませんでしたが、こういった事実が詳しく描ければ、三里塚の見え方もまた変わっていたかもしれませんね」

管制塔占拠事件は今も誇り

 作品で肯定的に語られる唯一のエピソードが、78年に起きた管制塔占拠事件。人質を取らず、誰も傷つけなかったこの闘いに、『義勇兵として参加し、勝利を収めた』ことを、元国鉄下請労働者の中川憲一さんは誇りに思い、当時着用していたヘルメットや足袋を今も大切に保管している。

 「あの闘いがあったからこそ今の自分がある。中川さんはそう思っている。しかし、当日は、奥さんにどう説明しようかという葛藤の中で管制塔に登っている。そういう人間的な面に迫れたのはよかった。一方、同じく管制塔占拠に加わった立命館大学の平田誠剛さんは、そこまで肯定的ではない。ともに逮捕され8年間収監されたが、82年に平田さんの属するセクトはレイプ事件で告発され、三里塚から追い出される。83年には反対同盟の分裂も起こる。刑務所にいる間に、状況はどんどん悪化していった。何のために自分は犠牲を払ったのか。彼らは情けない気持ちになったでしょう」

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 平田さんの先輩の吉田義朗さんは、強制大執行を阻止するための塹壕を掘っていて落盤事故に遭い、下半身不随となった。だが、車椅子生活の不自由さを感じさせない明るいキャラ。トークも達者だ。

「吉田さんは現在、日本障害者カヌー協会の会長をしている。カヌーは引っ繰り返ると足を抜いて泳ぐしかない。だから下半身不随の人は乗ってはいけないことになっていた。彼はこの常識に逆らい、日本で初めてカヌーに乗った。もともと、吉田さんは高校時代に若者が警官にボコボコにされているのを見て、反権力に目覚めた人。義憤に駆られて、三里塚に来て、農民を助けるために、やれるだけのことはやった、という思いがある。中川さんもそうだが、三里塚闘争を肯定的にとらえて、今もポジティブに生きている。傷ついて自殺してしまう人がいる一方で、そんな人たちがいるということも知ってほしかった」

表情に滲み出る心の傷

 岸宏一さんは、元中核派で1981年から2006年まで25年間、三里塚の現地責任者を務めた人物だ。反対同盟を分裂させたり、テロを仕掛けたりして、反対闘争を過激化させた張本人。本作の完成を楽しみにしていたそうだが、2017年3月、谷川岳西側の東谷山で遭難した。

 「岸さんは、責任者という立場上、言えることと言えないことがある。最初からそう明言していた。だから、本作でも建前的な発言が多い。『記者会見じゃないんだから』ってツッコミを入れたくなるほど(笑)。しかし、映画とは面白いもので、表情や声音に、岸さんの苦渋というか、心に抱えているものが透けて見える。自分の人生を否定するようなことは言葉に出せない。彼のそういう思いは伝わってくるんですよ」

 ほかに、農民運動家の加瀬勉さんと、空港公団の前田伸夫さんという、当時すでに若者ではなかった人たちも登場する。

 「加瀬さんは外からくる新左翼の若者を指導し、反対同盟とくっつけた人。終戦まで軍国少年だったが、戦後は社会党の農民運動家になり、三里塚に入った。途中から社会党が去ると、離党し三里塚に居残った。農家の長男なのに結婚せず、今は一人で母親を介護している。前田さんは、用地買収の黒幕的な人物。自分が用地買収を進めたおかげで空港が完成したという自負を持っている。同時に自宅を焼かれ、かわいがっていた犬まで殺された恨みも抱いている。公団側の人間は、今まで三里塚を描いた映画には出てこなかったが、農民や支援者と同様に、反対闘争では心に大きな傷を負っているのが分かります」

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天使に悪霊が憑いた

 登場する人々はいずれも三里塚という舞台で、それぞれが正しいと信じることのために、人生をかけて闘った。そして、多くの大切なものを失った。悲しみに耐えて生きている人、耐え切れずに命を絶った人、逆境をはね返してポジティブに人生を切り開いている人。それらの人々に共通するのは、結局は目的を成し遂げられなかったという敗北感だろうか。

 「新左翼の若者たちが支援に駆けつけたとき、三里塚の農民たちは、都会からゲバ棒持ってヘルメットかぶった天使がやってきたと思ったかもしれない。ところが、闘争のプロセスで、機動隊員3人が死亡する事件が起きたり、自殺者が出たりした。そのあたりから闘争に悪霊が憑いてくる。天使が悪霊に変じてくる。『三里塚のイカロス』というタイトルも、そこに結びついてくる。つまり、60年代から70年代にかけて政治の時代というのがあった。時代には翼が生えていた。その翼がもげて、墜落した。このとき、一度完全に死んでしまえばよかったのだが、ほそぼそと生き残り、80年代、90年代になっても内ゲバや爆弾テロは絶えなかった。あのとき、あの時代が完全に終焉していれば、若者も政治アレルギーになることなく、新たな時代にふさわしい形で政治活動を展開する動きも出ていたのではないか。あの時代を完全に葬り去りたい。悪霊よ、もう二度と蘇らないでくれ。そんな願いを込めて、僕はこの映画を撮りました」

(文・写真 沢宮亘理)

「三里塚のイカロス」(2017年、日本)

監督:代島治彦

2017年9月9日(土)、シアター・イメージフォーラムほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.moviola.jp/sanrizuka_icarus/


作品写真:2017 三里塚のイカロス製作委員会

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2017年08月01日

「海辺の生と死」越川道夫監督に聞く 満島ひかり4年ぶり主演作「芝居が生まれる瞬間を見て、写すことだけを考えた」

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 鹿児島県奄美群島・加計呂麻島育ちの作家、島尾ミホの同名小説を映画化した「海辺の生と死」が公開中だ。長編私小説「死の棘(とげ)」で知られる夫・島尾敏雄との出会いを、戦時下の奄美群島を舞台に描く。ミホがモデルとなった主人公・トエを演じた満島ひかり4年ぶりの主演作。越川監督は奄美でのロケ撮影に「芝居が生まれる瞬間を見て、写すことだけを考えた」と語る。

 1944(昭和19)年、奄美群島カゲロウ島。国民学校で教鞭をとる大平トエ(満島)は、島に赴任してきた海軍特攻艇の隊長・朔(さく)中尉(永山絢斗)と出会う。互いに好意を抱き、逢瀬を重ねるようになる2人だが、次第に敵の攻撃が激化。沖縄は陥落し、広島・長崎に原子爆弾が落とされる。ついに朔にも出撃命令が出され、トエは短刀を胸に抱き、浜辺へと駆け出す──。

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 島尾夫妻が生きた奄美・加計呂麻島をモデルとしたカゲロウ島。島に生まれ、島の自然と文化に抱かれ生きるトエは、この世の豊かな「生」を象徴している。奄美の島唄を歌う満島が島の空気に溶け込む。山や海にたたずむ姿に、野性的な生命力がにじんで見える。

 「満島さんは沖縄育ち、。とはいえ、その島の環境は奄美と大きく違います。奄美群島でも島によって言葉、音楽、風習などが異なる。僕も島で暮らしたことはありません。満島さんは奄美を知るため、島に何度も通った。僕は島が何かを感じる時間がほしかった。現場でそれをすり合わせ、たくさん相談し合って必死に作り上げました。」

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 朔のモデルとなった敏雄が書く「死の棘」は、後に妻となったミホが夫の不貞を知り、正気を失い、嫉妬に狂う修羅の日々を描いている。小栗康平監督によって映画化され、カンヌ国際映画祭で審査員グランプリを獲得した。

 「(演出において)僕はコントロールを基本的にしません。誰かがコントロールした結果であるというよりも、お互いがセッションして出来た結果であることを望みます。できた映画は『監督の自己表現』と言うよりも、作品はスタッフや奄美の人々と一緒に撮った『現象』だと思います。僕は僕自身も自分をコントロールしない状態に置きます。積極的に迷子になり、たえずこの映画を発見しようとしました」

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 一方、満島は島へ通う中で、島の言葉や歌に触れ、自然に抱かれ「人間が個人個人というより、もっと大きな一部になった感じがあった」と振り返った。ルーツである奄美を舞台にした物語に、満島という個人としてかかわり「都会の人間がつくる作品。私が島を責任もって守らなきゃ、と必死だった」と語っている。

 でき上がった映画「海辺の生と死」は、そんな満島や俳優たち、越川監督やスタッフが、島尾夫妻の文章を媒介に、島に触れ、それぞれに発見を感じる過程が映された結果かもしれない。

 「もしかすると人は完成した芝居が見たいと思うかもしれませんが、僕は芝居が生まれる瞬間を見て、それを写すことを考えます。この世に見なくてもいい『生』はないと思う。俳優には脚本の奴隷になってほしくない。映画を撮ることは、発見を続けて終わるプロセスだと思います。できるだけ物語が規制する力を弱め、映画を世界に近づけたかった」

 満島や越川監督、俳優たちが、奄美に出会い、触れて生まれた確かなもの。満島の体によみがえる島尾夫妻の記憶、島の空気、つかみがたく濃厚な時間。観客はスクリーンに向かい、流れ出る何かをとらえ、全身で受け止めることになる。

(文・写真 遠海安)

「海辺の生と死」(2017年、日本)

監督:越川道夫
主演:満島ひかり、永山絢斗、井之脇海、川瀬陽太、津嘉山正種

テアトル新宿ほかで全国順次公開中。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.umibenoseitoshi.net/

作品写真:(C)2017 島尾ミホ / 島尾敏雄 / 株式会社ユマニテ
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2017年07月30日

「海辺の生と死」島尾ミホと敏雄の恋 満島ひかりの熱演光る

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 太平洋戦争末期。奄美群島のカゲロウ島。国民学校で代用教員をしているトエは、駐屯してきた海軍特攻隊の隊長である朔(さく)中尉と出会う。知的で軍人らしからぬ朔に好意をいだくトエ。ある日、朔がトエの家を訪ねたのをきっかけに、ふたりは急速に接近し、愛し合うようになるが――。

 島尾ミホと島尾敏雄の恋愛実話を映画化した「海辺の生と死」。トエと朔は島尾夫妻、舞台となるカゲロウ島は、奄美大島の南に位置する加計呂麻島(かけろまじま)がモデルとなっている。

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 物語の中心人物はトエだ。朔に対するトエの思いの激しさ、一途さが全編を貫いている。子どもたちに慕われるやさしい先生。そんなトエが、朔と知り合い、恋に落ちるや、見る見る“女”となっていく。朔からの手紙を読んで陶然とし、浜辺での密会に恍惚となるトエ。狂おしいまでの恋心に、トエは身も心も委ねていく。

 朔は、いずれ爆弾を積んだ舟艇で敵艦に体当たりして果てる運命。そのときは、後を追って自分も死ぬ。残された短い時間の中で、トエは朔との恋に燃え尽きる覚悟なのだ。死と隣り合わせであるからこそ、トエの恋心は極限まで高まるのである。

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 実話がベースとなっている以上、トエにはどうしても島尾ミホが重なって見える。つまり、夫の敏雄が書いた小説「死の棘」で、嫉妬のため精神を病むミホの若き日の姿として、つい見てしまう。夫を強く愛するがゆえに、浮気を許せないという、ある意味、情の深い女性。そういう女性の若き日の姿がトエということになる。

 この映画は、そういう見方をしても十分に納得できる作品となっている。その最大の立役者は、もちろん満島ひかりである。育ちは沖縄だが奄美大島にルーツを持つ満島は、奄美の言葉を完璧にマスターした上で、トエ=島尾ミホのイメージを鮮やかに造形することに成功している。満島によって具現化されたミホは、この後、敏雄と結婚し、浮気した敏雄を執拗に責め立てる。そんな女性になるであろうことを予感させるのである。

(文・沢宮亘理)

「海辺の生と死」(2017年、日本)

監督:越川道夫
主演:満島ひかり、永山絢斗、井之脇海、川瀬陽太、津嘉山正種

2017年7月29日(土)、テアトル新宿ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.umibenoseitoshi.net/

作品写真:(C)2017 島尾ミホ / 島尾敏雄 / 株式会社ユマニテ
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2017年07月20日

「彼女の人生は間違いじゃない」震災で傷を負った人々 福島出身・廣木隆一監督、渾身の1本

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 東日本大震災で母親を亡くし、今は仮設住宅で父親(光石研)と二人暮らしのみゆき(瀧内公美)。平日は市役所で働きながら、週末は東京でデリヘル嬢として働いている。父親は原発事故のあおりで職を失い、保証金でパチンコに通う毎日だった──。

 「さよなら歌舞伎町」(15)の廣木隆一監督が、処女小説を自ら映画化した「彼女の人生は間違いじゃない」。福島県郡山市出身の廣木監督にとって、作品として向き合うべきテーマなのだろう。82年、ポルノ映画でキャリアをスタートさせた監督。「800 TWO LAP RUNNERS」(94)で頭角を現し、「ヴァイブレータ」(03)で作家性を確立。「余命1ヶ月の花嫁」(09)、「雷桜」(10)、「娚の一生」(15)など職業監督としてあらゆるジャンルに取り組んできた。今回は震災を肌で感じた監督渾身の1本だ。

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 みゆきの毎日にさまざまな人生が交錯する。デリヘル店の従業員・三浦(高良健吾)は、風俗嬢となる女性たちの面接から送迎、警護までこなす頼りになる男。人知れず夢を抱き、家族も抱えていた。震災で母を亡くしたみゆきへの一言で、距離ができたかつての恋人・山本(篠原篤)。月日は流れて二人は再会する。みゆきの市役所の同僚・新田(柄本時生)も震災を経てもがいていた。

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 震災で心に傷を負い、それぞれに満たされない心。みゆきの場合、それがデリヘル嬢という極端な形で表れた。父親も被災者だが、保証金で酒とパチンコにおぼれる。震災から6年。多くの命が奪われ、残された人々の苦しみは続いている。居場所を失った人々の葛藤を、刹那的に描いた作品だ。

(文・藤枝正稔)

「彼女の人生は間違いじゃない」(2017年、日本)

監督:廣木隆一
出演:瀧内公美、光石研、高良健吾、柄本時生、篠原篤

2017年7月15日(土)、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://gaga.ne.jp/kanojo/

作品写真:(C)2017「彼女の人生は間違いじゃない」製作委員会

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「ベースメント」JKビジネスに特殊詐欺 軽快な語りで社会の闇へ導く

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 JK(女子高生)ビジネス、特殊詐欺、危険ドラッグ……。健全な市民であれば決して近づいてはならないブラックな世界。闇に包まれた領域に踏み込んで、おぞましい実態を暴き出し、実話系の雑誌などに記事を発表しているのが、「ベースメント」の主人公である猪俣陽一だ。アシスタントはビデオカメラマン志望の麻生綾香。猪俣からは“麻生ちゃん”と呼ばれている若い女性だ。2人が次々と怪しい現場に飛び込み、社会の裏側に隠された真実を明かしていく。

 平穏な市民社会の裏側にうごめく、闇社会の真相。テーマ自体は重い。しかし、作品のテイストはすこぶる軽快だ。本編のかなりの部分は、麻生の撮影するビデオカメラを通した映像を使用。いわゆるPOV(主観ショット)で映し出されているため、画面はライブ感にあふれ、観客は麻生や猪俣とともに、取材現場に立ち会っている感覚が味わえるのだ。

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 違法行為や犯罪者を上目線で論じるのではなく、「何でも見てやろう」とばかりに、フットワーク軽く対象に迫る。これが、アングラ系のルポライターである猪俣のスタイル。自らがルポライターでもある井川楊枝監督の身上でもあろう。

 観客は井川監督の生き生きとした語り口に乗せられ、社会の闇に分け入っていくというわけだ。描かれている現場は、井川監督自身がライターとして取材を重ね、知り尽くしている世界。それだけに各シーンはリアルに再現され、映像にも説得力がある。

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 登場人物もそれぞれ魅力的だ。海千山千のライターで元ヤクザとも親交がある猪俣。怖いもの知らずと思いきや、案外と気が弱いところがあり、憎めない人物だ。演じるのは井川監督の著作に触発され、映画化を持ちかけたという増田俊樹。麻生役のサイトウミサや元ヤクザ役の成田賢壱をはじめ、他の俳優たちの求心力となって、全体の演技レベルを絶妙にコントロールしている。

 特筆すべきは、猪俣のオフィスに居候する女子中学生の七瀬星来(せら)だろう。不遇な生い立ちを淡々と語るが、果たしてどこまで本当なのか分からない。無邪気さとふてぶてしさを併せ持つ、不思議少女だ。麻生のカメラに向けるちょっと上目づかいの表情が印象的。「最強の地下アイドル」として知られる仮面女子の窪田美沙が出色の演技を見せている。

 「ミス東スポ2015」に輝いたグラビアアイドルの璃乃や、評論家の鈴木邦男など、個性豊かな出演者たちが全編を彩る。エンドロールの後まで目が離せない、スリルと興奮の83分。早くも続編の製作が決まったという。今度はどんな現場に立ち会えるのか。どんな人物と出会えるのか。今から待ち遠しい。

(文・沢宮亘理)

「ベースメント」(2016年、日本)

監督:井川楊枝
出演:窪田美沙、璃乃、増田俊樹、成田賢壱、落合萌、サイトウミサ、鎌田秀勝、鈴木邦男(特別出演)

2017年7月21日(金)、渋谷アップリンクほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://www.basement.tokyo/

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