
韓国の全州市で5月3日から「全州国際映画祭2018」が開かれている。長短編246本を上映し、日本映画は19本がラインアップ入り。開幕作にも日本映画「焼肉ドラゴン」(鄭義信監督)が選ばれ、6月22日の日本封切りを前にワールドプレミア上映された。「焼肉ドラゴン」は高度経済成長期の関西で生きる在日コリアン一家の喜怒哀楽を描いた作品。セレモニーには鄭監督のほか、父親役の韓国俳優キム・サンホらが登場した。


開幕作品「焼肉ドラゴン」 「在日コリアンの歴史を知ってほしい」
映画「焼肉ドラゴン」は、「月はどっちに出ている」の脚本などで知られる鄭監督が脚本・演出を手掛けた同名の演劇(2008年初演)を原作にしている。演劇は日本で各種の演劇賞を受賞したほか、ソウルでも2度にわたり日韓合同公演が行われて好評を博した。
関西の集落にある小さな焼肉店が舞台。戦後、さまざまな事情で祖国に戻ることができず日本に定住することになった夫婦と三人の娘、一人息子の一家が織りなす物語だ。
上映に先立つ記者会見で、鄭監督は「(初演から)10年たったいま、映画が韓国の映画祭の開幕作に選ばれたのは光栄。多くの韓国の人に見てもらいたい」と話した。日本では忘れられかけ、韓国ではほとんど知られていない在日コリアンの物語を記録しなければ、という使命感が強かったという。

焼肉店を経営する夫婦役は、韓国のテレビドラマや映画でおなじみのキム・サンホとイ・ジョンウンが務めた。二人とも日本語は話せないが、関西弁のせりふ回しを見事にこなしている。鄭監督は在日コリアンの心理について説明しただけで、日本語指導は専門家に任せたという。
三女が結婚したいといって連れてきた男は日本人。猛反対する母に、父は結婚を許してやろうと言う。このあと父が三女と日本人男性に向かって、苦労の連続だった半生を静かに語る。ワンテイクで撮られたこの長いせりふが圧巻だ。監督は「サンホは日本語のせりふを完璧に覚え、さらにそこに感情をのせてきて、スタッフみんなが大感激した」と振り返った。技術的な問題もあってテイクを重ね、このシーンの撮影は8時間に及んだという。
会見では、撮影現場で日韓のキャストやスタッフがスマートフォンの翻訳機を片手に交流し、家族のように過ごしたエピソードも紹介された。

韓国の若手映画人、問題意識に変化
全州映画祭は例年、社会風潮や権力を批判する先鋭的なドキュメンタリーが多く上映されるが、今年は劇映画中心のラインアップとなった。
韓国インディペンデント映画のトレンドを垣間見られるのが、韓国コンペティション部門だ。今年は深刻な就職難と熾烈(しれつ)な競争にさらされる若者の閉塞感を描く作品や、事情をかかえた人間の内面を掘り下げた作品が目立った。直接的な社会批判ではなく、現代人の不安を多様な方法で描こうとする視点に、若手映画人の問題意識の変化を感じる。
映画祭は12日まで、全州中心部で開催される。
(文・写真 芳賀恵)
写真:
1.レッドカーペットに登場した「焼肉ドラゴン」の鄭義信監督(右から2人目)
2.「焼肉ドラゴン」の(右から)イ・ジョンウン、イム・ヒチョル、キム・サンホ
3.開幕式で舞台あいさつする「焼肉ドラゴン」の(右から)イ・ジョンウン、キム・サンホ、鄭義信監督=全州国際映画祭事務局提供
4.「焼肉ドラゴン」=同
5.メーン会場「映画の通り」
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