2017年05月11日

「STOP」キム・ギドク監督に聞く「ぜい沢をするために原発を作り、結果的に命を落とすのは愚かなことだ」

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 福島から東京に避難した夫婦に、謎の男が堕胎を求める。汚染地域で暮らす女が奇形児を出産する。東京から来た男が、放射能にまみれた家畜をさばき密売する──。福島の原発事故が引き起こした不安や恐怖を衝撃的な映像で描き出し、世界各国の映画祭で物議を醸した問題作「STOP」。日本公開を前にキム・ギドク監督が来日し、取材に応じた。キム監督は「ぜい沢をするために原発を作り、結果的に命を落とすのは愚かなことだ」と語った。

 主なやり取りは次の通り。

増し続ける原発への不安

 ──「STOP」を撮ろうと思った理由は。

 2011年3月11日の東日本大震災で、多数の犠牲者が出た。原発事故で被災地は放射能に汚染された。事故はいまだに収束の目処が立っていない。この不安な状況を何とか映画にしたいと思った。

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 ──福島の原発事故の後も、大飯や川内など原発が相次いで再稼働している。

 原発反対を叫んでいる人たちがいる一方で、再稼働に肯定的な人たちもいる。両者が対立している状況だが、政府は後者の立場をとっている。こういった状況は日本に限ったことではない。中国でも原発建設が進んでいるし、世界的には10年後に今の2倍、1000カ所くらいにまで増えるのではないかという話もある。やがてどこかで、チェルノブイリや福島の悲劇が繰り返されるかもしれない。怖いことだと思う。

 ──このまま原発が増え続けていったら大変なことになる。その危機感が「STOP」を撮るモチベーションとなったのか。

 私はいつも安全な環境の中で、映画を作りたい、人生を楽しみたいと思っている。でも、原発事故が起これば、私の願いは打ち砕かれてしまう。エネルギーを好きなだけ使って、ぜい沢な暮らしをする。そのために、原発を作り、結果的に命を落としたり、体に障害を生じたりするのは愚かなことだ。

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危ぶまれた日本公開

 ──原発を正面から批判した作品。日本公開は危ぶまれたと聞いている。

 日本の原発を描いており、ロケも日本、俳優も日本人。だから、当然のことながら、日本で公開すべきと思っていた。ところが、これまで私の作品を上映してくれた映画祭も、今回は二の足を踏むところが多かった。そんな中、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映してくれたのは幸いだった。作品を見て感動した人が「ぜひ劇場公開してほしい」と私の手を握ってくれた。劇場との交渉は、本作のプロデューサーで出演もしている合アレンさんが引き受けてくれた。たぶん散々断られたと思うが、何とか私たちと志を同じくする劇場での公開が決まった。アレンさんの尽力に感謝している。

 ──韓国で公開されたときの観客の反応は。

 日本の話なので共感してもらうのは難しく、観客の入りもそれほどではなかった。少し遅れて「パンドラ」という、やはり原発の恐怖を描いた娯楽映画が封切られたが、そちらはかなりの動員を記録したようだ。私の作品は製作費が少なく、高いクオリティーも望めないので、どうしたって分が悪い。でも、作品を見た人は好意的な評価をしてくれた。主人公たちの恐怖を自分自身の恐怖と感じてくれた人もいたし、原発反対の意志がさらに固まったという人もいた。

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原発は核爆弾と同じ

 ──監督自身で撮影を担当しているが、製作費を抑えるのが目的なのか。

 「嘆きのピエタ」では2台のカメラのうち1台を自分が担当した。その後は、自分ひとりで撮っている。プロのカメラマンはやたら撮影に凝るため、準備に時間がかかってしまう。ところが自分で撮ると、余計な準備もなく、必要なカットだけを効率的に撮れるので、製作費の割に多くのカット数が稼げる。もちろんプロのカメラマンは高いテクニックを持っており、その価値は認めるが、私の映画は外面的なデザインよりも、内面的なテーマに重きを置いているので、最近は私が一人で撮っている。いまドローン撮影を練習しているので、今後はその技術も使ってみたい。

 ──新宿や井の頭公園など都内でも撮影しているが、支障なく撮影はできたのか。

 使用したカメラは一眼レフ。誰も映画を撮っているとは思わないので、自由に撮ることができた。今は、こういうカメラを使えば、お金も人手もかけずに映画が撮れる。アイデアはあるが製作費がないという人に、映画は一人でも製作できるんだということを示したい。私をモデルにしてもらいたい。そんな思いもあった。

常に想像力を働かせている

 ──随所にショッキングな描写が見られる。一瞬、現実離れしているように思うが、よく考えるとあり得ることばかりだ。決してきてれつな話ではない。

 私には、何か事件が起きると、付随的に何が起こるだろうかと考える習慣がある。福島にこっそり侵入し、動物をさばいて肉を闇で売ってしまうということは、もしかしたら実際にあるかもしれないし、あったら怖いなと思わせる。つねにそういう可能性について想像力を働かせている。

 以前「うつせみ」という映画を撮ったが、誰もいない空き家に忍び込んで洗濯をしたり、人の真後ろに隠れたりするシーンがある。突飛な行動に思えるかもしれないが、あり得ることだ。一見あり得ないことを可能に見せるのが映画だ。ひいては映画はイコール想像力だとも言える。

 私はいつもそんな考えで映画を撮っている。今まで誰もやったことがない、誰も見せてくれたことがない、新しいイメージ、新しい物語を探し求めている。それが映画作家としての使命だと思っている。

質素倹約の姿勢が必要だ

 ──これから「STOP」を見る日本の観客にメッセージを。

 最初にも話したように、原発は世界的に増える傾向にある。日本も今後、原発がさらに増えたり再稼働したりすることがあると思うが、そのたびに不安は高まるだろう。原発は核爆弾のようなものだ。もし戦争になって、ミサイルが原発を攻撃したら、核爆弾が爆発するのと同じ結果になる。それに、戦争は防いだとしても、自然災害である地震は防ぎようがない。絶対安全な原発などはない。

 私たちに必要なことは、電気をできるだけ大切に使うこと、肉体労働をしてエネルギーに変えていくこと。質素倹約の姿勢だ。一つでも原発を減らしていくことが、人間の未来にとっては望ましいことだと思っている。「STOP」には、そんな私の思いが込められている。

 韓国同様、日本でも封切館が少なく、あまり多くの人に見てもらえないかもしれないが、見た人ができるだけ口コミで広げてくれて、少しでも多くの人に見ていただきたい。金もうけのために撮った作品ではないので、収益があったら無条件に被害者の方に寄付しようと思っている。

(文・写真 沢宮亘理)

「STOP」(2015年、韓国・日本)

監督:キム・ギドク
出演:中江翼、堀夏子、武田裕光、田代大悟、藤野大輝、合アレン

2017年5月13日(土)、新宿 K's cinema、キネカ大森ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://www.stop-movie.com/

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2017年05月07日

全州国際映画祭(1)カン・ドンウォン、2カ月ぶりに公式の場

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 韓国全州市で開かれた「全州国際映画祭2017」で5月3日、韓国映画「マスター」の上映後に舞台あいさつが行われ、カン・ドンウォンとチョ・ウィソク監督が登場した=写真。イ・ビョンホン、キム・ウビンも出演し話題を呼んだ同作は昨年末に公開され大ヒット。会場は満員のファンで埋まった。

 カン・ドンウォンは今年3月に母方の曽祖父が日本植民地時代に反民族的活動をした「親日派」だったと報じられて以来、公の場に姿を現すのは初めて。舞台あいさつの冒頭、カン・ドンウォンは「公式の場で謝罪したかった。歴史と真実について反省し学びたい」と神妙な表情でコメントした。

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 「マスター」はネットワークビジネス詐欺事件の首謀者(イ・ビョンホン)と、彼を追い詰める知能犯罪捜査班の刑事(カン・ドンウォン)の息詰まる闘いを描く。イ・ビョンホンは政官界に太いパイプを持ち権力をほしいままにしている設定。映画の編集作業中に朴槿恵大統領の友人による国政介入問題が明るみに出たため、チョ・ウィソク監督は「『現実のほうが面白い』といって映画を見に来る人がいなくなるのではないかと心配した」という。

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 自身初の刑事役を演じたカン・ドンウォンは役作りについて尋ねられ、「いつも初めてシナリオを読んだときに感じたことを大切にしている。刑事が主役の映画はよく見ているので役作りに役立った」と話した。

 カン・ドンウォンの次回作は1987年6月の民主化闘争をテーマにした「1987」(チャン・ジュナン監督)。特別出演で、デモ中に催涙弾に当たり亡くなった実在の学生運動家を演じる。

(文・芳賀恵、写真・岩渕弘美)
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2017年03月13日

世界が注目する國村準、韓国映画「哭声 コクソン」で圧倒的存在感「現場はどこも変わらない」

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 一方では山に住み着いた得体の知れない“よそ者”、一方では自殺志願の人に寄り添う元警察官――。韓国映画「哭声 コクソン」とベルギー・フランス・カナダ合作映画「KOKORO」で正反対のキャラクターを演じた國村隼が「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2017」を訪れた。2作品の上映のほかにトークショーも開催され、観客のアンケートで選ぶファンタランド大賞では「人物賞」を受賞。さながら「國村準祭り」の様相だ。國村と「哭声」のナ・ホンジン監督に話を聞いた。

不気味な“よそ者”

 「チェイサー」「哀しき獣」で韓国の社会問題を下敷きに犯罪と暴力を描いたナ・ホンジン監督が、「哭声 コクソン」では被害者に焦点を当て、小さな村の混乱を描き出す。

 ある山村に一人の“よそ者”が現れてから奇妙な殺人事件が続き、人々は恐怖に陥る。ナ監督は物語のモチーフを新約聖書から得た。「エルサレムに向かうイエスをユダヤ人がどう見たのか」という視点から“よそ者”のキャラクターが誕生。外見上は村人たちと似ていながら異質である点を強調するため設定を日本人としたが、キャスティング時に監督の頭に真っ先に浮かんだのが國村だった。最後まで観客を惑わせる“よそ者”役にふさわしいと思ったという。オファーを受けた國村も「彼が撮るなら面白くないわけがない。この役をほかの人に取られたくない」と即決した。

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 ミステリー、スリラー、ファンタジーと多くのジャンルを取り入れ、宗教的要素も盛り込んだ作品。ナ監督は「構想から完成まで6年かかった。一生かけてもできないかもしれないと思った」と、生みの苦しみの日々を振り返った。

 ロケは半年に及んだ。妥協を許さないナ監督の撮影現場は國村にとって「経験したことがないほどタフな現場」。ふんどし一丁で岩山を走り回るのは序の口(シナリオでは全裸という設定だったとか)で、過酷な撮影に耐えた。「滝に打たれるシーンは2テイクで終えてほしいと監督に頼んだ」ものの、結局はその倍ほどのテイクを要したという。そのかいあってか“よそ者”は圧倒的な迫力でスクリーンを支配し、映画に緊張感を与えている。

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 國村は韓国の「青龍賞」で日本人初の男優助演賞と人気スター賞をW受賞。人気スター賞の5人の中には女優ペ・ドゥナもいて、「ファンなので一緒に受賞できたのはうれしかった」。知名度も急上昇したそうで「韓国の街を歩いていて『悪魔だ!』と声をかけられ、一緒に写真を撮ってほしいと頼まれるのには驚いた」と笑う。

 ナ監督は「日本にはこのようなジャンルの映画が多いので、受け入れられるかどうか心配もある。面白く見てくれればうれしい。なぜ主人公が被害にあわなければならなかったのかを考えてもらえれば」と日本の観客にメッセージを送った。

ジョン・ウー、タランティーノ作品も

 「KOKORO」はベルギーの女性監督の作品で、島根県隠岐島の雄大な自然を背景に生きる希望を見出す人々の物語だ。フランス人女性アリス(イザベル・カレ)が、亡き弟がしばらく滞在していた日本の海沿いの村を訪ねる。この村では絶壁から海に身を投げる人が後を絶たない。女性はこの村でさまざまな過去を持つ人々と出会い、ゆっくりと癒やされていく。國村の役どころは、自殺を思いとどまらせる活動をする元警察官。自らも心に傷を負いながら絶望した人々に寄り添う、懐の深いキャラクターだ。

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 「KOKORO」の上映後には國村のトークイベントが開かれ、熱心なファンが詰めかけた。國村は車好きがこうじて進んだ高等専門学校を辞め、バイト生活中に劇団の研究生に応募したことをきっかけに演技の道に足を踏み入れる。リドリー・スコット監督が大阪で撮影した「ブラック・レイン」のオーディションに参加したことが転機となった。その後、ジョン・ウー監督やクエンティン・タランティーノ監督の映画にも出演。「KOKORO」では、ほとんどのせりふを英語でこなしている。

 外国映画の仕事にも抵抗はまったくない。「映画の現場でやるべきことは同じ。同じ道具建ての中で、いかに映画の世界観を立ち上げるかが俳優の仕事」。文化や言葉は違っても同じ映画人だという言葉に、外国人の監督や共演者に愛される理由が見えた。

(文・写真 芳賀恵)

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「哭声 コクソン」(2016年、韓国)

監督:ナ・ホンジン
出演:クァク・ドウォン、ファン・ジョンミン、國村隼、チョン・ウヒ

2017年3月11日(土)、シネマート新宿ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://kokuson.com/

作品写真:(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION

写真:
1:(右から)「哭声 コクソン」のナ・ホンジン監督、國村隼
2と3:國村準トークイベント
4:(右から)「KOKORO」のヴァンニャ・ダルカンタラ監督、國村準=いずれも北海道夕張市で3月4日〜5日
5:「哭声 コクソン」

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6:「KOKORO」

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2017年01月19日

「キム・ソンダル 大河を売った詐欺師たち」パク・デミン監督に聞く「愉快で軽快、豊かな映像表現で」

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 韓国の伝説的詐欺師を描く映画「キム・ソンダル 大河を売った詐欺師たち」がいよいよ1月20日より公開される。公開を前に来日したパク・デミン監督は「愉快で軽快な詐欺師を、豊かな映像表現で描きたかった」と語った。

 人気若手俳優のユ・スンホが主人公のキム・ソンダルを演じ、アイドルグループ「EXO」のシウミンが映画初出演。脇を実力派のコ・チャンソク、チョ・ジェヒョンらが固め、見ごたえある娯楽作品に仕上がった。

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 パク監督との主なやり取りは以下の通り。

 ──キム・ソンダルを題材に、スケールの大きい娯楽作品を作ろうと思ったきっかけは。

 私一人の発想ではなく、製作サイドと一緒に作り上げてきた。キム・ソンダルは当初のシナリオでは脇役だったが、主人公にすればずっと愉快で軽快になると思い、設定を変えた。

 キム・ソンダルの魅力は単なる悪党ではないところ。石川五右衛門のように、貴族階級の両班(ヤンバン)による搾取で苦しむ庶民のヒーローだった。しかし、詐欺師を中心に作品を広げるのは難しかった。詐欺師は口で相手をだますもの。話としては面白いが、映像を見て面白く、豊かな表現でなければならない。

 伝説のキム・ソンダルは単独行動で、エピソードは断片的だった。映画は大きな一つの物語にしなければならない。チームにして個々の詐欺行為も規模を大きくした。劇中登場する「大河(大同江)を売り飛ばす」話も、もともとは単純な詐欺だった。物語を複雑にし、大きな堤防を築いたりして、スケールを大きく見せる工夫をした。

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 ──主演のユ・スンホについて、監督は「真面目で固い」イメージを持っていたと聞いた。起用の経緯は。

 脚本は彼を念頭に書いたわけではない。もともとキム・ソンダルは中年の設定だったが、映画なら若くてセクシー、面白い人物にしようと決めた。執筆中、ユ・スンホは兵役中で念頭になかったが、書き上げてから除隊の記事を読み、彼に決めた。

 ──監督から見たユ・スンホ、シウミンの魅力は。

 ユ・スンホのセクシーさ、シウミンのかわいらしさは、それぞれのキャラクターにおいて望まれるもので、表現してほしかった。持って生まれた要素もあり、二人ともうまく表現してくれた。ユ・スンホは子役出身。除隊した後に深みが出てきたと思う。行き過ぎず、自然に醸し出される要素でうまく演じた。シウミンも自分自身のかわいらしさを生かしていた。

 ユ・スンホは詐欺師役で、撮影序盤はぎこちない部分もあった。撮影を重ねるごとに能力を上げ、自然に詐欺師の姿を見せられるようになった。変化を感じた。

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 ──作品から「仕事も人生も楽しむ」メッセージが伝わってくる。監督も楽しんで撮影できたか。

 長編デビュー作「影の殺人」(09)ではプレッシャーを感じ、本当に大変だった。今回は俳優もスタッフも現場で楽しんでくれた。怒号が飛び交うこともなく、むしろ体重が増えてしまったぐらいだ。

 次回作は現代もの、女性が主人公のアクションを考えている。アイデアを練っているところだ。

(聞き手・写真 岩渕弘美)

「キム・ソンダル 大河を売った詐欺師たち」(2016年、韓国)

監督:パク・デミン
出演:ユ・スンホ、コ・チャンソク、ラ・ミラン、シウミン、チョ・ジェヒョン

2017年1月20日(金)、TOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ 新宿ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://kimseondal.jp/

作品写真:(C)2016 CJ E&M Corporation, All Rights Reserved.

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2016年12月15日

「フィッシュマンの涙」薬を飲んだら魚になった 平凡なフリーターを襲った悲喜劇

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 病院で寝ているだけで報酬30万ウォン(3万円弱)がもらえる――。おいしい条件につられて参加した製薬会社の臨床実験。ところが、薬の副作用で上半身が魚へ突然変異してしまう。「フィッシュマンの涙」は、泣くに泣けない悲劇に見舞われた若者パク・グをめぐる物語だ。

 人魚(マーメイド)とは逆に、上半身が魚。シュルレアリスムの画家ルネ・マグリットの作品「共同発明」に想を得たという造形は不気味ではあるが、ギョロッとした目と厚い唇に愛嬌がある。モンスターというより、着ぐるみの“ゆるキャラ”といった感じ。とはいえ、本人にとっては深刻な事態である。

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 なのに、父親もガールフレンドのジンもパクに同情するどころか、金もうけの手段としか考えようとしない。自宅にかくまってくれた新人記者サンウォンも、製薬会社相手に戦う人権派弁護士も、あくまで自分たちの仕事が第一。どこまで親身になってくれているのか分からない。世間もパクに同情する人々がいるかと思えば、排除しようとする者もいる。

 面白いのは、父親やジンをはじめ、魚人間のパクを目にする誰もが大して驚かないことだ。それどころか、父親は対面するや開口一番「勉強もしないで何してる!」と息子の魚顔にビンタを食らわす。内容はシリアスだが、こういうコミカルな演出が全編にあふれていて、笑いが途切れない。

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 平凡なフリーターのパク。無名大学卒のサンウォン。ネットの投稿マニアであるジン。いずれも、社会の片隅でひっそり生きてきた人々だ。だから、金や地位に目がくらむのも仕方ないのだろう。各キャラクターに納得できるバックグラウンドがあるので、ストーリー展開に無理がない。

 製薬会社を相手取った訴訟での敗訴。パクの魚化の進行。そんな中、サンウォンも、ジンも、そしてパク自身も、気持ちに変化が生じていく。そして、最終的にパクが下した決断とは。

 格差社会、拝金主義、メディアの暴力──。日本はもちろん、どの先進国にも共通する問題をえぐり出し、各国の映画祭をにぎわせた話題作。「オアシス」、「ポエトリー  アグネスの詩」の巨匠、イ・チャンドン監督が脚本に惚れ込み、エグゼクティブ・プロデューサーとして参加している。

(文・沢宮亘理)

「フィッシュマンの涙」(2015年、韓国)

監督:クォン・オグァン
出演:イ・グァンス、イ・チョニ、パク・ボヨン

2016年12月17日(土)、シネマート新宿、HTC渋谷ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://fishman-movie.jp/

作品写真:(C)2015 CJ E&M, WOO SANG FILM
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