2017年07月23日

クァク・ジェヨン監督の新作「風の色」、韓国の富川映画祭で初上映

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 「猟奇的な彼女」(01)、「僕の彼女はサイボーグ」(08)のクァク・ジェヨン監督(韓国)がメガホンを取った日本映画「風の色」が7月14日、韓国の「第21回富川国際ファンタスティック映画祭2017」でワールドプレミア上映された。上映には監督と主演の古川雄輝、藤井武美が駆けつけた。日本では来年1月末に劇場公開される。

 恋人ゆり(藤井)の死を知らされた涼(古川)は、ゆりが「自分にそっくりな女性がいる」と話していた北海道を訪れ、彼女とうり二つの彩(藤井・二役)に出会う。彩も恋人のマジシャン隆(古川・二役)を海中イリュージョンの事故で失っていたが、隆は涼とそっくりだった。マジシャンを目指し腕を上げた涼は「隆のドッペルゲンガー」と呼ばれるようになる。涼は隆が失敗したイリュージョンを再現するため、真冬の知床に向かう。涼とゆり、隆と彩の関係が交錯する─−−。

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 「風の色」は、08年にゆうばり国際ファンタスティック映画祭に参加するため北海道を訪れたクァク監督が一面の雪景色にインスピレーションを受け、構想を温めてきた作品。10年の冬には札幌市に1カ月間滞在しシナリオを執筆。15年に北海道と東京などでロケを行った。

 映画の重要なモチーフはマジックだ。Mr.マリックが指導と監修を担当し、古川が鮮やかな手さばきでマジックを披露している。過酷だったのはクライマックスとなる海中イリュージョンのシーン。水中での撮影は長時間に及び、古川はロケ後に体調を崩して安静を強いられたという。

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 同じ顔をした登場人物の正体をめぐるミステリーが加味されたロマンス。ゆりと彩、涼と隆は、顔こそ同じだが何かが違う。そのイメージには監督が感じた都市の類似性と相違性が投影されている。「札幌は日本の他の都市とは違い、風景や人々が東京と妙に似ている。それが雪に覆われると別の姿に変わるところに神秘的なものを感じた」(クァク監督)。

 クァク監督特有のユーモアや小ネタもいたるところに散りばめられ、旧作のファンには必見の作品となっている。「風の色」は18年正月第二弾、TOHOシネマズ日本橋ほかで全国公開予定。

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1:ワールドプレミア上映後に登壇した(左から)古川雄輝、藤井武美、クァク・ジェヨン監督=2017年7月14日、韓国富川市で(映画『風の色』製作委員会提供)
2:クァク・ジェヨン監督=17年7月、韓国富川市で芳賀撮影
3:「風の色」場面写真=富川国際ファンタスティック映画祭事務局提供
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2017年06月21日

「マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白」ユン・ジェホ監督に聞く「どんな苦しい時も、家には笑いがあった」

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 北朝鮮から出稼ぎした女性の数奇な運命を追ったドキュメンタリー映画「マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白」が公開中だ。だまされて中国の寒村に嫁として売り飛ばされたB(ベー)が、生きるため中国の家族を受け入れ、脱北ブローカーに転身。北朝鮮に残した息子たちを呼び寄せ、韓国へ渡る過酷な半生を描く。公開に合わせてこのほど来日したユン・ジェホ監督にインタビューした。

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タイから東南アジアへの脱北に同行

  ――当初は脱北者を取材していたところ、マダム・ベーと出会ったそうですね。彼女自身をドキュメンタリー作品として撮影しようと考えた経緯を教えて下さい。

 もともとは脱北者そのものではなく、家族にかんする物語が作りたかった。調査の過程でマダム・ベーに会った。2年ぐらい撮り続けて、彼女を題材にしようと思った。

 その後、マダム・ベーがタイを経由し、東南アジアへ脱北する旅に同行することになった。タイで別れた後、1年後に韓国で再会した。撮り続けた結果、映画になった。ラストで彼女がカラオケで歌う曲は、歌詞が自分に感じるものがあり、エンディングにした。ちょうど彼女が北朝鮮、中国の家族と葛藤を抱えていた時期で、これ以上撮るのはやめよう、終わりにしようと思った。

 ――その後、彼女はどうなったのか。

 一人で生活し、稼いだお金を北朝鮮、中国の家族に渡して経済的に支えている。なぜそういう決断をしたのかは分からない。恐らく両方の家族を傷つけないようにしたのではないか。

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「自分の話を映画にしないか」と言われ

 ――マダム・ベーの家族たちも登場している。彼らの映像を映画に盛り込むことに対し、圧力などは受けなかったか。

 そういう心配はなかった。本人たちから了承を得て撮影し、当時はまだ映画にするとは決めていなかった。13年に取材で会った時、家に呼ばれた。「なぜ中国の家族と住んでいるのか」と聞いたところ、彼女から「自分の話を映画にしないか」と言われた。撮影では素直に質問に答えてくれた。

 ──脱北してきたマダム・ベーの次男が、部屋で顔にパックをしているシーンが印象的だった。「韓国へ来て幸せではない」と言っていた。仮面をつけて本心を隠しているようにも見えた。

 次男は映画俳優志望で、肌の管理に気を使っている。年相応のいい印象だった。家族が置かれた悲惨な状況と対照的で、皮肉で悲しい場面でもあった。しかし、厳しい日常にもある笑顔は逃したくなかった。どんな苦しい時も家の中には笑いがある。幸せな時もある。それを見逃したくなかった。

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絶対的な悪人、絶対的な善人はいない

 ──クライマックスでもある脱北そのものは淡々と描かれている。監督自身が体験した脱北とは。

 今だから言えるが、たまたま運が良かった。脱北は危険を伴い、緊迫することもあるが、必ずしもそうではないこともある。ブローカーが複数いて、手法も異なる。一つ言えるのは、絶対的な悪人、絶対的な善人はいないこと。世界中どこでも「人」がいるだけだ。

 ──人間が国家に翻弄され、北朝鮮でも中国でも韓国でも幸せになれない人がいる。それがずっしり伝わってきた。マダム・ベーが息子たちを脱北させようと思ったきっかけは。

 彼女は1年だけ出稼ぎして北朝鮮へ帰るつもりだった。意に反して中国で結婚することになったが、中国の夫は年も近く、ユーモアもあり、話も合って気楽に過ごせた。それで中国に残ると決め、息子たちを脱北させることにした。

次は女性、母と娘の話を劇映画で

 ――次回作の予定は。

 劇映画の準備に入る。女性、母と娘、家族の話。背景に北朝鮮もあるが、柱ではない。メッセージはシンプル。過去はどうあれ、未来は変えられると伝えたい。変えるには小さな実践が必要で、相手に近づく小さな一歩になる。それが未来を変える大きな力になる、と伝えたい。

(聞き手・写真 岩渕弘美)

「マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白」(2016年、韓・仏)

監督:ユン・ジェホ

2017年6月10日(土)からシアター・イメージフォーラムで公開中。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.mrsb-movie.com/

作品写真:(C)Zorba Production, Su:m
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2017年05月21日

全州国際映画祭(2)権力への挑戦を強くアピール、表現の自由守る姿勢鮮明に

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 4月27日から10日間にわたり開かれた韓国の「全州国際映画祭2017」(JIFF)は今年、「映画表現の解放区」をスローガンに掲げた。言うまでもなく、表現の自由を脅かす権力への挑戦を強くアピールする姿勢の表れだ。

 映画祭組織委員会によると上映作品は58カ国・地域の229本、観客動員数は7万9107人で、いずれも過去最大だった。韓国の大型連休と重なって動員が増えた側面はあるだろうが、強いメッセージを打ち出す映画祭に映画人や市民が賛同した結果とみることもできそうだ。

 昨年のJIFFが開かれたのは、釜山国際映画祭が上映作品の選定に介入しようとする釜山市との対立を深めていた時期だった。JIFFは釜山の騒動を尻目に、表現の自由を重視することを宣言し、政治・社会問題を告発する映画の数々をここぞとばかりに上映した。

 その後、韓国では朴槿恵前大統領の友人による国政介入問題が社会を揺るがす。さらに政府機関が政権に批判的な芸術家や文化人の「ブラックリスト」を作成していたことが明るみに出て、国民の怒りは頂点に達した。そして迎えた今年のJIFF。ラインアップをみると、一般市民が楽しめる商業映画や新人監督による劇映画と並んで、政治問題を扱ったドキュメンタリーが前回にも増して存在感を放っていた。

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 JIFFが製作を支援した「盧武鉉(ノ・ムヒョン)です」(イ・チャンジェ監督)は、無名の弁護士から国のトップに上り詰めた盧武鉉元大統領の人物像を、多くの人々の証言から描き出す。「国定教科書」(ペク・スンウ監督)は朴槿恵前大統領が推進した国定歴史教科書がテーマだ。国定教科書をめぐっては、就任したばかりの文在寅大統領が廃止の方針を示し、再び関心が高まっている。米軍の高高度防衛ミサイル(THAAD)配備に反対する母親たちの運動を取材した「ブルーバタフライ効果」(パク・ムンチル監督)も注目された。

大統領親子のドキュメンタリー

 キム・ジェファン監督の「ミスプレジデント」は、朴槿恵(パク・クネ)前大統領の弾劾反対デモの中心となった「朴槿恵を愛する会」(「朴サモ」)の構成員の心情に迫るドキュメンタリー。彼らは、朴槿恵氏の両親である朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領(在任1963〜79年)と陸英修夫人に深い感謝と信頼を寄せ、娘である朴槿恵氏の強固な支持層となっている。こうした守旧派の人々をメディアが正面から取り上げるのは異例のことだ。

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 韓国での朴正煕の評価は真っ二つに分かれる。産業化の立役者という肯定的な面と、民主化を阻んだ独裁者という否定的な面だ。急速な経済発展を体験した世代が朴正煕政権を肯定的にとらえる一方、現在の40代以下の民主化世代では否定派が圧倒的だ。その世代間の断絶は深刻である。

 映画は「朴サモ」のメンバーへのインタビューを通して、なぜ朴正煕がこれほどまでに尊敬を集めるのかを解き明かしていく。キム監督は「朴正煕という“亡霊”が現在も韓国社会を支配していることを伝えたかった。信じているものが、本当に信じる価値があるものなのかを問う映画」と話す。

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 テレビプロデューサー出身のキム監督は、これまでも映画を通して社会を批判・風刺してきた。2012年には李明博政権を総決算するブラックコメディー「MBの追憶」をJIFFで上映。当時から、大統領が変わるたびに政権を検証する映画を作る構想を持っていたという。その鋭い視線は「反・朴槿恵」の象徴である文在寅(ムン・ジェイン)大統領にも注がれている。

(文・写真 芳賀恵)

写真1−2:全州映画祭の会場
写真3:「ミスプレジデント」キム・ジェファン監督
写真4:「ミスプレジデント」上映後の質疑応答


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2017年05月11日

「STOP」キム・ギドク監督に聞く「ぜい沢をするために原発を作り、結果的に命を落とすのは愚かなことだ」

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 福島から東京に避難した夫婦に、謎の男が堕胎を求める。汚染地域で暮らす女が奇形児を出産する。東京から来た男が、放射能にまみれた家畜をさばき密売する──。福島の原発事故が引き起こした不安や恐怖を衝撃的な映像で描き出し、世界各国の映画祭で物議を醸した問題作「STOP」。日本公開を前にキム・ギドク監督が来日し、取材に応じた。キム監督は「ぜい沢をするために原発を作り、結果的に命を落とすのは愚かなことだ」と語った。

 主なやり取りは次の通り。

増し続ける原発への不安

 ──「STOP」を撮ろうと思った理由は。

 2011年3月11日の東日本大震災で、多数の犠牲者が出た。原発事故で被災地は放射能に汚染された。事故はいまだに収束の目処が立っていない。この不安な状況を何とか映画にしたいと思った。

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 ──福島の原発事故の後も、大飯や川内など原発が相次いで再稼働している。

 原発反対を叫んでいる人たちがいる一方で、再稼働に肯定的な人たちもいる。両者が対立している状況だが、政府は後者の立場をとっている。こういった状況は日本に限ったことではない。中国でも原発建設が進んでいるし、世界的には10年後に今の2倍、1000カ所くらいにまで増えるのではないかという話もある。やがてどこかで、チェルノブイリや福島の悲劇が繰り返されるかもしれない。怖いことだと思う。

 ──このまま原発が増え続けていったら大変なことになる。その危機感が「STOP」を撮るモチベーションとなったのか。

 私はいつも安全な環境の中で、映画を作りたい、人生を楽しみたいと思っている。でも、原発事故が起これば、私の願いは打ち砕かれてしまう。エネルギーを好きなだけ使って、ぜい沢な暮らしをする。そのために、原発を作り、結果的に命を落としたり、体に障害を生じたりするのは愚かなことだ。

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危ぶまれた日本公開

 ──原発を正面から批判した作品。日本公開は危ぶまれたと聞いている。

 日本の原発を描いており、ロケも日本、俳優も日本人。だから、当然のことながら、日本で公開すべきと思っていた。ところが、これまで私の作品を上映してくれた映画祭も、今回は二の足を踏むところが多かった。そんな中、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で上映してくれたのは幸いだった。作品を見て感動した人が「ぜひ劇場公開してほしい」と私の手を握ってくれた。劇場との交渉は、本作のプロデューサーで出演もしている合アレンさんが引き受けてくれた。たぶん散々断られたと思うが、何とか私たちと志を同じくする劇場での公開が決まった。アレンさんの尽力に感謝している。

 ──韓国で公開されたときの観客の反応は。

 日本の話なので共感してもらうのは難しく、観客の入りもそれほどではなかった。少し遅れて「パンドラ」という、やはり原発の恐怖を描いた娯楽映画が封切られたが、そちらはかなりの動員を記録したようだ。私の作品は製作費が少なく、高いクオリティーも望めないので、どうしたって分が悪い。でも、作品を見た人は好意的な評価をしてくれた。主人公たちの恐怖を自分自身の恐怖と感じてくれた人もいたし、原発反対の意志がさらに固まったという人もいた。

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原発は核爆弾と同じ

 ──監督自身で撮影を担当しているが、製作費を抑えるのが目的なのか。

 「嘆きのピエタ」では2台のカメラのうち1台を自分が担当した。その後は、自分ひとりで撮っている。プロのカメラマンはやたら撮影に凝るため、準備に時間がかかってしまう。ところが自分で撮ると、余計な準備もなく、必要なカットだけを効率的に撮れるので、製作費の割に多くのカット数が稼げる。もちろんプロのカメラマンは高いテクニックを持っており、その価値は認めるが、私の映画は外面的なデザインよりも、内面的なテーマに重きを置いているので、最近は私が一人で撮っている。いまドローン撮影を練習しているので、今後はその技術も使ってみたい。

 ──新宿や井の頭公園など都内でも撮影しているが、支障なく撮影はできたのか。

 使用したカメラは一眼レフ。誰も映画を撮っているとは思わないので、自由に撮ることができた。今は、こういうカメラを使えば、お金も人手もかけずに映画が撮れる。アイデアはあるが製作費がないという人に、映画は一人でも製作できるんだということを示したい。私をモデルにしてもらいたい。そんな思いもあった。

常に想像力を働かせている

 ──随所にショッキングな描写が見られる。一瞬、現実離れしているように思うが、よく考えるとあり得ることばかりだ。決してきてれつな話ではない。

 私には、何か事件が起きると、付随的に何が起こるだろうかと考える習慣がある。福島にこっそり侵入し、動物をさばいて肉を闇で売ってしまうということは、もしかしたら実際にあるかもしれないし、あったら怖いなと思わせる。つねにそういう可能性について想像力を働かせている。

 以前「うつせみ」という映画を撮ったが、誰もいない空き家に忍び込んで洗濯をしたり、人の真後ろに隠れたりするシーンがある。突飛な行動に思えるかもしれないが、あり得ることだ。一見あり得ないことを可能に見せるのが映画だ。ひいては映画はイコール想像力だとも言える。

 私はいつもそんな考えで映画を撮っている。今まで誰もやったことがない、誰も見せてくれたことがない、新しいイメージ、新しい物語を探し求めている。それが映画作家としての使命だと思っている。

質素倹約の姿勢が必要だ

 ──これから「STOP」を見る日本の観客にメッセージを。

 最初にも話したように、原発は世界的に増える傾向にある。日本も今後、原発がさらに増えたり再稼働したりすることがあると思うが、そのたびに不安は高まるだろう。原発は核爆弾のようなものだ。もし戦争になって、ミサイルが原発を攻撃したら、核爆弾が爆発するのと同じ結果になる。それに、戦争は防いだとしても、自然災害である地震は防ぎようがない。絶対安全な原発などはない。

 私たちに必要なことは、電気をできるだけ大切に使うこと、肉体労働をしてエネルギーに変えていくこと。質素倹約の姿勢だ。一つでも原発を減らしていくことが、人間の未来にとっては望ましいことだと思っている。「STOP」には、そんな私の思いが込められている。

 韓国同様、日本でも封切館が少なく、あまり多くの人に見てもらえないかもしれないが、見た人ができるだけ口コミで広げてくれて、少しでも多くの人に見ていただきたい。金もうけのために撮った作品ではないので、収益があったら無条件に被害者の方に寄付しようと思っている。

(文・写真 沢宮亘理)

「STOP」(2015年、韓国・日本)

監督:キム・ギドク
出演:中江翼、堀夏子、武田裕光、田代大悟、藤野大輝、合アレン

2017年5月13日(土)、新宿 K's cinema、キネカ大森ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://www.stop-movie.com/

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2017年05月07日

全州国際映画祭(1)カン・ドンウォン、2カ月ぶりに公式の場

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 韓国全州市で開かれた「全州国際映画祭2017」で5月3日、韓国映画「マスター」の上映後に舞台あいさつが行われ、カン・ドンウォンとチョ・ウィソク監督が登場した=写真。イ・ビョンホン、キム・ウビンも出演し話題を呼んだ同作は昨年末に公開され大ヒット。会場は満員のファンで埋まった。

 カン・ドンウォンは今年3月に母方の曽祖父が日本植民地時代に反民族的活動をした「親日派」だったと報じられて以来、公の場に姿を現すのは初めて。舞台あいさつの冒頭、カン・ドンウォンは「公式の場で謝罪したかった。歴史と真実について反省し学びたい」と神妙な表情でコメントした。

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 「マスター」はネットワークビジネス詐欺事件の首謀者(イ・ビョンホン)と、彼を追い詰める知能犯罪捜査班の刑事(カン・ドンウォン)の息詰まる闘いを描く。イ・ビョンホンは政官界に太いパイプを持ち権力をほしいままにしている設定。映画の編集作業中に朴槿恵大統領の友人による国政介入問題が明るみに出たため、チョ・ウィソク監督は「『現実のほうが面白い』といって映画を見に来る人がいなくなるのではないかと心配した」という。

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 自身初の刑事役を演じたカン・ドンウォンは役作りについて尋ねられ、「いつも初めてシナリオを読んだときに感じたことを大切にしている。刑事が主役の映画はよく見ているので役作りに役立った」と話した。

 カン・ドンウォンの次回作は1987年6月の民主化闘争をテーマにした「1987」(チャン・ジュナン監督)。特別出演で、デモ中に催涙弾に当たり亡くなった実在の学生運動家を演じる。

(文・芳賀恵、写真・岩渕弘美)
posted by 映画の森 at 07:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする