2018年01月24日

「ジュピターズ・ムーン」空中に浮く難民少年 大金がほしい医師 「信頼」テーマの人間ドラマ

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 医療過誤訴訟で訴えられている医師・シュテルン(メラーブ・ニニッゼ)は、難民キャンプで違法に難民を逃がして金を稼いでいた。ある日、被弾し瀕死の重傷を負った少年アリアン(ゾンボル・ヤェーゲル)が運び込まれる。シュテルンはアリアンが重力を操り、浮遊する能力を持ち、傷を自力で治癒できると知る──。

 ハンガリー出身のコーネル・ムンドルッツオ監督が「ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲」(14)に続き「信頼」について描いた「ジュピターズ・ムーン」。第70回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、審査員を務めた俳優のウィル・スミスが絶賛して話題となった。

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 すし詰めの列車に乗せられ、ハンガリー国境にたどり着いたシリア難民たち。警備隊に阻まれながら、一斉に国境を越えようと森へ走り出す。アリアンは父とはぐれて一人で走り続けるが、警備隊のラズロに銃で撃たれてしまう。

 地面に倒れたアリアンの傷口からあふれた血は、玉状となって宙を舞う。アリアンの体も空中に浮かび、一定の高さまで上昇して止まり、地上に落下する。その後、運び込まれた難民キャンプの医師がシュテルンだった。

 登場人物はみな一癖ある者ばかりだ。訴訟の賠償金でお金が必要なシュテルン。弾を受けて特殊な能力を身につけたアリアン。アリアンを撃った事実をもみ消したいラズロ。3人が追いつ追われつ、負の連鎖が重なるように物語は展開する。

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 空中に浮く人間をめぐり、シリアスで現実的な人間ドラマが描かれる。SFの概念では測れない、揺れ続ける世界情勢に、翻弄される人々。生死をかけて欧州を目指す難民たち。訴訟で巨額の賠償金が必要な医師。事件を消したい国境警備隊員。さらに列車で自爆を画策するテロリスト。不穏な現実と裏腹に、非現実的な少年の存在。特殊能力の理由は示さず、観客にゆだねた形だ。

 現実を見つけたリアルな演出、幻想的な空中浮揚シーン。カーチェイスに長回しの多用。撮影技術が素晴らしいだけに、現実と非現実のバランスの悪さに違和感が残る。宣伝コピーの「SFエンターテインメント作品」に惑わされず、信頼を描いた人間ドラマとして、作品に真摯に向き合うことをお勧めする。

(文・藤枝正稔)

「ジュピターズ・ムーン」(ハンガリー・ドイツ)

監督:コーネル・ムンドルッツォ
出演:メラーブ・ニニッゼ、ゾンボル・ヤェーゲル、ギェルギ・ツセルハルミ、モーニカ・バルシャイ

2018年1月27日(土)、新宿バルト9ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://jupitersmoon-movie.com/

作品写真:2017 (C) Proton Cinema - Match Factory Productions - KNM

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2016年01月20日

「サウルの息子」ユダヤ人強制収容所 同胞の死体を処理する男が見た狂気

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 1944年10月、アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所。サウルはハンガリー系ユダヤ人で、死体処理に従事していた。ある日、サウルはガス室で生き残った息子らしき少年を発見。少年は目の前ですぐ殺されてしまうが、サウルはユダヤ教の聖職者を探し出し、教義にのっとって埋葬するために収容所内を奔走する──。

 「サウルの息子」は無名の新人監督ネメシュ・ラースローのデビュー作にして、第68回カンヌ国際映画祭グランプリを受賞した作品だ。同胞の死体を処理するユダヤ人の特殊部隊「ゾンダーコマンド」として働くサウルの目で、ナチスの残虐行為をあぶり出す。

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 冒頭からサウルの視点、行動、背後からとらえたカメラで、強制収容所での2日間がつづられる。ナチスの軍医が労働力にならないユダヤ人を選別する。彼らをガス室へ連れて行き、死体処理から後始末までこなす。

 同胞に「シャワーを浴びさせる」とうそを言って安心させ、服を脱がせてガス室に入れる。間もなく中から叫び声や壁を叩く音が漏れてくる。「処理」が終わった後、コマンドたちは中の血や汚物を掃除し、死体の山を焼却炉に運ぶ。

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 生きるために感情を殺し、非人道的な行為に加担するサウル。しかし、自分の息子の死体を埋葬するため、ナチスの目をかいくぐり、危険な行動を起こす。絶望の中、親としての自尊心を保とうとしているかのようだ。

 観客はサウルが見た狂気を画面を通して追体験する。自分の手を汚さず、残虐行為を強制するナチス。あまりに生々しく、凄惨で息苦しくなる。観客を突き放す幕引きを含め、負の歴史に個人の視点で踏み込んだ衝撃作だ。

(文・藤枝正稔)

「サウルの息子」(2015年、ハンガリー)

監督:ネメシュ・ラースロー
出演:ルーリグ・ゲーザ、モルナール・レべンテ、ユルス・レチン、トッド・シャルモン、ジョーテール・シャーンドル

2016年1月23日(土)、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.finefilms.co.jp/saul/

作品写真:(C)2015 Laokoon Filmgroup

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2015年12月18日

「リザとキツネと恋する死者たち」ハンガリー発日本びいきなヘンテコ喜劇 “トミー谷”が昭和歌謡を歌い踊る!

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 1970年代のハンガリー、ブタペスト。元日本大使未亡人宅に住み込みで働くリザ(モーニカ・バルシャイ)は、リザにしか見えない幽霊日本人歌手・トミー谷(デビッド・サクライ)の歌に日々元気付けられていた。恋愛小説のように甘い恋にあこがれたリザは、30歳の誕生日に許可を得て2時間だけ外出する。ところが、リザが出ている間に未亡人が殺されてしまう──。

 ハンガリー生まれのファンタジック・コメディー「リザとキツネと恋する死者たち」。へんてこ昭和歌謡と日本語が飛び交う、摩訶不思議な作品だ。日本びいきのウッイ・メーサーロシュ・カーロイ監督が旅先の那須で「九尾の狐」伝説を知り、触発されて書いたという。

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 トミー谷がグループサウンズ風昭和歌謡を日本語で歌い踊る。人が死ぬと画面にでかでかと出る「死者」の字は、深作欣二監督作品に影響されたという。日本に似た場所を探し出して那須に仕立てるなど、監督のこだわりが随所に表れる。

 リザの恋をめぐって次々不審な死が起きる。描き方がハリウッド作品とはひと味もふた味も違い、非常に個性的だ。フランスのジャン=ピエール・ジュネ(「アメリ」)のように、観客の視覚に訴えていく。必要とあらば大胆な特殊効果でインパクトを与える。瞬間的に観客を引き付けるCM出身の監督らしい技だろう。

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 さらに面白いのが音楽だ。監督が日本で買い集めた昭和歌謡のCD、動画サイトで見つけた日本の曲に着想を得て考えられたという。フランスのダニエル・リカーリ風にスキャットが印象的な甘いバラード。60年代のボサノバ、マカロニ・ウエスタン風など、センスのいい懐メロ的楽曲は、バラエティーに富んでいて飽きない。

 日本人にはやや苦笑してしまう箇所もあるが、日本好きなハンガリー人監督の和洋折衷世界は味わい深い。ブラックでシニカルな表現もあり、心を妙にくすぐる愛すべき作品だ。

(文・藤枝正稔)

「リザとキツネと恋する死者たち」(2014年、ハンガリー)

監督:ウッイ・メーサーロシュ・カーロイ
出演:モーニカ・バルシャイ、デビッド・サクライ、サボルチ・ベデ・ファゼカシュゾルタン、ガーボル・レビツキ、ピロシュカ・モルナール

2015年12月19日(土)、新宿シネマカリテほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.liza-koi.com/

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