2016年06月30日

「ブルックリン」二つの国、二つの愛 ヒロインが選んだ人生は

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 1950年代、アイルランドの田舎町に暮らす少女、エイリシュ。勤務先の食料品店では、性悪な女主人にこき使われ、ほとほと嫌気がさしている。このまま働き続けても、明るい未来は開けない。エイリシュは会計士をしている姉のサポートを受け、米国で活路を開くことを決意する。

 渡航先はニューヨーク。故郷とは大違いの大都会だ。だが百貨店に職を得たものの、内気な性格が災いし、なかなか職場に適応できない。そんなエイリシュを見かねた同郷の神父から「夜学で簿記を学んではどうか」と勧められる。 

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 会計のプロになるという目標ができたエイリシュ。表情が明るくなっていく。アイルランド移民が集まるパーティーでは、イタリア系の移民である好青年のトニーと出会い、やがて恋仲に。

 地味で野暮ったかった服装や髪型が洗練され、化粧も上達していく。いかにも移民然としていたのが、見る見るあか抜けて都会の女性らしくなっていく。シアーシャ・ローナンが、エイリシュの変化のプロセスを、セリフ、表情、メイクを駆使して、過不足なく表現。絶妙な演技によって、「つぐない」(07)以来2度目のオスカー候補となっている。

 やがて、エイリシュは会計の資格を取得。トニーと手を携え、輝かしい未来へと踏み出すであろうと思われたその時、故郷から悲報が届く。急きょ帰郷することになる。帰郷後の行動は見る者を驚かせ、いらいらさせるに違いない。すでにニューヨークで人生を見出し、トニーという伴侶も見つけた。そこに何の不満があるのか。不安なのか、迷いなのか。だとすれば、何がエイリシュを迷わせているのか。

 二つの国、二つの愛との間で揺れる女心。ラストの決断。見る者の期待を裏切るのか、それとも――。

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 2月に公開された「キャロル」(15)同様、1950年代のニューヨークが忠実に再現されている。ただし今回は移民が住み集うブルックリンが舞台。下町の庶民の質素な生活ぶりに焦点があてられている。エイリシュがトニーの家に招かれ、慌ててスパゲティーの食べ方を特訓するシーン、文章の苦手なトニーが小学生の弟に手紙を代筆してもらうシーンなど、当時の移民社会の現実がユーモラスに活写されていて興味深い。

(文・沢宮亘理)

「ブルックリン」(2015年、アイルランド・英国・カナダ)

監督:ジョン・クローリー

出演:シアーシャ・ローナン、ドーナル・グリーソン、エモリー・コーエン、ジム・ブロードベント、ジュリー・ウォルターズ


2016年7月1日(金)、TOHOシネマズ シャンテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.foxmovies-jp.com/brooklyn-movie/

作品写真:(c)2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
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2016年04月10日

「ルーム」監禁された母子 脱出と再生の物語

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 閉ざされた部屋で暮らす母親のジョイ(ブリー・ラーソン)と息子のジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)。体操して、テレビを見て、ケーキを焼く。部屋の中だけが2人の世界だった。

 小さな部屋は簡素だ。ベッドと洋服ダンス、キッチンと洗面台。バスタブはむき出しで置かれ、天井に小さな天窓があるだけ。ジャックはこの部屋で生まれ育った。ベッドで母と一緒に目覚め、部屋にあるもの一つ一つにあいさつ。2人だけで1日を過ごす。

 夜。ジャックはタンスに入れられる。重い足音とともに男が部屋に入ってくる。男は母に親しげに声をかけ、差し入れを手渡す。男の名前はオールド・ニック。母は男とベッドに入り、ジャックの孤独な時間が過ぎていく──。

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 前半は起承転結の「起」がばっさり削られている。ジャックから見た室内劇で、つつましく愛あふれる世界だ。ところが母親が語る真実で状況は一転。サスペンスフルな部屋からの脱出劇になり、後半は外界を舞台に犯罪被害者の再生が描かれる。現実世界に戸惑うジャック、望まぬ形で生まれた孫を受け入れられない祖父(ウィリアム・H・メイシー)の苦悩。社会復帰を目指す母にも試練が課される。

 拉致監禁事件を被害者側から見た作品は珍しく、米国の闇があぶり出された印象だ。母子は好奇の視線に苦しみながら、一歩ずつ前へ進んでいく。米アカデミー賞主演女優賞を獲得したラーソン、子役のトレンブレイが名演。視点の置き方で見え方が変わる演出、構成が見事だ。

(文・藤枝正稔)

「ルーム」(2015年、アイルランド・カナダ)

監督:レニー・アブラハムソン
出演:ブリー・ラーソン、ジェイコブ・トレンブレイ、ジョアン・アレン、ショーン・ブリジャース、ウィリアム・H・メイシー、トム・マッカムス

2016年4月8日(金)、TOHOシネマズ新宿、TOHOシネマズシャンテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://gaga.ne.jp/room/

作品写真:(c)ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015
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2016年04月07日

「ルーム」監禁された母と少年 逃れた先に見た世界

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 小さな部屋で、7歳の少年と母が暮らしている。母は7年前、10代のころ男に誘拐され、この部屋に監禁された。2年後に生まれたのが少年だ。男はたまにやってきて食品などを置いていく。その時少年はタンスに隠れ、男が帰るまで息を潜めている。その間、男が母に何をしているか。少年は理解していないだろう。

 少年は部屋の外の世界を知らない。テレビで見る世界はニセモノだ。そう母に言い聞かされて育った。だから、狭い部屋での生活に不満は感じていない。母はとっくに逃亡をあきらめたのだろう。息子と過ごす毎日を楽しんでいるように見える。

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 そんな母がある日、息子に外界の存在を教える。息子は混乱しながらもに興味を示す。そんな息子を見て、母は脱出を決意する。脱獄物語の古典「モンテ・クリスト伯」をヒントにした大胆な脱出作戦は見事に成功。2人は部屋から解放される。

 だが本題はここからである。少年にとっては、新しい世界へのチャレンジ。母にとっては、元の生活へのカムバック。厳しい現実が母子を待ち受ける。「ルーム」は、不条理な暴力によって現実世界から遠ざけられた母と子が、自らの力で閉ざされた扉をこじ開け、再生を図る物語である。

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 外気、道路、自動車、他人──。部屋を脱出し、初めて体験する外の世界に、少年は驚き戸惑う。母と収容された広く清潔で見晴らしのよい病室も、狭い部屋に慣れた少年には、居心地悪く感じられた。

 それでも優しい祖父母のもと、少年はだんだんと新しい生活になじんでいく。祖父からプレゼントされた犬をかわいがり、近所の子供とも遊べるようになる。発見と学習の日々が続いていく。世界がどんどん広がっていく。

 しかし、母は違う。人生で最も光り輝いていたはずの青春時代を奪われ、監禁と虐待の7年間を強いられたのだ。その間に家族も社会も大きく変化してしまっていた──。

 外へ出たことで、母子の立場が逆転する。2人が過去から決別し、新しい人生へのスタートを切るラストシーンに心が揺さぶられる。

(文・沢宮亘理)

「ルーム」(2015年、アイルランド・カナダ)

監督:レニー・アブラハムソン
出演:ブリー・ラーソン、ジェイコブ・トレンブレイ、ジョアン・アレン、ショーン・ブリジャース、ウィリアム・H・メイシー、トム・マッカムス

2016年4月8日(金)、TOHOシネマズ新宿、TOHOシネマズシャンテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://gaga.ne.jp/room/

作品写真:(c)ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015
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2013年03月12日

「シャドー・ダンサー」 血で血を洗う北アイルランド紛争 息子を守るため、彼女は密告者になった

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 英国からの分離をめぐり、40年近く紛争が続いた北アイルランド。カトリック系とプロテスタント系住民が対立し、血で血を洗う武装闘争を繰り返した。現地に長く暮らした筆者の知人は言った。

 「普段はテロや暴力の存在は感じない。でもたまに、前の晩は確かにあった近所のビルが、翌朝には跡形もなくなっていたりする。それで気付くんだ。ああ、昨夜は爆弾テロが起きたんだなって」

 日ごろは息を潜めているテロリズム。映画「シャドー・ダンサー」は、文字通り“影のように”人々の間に入り込み、仲間や身内を密告するスパイを指す。

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 テロが頻発した1990年代。カトリック系武装組織IRA(アイルランド共和軍)の家庭に育ったコレット(アンドレア・ライズブロー)は、英ロンドンで起きた爆弾テロへの関与を疑われ逮捕される。MI5(英情報局保安部)の捜査官マック(クライブ・オーウェン)はコレットの幼い息子を盾に、スパイになるよう要求。コレットはやむなくIRAのテロ計画を英当局に流し始める。ところがしばらくして、IRAに別の大物スパイ=“シャドー・ダンサー”がいると気付く。正体を探るうち、衝撃の事実が明らかになる──。

 ニール・ジョーダン監督の「クライング・ゲーム」(1992)、ジム・シェリダン監督の「父の祈りを」(1993)など、繰り返し映画に描かれてきた北アイルランド紛争。家族を守るため、家族を密告する。組織を守るため、親兄弟の絆が引き裂かれる。母であり娘であるコレットも、血みどろの抗争に巻き込まれていく。

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 ベルファストの曇天のように重い現実。主演2人の好演が真実味を与える。オーウェンは笑顔を見せず、瞳に絶望をたたえている。ライズブローの透き通る肌には、精神的な疲れが浮かんでいる。彼女は撮影後、「あの苦しい時代を思い出しながら演じた」と話したという。

 3500人以上の命を奪った北アイルランド紛争。「シャドー・ダンサー」は暗く沈んだ過去を、苦味とともに振り返っている。

(文・遠海安)

「シャドー・ダンサー」(2012年、アイルランド・英)

監督:ジェームス・マーシュ
出演:アンドレア・ライズブロー、クライブ・オーウェン、ジリアン・アンダーソン、ブリッド・ブレナン

3月16日、シネスイッチ銀座ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://shadow-dancer.com/

作品写真:(c)Shadow Dancer Rights Limited / BBC / The British Film Institute / Wild Bunch 2012
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2013年01月18日

「アルバート氏の人生」 女は40年以上、男のふりをした グレン・クローズ渾身演技

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 19世紀のアイルランド。モリソンズホテルでウェイターとして働くアルバート(グレン・クローズ)。人を避けてひっそり生活する彼は、40年以上誰にも言えない秘密を隠していた。貧しさから逃れるため男性として生きてきたが、実は女性だったのだ──。

 グレン・クローズが82年に主演した舞台劇「アルバート・ノップス」(シモーネ・ベンムッサ作・演出)の映画化だ。クローズは製作、共同脚本、主演、主題歌の作詞と4役をこなし、構想30年の企画を実現した。監督にはクローズの出演作「彼女を見ればわかること」(00)、「美しい人」(05)のロドリゴ・ガルシアが務めた。

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 舞台は19世紀後半のアイルランド、ダブリン。貧困と飢餓に苦しむ時代に、仕事がない女性が一人生きるには、はかり知れない苦労があっただろう。職を失えば数週間で路上生活者になってしまう。アルバートは女であることを隠し、男として生きることを選択する。生まれてすぐに親に捨てられ、14歳でモリソンズホテルに住み込みの職を得て、誰にも知られず男として働いてきた。

 そんなアルバートに転機が訪れる。ホテルが雇ったペンキ屋のヒューバート(ジャネット・マクティア)が、女主人の命令でアルバートの部屋に泊まることになったのだ。一つのベッドで眠ることになった二人。ところが、アルバートの胸元にノミが入り込み、服を脱いだ姿をヒューバートに見られてしまった。ホテルに知れれば解雇されると考えたアルバートは「秘密にして」と懇願する。さめた目でアルバートを見るヒューバートは聞き入れる。なぜなら、彼にも秘密があったから。

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 ヒューバートと出会い、アルバートは前向きになる。客からもらったチップを自室の床下にコツコツ貯め、その金を元手に町で小さなたばこ屋を開くことを夢見た。妻とつましく暮らすヒューバートを見習い、夢の実現にはパートナーが必要と考える。白羽の矢を立てたのが、同じホテルで働く若くてかわいい娘・ヘレン(ミア・ワシコウスカ)だった。

 しかし、ヘレンはホテルのボイラー係・ジョー(アーロン・ジョンソン)と恋仲で、初老のアルバートなど眼中にない。ジョーに悪知恵を仕込まれたヘレンは、アルバートから小銭をせしめようと形だけの付き合いを始める。何度かデートを重ねるアルバートとヘレンだったが、プラトニックを貫くアルバートにヘレンは不思議な感情を抱く。そんなヘレンはジョーの子供を宿す。一方、ヘレンを残して町を出るとジョーは言い出し、事件が起きる。

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 偽りの人生を貫いてきたアルバート。友人と恋人ができたことで明るい光が差し込む同時に、ほころびも見え始める。他人に心を開いたばかりに人生は悲劇へ変わるが、物語は収まるべきところにすべてが収まり、きれいに幕が引かれる。グレン・クローズ、渾身の喜劇である。

(文・藤枝正稔)

「アルバート氏の人生」(2011年、アイルランド)

監督:ロドリゴ・ガルシア
出演:グレン・クローズ、ミア・ワシコウスカ、アーロン・ジョンソン、ジャネット・マクティア、ブレンダン・グリーソン

1月18日、TOHOシネマズシャンテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://albert-movie.com/

作品写真:(C)Morrison Films
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