2019年07月30日

「サマー・オブ・84」1980年代への熱きオマージュ 高校生4人、殺人捜査に挑む青春スリラー

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  1984年夏、米オレゴン州。緑豊かな郊外の住宅地で暮らす少年デイビー(グラハム・バーチャー)は、エイリアン、幽霊、猟奇犯罪などの記事に夢中の15歳だ。近くで同年代の子供ばかりが狙われる連続殺人事件が発生し、デイビーは向かいに住む警官マッキーが犯人と考え、親友のイーツ、ウッディ、ファラデイと独自捜査を開始する──。

 好奇心旺盛な男子高校生4人組による青春スリラー「サマー・オブ・84」。SFアクション「ターボキッド」(15)の3人組の監督ユニット「RKSS」の長編第2作だ。

 1984年はインターネットも携帯電話もないアナログ時代。記者の父を持つデイビーは、新聞、テレビ、図書館を情報源に、トランシーバーを駆使し、犯人探しに挑む。あの時代ならではの甘酸っぱい青春テイストも盛り込まれている。

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 1984年、ハリウッドは活気づいていた。スティーブン・スピルバーグやジョージ・ルーカス監督は全盛期。スピルバーグ監督「E.T.」(82)、ルーカス製作「スター・ウォーズ ジェダイの帰還」(83)が大ヒット。スピルバーグ監督「インディー・ジョーンズ 魔宮の伝説」(84)、さらにジェームズ・キャメロン監督「ターミネーター」(84)と今も続くシリーズが始まった年だ。80年代青春映画のアイコンとなるジョン・ヒューズが「すてきな片思い」(84)で監督デビューした年でもある。

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 展開はスリラー映画の王道。主人公が近所の住民を犯人とにらみ、素人捜査を始める設定は、ヒッチコック監督の「裏窓」(54)や「ディスタービア」(07)などがあり目新しくはない。しかし、高校生4人が危なっかしいスリルを生み出し、年上のお姉さんへの恋心が一服の清涼剤にもなっている。

 重要な役割を果たすのが、モントリオール出身の2人組テクノユニット、ル・マトスの音楽だ。幕開けから流れる打ち込みのアナログ・シンセサウンドは、当時全盛だった「ミッドナイト・エクスプレス」(78)、「フラッシュダンス」(83)の作曲家ジョルジオ・モロダー風でもあり、「恐怖の報酬」(77)の電子音楽グループのタンジェリン・ドリーム風でもある。映画音楽を自作する「ハロウィン」(78)のジョン・カーペンターほか、先人の影響を受けたサウンドから影響を受けている。

 1980年代に青春を過ごした世代は、郷愁を感じるだろう。逆に当時を知らない若者たちは、不便さをかえって新鮮に感じるかもしれない。素人探偵になった高校生の活躍に終わらず、痛いしっぺ返しが用意されたことで、幕引きがもやもやしてしまった。とはいえ、80年代へのオマージュたっぷり、愛すべき青春スリラーだ。

(文・藤枝正稔)

「サマー・オブ・84」(2017年、カナダ)

監督フランソワ・シマール、アヌーク・ウィッセル、ヨアン=カール・ウィッセル
出演:グラハム・バーチャー、ジュダ・ルイス、ケイレブ・エメリー、コリー・グルーター=アンドリュー、ティエラ・スコビー

2019年8月3日(土)、新宿シネマカリテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://summer84.net-broadway.com/

作品写真:2017 (C) Gunpowder & Sky, LLC

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2017年02月08日

「たかが世界の終わり」グザヴィエ・ドラン最新作 家族の中の孤独、名優の火花散る演技合戦

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 12年ぶりに里帰りした主人公と家族の交流を描いた「たかが世界の終わり」。久々の再会を喜び合い、昔話に花を咲かせるようなハートウォーミングな話ではない。なにしろ監督はグザヴィエ・ドラン。社会と個人の不協和、他人と自己との非調和をテーマに映画を撮り続けてきたドランが焦点を当てたのは“家族の中での孤独”だ。

 主人公のルイは高名な作家であり、ゲイでもある。対して家族である母、兄、妹はきわめて平凡な人たちだ。彼らからするとルイは異分子であって、同居していた頃から浮いた存在であったことは容易に想像できる。

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 それがひょっこりと実家に戻ってきたのだ。何かわけがあるはず。母も兄も妹も事情を知りたいに違いない。なのに、なぜかルイが語ろうとすると話題をそらし、それぞれが彼に抱いている思いを勝手にぶちまける。ルイは気圧されるように口を閉ざし、なかなか話を切り出せない。

 転居先の住所も教えない冷たい息子を、それでも「愛している」と抱きしめる母。幼い頃に出て行った兄の記憶がなく、雑誌や新聞の記事を通して兄への憧れを育んでいった妹。自分とは対照的にインテリで洗練された弟に、嫉妬と憎しみをあらわにする兄。

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 映画はルイと家族たちとの1対1の対話を、クローズアップで映し出す。表情にあふれ出る感情。あふれ出るだけで、互いに交わることはない。だが、ただひとり、この日ルイと初めて会う兄嫁だけが、ルイの眼差しにただならぬものを感じ取り――。

 ハイテンションな母にナタリー・バイ、がさつで下品な兄にヴァンサン・カッセル、ルイを慕う妹にレア・セドゥ、社交性に欠ける兄嫁にマリオン・コティヤール、そして寡黙な主人公ルイにギャスパー・ウリエル。超一流のキャストが火花を散らす演技合戦から目が離せない。第69回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞。

(文・沢宮亘理)

「たかが世界の終わり」(2016年、カナダ・フランス)

監督:グザヴィエ・ドラン
出演:ギャスパー・ウリエル、ヴァンサン・カッセル、レア・セドゥ、マリオン・コティヤール、ナタリー・バイ

2017年2月11日(土)、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://gaga.ne.jp/sekainoowari-xdolan/

作品写真:(c)Shayne Laverdière, Sons of Manual
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2015年04月24日

「Mommy マミー」グザヴィエ・ドラン最新作 母と子テーマに進化と成熟

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 「マイ・マザー」(09)で鮮烈にデビュー後、秀作を連発して時代の寵児(ちょうじ)となったカナダの俊英グザヴィエ・ドラン監督。5作目の新作「Mommy マミー」は、原点とも言える“母と息子”をテーマにした作品だ。

 掃除婦のダイアンは、ADHD(注意欠如・多動性障害)の息子スティーブと暮らすシングルマザー。愛する息子との暮らしは楽しい反面、気苦労も絶えない。情緒不安定なスティーブは、いったん攻撃的なモードに入ると手に負えないからだ。ダイアンはスティーブが起こすトラブルの収拾に追われ、身も心も消耗しきっている。

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 そんなダイアンの前に、救世主が現れる。向かいの家に越してきた主婦のカイラだ。学校教師のカイラは、神経を病んで休職中だが、ダイアンと気が合い、スティーブも彼女になつき始める。スティーブの家庭教師をかって出るカイラ。ほっと胸をなでおろすダイアン。

 ところが、カイラと二人きりになるや、スティーブはたちまちADHDを発症し、カイラをイラつかせる。胸のペンダントを引きちぎられ、激昂したカイラは反撃し、スティーブを組み伏せる。スティーブだけではなく、カイラもまた精神を病んでいたのだった。

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 しかし、雨降って地固まる。修羅場を経てスティーブとカイラは心の距離を縮める。ダイアンとスティーブの母子にカイラを交えた、3人の幸福な日々が始まるが――。

 縦横比1:1という変則的な画面が新鮮。真四角な枠の中に3人の登場人物の感情がリアルに生々しく描写されており、興奮させられる。一見すると窮屈な画面だが、それで表現が狭まるのではなく、濃密になるところが、ドランの才能だろう。終盤、ダイアンが夢想にふけるシーンがあり、そのとき真四角な画面が横にスーっと伸び、はっと我に返ったときに、再び真四角に戻る。こういう演出も気が利いている。

 同性愛や性同一性障害を扱ったこれまでの作品と比べ、共感しやすい内容であり、表現も明快さを増している。天才ドランのさらなる進化と成熟を感じさせる傑作だ。2014年のカンヌ国際映画祭で、ジャン=リュック・ゴダールとともに審査員特別賞を受賞した。

(文・沢宮亘理)

「Mommy マミー」(2014年、カナダ)

監督:グザヴィエ・ドラン
出演:アンヌ・ドルヴァル スザンヌ・クレマン アントワン=オリヴィエ・ピロン

2015年4月25日(土)、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://mommy-xdolan.jp/

作品写真:(c)Shayne Laverdiere / c 2014 une filiale de Metafilms inc.
タグ:レビュー
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2014年07月13日

「複製された男」 偶然出会った瓜二つの他人 どちらが“本物”か? 緻密で幻想的ミステリー

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 偶然出会った自分に瓜二つの他人。「複製された男」は、ポルトガルのノーベル文学賞作家、ジョゼ・サラマーゴの同名小説を、カナダの新鋭ドゥニ・ビルヌーブ監督が映画化した。幻想的で無機質な世界を舞台に、複雑で緻密に練られたミステリーだ。

 大学で歴史を教えるアダムは、同僚から映画のビデオテープを勧められて借りる。自宅でなにげなく見ていたところ、画面に自分と瓜二つの男がいることに気づく。あまりに似ているため、驚きは恐怖に変わり、アダムは男の行方を探し始める。

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 やがてその男・アンソニーの居場所を突き止めたアダム。遠くからこっそり監視するうち、居ても立ってもいられなくなり、直接会って話すことを決意する。対面した二人。話してみると、顔や声、体格、生年月日、長じてから体にできた傷まで一緒と分かる。

 いったいどちらがオリジナルで、どちらがコピーなのか。衝撃を受けた二人は、もう一人の自分の存在が頭から離れない。悩みは日常生活にも支障をきたし始め、互いの妻や恋人を巻き込み、自己喪失の危機が拡大していく──。

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 全体に黄味がかった画面と、無機質で生活感のない町。大学へ行き、帰宅し、自宅で過ごす単調な毎日。主人公のぼんやりした倦怠感をギレンホールがうまく出している。そんな中で偶然見てしまったもう一人の自分。神経質な彼は追いかけずにいられない。

 真相を暗示するセリフ、想像力を刺激するさまざまな小道具。近未来的でありながら、空気がのっぺりした息の詰まる世界。一番近くにいるのに、なぜか謎めいた恋人と妻。監督は原作を読みながら「強いめまいを感じた」というが、その戸惑いがうまく映像化されている。

 ポルトガル語圏が生んだ唯一のノーベル賞作家、サラマーゴが「ある朝ひげを剃っていて、鏡に映る自分を見た時思いついた」物語。観客に問いを投げ続けながら、混沌の世界にいざなう作品だ。

(文・遠海安)

「複製された男」(2013年、カナダ・スペイン)

監督:ドゥニ・ビルヌーブ
出演:ジェイク・ギレンホール、メラニー・ロラン、サラ・ガドン、イザベラ・ロッセリーニ、ジョシュ・ピース

2014年7月18日(金)、TOHOシネマズ シャンテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://fukusei-movie.com/

作品写真:(C)2013 RHOMBUS MEDIA (ENEMY) INC. / ROXBURY PICTURES S.L. / 9232-2437 QUEBEC INC. / MECANISMO FILMS, S.L. / ROXBURY ENEMY S.L. ALL RIGHTS RESERVED.

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2012年07月16日

「ぼくたちのムッシュ・ラザール」 突然現れた“先生” 悲しみ乗り越える授業

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 カナダ・モントリオールの小学校。ある冬の朝、教室で女性教師マルティーヌが首をつって死んでいた。生徒たちはショックを受け、学校は心のケアと後任探しに追われる。そんな中「新聞記事を見た」という男が学校に現れる。男の名はバシール・ラザール。アルジェリアからの移民で19年の教師経験を持ち、「子供たちの助けになりたい」と直談判に来たのだ。ほかに選択肢のない校長は、誠実そうなラザールを信頼。新しい担任として迎え入れる。

 カリスマ性があるわけでもなく、ぼくとつで少々やぼったいラザール先生。授業内容は時代遅れだが、いつも真摯(しんし)に向き合ってくれる彼に、生徒たちは心を開き始める。たが彼もまた、祖国で心に傷を負っていたことが明らかになる──。今年の米アカデミー賞、外国語映画賞の候補作となった「ぼくたちのムッシュ・ラザール」。エヴリン・ド・ラ・シュヌリエールの一人芝居戯曲を、フィリップ・ファラルドー監督が映画用に脚色した。

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 悲しみに包まれた教室。壁の色は塗り替えられ、マルティーヌ先生の意向で丸く配置された机は直線に並びかえられ、生徒たちは半ば強引に気持ちを切りかえさせられ、授業は再開される。ラザール先生の授業は古風で難解。生徒たちは戸惑うが、徐々に以前の生活を取り戻していく。

 映画は二人の生徒にスポットを当てる。一人はラザールの授業を通し、彼の祖国アルジェリアに興味を抱く女子生徒アリス。マルティーヌ先生の死を受け止められず、その気持ちを素直に作文にしたことで、クラスに波紋を広げてしまう。感受性豊かなアリスに、ラザール先生も一目を置いている。

 もう一人は自殺現場を最初に発見した男子生徒のシモン。なにかとクラスでトラブルの種を作るシモンは、マルティーヌ先生の写真を隠し持っていた。写真の先生の背後には羽、首にはロープがいたずら書きされている。写真を見たラザール先生は彼女の死がシモンの心に大きな影を落としていると感じる。職員会議でシモンのことを取り上げたことで、過去に起きたシモンとマルティーヌ先生の確執を知る。

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 これと並行して、ラザール先生の謎めいた素性が明らかになる。妻はアルジェリアで教職に就いていたが、著書の記述が原因で娘たちとともにテロの犠牲になっていた。身の危険を感じた先生は母国を捨て、カナダのケベック州に逃れたが、政治難民として受け入れられるか審査中だった。しかも、教員経験もないレストラン経営者だったのだ。 

 小学校という小さなコミュニティーで、教師の自殺が波紋を広げ、校内は不穏な空気に包まれる。事態はラザール先生が現れいったん沈静化するが、彼自身の秘密が再び彼の運命を翻弄する。自殺の一因とみられるシモンのうそは、「教師が生徒に触れることを一切禁じる」ルールを作らせた。違和感を持ったラザールは、最終的にルールを破る。その姿が本来の教師と生徒の正しいあり方だ、と観客は理解している。再び人生の荒波にもまれるやるせない幕引きだが、人の温もりを忘れないラザール先生のすがすがしさに救われた。

(文・藤枝正稔)

「ぼくたちのムッシュ・ラザール」(2011年、カナダ)

監督:フィリップ・ファラルドー
出演:フェラグ、ソフィー・ネリッセ、エミリアン・ネロン、ブリジット・プパール、ダニエル・プルール

7月14日、シネスイッチ銀座ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.lazhar-movie.com

作品写真:(C)2011 Tous droits reserves
posted by 映画の森 at 19:39 | Comment(0) | TrackBack(1) | カナダ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする