2017年12月11日

「恋とボルバキア」体は男、心は女 切ない思いがほとばしる

kw_main縮小640.jpg

 体の性イコール心の性。それが当たり前と思って生きている人は多いだろう。しかし、世の中には、そうでない人も存在する。体の性と心の性が一致しない人たち。「恋とボルバキア」は、そんな人たちにカメラを向け、彼らの私生活や恋愛を追ったドキュメンタリーだ。男性として生まれながら、男という性になじめず、女装をしたり、男性に恋をしたり――。

 周囲の人間がみな理解してくれるわけではない。差別もある。好奇の目もある。想像もできない困難や障害。それらに耐えながら、彼らは自分たちなりに生きる道を模索している。そんな生々しい息づかいまで伝わってくる。

kw_sub01縮小640.jpg

 監督は「アヒルの子」(10)でデビューした小野さやか。7年ぶりの劇場公開作となるが、その間、テレビでドキュメンタリー番組を手がけるなどしながら、機をうかがってきた。満を持して完成させた作品だ。

 養父への思慕から女装に走った男性。妻子を養いながら女装イベントに参加し、抑圧してきた願望を解き放つ中年男性。さまざまな登場人物の中で、ひときわ輝いて見えるのが、“みひろ”だ。おしゃれしたさから女装を始め、男の姿では味わえなかった快感に酔った。多くの男性からアプローチされ、心がどんどん女になっていった。

kw_sub02縮小640.jpg

 やがてひとりの男性に恋をした。彼の前で、みひろは完全に女になりきる。男でいる時のみひろ。女装した時のみひろ。映画は2人のみひろを映し出す。男に戻れば声まで男になり、女装すれば声も、体つきも女に変身してしまう。変幻自在。でも、ベースはあくまで女。

 みひろには意中の男性がいる。彼を呼び出し、2人きりになる。期待に胸が高鳴る。しかし、思いがけない事実を知らされる。泣き濡れるみひろの顔。感情が噴き出し、素顔があらわになる瞬間。ドキュメンタリーの醍醐味である。

 トランスジェンダーは他人事(ひとごと)だと思っていた。だが、この映画を見終わって、彼らと自分を隔てる境界が少し薄れたように感じる。他者と共存するには、他者への想像力が不可欠。しかし、他者を知らないことには、想像力も働かない。「恋とボルバキア」は、彼らと私たちとの共存に必要な想像力を与えてくれる。

(文・沢宮亘理)

「恋とボルバキア」(2017年、日本)

監督:小野さやか

2017年12月9日(土)、ポレポレ東中野ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://koi-wol.com/

作品写真:(c)2017「恋とボルバキア」製作委員会
posted by 映画の森 at 20:04 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。