2017年08月01日

「海辺の生と死」越川道夫監督に聞く 満島ひかり4年ぶり主演作「芝居が生まれる瞬間を見て、写すことだけを考えた」

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 鹿児島県奄美群島・加計呂麻島育ちの作家、島尾ミホの同名小説を映画化した「海辺の生と死」が公開中だ。長編私小説「死の棘(とげ)」で知られる夫・島尾敏雄との出会いを、戦時下の奄美群島を舞台に描く。ミホがモデルとなった主人公・トエを演じた満島ひかり4年ぶりの主演作。越川監督は奄美でのロケ撮影に「芝居が生まれる瞬間を見て、写すことだけを考えた」と語る。

 1944(昭和19)年、奄美群島カゲロウ島。国民学校で教鞭をとる大平トエ(満島)は、島に赴任してきた海軍特攻艇の隊長・朔(さく)中尉(永山絢斗)と出会う。互いに好意を抱き、逢瀬を重ねるようになる2人だが、次第に敵の攻撃が激化。沖縄は陥落し、広島・長崎に原子爆弾が落とされる。ついに朔にも出撃命令が出され、トエは短刀を胸に抱き、浜辺へと駆け出す──。

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 島尾夫妻が生きた奄美・加計呂麻島をモデルとしたカゲロウ島。島に生まれ、島の自然と文化に抱かれ生きるトエは、この世の豊かな「生」を象徴している。奄美の島唄を歌う満島が島の空気に溶け込む。山や海にたたずむ姿に、野性的な生命力がにじんで見える。

 「満島さんは沖縄育ち、。とはいえ、その島の環境は奄美と大きく違います。奄美群島でも島によって言葉、音楽、風習などが異なる。僕も島で暮らしたことはありません。満島さんは奄美を知るため、島に何度も通った。僕は島が何かを感じる時間がほしかった。現場でそれをすり合わせ、たくさん相談し合って必死に作り上げました。」

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 朔のモデルとなった敏雄が書く「死の棘」は、後に妻となったミホが夫の不貞を知り、正気を失い、嫉妬に狂う修羅の日々を描いている。小栗康平監督によって映画化され、カンヌ国際映画祭で審査員グランプリを獲得した。

 「(演出において)僕はコントロールを基本的にしません。誰かがコントロールした結果であるというよりも、お互いがセッションして出来た結果であることを望みます。できた映画は『監督の自己表現』と言うよりも、作品はスタッフや奄美の人々と一緒に撮った『現象』だと思います。僕は僕自身も自分をコントロールしない状態に置きます。積極的に迷子になり、たえずこの映画を発見しようとしました」

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 一方、満島は島へ通う中で、島の言葉や歌に触れ、自然に抱かれ「人間が個人個人というより、もっと大きな一部になった感じがあった」と振り返った。ルーツである奄美を舞台にした物語に、満島という個人としてかかわり「都会の人間がつくる作品。私が島を責任もって守らなきゃ、と必死だった」と語っている。

 でき上がった映画「海辺の生と死」は、そんな満島や俳優たち、越川監督やスタッフが、島尾夫妻の文章を媒介に、島に触れ、それぞれに発見を感じる過程が映された結果かもしれない。

 「もしかすると人は完成した芝居が見たいと思うかもしれませんが、僕は芝居が生まれる瞬間を見て、それを写すことを考えます。この世に見なくてもいい『生』はないと思う。俳優には脚本の奴隷になってほしくない。映画を撮ることは、発見を続けて終わるプロセスだと思います。できるだけ物語が規制する力を弱め、映画を世界に近づけたかった」

 満島や越川監督、俳優たちが、奄美に出会い、触れて生まれた確かなもの。満島の体によみがえる島尾夫妻の記憶、島の空気、つかみがたく濃厚な時間。観客はスクリーンに向かい、流れ出る何かをとらえ、全身で受け止めることになる。

(文・写真 遠海安)

「海辺の生と死」(2017年、日本)

監督:越川道夫
主演:満島ひかり、永山絢斗、井之脇海、川瀬陽太、津嘉山正種

テアトル新宿ほかで全国順次公開中。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.umibenoseitoshi.net/

作品写真:(C)2017 島尾ミホ / 島尾敏雄 / 株式会社ユマニテ
posted by 映画の森 at 10:47 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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