2017年04月13日

「わすれな草」 認知症が人間関係を再構築 他人と化した妻を愛し直す

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 ドキュメンタリー映画作家のダービット・ジーベキングが、認知症を患った母と過ごす最後の日々を記録した作品だ。映し出されるのは、記憶を失い、夫も息子も区別できなくなった母。そして、彼女の世話に四苦八苦する父や監督自身の姿である。

 介護の過酷さを見せつける映像はほとんどない。失禁で濡れた床を父が掃除する場面ぐらいだろうか。焦点があてられいるのは、介護の厳しい現実ではなく、認知症を通して結ばれる新たな家族の絆である。

「母さんはこの家に30年住んでいるんだよ」
「まさか。初耳だわ」
「父さんとはずっと前から結婚している」
「あなたが父さんでしょ?」

 監督と母との会話である。まったく話が噛み合わない。自分の居場所も家族の顔も名前も認識できなくなった母親。監督は1週間で疲弊しきってしまう。「父はこれを何年も続けてきたんだな」とため息をつく。

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 このまま放置すれば、症状はどんどん悪化し、家族関係は崩壊してしまう。無理やりにでも外に連れ出す。介護人にサポートしてもらう。さまざまな方法を試すが芳(かんば)しい結果が出ない。スイスに旅行中の父に会いに行かせても自分の夫だということが分からない。

 昔のことを思い出せば何かが変わるかもしれない。そんな期待を抱きながら、秘密警察が保管する母と父の記録を閲覧し、母のかつての恋人を訪ねて話を聞く。

 父と母はともに過激な政治活動に身を投じたカップルだった。互いの自由恋愛を条件に結婚。父は浮気が本気になり、離婚を切り出すが、母が「私たちはつながっているの。簡単には別れないわ」と反対した。家事や育児に一切タッチしなかった父。不満を日記に書き記していた母。さまざまな事実が浮かび上がってくる。そして、ある日、思いがけない変化が起こる――。

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 1960年代後半という政治の季節に青春を過ごした知的カップル。自由恋愛という名の不干渉が生み出したであろう心の隔たり。妻の認知症が契機となって、逆にその距離が縮まり、新しい夫婦関係が構築されていく様子が、実に興味深く示唆に富む。「認知症は人間関係を破壊する」という常識に一石を投じる作品だ。

(文・沢宮亘理)

「わすれな草」(2013年、独)

監督:ダービット・ジーベキング

2016年4月15日(土)、渋谷ユーロスぺースほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.gnome15.com/wasurenagusa/

作品写真:(C)Lichtblick Media GmbH

posted by 映画の森 at 08:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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