2016年08月25日

「人間爆弾『桜花』 特攻を命じた兵士の遺言」育てておきながら、最後には鉛筆の先で殺した

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 「桜花」とは、太平洋戦争末期に日本海軍が開発した特攻兵器である。爆弾を積んで敵艦に体当たりするのは「神風」と同様。違うのは、攻撃機(一式陸上攻撃機)の下部に吊るされ、敵艦の目前で切り離された後、短時間で敵艦に突っ込むという点だ。

 一種のロケット機でありすこぶる高速。しかも至近距離から接近するため、迎撃される可能性が低く、戦局を打開する切り札として期待された。しかし、実際は、桜花を搭載する母機が目標地点に到達する前に撃墜されることが多く、大した戦果を上げることはできなかった。

 目標を完遂することなく、まさに桜のごとく散って行った、多くの若いパイロットたち。出撃命令イコール死の宣告だった。命じる側も苦しかったろう。そのつらい役割を担っていたのが、元・海軍大尉、林冨士夫。映画で澤田正道監督のインタビューを受ける人物だ。澤田監督が質問し、林が答えるという一問一答式で進んで行く。

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 「桜花」作戦計画を聞かされた時の気持ちを問われた林は、「そんな話があれば行くに決まっている」と自ら進んで志願したことを強調する。戦時中、兵士にとっては「死ぬも生きるも一緒だった」と語る林。死ぬことは恐怖でも何でもなかったのだ。初めて桜花を目にした時は「ああ、これが俺の棺桶か」と思った。

 大きな敵艦が目の前に横たわっている。「それに向かって突っ込んでいくパイロットといったら、いい気持ちでしょうなあ」。ぎょっとするような言葉がポンと出てくる。

 いつでも出撃する覚悟はできていた。だが、出撃の機会は与えられなかった。与えられたのは、出撃者を指名する役目だった。筑波海軍航空隊で操縦技術を教えたパイロット、応援部隊として送り込まれてきた学徒兵。ほぼ同年輩の部下たちに、次々と出撃命令を下していった。

 「育てておきながら、最後には鉛筆の先で殺す」。その矛盾に耐え兼ね。出撃に送り出した後は、草むらにしゃがみこんで泣いたという。

 部隊には桜花作戦に否定的な者もいた。「こんな馬鹿馬鹿しいものはやめたほうがいい。特攻なんてブッ潰してしまえ」。指揮官の野中少佐は、こう言い残して飛び立っていった。

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 最も親しかった部下の西尾中尉は「私が天皇だったら即刻降伏しますね。いまの戦争のやり方は馬鹿げている」と話し、その数週間後、林から出撃命令を受けた。「えこひいきと非難されても具合が悪いから、ほどほどのところでお前さんを殺すよ」。西尾中尉は「ありがとうございます。光栄の至りです」と返したという。

 特攻のことは天皇も知っていた。「戦死した隊員に対し、ひとことも謝罪の言葉がなかったのは残念です」

 「桜花」作戦に参加した喜び、特攻への憧れ、出撃できなかった無念、多くの部下を死なせた悔恨――。林は記憶の引き出しを探りながら、桜花部隊の一士官として見聞きしたこと、感じたこと、考えたことを、正直に、正確に、語っていく。

 画面に映されるのはインタビューに答える林の姿のみ。資料映像は挿入されない。ほぼ編集されずに提示された映像には、真実のみが発する生々しい迫力がある。昨年6月に亡くなった林冨士夫の遺言ともいえる、渾身のドキュメンタリー。戦争を知らない世代にこそ見てほしい。

(文・沢宮亘理)

「人間爆弾『桜花』 特攻を命じた兵士の遺言」(2014年、フランス)

監督:澤田正道
出演:林冨士夫

2016年8月27日(土)、シアター・イメージフォーラム ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://kamikazeouka.wordpress.com/

作品写真:(C)Comme des Cinemas

posted by 映画の森 at 09:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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