2014年08月13日

「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」 道の端の流れ行く日常 ベネチア最高賞ドキュメンタリー

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 古都ローマををぐるりと取り囲む「環状線GRA」。交通量は1日16万台、全長約70キロ。首都を支える大動脈として、人々の生活を支えている。「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」は、道周辺の日常を追った記録映画だ。2013年の第70回ベネチア国際映画祭で、ドキュメンタリーとして史上初の金獅子賞(最高賞)を獲得した。

 登場するのは6組の人々。まずはヘッドホンを着け、殺虫剤を手にした植物学者。ヤシの幹中の音に耳をすませ、木を食い荒らす害虫を退治する。続いて住宅地にそびえる城。主は葉巻をくゆらす没落貴族で、ブルジョアを装い偽りの毎日を送っている。城は映画のセットや多目的ホールとして使われる。

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 さらにモダンなマンションの一室。老紳士と娘が過ごす毎日を、窓からカメラが覗いてとらえる。元は高貴な家柄のインテリだったが、今は狭い家に肩寄せ合って暮らす。父娘の話題は世間話から文学まで幅広い。次は白く古ぼけたキャンピングカー。持ち主の両性具有者は人生を嘆きつつ、仲間と明るく生きている。

 夜の環状線を救急車が行く。救急隊員の男性は排水溝に落ちた人の体を温め、事故で大破した車から生存者を助け出す。勤務の合間を縫い、老いた母を世話する毎日。環状線のそばを流れるテヴェレ川では、ウナギ漁師がボートを操る。後継者不足を嘆き、新聞を読んで妻に不平を漏らす。

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 それぞれの人生には、劇映画のように極端な「物語性」はない。カメラは淡々と日常をとらえていく。とりとめのない言葉のやり取り。何事もなく過ぎていく日々。何かを意味しているようでもあり、ないようでもある。2年かけて撮った映像のうち、なぜこの部分を残したのか。考えながら観る作品でもある。

 ジャンフランコ・ロージ監督は「映画は暗喩である」と言う。またイタリアの作家、イタロ・カルヴィーノの言葉「みなが通りすぎて誰もいなくなった時、本当の意味の真実の瞬間がある」を引き、「その瞬間が過ぎても残る感覚を探している」とも言う。

 植物学者も、救急隊員も、両性具有者も、没落貴族も、観る人それぞれに何らかの暗喩を与える。観た人の数だけ、観た回数だけ「真実の瞬間が通り過ぎた感覚」があるだろう。

(文・遠海安)

「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」(2013年、イタリア)

監督:ジャンフランコ・ロージ

2014年8月16日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.roma-movie.com/

作品写真:(C)DocLab

posted by 映画の森 at 07:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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