2014年02月24日

「僕がジョンと呼ばれるまで」 名前を忘れた高齢者 記憶と生きがい取り戻すまで

僕がジョンと呼ばれるまで.jpg

 「僕の名前を知っていますか」。老いた彼女は首をかしげ、しばらく考える。「分からないわ」「僕の名はジョン・ロデマン」

 米オハイオ州クリーブランド。ジョンが働くのは、認知症の高齢者が暮らす介護施設だ。中には症状が進み、子供の名前さえ忘れた人、呼びかけにまったく反応しない人もいる。

 2011年5月。施設で「学習療法」への取り組みが始まった。日本の東北大学で開発されたプログラムで、脳の活性化と症状の進行停止が目的だ。対象は入居者23人、期間は半年。メンバーは読み書き計算など、簡単な課題を日々こなしていく。

僕がジョンと呼ばれるまで2.jpg

 そのうちの1人、エブリンは93歳。アルツハイマー型認知症で、入居者の中でも特に症状が進んでいた。数字がついたコマを同じ数字の盤面に置く課題も、指示が理解できず、あきらめてしまう。かつて婦人服店に務め、いつもきれいに化粧をし、家族思いで社交的だった彼女。今は日々生活することも難しく、娘や息子は戸惑っていた。

 快活で意欲的なビーは90歳。歌の会などには積極的に参加するが、自分の子供の数や名前を忘れてしまう。さらに、昔は女性タクシー運転手だったメイ。88歳になった今は、話しかけても反応がなく、いつも無表情だ。彼女たちはみな、毎日一緒に過ごすジョンの名前を覚えていない。

 しかし学習療法を続けるうち、次第に変化が表れる。エブリンが置ける数字のコマは徐々に増えていき、自分でトイレに行ったり、着替えもできるようになった。会話の受け答えも確実になり、おしゃべりを楽しむようになった。昔上手だった編み物も再開した。

 プログラムが始まって5カ月。ジョンは再びエブリンに尋ねた。「僕の名前を知っていますか?」「知っているはずよ……ジョン! ジョン、なぜかひらめいたの」──。

僕がジョンと呼ばれるまで3.jpg

 認知症の高齢者が脳活性化プログラムに取り組む「僕はジョンと呼ばれるまで」。東北大・川島隆太教授らが開発したプログラムを、米国の介護施設で実践する過程を追ったドキュメンタリーだ。半年間の取り組みで、症状は着実に改善していく。

 今は子供の名さえ忘れてしまった高齢者たちも、かつて家族や隣人を愛し、生き生きと日々を過ごしていた。「昔の彼女」を知る人たちが過去を懐かしみ、戸惑う様子に心が痛む。老いは誰もに平等に訪れ、避けがたい運命であることも、胸に迫ってくる。

 ジョンを含む施設のスタッフは、声高な強制やコントロールをしない。静かにお年寄りたちに寄り添い、晩年の希望探しに手を添えている。自分の名前が書けたり、軽い冗談を言ったり、簡単な計算ができたり。目の前の彼を「ジョン」と呼ぶだけで、十分に幸せになれることを、改めて教えてくれる作品だ。

(文・遠海安)

「僕がジョンと呼ばれるまで」(2013年、日・米)

監督:風間直美、太田茂

2014年3月1日(土)、東京都写真美術館ホールほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.bokujohn.jp/

作品写真:(C)2013 仙台放送
タグ:レビュー
posted by 映画の森 at 09:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック