
真夏でも手袋とマフラーを放さず、低い椅子に座り歌いながら鍵盤を叩く。50歳で世を去った天才ピアニスト、グレン・グールド。エキセントリックな言動ばかり注目されたが、「楽曲を別の形に組み直したかのようなアプローチ」と評されるように、並外れた演奏技術と高い芸術性に人々は魅了され、死後30年近くたつ今も新たなファンを生み続けている。
映像や写真や音源、日記、本人のインタビュー、研究者や関係者、元恋人たちのインタビューをコラージュ。改めてグールドの人物像をあぶり出し、再検証するドキュメンタリー作品だ。

グールドは1932年、カナダ・トロント生まれ。55年に米ニューヨーク・デビューし、コロンビア・レコードと専属録音契約をする。22歳のグールドがニューヨークを訪れ、タクシーでスタジオに向かう場面から映画は幕を開ける。グールドの映像は驚くほど多く残されている。白黒とカラーが混在するフィルムは、ホームビデオのようにラフなものから、プロが撮影したものまでさまざまだ。

冒頭では写真と関係者のインタビューを使い、グールドの生い立ちに迫る。なぜいつも厚着なのか。常に携帯している折りたたみ椅子の秘密は。グールド初心者にもとても分かりやすい。グールドと聞いて思い出すのは、ピアノ演奏と一緒に録音されたうなり声のような鼻歌だ。少年時代の友人によると、演奏するとトランス状態になり、自然と歌が出るという。ピアノ演奏の秘密である「フィンガー・タッピング」の説明や、旧ソ連で行ったコンサートの逸話など、貴重なエピソードが満載である。


目玉は彼をめぐる女性たちのインタビューだ。デビュー当時の恋人フランシス・バローを筆頭に、人妻の元画家コーネリア・フォス、ソプラノ歌手のロクソラーナ・ロスラックら、公の場では彼について語ったことのない元恋人たちが口を開く。家族のように長い時間を過ごしたフォスの子供二人が、父親のように感じていたグールドへの複雑な思いを語る。
グールドは「気難しい変人」、「堅物」など、ネガティブな面がピックアップされがちだった。しかし実は「ダウンタウン」で知られるポップス歌手、ペトゥラ・クラークのファンだったり、人とのコミュニケーションが苦手な反面、動物園の動物と歌で交流したりする。晩年のグールドはスタジオにこもり、録音技術やテープ編集の可能性を追求していた。
“孤独な天才”と呼ばれたグールド。一途に自分のポリシーを貫き、芸術性を追い過ぎたため、周りが見えず、不器用な人物になったのではないか。“人間グレン・グールド”を知るには最適。逆にグールドを良く知るファンには、改めて再検証ができる作品だろう。
(文・藤枝正稔)
「グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」(2009年、カナダ)
監督:ミシェル・オゼ、ピーター・レイモント
出演:グレン・グールド、ジョン・ロバーツ、ウラディー・アシュケナージ、コーネリア・フォス、ローン・トーク、ペトゥラ・クラーク、ロクソラーナ・ロスラック、フランシス・バロー、ハイメ・ラレード、フレッド・シェリー
10月29日、渋谷アップリンク、銀座テアトルシネマほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。
http://www.uplink.co.jp/gould/
作品写真:(C)Jock Carroll/(C)Courtesy of Sony Music Entertainment/(C)John Roberts/(C)Personal photo of Christopher Foss (son of Cornelia Foss)/(C)Courtesy of Sony Music Entertainment