2011年02月21日

「アンチクライスト」 人の心にひそむ衝動 ラース・フォン・トリアー、過激に描く

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 心を病んだ妻と、妻の治療にあたるセラピストの夫。二人きりの息詰まる関係を、森の中の山小屋という隔離された空間の中に描いた「アンチクライスト」。2009年カンヌ国際映画祭で上映され、賛否両論を巻き起こした、ラース・フォン・トリアー監督の最新作である。

 オープニングで描かれるのは、妻が心を病むきっかけとなる事件である。自宅のアパートでセックスにふける夫と妻。快楽をむさぼるのに夢中な二人は、幼い息子がベビーベッドを脱け出すのに気づかない。あえぎ、もだえる妻の足がテーブルに当たり、置かれていた瓶が床に落下する。息子はテーブルに乗り移ると、窓辺へと歩み寄り、そのまま路上に転落死してしまう。

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 雪の降りしきる夜に起きた、救いのない悲惨なできごと。トリアー監督は、モノクロのスローモーション映像を用い、BGMにヘンデルのアリア「涙の流れるままに」を流すことで、オープニングの悲劇性を際立たせている。

 深い悲嘆と罪責の念は、妻の精神を狂わせる。入院して治療を受ける妻に回復の兆しが見られないことから、セラピストの夫は妻を退院させ、森の中の、彼らが“エデン”と呼ぶ山小屋で、自ら治療を行うことにする。

 しかし、妻はひたすらセックスを求めるばかり。症状はさらに悪化する。ある日、夫は息子の検死結果から、思いがけない事実を知ることになる。息子を愛していたはずの妻が、実は息子を虐待していた可能性があるのだ。夫がそのことを妻に確認しようとした瞬間、妻は夫に対し凶暴性をあらわにする――。

 カンヌの観客を絶賛派と否定派に二分した、激しい暴力描写、そして性描写。これほどまでに過激な表現によって、この映画が描き出そうとしているのは何なのか。タイトルの「アンチクライスト」が示すように、キリスト教的世界への異議申し立てだろうか。神への反発だろうか。人間の心にひそむアンチクライストとしての悪魔を見つめることだろうか。

 原題は「ANTI CHRIS♀」。Tを♀と表記していることで分かるように、映画の主役は明らかに妻の方である。妻の心に生じる錯乱や、性衝動、暴力衝動などに、映画のメッセージが刻まれているに違いない。それは恐らく人間性の深部に宿る何ものかにかかわることだろう。

 「キングダム」(94)、「イディオッツ」(98)、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」(00)と、グロテスクなまでに露骨な描写で、社会の偽善を暴き、良識を打ち砕いていたトリアー監督。ところが、今世紀に入ってからは、作風がガラリと変わり、過激さは影をひそめ、不完全燃焼の感が否めなかった。「アンチクライスト」は、そんなトリアー監督が久々に自分らしさを取り戻した作品と言えるだろう。

(文・沢宮亘理)

「アンチクライスト」(2009年、デンマーク、独、仏、スウェーデン、伊、ポーランド)

監督:ラース・フォン・トリアー
出演:ウィレム・デフォー、シャルロット・ゲンズブール

2月26日、新宿武蔵野館、シアター渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.antichrist.jp/

作品写真:(c)Zentropa Entertainments 2009
posted by 映画の森 at 09:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | デンマーク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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