2009年07月27日

「クララ・シューマン 愛の協奏曲」 ヘルマ・サンダース=ブラームス監督に聞く

「クララがいなければ、シューマンもブラームスも存在しなかった」

ヘルマ・サンダース・ブラームス監督.jpg

 ロベルト・シューマンとヨハネス・ブラームス。新旧二人の天才作曲家に愛されながら、自らも音楽家としての名声を手にしたクララ・シューマン。その愛と葛藤の日々を赤裸々に描き、ドイツ国内に反響を呼んだ「クララ・シューマン 愛の協奏曲」。メガホンをとったのは、ニュー・ジャーマン・シネマを代表する監督の一人であり、ブラームスの末裔であるヘルマ・サンダース=ブラームス監督だ。女性でありアーティストでもあるクララに自身の姿を重ね合わせ、現代に通じる女性の生き方を提示してみせた。サンダース=ブラームス監督は「クララがいなければ、シューマンもブラームスも存在しなかった」と語った。

クララ・シューマン 愛の協奏曲1_250.JPG

 主なやり取りは次の通り。

 ――この映画はクララ・シューマンの実話に近いものと考えていいのか。

 少なくとも、推測に頼ってストーリーを作ることは避けた。構想から12年以上もあったので、その間に伝記の類を読破し、歴史的な資料にも目を通した。しかし、資料はすべてを網羅しているわけではない。手紙や日記にしても、彼女の見たことや感じたことが全部書かれているわけではない。そういった空白の部分に関しては、想像力を用いざるを得なかった。だから完全な実話というわけではない。

 ――クララという女性の生き方をどう思うか。

 男性優位の社会で、大々的な成功を収めている女性というのは、一般になかなか想像しにくいと思う。19世紀という時代であれば、なおさらそうだろう。しかし、現実にそういう女性は存在した。クララはまさに典型だ。クララは何かの犠牲になるというタイプの女性ではない。もちろん、成功には代償もあったが、素晴らしい夫とかわいい子供たちがおり、さらにはもう一人の若い男性からも愛されている。彼女は不幸な犠牲者である女性、という旧来のパターンを覆す女性だ。

 クララは、ある意味、女王様であって、望めばすべてを手にすることができていた。悪い表現を使うなら、吸血鬼といってもいいかもしれない。つまり、最初はロベルトの真髄を吸い取って、彼が亡くなったら次にヨハネスから吸い取った(笑)。しかし、見方を変えると、彼女はロベルト・シューマンという作曲家をつくり、ヨハネス・ブラームスという作曲家を生み出した女性だともいえる。彼女がいなければ、シューマンもブラームスも存在しなかったのではないか。

 ――二人の男性はクララをどう愛したのか。二人の愛の違いは。

 おそらくロベルトは、クララが自分の作品を最も的確に演奏するピアニストとして愛したのではないか。しかし同時に、クララが演奏することによって、自分の作品が奪い取られていると感じていたとも思う。

 一方ヨハネスは、クララを必要としていたものの、クララに依存する状態にはなりたくなかった。だから、クララとはある程度距離を置こうとしていた。最後のほうに、ヨハネスの作品をクララが演奏するシーンがある。ヨハネスは演奏しているクララを見ているが、ふと目をそらしてしまう。これは、ヨハネスがクララに対して距離を置かなければいけないという気持ちを表している。また、ヨハネスはその時、ほんの少しひげを生やしている。これも同じく、クララから自分の身を守らなければいけないという気持ちの表れだ。

 ――キャスティングはどのように決めたのか。当初は、クララ役にイザベル・ユペールを起用する予定だったと聞いたが。

 役が確定するまでに9年ぐらいかかった。その間にはいろいろ変更があった。最初は、シューマンにウルリッヒ・トゥクールというドイツ人俳優、ブラームスにはジェレミー・レニエというベルギー人俳優、そしてクララにフランス人のイザベル・ユペールを起用する予定だった。その後、もっと国際的な俳優を使いたいという製作側の意向から、いったんシューマン役をダニエル・デイ=ルイスに変更したが、担当者が亡くなったために実現できなくなり、当初のキャスティングに戻された。

 しかし、そこでアクシデントが起きた。ユペールがベルリンの舞台で転倒し、ひざにけがを負ったのだ。回復を待ってピアノのレッスンを始めたのでは、とてもクランクインに間に合わない。ユペールは断念せざるを得なかった。さらにレニエもアメリカ映画に出演中で、やはり準備の時間が足りなかった。キャスティングはほぼ振り出しに戻った。

 新たなクララ役として浮上したのは、当時、ドイツで人気上昇中だったマルティナ・ゲデックだった。私は彼女に「昼夜を問わずピアノの練習に専念する覚悟」があることを確認した上で、起用を決めた。ゲデックがクララ役をやることになると、シューマン役はトゥクールでない方がいいと思った。私の出した条件は、明らかにホモセクシャルであること。パスカル・グレゴリーは、まさに条件にぴったりだった。しかも、彼はピアノが弾け、音楽への造詣も深い。文句なしの俳優だった。残りのブラームス役には、セザール賞有望若手男優賞を獲得していたマリック・ジディを起用した。パリのカフェで初めて会った時、ブラームスは彼しかいないと直感した。

 ――3人の俳優と仕事をした感想は。

 素晴らしい役者ばかりだ。3人がそれぞれ魔法のような魅力を持っていた。撮影している間、3人は映画の世界に浸りきり、本当の恋人同士のようだった。クランクアップした後も、3人はなかなか映画の世界から抜け出せず、しょっちゅう私の家に遊びに来ていたほどだ。

 ヘルマ・サンダース=ブラームス 1940年ドイツ生まれ。ヨハネス・ブラームスの叔父から連なる末裔にあたる。ニーダーザクセン音楽演劇大学、ケルン大学で学んだ後、放送局に勤務。80年に「ドイツ・青ざめた母」を発表し、各国の映画祭で絶賛を浴びる。「エミリーの未来」(84)、「林檎の木」(92)などの作品がある。

(文・沢宮亘理)

×××××

「クララ・シューマン 愛の協奏曲」(2008年、独・仏・ハンガリー)

監督:ヘルマ・サンダース=ブラームス
出演:マルティナ・ゲデック、パスカル・グレゴリー、マリック・ジディ

7月25日、Bunkamuraル・シネマほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.clara-movie.com/pc/

写真上:「クララがいなければ、シューマンもブラームスも存在しなかった」と語るヘルマ・サンダース=ブラームス監督=東京都内で筆者撮影
写真下:「クララ・シューマン 愛の協奏曲」
posted by 映画の森 at 00:00 | Comment(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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