2009年08月28日

韓国映画 ロケ地を歩く(2)海と街と島・仁川広域市

「絶対の愛」「ヨコヅナ・マドンナ」「子猫をよろしく」

 連載コラム「韓国映画 ロケ地を歩く」第2回は、ソウル近郊の仁川(インチョン)広域市です。穏やかな海に小島が浮かぶ仁川は、多くの映画やドラマの舞台となってきました。

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 ソウルの都心から各駅停車で1時間と少し。仁川(インチョン)広域市は首都圏にありながら、ソウルとはまた違った表情を見せる。ソウルにはない海が、そう感じさせるのかもしれない。都会的なマンション郡と沖の小島ののどかな暮らしが共存する仁川は、庶民の生きる姿を描くには格好のロケーションだ。数多くの映画やドラマの舞台がここにある。

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■中華街とネコ
 地下鉄1号線の仁川行き列車は途中から地上を走る。終点の一つ前の東仁川駅が、商業施設の集まる仁川の中心部だ。だが、今回は終点の仁川駅まで行ってみよう。

 仁川駅の小さな駅舎を出ると、道路をはさんだ向かい側に中華街の入り口がある。中国語の看板や鮮やかな赤色の建物が目に入るが、人影はほとんどない。動くものが見えたと思ったらネコだった。「世界でただひとつ、チャイナタウンが定着しなかった国」という言葉も大げさではなさそうだ。だが、韓国の出前の定番メニュー「チャジャンミョン」(韓国風ジャージャーめん)の元祖は、かつてここで営業していた食堂らしい。実は由緒ある(?)中華街なのだ。

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 ネコで思い出した。この中華街は、ぺ・ドゥナ、イ・ヨウォン出演の「子猫をよろしく」(2001)に登場しているのだ。今ではすっかり演技派女優の風格を感じさせる2人も、当時は二十歳そこそこ。彼女たちが等身大で演じた、野心や恋や友情に悩みながら成長していく女性たちの姿は共感を呼び、口コミで人気が広がった。 

■海沿いの公園
 仁川駅前からバスで5分ほど行くと、陸続きの月尾島に着く。海沿いの広々とした公園には刺身店やカフェが並び、ソウルからも多くの人が遊びに来ている。
 
 「ヨコヅナ・マドンナ」(06)に登場するのはこの公園だ。性同一性障害の男子高校生が性転換手術の費用欲しさにシルム(韓国相撲)の世界に足を踏み入れるという荒唐無稽なストーリーに加え、出演陣は無名の若手ばかり……。地味な印象の映画だったが、期待を上回る完成度の高さとエンターテインメント性でじわじわと観客を増やした。

 主演のリュ・ドックァンは、この時まだ10代。「トンマッコルへようこそ」の北朝鮮人民軍の少年兵役で注目された後、初めて主演に抜てきされた。この作品では、ぽっちゃり色白なのに動きは異常に機敏な高校生に変身。心に複雑な影を持つ難しい役を演じ切り、各映画賞の新人賞を総なめにした。現在もっとも期待される若手俳優である。

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 この映画ではもう1人、有望な若手がデビューを飾った。シルム選手出身の俳優、イ・オンだ。「ヨコヅナ・マドンナ」ではシルム部の主将役で“昔取った杵柄(きねづか)”の堂々とした試合運びを披露している。その後、ドラマ「コーヒープリンス1号店」「最強チル」で知名度を上げた彼は、これからという時にバイク事故で命を落とした。

■キム・ギドクの世界
 仁川西海岸の沖に浮かぶ「茅島」という小島で、キム・ギドク監督が「絶対の愛」(06)を撮影したと聞いた。これは行ってみないわけにはいかない。

 公共交通機関では、いったん仁川国際空港のある永宗島に渡り、そこからさらに信島に向かう小さな船に乗る。空港の開港以降、人口が増えた永宗島には、高層マンションが林立する新都市ができていた。

 信島に到着。橋でつながっている茅島を目指すが、1時間に1本の茅島行きバスはちょうど行ったばかりだ。仕方がないので、親切そうな島の人の車に乗せてもらう。目指すは「絶対の愛」のロケ地、彫刻公園だ。送ってくれた人が言うには、彫刻公園にある彫刻は難しくてよくわからないらしい。

 海辺に並ぶ彫刻たちは確かに芸術的だった。しかし海に面したカフェの大きな窓から見ると、静かな海面と点在する彫刻が不思議な調和をなしてい美しい。彫刻は時々入れ替えられるが、このときは「絶対の愛」に何度も登場する人の手の彫刻もあった。主人公のように手のひらの部分に座ってみたかったが、意外に来客が多いので思いとどまった。

 海外での評価は高いキム・ギドク監督だが、韓国の映画界では異端児扱いされている。商業映画に批判的なことを口にして総スカンを食った時は実に気の毒だった。「絶対の愛」もミニシアターでの上映がほとんどだった。容貌を過度に気にする風潮、そして美容整形という、韓国ではきわめて身近な社会問題をテーマに人間の愚かさと心の弱さにぐいぐいと踏み込んでいく。美容整形のリアルな手術風景がスクリーンいっぱいに映し出され、目を背けてしまう。韓国では、扱うテーマと手法が直截的すぎて嫌われるのかもしれない。

 カフェでコリアン・スタイルの(すなわち極薄の)コーヒーを飲みながら、キム・ギドク監督が韓国で絶賛される日は果たして来るだろうか、と考えた。
 
■「球都」の歴史 
 1899年、韓国で初めて野球が行われた場所は仁川だったという。そのため仁川は「球都」とも呼ばれる。現在はプロ野球のSKワイバーンズが本拠地としているが、仁川をフランチャイズとする球団はこれが5球団目だ。親企業の財政状況が悪く、球団を手放さざるを得なかったのだ。

 1982年に韓国にプロ野球が誕生した時、仁川を本拠地にしたのは「三美スーパースターズ」。韓国球史に残る弱小チームである。発足時の6チームの多くが財閥系だったが、三美グループは小さな企業で、選手を獲得する資金がなかったのだろう。完全に名前負けでスーパースターなど1人もいない。初シーズンの成績は15勝65敗(勝率1割9分)で、この珍記録は今でも破られていない(きっと今後も)。83年には元広島カープの張明夫(福士明夫)が移籍し活躍したが、85年には親企業の業績悪化で身売りされてしまった。

 この弱小球団を描いた映画が「スーパースターカム・サヨン」(04)。三美の初代メンバー、カム・サヨン投手がモデルとなっている。カム投手は野球好きの三美グループ企業のサラリーマンだったが、親企業が球団を作るというのでセレクションを受ける。サウスポーだという理由だけで合格してしまうが、登板チャンスはほとんど敗戦処理の場面だけ。5年間で通算1勝15敗1セーブという寂しい成績を残して球界を去った。こんなカム投手の物語を、すぐれたヒューマンドラマに仕上げたのはキム・ジョンヒョン監督の手腕だろう。非エリート選手の雑草にも似た奮闘をイ・ボムスが熱演する。この人の演技に対する熱意は定評があるが、サウスポー投手の投球をそれらしく見せるため、相当な苦労をしたことは、スクリーンから伝わってくる。

 米国帰りのスター投手役はコン・ユ。敵チームの選手役で、「ノーボーイズ、ノークライ」、「チェイサー」のハ・ジョンウが本名のキム・ソンフンで出演している。野球好きでなくても、必見の作品だ。

(文・写真 芳賀恵)

写真1:仁川西沖・茅島の彫刻公園。キム・ギドク監督「絶対の愛」に彫刻が登場する
写真2:「ヨコヅナ・マドンナ」の舞台となった月尾島の公園
写真3:「絶対の愛」の手の彫刻
写真4:ぺ・ドゥナ、イ・ヨウォン出演「子猫をよろしく」の中華街
posted by 映画の森 at 00:00 | Comment(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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