2019年12月20日

「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」すずのもう一つの物語 エピソードを加えて誕生

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 昭和19年。絵を描くのが好きな18歳のすず(のん)が、広島・呉に嫁いでくる。夫・周作(細谷佳正)や家族に囲まれ、見知らぬ土地で暮らし始めるすず。次第に戦争が迫り、食べ物や物資が少なくなる中、工夫を重ねて日々を過ごしていた。ある日、迷い込んだ遊郭で、すずは同世代の女性リン(岩井七世)と出会う。いつしか二人は互いを大切な存在に思うようになるが、ふとしたことで、すずは周作とリンの過去に触れてしまう──。

 こうの史代原作、片渕須直監督・脚本の「この世界の片隅に」に、250カットを超える新エピソードを加え、キャラクターの秘められた思いや新たな解釈とともに、もう一つの物語が誕生した。

 呉を舞台に戦争を庶民目線で描いたアニメーション「この世界の片隅に」。主人公すずの子ども時代から始まるドラマは、戦争で物資や食料が困窮していく中、知恵を絞り嫁ぎ先の家族とつつましく生きる姿が描かれた。劇中、すずが道に迷い、遊郭で働くリンと出会うエピソードがある。「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」は、現行版でさらりと描かれたすずとリンとの関係を深く掘り下げた。

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 エピソードが増えたことで、大人向けのビターな味わいになった。年齢も近く、名前も「鈴」の音読みと訓読み。表意一体のような二人に、意外な関係が見えてくる。現行版で描かれた周作のノートの裏表紙の一部が四角く切り取られた意味が詳細に明かされ、りんが周作に抱く感情が現行版より複雑になる。新たにリンと同じ遊郭で働くテル(花澤香菜)とすずのエピソードも加わり、すずと周作の関係描写も濃密になった。長尺版は約40分長く、現行版がダイジェストに感じるほどだ。

 太平洋戦争をテーマに、反戦を高らかに叫ぶのではない。平穏なすずの目線で日常を描き、戦争の無情、悲惨を鮮明に浮かび上げた。物資も食料もない戦時、呉の街並み、港に浮かぶ軍艦など、徹底的に調査して物語に真実味を持たせた。柔らかいタッチの細部や背景も、非常に丁寧で親しみやすい。

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 一番の功労者はすずの声を演じたのんだ。おっとりした性格のすずだが、芯の強さもあわせ持っている。のんは柔軟にキャラクターに命を吹き込んだ。既存の映画音楽と一味違い、劇伴にスキャットを加えたコトリンゴの音楽も秀逸。

 日本がたどった戦争の現実を受け止めながら、ネガティブに走らず、前向きにとらえる演出の押し引きもうまい。現行版を見た人には新たな発見をもたらし、未見の人は一本の新作として楽しめるだろう。

(文・藤枝正稔)

「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」(2019年、日本)

監督:片渕須直
声の出演:のん、細谷佳正、尾身美詞、稲葉菜月、小野大輔、潘めぐみ、岩井七世

2019年12月20日(金)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://ikutsumono-katasumini.jp/

作品写真:(C)2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
posted by 映画の森 at 15:31 | Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする