2017年08月26日

「戦争のはらわた」鬼才サム・ペキンパー、戦場の狂気と反戦への思い

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 1943年春、第二次世界大戦下のロシア戦線。一時はスターリングラードまで侵攻したドイツ軍だったが、ソ連軍の反撃を前に劣勢を強いられていた。スターリングラードの戦いで負け、クリミアへ苦しい撤退を迫られる中、プラント大佐(ジェームズ・メイソン)率いるドイツ陸軍連隊を次々と困難が襲う。部隊はただ生き延びるために戦い続けていた──。

 西部劇「ワイルドバンチ」(69)、犯罪劇「ゲッタウェイ」(72)など、バイオレンス演出が得意で“血まみれサム”の異名を持つサム・ペキンパー監督。ジェームズ・コバーン主演で撮った唯一の戦争映画が「戦争のはらわた」だ。ペキンパーといえばスローモーション、独特の映像美が語り継がれる。「戦争のはらわた」も撃たれて血しぶきをあげて倒れ、爆撃に吹き飛ばされる兵士、爆撃で吹き飛ぶ建物を、スローモーションで映し出す。けれん味あふれる映像。物語にカタルシスはない。

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 戦争映画の形を取りつつ、裏に反戦への思いが見え隠れする。冒頭ではヒトラーとナチスの記録映像に、日本の動揺「ちょうちょう」の原型であるドイツ民謡「幼いハンス」を流す。好奇心旺盛なハンスは旅に出て、数年後に容姿が変わって帰ってくる。母だけが息子だと気付く。親子愛を歌った曲だ。旅を戦争にたとえているのだろう。

 大事なポイントは、ハンスのエピソードが示すように「人は見た目」ということだ。作品ではドイツ兵の多くを米国の俳優が演じ、セリフは英語。違和感はぬぐえない。しかし、話が進むとその理由も見えてくる。ドイツ軍の小隊長シュタイナー(ジェームズ・コバーン)は、戦争の狂気を目のあたりにし、精神を病んでいく──。

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 作品は製作途中に資金が尽き、唐突なラストでしめくくられる。しかし、後半の展開に監督の強い意志を感じる。「敵軍の軍服」がキーワードだ。人は人を何で判断するか。国や軍服で相手を扱い、攻撃を繰り返すことに、監督は異論を唱えている。米国人俳優をドイツ兵にした初期段階から、戦争への皮肉を込めた気がしてならない。

(文・藤枝正稔)

「戦争のはらわた」(1977年、英・西独)

監督:サム・ペキンパー
出演:ジェームズ・コバーン、マクシミリアン・シェル、ジェームズ・メイソン、センタ・バーガー、デビッド・ワーナー

2017年8月26日(土)、新宿シネマカリテほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://cross-of-iron.com/

作品写真:(C)1977 Rapid Film GMBH - Terra Filmkunst Gmbh - STUDIOCANAL FILMS Ltd

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2017年08月25日

「エル ELLE」 襲われた女、犯人を追う ユペール✕バーホーベン サスペンスに新風

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 始まりはレイプだった。主人公のミシェルが、自宅に侵入してきた覆面の男に襲われる。驚愕のオープニングだが、もっと驚くのは、その後のミシェルの行動だ。床に散乱したガラスや陶器のカケラを片付けると、バスタブに浸かり、体を清める。翌日には、ドアの鍵を交換し、病院で性感染症のチェックを受ける。

 完璧な対応。心の動揺がないわけではあるまい。しかし、外見は冷静そのものだ。女性にとって屈辱的な体験。なのに少しも落ち込むことなく、しっかり自身をケアし、一人で淡々と犯人探しを進めていくのだ。

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 ミシェルはゲーム開発会社の社長。スタッフたちの新作プレゼンテーションに、容赦のない意見をぶつける。相手の気持ちなどお構いなし。強い。怖い。横暴。恨んでいる社員は少なくないはず。その中の誰かが犯人である可能性は高い。ほかにも元夫や、母親の若い恋人、親友の夫、向かいの家のハンサムな主人など、疑い始めたらきりがない。何しろ、彼女は男の劣情をそそる色気にあふれているのだ。

 手がかりがつかめないまま、その後も繰り返されるレイプ。そして、ミシェルはついに犯人の化けの皮をはがすことに成功するのだが――。

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 前半はレイプ犯が顔を見せるまでのスリリングな展開が焦点。後半は犯人とミシェルとの常軌を逸した絡みが見どころだ。前半にも垣間見えていたミシェルの異常性が、いよいよ際立ってくる。大量殺人を犯し入獄中の父親。年下の男に入れあげる母親。出来の悪い息子。彼女の家族も普通とはほど遠い。

 犯人も含め、尋常ではない人々との関係の中で、ミシェルはいっそうエキセントリックになっていく。しかし、それは偽らず、正直に生きているからこそ、そう見えるともいえる。ノーマルに見える人々は、彼女がさらけ出している本性を押し隠しているだけかもしれないのだ。

 か弱く、傷つきやすく、受け身。いまだ世界的に共有されている保守的な女性像とはかけ離れた、タフで攻撃的な女性の姿を強烈に描き出した。「氷の微笑」(92)のポール・バーホーベン監督が、イザベル・ユペールという当代きっての演技者を得て、サスペンス映画に新風を吹き込んだ。

(文・沢宮亘理)

「エル ELLE」(2016年、フランス)

監督:ポール・バーホーベン

出演:イザベル・ユペール、ロラン・ラフィット、アンヌ・コンシニ、シャルル・ベルリング、ヴィルジニー・エフィラ、ジョナ・ブロケ

2017年8月25日(金)、TOHOシネマズシャンテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://gaga.ne.jp/elle/

作品写真:(c)2015 SBS PRODUCTIONS – SBS FILMS– TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION – FRANCE 2 CINÉMA – ENTRE CHIEN ET LOUP

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2017年08月19日

「ベイビー・ドライバー」犯罪+カーアクション、新たな切り口で新風

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 「ショーン・オブ・ザ・デッド」(04)、「ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメ!」(07)のエドガー・ライト監督が、カーアクション満載の犯罪映画「ベイビー・ドライバー」で英国からハリウッドに本格進出した。

 逃げる銀行強盗団を乗せ、雇われドライバーのベイビー(アンセル・エルゴート)が、ご機嫌な音楽に乗り、天才的な運転テクニックを披露する。ベイビーがハンドルを握る真っ赤な日本車「スバルWRX」が、パトカーと凄まじいカーチェイス。まんまと警察を巻いてアジトに向かう。

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 続いてミュージカルパートに突入。ベイビーの仕事は終わらない。強盗団にコーヒーをふるまうため、アジトから少し離れたコーヒー店へ徒歩で使い走り。ベイビーは音楽に合わせて軽快なステップで動き、カメラもその姿をワンショットで追い続ける。観客は幕開けからアクティブな描写に心をわしづかみされる。

 幼い時に交通事故で両親を失ったベイビーは、後遺症で耳鳴りが止まらなず、iPodの音楽で耳鳴りを封じ込める。彼に一目置くのが、大物犯罪者ドク(ケビン・スペイシー)だ。ベイビーはドクに大損させた借りを返すため、強盗団の逃走専門ドライバーをしている。借りもあと少し。ベイビーは最後の仕事をこなした後、真っ当な人生を歩もうと計画していた──。

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 米犯罪映画とカーアクションは相性がいい。「ブリット」(68)や「ワイルド・スピード」シリーズなど多くのヒット作が生まれ、一ジャンルとして定着している。新たな切り口を見せたのが「ベイビー・ドライバー」だ。犯罪とカーアクションに音楽をシンクロさせた。監督はシーンに使う楽曲を先に決め、曲に合わせて脚本を書いたという。

 音楽は主人公の内心も代弁する。他人の前で心を開かないベイビーは大好きな曲に気持ちを重ね、口パクで歌うマネをしながら踊る。表向きは犯罪映画だが、繊細な主人公が運命を切り開く青春映画の一面も持ち、恋愛パートが隠し味となっている。

 ベイビーは行きつけのダイナーで働くデボラ(リリー・ジェイムズ)へ淡い恋心を抱く。しかし、ドクにバレて利用されてしまい、新たな犯罪に手を染めるきっかけとなる。繊細なベイビーと、それを悪用する大人たち。

 ドクを演じたスペイシーが貫禄の演技。オスカー受賞俳優のジェイミー・フォックスら、アクの強い個性派が若い俳優を脇からサポートしたエキサイティングな犯罪映画だ。

(文・藤枝正稔)

「ベイビー・ドライバー」(2017年、米国)

監督:エドガー・ライト
出演:アンセル・エルゴート、リリー・ジェームズ、ケビン・スペイシー、ジェイミー・フォックス、ジョン・ハム

2017年8月19日(土)、新宿バルト9ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.babydriver.jp/
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「LUCK-KEY ラッキー」韓国映画の名脇役ユ・ヘジン、主演コメディーで縦横無尽

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 韓国で2016年に大ヒットしたコメディー映画「LUCK-KEY ラッキー」(イ・ゲビョク監督)が公開中だ。原案は、堺雅人と香川照之の共演で話題を集めた日本映画「鍵泥棒のメソッド」(12、内田けんじ監督)。名バイプレーヤーのユ・ヘジンの起用が大当たりし、コメディー映画としては韓国映画史上最高の約697万人を動員した。重厚で骨太な映画が人気を集める中での異例の快進撃だった。

 眼光鋭い殺し屋の男が銭湯で石鹸を踏んづけて転倒し、記憶を失う。居合わせた貧乏役者は、脱衣所で男の財布に大金が入っているのを見ていた。そして男のロッカーの鍵を自分のものとすり替え、ふたりの人生が入れ替わる──。この「鍵泥棒のメソッド」の基本設定はそのまま生かし、大幅に脚色を加えて新たな世界を作り出している。

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 主演ユ・ヘジンの特徴的な風ぼうは、韓国映画ファンにはおなじみだろう。舞台俳優出身。スクリーンデビュー当時はチンピラややくざ者のイメージが強かったが、次第に重要な役どころを任されるようになり、「里長と郡守」(07)でチャ・スンウォンとのダブル主演に抜てきされる。

 「チョン・ウチ 時空道士」(09)では変化自在な犬、「ベテラン」(14)では財閥家に仕える従順で卑屈な社員、「極秘捜査」(15)では心優しい占い師、「共助」(16)では北朝鮮の刑事とチームを組む落ちこぼれ刑事と、演じる役柄は多種多様。物語にリアリティーを与える強力な存在でありながら、自らの役割をわきまえて決して主役を食うようなことはしない。いまや韓国映画になくてはならない俳優だ。

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 そんな彼のワンマンショーが堪能できるのが「LUCK-KEY ラッキー」。ユ・ヘジン演じる殺し屋ヒョンウクは記憶を失い、自分を駆け出しの役者と思い込む。銭湯で倒れた自分を助けてくれたレスキュー隊員リナに支えられ、地道な努力を重ねてエキストラからセリフのある役へと着実に進化していく。一方、貧乏役者ジェソンは殺し屋への電話を受けて仕事に足を突っ込んでしまう。そこに美貌の女性ウンジュが絡み、事態は予想外の展開を見せる。

 ユ・ヘジンはスクリーンを縦横無尽に駆け回り、コメディーにミステリー、アクションにロマンスと、ごった煮になりかねない要素をすっきり整理する。冷徹な殺し屋、駆け出しの役者、さらには劇中劇の登場人物といくつものキャラクターを演じ分け、カメレオン俳優の本領を存分に発揮。まるで彼自身の演技人生が投影されているかのような物語のクライマックスは、劇中劇のラストシーンとシンクロし、観客の心を震わせる。この映画が発信するのはまさしく「演技とは」、「人生とは」というメッセージなのだ。

 人気グループ・MBLAQ出身で、演技のキャリアを順調に重ねているイ・ジュンがジェソン役を好演。キュートなレスキュー隊員リナ役のチョ・ユニ、謎めいた美貌の女性ウンジュ役のイム・ジヨンが華を添える。

(文・芳賀恵)

「LUCK-KEY ラッキー」(2016年、韓国)

監督:イ・ゲビョク
出演:ユ・ヘジン、イ・ジュン、チョ・ユニ、イム・ジヨン

2017年8月19日(土)、シネマート新宿ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://klockworx.com/movie/m-405151/

作品写真:(C)2016 SHOWBOX AND YONG FILM ALL RIGHTS RESERVED.
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2017年08月15日

「海の彼方」沖縄・石垣島への台湾人移民、苦難を乗り越えて ドキュメンタリー・シリーズ第1弾

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 戦前、台湾から沖縄県石垣島に移り住んだ人々を追ったドキュメンタリー映画「海の彼方」。日本に統治されていた1930年代、台湾から八重山諸島に農家約60世帯が移り住んだ。「海の彼方」に登場する玉木家の人々も含まれていた。

 2015年、88歳になった玉木玉代おばあは、娘や孫に連れられ、台湾の埔里へ最後の里帰りをする。長年の思いを胸にたどり着くが、70年の歳月がもたらした変化は大きかった。

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 玉代おばあの孫である玉木慎吾がナレーションを務める。慎吾はヘビメタバンドのメンバーとして活動している。東京から石垣島へ慎吾が帰るところから、カメラは追っていく。慎吾を迎える家族の中に、玉代おばあの姿も。再会を喜ぶ家族の幸せの向こうには、おばあが歩んだ苦難の歴史があるのだ。

 日本の敗戦後、石垣島に残った台湾の人々は無国籍状態に置かれた。おばあも沖縄が本土に復帰する1972年、日本国籍となった。沖縄の台湾人は、台湾の戦後教育を受けていないため、台湾語と日本語しか話せない。孫の代になると台湾語ができなくなる。台湾と日本の間にいる移民のアイデンティティーに迫りながら、おばあの里帰りを追っていく。

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 台湾人移民の苦難の歴史、玉木家の家族史がうまく合わさっている。日本と台湾の歴史も分かりやすく入ってくる。黄インイク監督のドキュメンタリー・シリーズ「狂山之海(くるいやまのうみ)」第1弾作品。

(文・藤枝正稔)

「海の彼方」(2016年、台湾・日本)

監督:黄インイク
出演:玉木玉代、玉木慎吾、玉木茂治、玉木美枝子、登野城美奈子

2017年8月12日(土)、ポレポレ東中野ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

https://uminokanata.com/

作品写真:(C)2016 Moolin Films, Ltd.

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