2017年03月30日

「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」ケネディ夫人の素顔 ナタリー・ポートマンが熱演

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 ジャッキーことジャクリーン・ケネディ。世界で最も有名なファーストレディーである。洗練されたファッションは世界中で流行し、華やかな生活は女性たちの憧れの的となった。だが、それはあくまで彼女の表面的なイメージに過ぎず、素顔はベールに包まれたままだった。

 「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」は、ケネディ暗殺後から葬儀までの4日間に焦点を絞り、知られざるジャッキーの実像に光をあてた作品である。ジャッキーを取材するジャーナリスト、ケネディの弟ロバート、秘書のナンシー、悩みを打ち明ける神父。さまざまな人々との対話や交流を通して、試練に立ち向かう姿を描き出していく。

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 劇中、ジャッキーがホワイトハウス内を案内するテレビ番組の映像が挿入される。そこには紛れもない本物のジャッキーが映し出されているのだが、前後にジャッキー役のナタリー・ポートマンが登場しても、何ら違和感を抱かせないのは見事。

 「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」(11)では、メリル・ストリープが英国初の女性宰相になりきっていた。ポートマンもアクセント、話し方、物腰、メイクに至るまで、ジャッキーを完璧にコピーしており、ストリープに負けていない。誰もが知っている人物は、いかにそっくりに演じるかが観客を引き込む上で重要だ。ポートマンの“なりきり演技”は大成功である。

 誰もが知っているといえば、ケネディ暗殺の瞬間をとらえた、あの8ミリ映像。作品では映像をさらに近距離で再現し、惨劇を生々しく伝えている。3発の銃撃のうち、2発目と3発目が命中。3発目が頭部を破壊し致命傷となった。飛び散った血はジャッキーの体に付着。シャワーを浴びるジャッキーの毛髪から血が流れ落ちるシーンが衝撃的だ。

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 「最初の銃声が響いた時、夫をかばえば次の銃撃を避けることができたかもしれない」。ジャッキーは後悔の念を語る。マリリン・モンローをはじめ女性関係が派手だったケネディ。浮気をめぐってジャッキーとはけんかが絶えなかったとも聞く。決して円満な関係ではなかった。夫を守れなかったのではなく、守らなかったのではないか。ついそんな想像をしてしまうのは、5年後にケネディとはまったくタイプの異なる大富豪と再婚してしまったことを知っているからだ。

 夫婦としてはうまくいかなかった。しかし、大統領とファーストレディとしてみれば、完璧なカップルだった。「リンカーンの葬儀に劣らぬ美しい葬礼を」。最後のミッションを完遂すべく、ジャッキーは毅然たる一歩を踏み出すのである。

(文・沢宮亘理)

「ジャッキー ファーストレディ 最後の使命」(2016、米国・チリ・フランス)

監督:パブロ・ラライン
出演:ナタリー・ポートマン、ピーター・サースガード、グレタ・ガーウィグ、ビリー・クラダップ、ジョン・ハート

2017年3月31日(金)、TOHOシネマズ シャンテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://jackie-movie.jp/

作品写真:(c)2016 Jackie Productions Limited
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2017年03月23日

「未来よ こんにちは」夫の裏切りと母の死 ユペール、非凡な演技力

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 フランス、パリ。ナタリーは高校の哲学教師、夫のハインツもやはり哲学教師。2人の子供は独立し、夫婦水入らずの穏やかな毎日を送っている。認知症の母は頭痛の種だが、それ以外は何の問題もない、理想的なカップルのように見える。ナタリーは真面目で誠実な夫と「死ぬまで一緒に暮らす」と思い込んでいた。

 ところがある日、娘がハインツの浮気現場を目撃してしまう。母親か愛人か、どちらかを選ぶよう娘に迫られたハインツは、あっさり愛人を選ぶ。「好きな女性ができたから一緒に暮らすよ」。その瞬間、25年続いた結婚生活にピリオドが打たれる。

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 信じていた夫に裏切られ、怒りがこみ上げるナタリー。だがすぐに気を取り直し、現実を受け入れる。離婚前と変わらず、ナタリーは高校での授業を続け、認知症を患った母親の世話をする。

 そんなナタリーの前に現れたのが、かつての教え子で、今は過激な政治活動にコミットしているファビアンだ。施設に移った母が逝去し、ひとりぼっちとなったナタリーは、ファビアンが仲間たちと暮らすアルプスの山荘へ。ナタリーがファビアンに恋心を抱いていたのか、ロマンチックな一夜を過ごしたのかは微妙。明確な描写のないまま、ナタリーは山荘を去る。

 50代後半のナタリーが経験する、子離れ、離婚、母との死別。そして教え子との微妙な関係。どの局面にあろうと、ナタリーは動揺することも、当惑することもなく、淡々と日々をやり過ごしていくように見える。しかし、それは見かけだけで、内心は大きく波立っているのかもしれない。

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 パリの街角、ブルターニュの海岸、アルプスの山々。映画は、ナタリーをさまざまな風景の中におき、彼女の心象を観客の想像に委ねる。

 泣いたり、叫んだりの熱演はない。それでもスクリーンから目をそらせないのは、ヒロインに扮したイザベル・ユペールの非凡な演技力と、ミア・ハンセン=ラブ監督の演出力によるものだろう。

(文・沢宮亘理)

「未来よ こんにちは」(2016年、フランス・ドイツ)

監督:ミア・ハンセン=ラブ
出演:イザベル・ユペール、アンドレ・マルコン、ロマン・コリンカ、エディット・スコブ 

2017年3月25日(土)、Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかで全国公開。26日(日)は上野千鶴子氏と湯山玲子氏によるトークイベントを開催。詳細は公式サイトまで。

http://crest-inter.co.jp/mirai/

作品写真:(c)2016 CG Cinéma ・ Arte France Cinéma ・ DetailFilm ・ Rhône-Alpes Cinéma

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2017年03月22日

「サラエヴォの銃声」暗殺事件から100年 過去と現在が交錯する群像劇

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 1914年、サラエボを訪れたオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子夫妻が、ボスニア系セルビア人青年に射殺された。第一次世界大戦の引き金となった事件。「サラエヴォの銃声」は、事件から100年の記念式典が開催される名門ホテルを舞台に、従業員、招待客、ジャーナリスト、警備員など、さまざまな人々の人生に焦点をあてながら、町の過去と現在を照らし出した作品だ。

 構成が凝っている。まず屋上では女性ジャーナリストが、事件をテーマにインタビュー番組を収録している。客室の一つでは、フランス人VIPが、式典演説のリハーサルに余念がない。エントランス付近では、女性従業員が式典に向けフル稼働中。地下では一部従業員がストライキを企て、支配人が阻止すべく動いている。個別のストーリーが同時進行していく。

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 屋上インタビューのテーマは、「暗殺者は英雄かテロリストか。皇太子は占領者か犠牲者か」。学識者らに続いてインタビューを受けるのは、暗殺者と同姓同名の男、ガヴリロ・プリンツィプだ。男はジャーナリストのヴェドラナに「(暗殺者は)セルビア人の英雄だ!」と叫び、口論となる。収録後も激論は続くが、やがて2人の間に男女の感情が芽生えていく。

 一方、屋上のはるか下では、ストをめぐる従業員と支配人側との攻防が展開している。女性従業員のラミヤは、支配人のオメルから信頼されていたが、リネン室で働く母親がストに参加することを知られ、解雇通告を受けてしまう。

 事態を好転させるため、ロビーから地下のリネン室、支配人室へと、ホテル内をせわしなく歩き回るラミヤ。暗い廊下の角を右に左に曲がりくねりながら移動する姿を真後ろから追うカメラが、ラミヤの緊張感と焦燥感を表現している。

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 ガヴリロとヴェドラナ、ラミヤと母親、支配人のオメル。それぞれの運命が、クライマックスに向かって収れんしていく。そして訪れる衝撃的な幕切れ。大戦後も内戦で傷つき苦しんできたボスニア・ヘルツェゴビナ。悲劇の歴史が浮かび上がると同時に、今日の世界に広がる不穏な空気が立ち昇る。「ノー・マンズ・ランド」(01)のダニス・タノヴィッチ監督が、卓越した作劇術を披露した傑作だ。

(文・沢宮亘理)

「サラエヴォの銃声」(2016年、仏=ボスニア・ヘルツェゴビナ)

監督:ダニス・タノヴィッチ
出演:ジャック・ウェバー、スネジャナ・ヴィドヴィッチ、イズディン・バイロヴィッチ、ヴェドラナ・セクサン、ムハメド・ハジョヴィッチ、ファケタ・サリフベゴヴィッチ−アヴダギッチ

2017年3月25日(土)、新宿シネマカリテほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.bitters.co.jp/tanovic/sarajevo.html

作品写真:(c)Margo Cinema, SCCA/pro.ba 2016
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2017年03月14日

「わたしは、ダニエル・ブレイク」労働と貧困、福祉の矛盾 ケン・ローチ監督、79歳の反骨精神

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 労働者階級や移民など、社会的弱者を描き続けてきた英国の名匠ケン・ローチ監督。前作「ジミー、野を駆ける伝説」(14)を最後に引退表明したが、79歳になって「どうしても伝えたい物語がある」と復帰。「わたしは、ダニエル・ブレイク」を撮り上げ、カンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞した。「麦の穂をゆらす風」(06)に続く2度目の快挙である。

 59歳の大工ダニエル(デイブ・ジョーンズ)は最愛の妻に先立たれ、心臓発作で医師に働くことを止められた。国の手当て支給のためマニュアル通りの問診をする医療スタッフ。四角四面なやり取りにいら立つダニエル。矛盾だらけの福祉制度と問題点が浮かび上がる。

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 審査で「就労は可能、手当て支給は中止」と判断されたダニエル。手当てを受けるには数々の試練を乗り越えなければならなかった。受付窓口に電話をかければ保留で長く待たされ、出たと思えば「鑑定人の連絡を待て」と一方的な回答。職業安定所へ行けば「パソコンで申請しろ」と言われるが、使い方が分からない。何度も通ったある日、職安でシングルマザーのケイティ(ヘイリー・スクワイアーズ)、彼女の子ども2人に出会う。同じ立場同士、友情と家族のような絆が芽生えていく──。

 初老で失業したダニエルと、貧しい母親のケイティ。世の中の仕組みは社会的弱者からすれば矛盾だらけだ。職安は仕事や手続きを紹介はするが、余計な手助けは一切しない。本人任せだ。ダニエルは求職者手当てを得るため、一定回数の面接を受けなければならない。ダニエルを見ながら行政への不信感が生まれ、福祉の仕組みにあきれてしまう。

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 貧しさに苦しむケイティは、食べ物は自分は口にせず子どもたちに与え続ける。無償で食品が配給されるフードバンクで、空腹に耐えられず、その場で食べてしまい泣き崩れる。その後、スーパーで万引きしたことを機に知り合った警備員に紹介され、いかがわしい仕事に手を出してしまう。

 働けなくなった労働者、貧しい人たちがぶつかる福祉の矛盾。監督は皮肉を込めて観客に疑問を投げかける。監督の反骨精神、力強いメッセージを感じる作品だ。

(文・藤枝正稔)

「わたしは、ダニエル・ブレイク」(2016年、英・仏・ベルギー)

監督:ケン・ローチ
出演:デイブ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズ、ディラン・フィリップ・マキアナン、ブリアナ・シャン、ケイト・ラッター

2017年3月18日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://danielblake.jp/

作品写真:(C)Sixteen Tyne Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve,British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2016
タグ:レビュー
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2017年03月13日

世界が注目する國村準、韓国映画「哭声 コクソン」で圧倒的存在感「現場はどこも変わらない」

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 一方では山に住み着いた得体の知れない“よそ者”、一方では自殺志願の人に寄り添う元警察官――。韓国映画「哭声 コクソン」とベルギー・フランス・カナダ合作映画「KOKORO」で正反対のキャラクターを演じた國村隼が「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2017」を訪れた。2作品の上映のほかにトークショーも開催され、観客のアンケートで選ぶファンタランド大賞では「人物賞」を受賞。さながら「國村準祭り」の様相だ。國村と「哭声」のナ・ホンジン監督に話を聞いた。

不気味な“よそ者”

 「チェイサー」「哀しき獣」で韓国の社会問題を下敷きに犯罪と暴力を描いたナ・ホンジン監督が、「哭声 コクソン」では被害者に焦点を当て、小さな村の混乱を描き出す。

 ある山村に一人の“よそ者”が現れてから奇妙な殺人事件が続き、人々は恐怖に陥る。ナ監督は物語のモチーフを新約聖書から得た。「エルサレムに向かうイエスをユダヤ人がどう見たのか」という視点から“よそ者”のキャラクターが誕生。外見上は村人たちと似ていながら異質である点を強調するため設定を日本人としたが、キャスティング時に監督の頭に真っ先に浮かんだのが國村だった。最後まで観客を惑わせる“よそ者”役にふさわしいと思ったという。オファーを受けた國村も「彼が撮るなら面白くないわけがない。この役をほかの人に取られたくない」と即決した。

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 ミステリー、スリラー、ファンタジーと多くのジャンルを取り入れ、宗教的要素も盛り込んだ作品。ナ監督は「構想から完成まで6年かかった。一生かけてもできないかもしれないと思った」と、生みの苦しみの日々を振り返った。

 ロケは半年に及んだ。妥協を許さないナ監督の撮影現場は國村にとって「経験したことがないほどタフな現場」。ふんどし一丁で岩山を走り回るのは序の口(シナリオでは全裸という設定だったとか)で、過酷な撮影に耐えた。「滝に打たれるシーンは2テイクで終えてほしいと監督に頼んだ」ものの、結局はその倍ほどのテイクを要したという。そのかいあってか“よそ者”は圧倒的な迫力でスクリーンを支配し、映画に緊張感を与えている。

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 國村は韓国の「青龍賞」で日本人初の男優助演賞と人気スター賞をW受賞。人気スター賞の5人の中には女優ペ・ドゥナもいて、「ファンなので一緒に受賞できたのはうれしかった」。知名度も急上昇したそうで「韓国の街を歩いていて『悪魔だ!』と声をかけられ、一緒に写真を撮ってほしいと頼まれるのには驚いた」と笑う。

 ナ監督は「日本にはこのようなジャンルの映画が多いので、受け入れられるかどうか心配もある。面白く見てくれればうれしい。なぜ主人公が被害にあわなければならなかったのかを考えてもらえれば」と日本の観客にメッセージを送った。

ジョン・ウー、タランティーノ作品も

 「KOKORO」はベルギーの女性監督の作品で、島根県隠岐島の雄大な自然を背景に生きる希望を見出す人々の物語だ。フランス人女性アリス(イザベル・カレ)が、亡き弟がしばらく滞在していた日本の海沿いの村を訪ねる。この村では絶壁から海に身を投げる人が後を絶たない。女性はこの村でさまざまな過去を持つ人々と出会い、ゆっくりと癒やされていく。國村の役どころは、自殺を思いとどまらせる活動をする元警察官。自らも心に傷を負いながら絶望した人々に寄り添う、懐の深いキャラクターだ。

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 「KOKORO」の上映後には國村のトークイベントが開かれ、熱心なファンが詰めかけた。國村は車好きがこうじて進んだ高等専門学校を辞め、バイト生活中に劇団の研究生に応募したことをきっかけに演技の道に足を踏み入れる。リドリー・スコット監督が大阪で撮影した「ブラック・レイン」のオーディションに参加したことが転機となった。その後、ジョン・ウー監督やクエンティン・タランティーノ監督の映画にも出演。「KOKORO」では、ほとんどのせりふを英語でこなしている。

 外国映画の仕事にも抵抗はまったくない。「映画の現場でやるべきことは同じ。同じ道具建ての中で、いかに映画の世界観を立ち上げるかが俳優の仕事」。文化や言葉は違っても同じ映画人だという言葉に、外国人の監督や共演者に愛される理由が見えた。

(文・写真 芳賀恵)

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「哭声 コクソン」(2016年、韓国)

監督:ナ・ホンジン
出演:クァク・ドウォン、ファン・ジョンミン、國村隼、チョン・ウヒ

2017年3月11日(土)、シネマート新宿ほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://kokuson.com/

作品写真:(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION

写真:
1:(右から)「哭声 コクソン」のナ・ホンジン監督、國村隼
2と3:國村準トークイベント
4:(右から)「KOKORO」のヴァンニャ・ダルカンタラ監督、國村準=いずれも北海道夕張市で3月4日〜5日
5:「哭声 コクソン」

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6:「KOKORO」

posted by 映画の森 at 10:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする