2016年10月25日

釜山国際映画祭(3)「殺してあげる女」ベテラン女優ユン・ヨジョン、韓国女性哀史に挑む 高齢者の性と社会的弱者

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 釜山国際映画祭では韓国映画の新作が数多く紹介される。今年最も注目を集めた映画の一つは、ベテラン女優ユン・ヨジョンの主演作「殺してあげる女」(イ・ジェヨン監督)だ。高齢男性相手の売春で生計を立てる60代の女性が、彼らの「死にたい」という願いを、悩みながらもかなえてやるストーリー。経験豊かな女優が「死」というテーマを背景に、韓国現代史の闇に埋もれた女性の人生をつむぎ出す。
 
 英題は「The Bacchus Lady」。Bacchus=バッカスとは、韓国でもっともポピュラーな滋養強壮ドリンクだ。ソウルには高齢男性が集まって囲碁や世間話に興じる公園がいくつかある。そこに出現してバッカスを手渡しながら春を売る中高年の女性を「バッカスアジュンマ(おばさん)」と呼ぶ。その存在については筆者も韓国でしばしば耳にしたが、都市伝説のたぐいだと思っていた。しかし最近、彼女らが摘発されたというニュースが目につくようになった。これは韓国の高齢者を取り巻く貧困、孤独の問題と無縁ではないだろう。

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 映画の主人公は「バッカスおばさん」のソヨン(ユン・ヨジョン)。タイトルの「殺してあげる女」は韓国語の俗語で「すばらしく夢中にさせる女」の意味もあり、ソヨンは客にとってそのような存在だ。

 ソヨンは性病治療のため訪れた産婦人科医院で、韓国人男性とフィリピン人女性の間に生まれた「コピーノ」の少年ミンホに出会い、家に連れ帰る。少年の母親は、自分を捨てて韓国に帰った男(院長)を訪ねてきたが、冷たくあしらわれて逆上し、院長を刺してしまったのだ。

 ソヨンは昔なじみの客の見舞いに行く。脳卒中で倒れ寝たきりとなった彼には、男っぷりが良かった昔の面影はない。彼は切実に死を願う。ソヨンは悩んだ末に彼に毒を飲ませる。以後ソヨンは、認知症や孤独によって絶望し、死を望む老人たちの手助けをするようになる。

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 この映画は高齢者の問題を描き出すと同時に、韓国社会が抱える問題や、疎外されたマイノリティーの姿を映し出す。

 明示される問題のひとつは海外養子だ。ソヨンは若いころ米軍基地の町で米兵相手の商売をしていた。黒人兵士の子を宿したが、貧困と差別を恐れて海外に養子に出した経験がある。のちに黒人と韓国人のハーフの青年兵士に出会い、当時の痛みを蘇らせるのだ。朝鮮戦争後から始まった韓国の海外養子は、数こそ減ったものの、経済的に豊かになった現在も続いている。

 「コピーノ」には正確な統計はないが、3万人に上るという説もある。多くの子どもたちが貧困にあえいでいるといい、数年前に市民団体が子どもと韓国の父親との親子関係を確認する訴訟を支援し始めて問題が表面化した。

 「コピーノ」のミンホだけではなく、ソヨンの周辺にいる人々のほとんどがマイノリティーに属する。借りている部屋の家主はトランスジェンダー。隣の住人は片足が義足の青年だ。みな「普通の社会」からは目を向けられない存在だが、互いを尊重して支え合い、笑いを忘れずにたくましく生きている。
 
 客を装って近づいてきたテレビ局のディレクターが、ソヨンにインタビューを申し込むシーンがある。「老いても身を売らなければならない悲惨さを訴えてほしい」という申し出に、ソヨンは「食べていくための仕事。恥じることはない」と淡々と答える。現代の価値観や道徳観で物事を断じることに疑問を投げかける、印象的な場面だ。単なる同情心では他者を理解し共生することはできないのだ、というメッセージが伝わる。

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「同じ役はやりたくない」

 釜山映画祭では、上映後の舞台あいさつやトークイベントが行われ、大盛況となった=写真。単独トークイベントに登場したユン・ヨジョンは、「もう一度演じたらもっとうまくできるのでは、という後悔の連続」と、経験を積んでもなお衰えることのない演技への執念を垣間見せた。

 映画やテレビドラマに切れ目なく出演する今も「同じ役は避けている。違うことをしたい」というユン・ヨジョン。旺盛なチャレンジ精神に、会場を埋めたファンは惜しみない拍手を送っていた。

(文・芳賀恵 写真・岩渕弘美)

写真
1:上映後のユン・ヨジョンとユン・ゲサン 
2・3:作品写真(映画祭事務局提供) 
4:ユン・ヨジョンのトークイベント(左から2人目)

posted by 映画の森 at 11:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

釜山国際映画祭(2)日本映画多彩に、祭りに華添える

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 韓国の第21回釜山国際映画祭(10月6〜15日)では、「表現の自由」をめぐる問題の余波で参加を見合わせる韓国の映画人が少なくなかった。話題作の舞台あいさつに監督や主演俳優が現れないのはいささか寂しい。その物足りなさを埋めて祭りに華を添えたのは、日本など各国の映画だったと言えるかもしれない。
 
「君の名は。」監督・俳優が参加

 日本で大ヒット中の「君の名は。」は、新海誠監督と声の出演の神木隆之介、上白石萌音が記者会見に出席し、大勢の取材陣が詰めかけた=写真1。「ハッピーエンドが描けない作家と言われてきた」と新海監督。今回は幸せな結末を描いたことについて「日本では3.11(東日本大震災)が人やものの形を変えた。あの時に何かできたのではないか、という思いを日本中が抱いた。自分自身も、あの時の祈りの結晶を込めたい思いがあった」と、作品が生まれた背景を語った。

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 男女が入れ替わる難しい設定の役柄を声で演じた神木と上白石は、それぞれ役作りのエピソードを披露。神木は「異性のことはわからないので、(女性のように)内またで立って演技してみた」、上白石は「私はその姿を見て、男らしい体勢にした。街で男子高校生の会話を盗み聞きして研究もした」と話し、記者たちの笑いを誘っていた。韓国では来年1月に劇場公開予定。

<「怒り」の二人は映画祭にエール

 「怒り」からは李相日監督と主演の渡辺謙が参加した=写真2。映画のテーマは「他人への信頼と不信」だが、同席したカン・スヨン執行委員長は「(映画祭の開催が危ぶまれる)大変な時期にこの映画を見た。市と観客、映画人、海外の映画人がどこまで信頼し合えるのかと考えた」と回想した。

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 二人とも過去に釜山映画祭を訪れており、渡辺謙は司会を務めたこともあるほど縁が深い。それだけに、映画祭を取り巻く今回の事態には思うところが多い。渡辺は「一度休止するという選択肢もあっただろうが、映画人と観客と街が一体となって作り上げる映画祭はいろんなものを飲み込みながら続いていく。そこに情熱を感じた」と感慨深げに語った。李監督は「力の大きいものが何かを押さえつけることが死ぬほど嫌いなので、釜山映画祭には共感している」と、映画祭にエールを送った。

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ゴジラ、ロマンポルノ、ホラー&ロマンス……多彩な日本映画

 オープニングのレッドカーペットに真っ先に登場したのは、日活ロマンポルノ「ジムノペディに乱れる」の行定勲監督と板尾創路ら俳優たち。樋口真嗣監督と長谷川博己が参加した「シン・ゴジラ」は満員の観客を集めて貫禄を見せつけた。黒沢清監督はフランスで撮影した新作「ダゲレオタイプの女」をひっさげて登場。ホラーとラブストーリーの融合は韓国のファンも魅了したようだ。

 このほか「湯を沸かすほどの熱い愛」の中野量太監督、「オーバー・フェンス」の山下敦弘監督と蒼井優、オダギリジョーが釜山を訪れ、ファンの熱狂的な歓迎を受けた。

(文・芳賀恵 写真・岩渕弘美、芳賀恵)

作品写真:「君の名は。」(C)2016「君の名は。」製作委員会/「怒り」(C)2016 映画「怒り」製作委員会

写真:
1:「君の名は。」記者会見=(左から新海誠監督、上白石萌音、神木隆之介)
2:「君の名は。」
3:「怒り」(左から李相日監督、渡辺謙)
4:「怒り」
posted by 映画の森 at 10:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする