2016年10月29日

「湯を沸かすほどの熱い愛」オダギリジョーと宮沢りえ主演 中野量太監督、緩急自在の演出

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「死に行く母と残された家族が紡ぎ出す愛」。普遍的なテーマを真正面から描いた「湯を沸かすほど熱い愛」は、自主製作映画「チチを撮りに」(13)の中野量太監督の商業映画デビュー作だ。

 銭湯「幸の湯」を営む幸野家の日常で映画は幕を開ける。父の一浩(オダギリジョー)が1年前にふらっと家を出ていったため銭湯は休業中だ。今は母の双葉(宮沢りえ)と娘・安澄(杉咲花)が二人暮らし。朝の風景を通して仲むつまじさが見えてくる。ところが双葉がパート先で倒れ、医師に余命2カ月と宣告される。双葉は「絶対にやっておくべきこと」を決めて実行していく──。

 冒頭で陰湿ないじめをうける安澄が描かれる。いじめる少女の残酷性、いじめられる安澄の気持ちを掘り下げる。心が折れそうな安澄を、双葉は一歩も引かずに励まし、背中を押し続ける。母娘の絆の強さ。脚本も手がけた監督の語り口も絶妙だ。毎年送られてくるカニ、安澄の手話、エジプト旅行。一見唐突な単語や小道具が伏線になり、すべて回収される。巧みな構成だ。

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 表向きは家族の絆と愛を描くが、実はその現実は非常に屈折している。登場人物のほとんどが親と別れている。高校生の時に両親と死別した一浩、母親に捨てられた小学生の鮎子。ヒッチハイカーの拓海(松坂桃李)も母を知らない。探偵の滝本(駿河太郎)の娘も母を亡くしている。双葉がいる幸野家はまるで寄り合い所帯の疑似家族。居場所を失った人々が居場所を見つける物語にもなっている。

 いじめや余命などネガティブに陥りやすい要素を、ポジティブに飛躍させた演出に大器の予感がする。女優たちの演技も素晴らしい。宮沢は母性と意志の強さを持った女性を好演し、病床の表情に女優魂を感じた。杉咲花は「トイレのピエタ」(15)の生命力あふれる女子高生から一転。いじめられながらも運命を受け入れる姿を健気に演じた。
 
 商業デビュー作で宮沢、オダギリジョーら人気俳優を起用した中野監督。気負いなく自身の作家性を提示した。家族愛という普遍的なテーマを扱いながら、直球や変化球を緩急自在に使い分ける。酸いも甘いもかみ分けたベテランが撮ったように、深い洞察力に驚かされた。

(文・藤枝正稔)

「湯を沸かすほどの熱い愛」(2016年、日本)

監督:中野量太
出演:宮沢りえ、杉咲花、オダギリジョー、松坂桃李、伊東蒼

2016年10月29日(土)、新宿バルト9ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://atsui-ai.com/

作品写真:(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

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2016年10月26日

「彷徨える河」先住民の視点でアマゾン描く 艶めかしいモノクロ映像

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 アマゾン先住民の生き残りである呪術師のカラマカテを、白人探検家二人が時を隔てて訪ねる。共通項は“ヤクルナ”という植物だ。20世紀初頭にやってきたドイツ人民族学者のテオは、探検中に重い病気を患い、治療薬としてヤクルナを切実に欲している。一方、数十年後に訪れた米国人植物学者のエヴァンは学問的興味からこの植物を探している。

 青年のカラマカテは白人を疎ましく思っている。理由は言うまでもない。15世紀末から始まったスペイン人による侵略、虐殺によって、部族がほぼ絶滅させられたからだ。それでも案内を引き受けたのは「悪意のない病人を救いたい」という、ごく人間的な感情からだったろうか。ともあれ若きカラマカテは、ヤクルナを求めてテオを乗せたカヌーを漕ぎ出すのである。

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 これまでアマゾンを描いてきた映画は、白人=侵略者、先住民=被害者という図式を前面に打ち出すか、反撃する先住民の恐ろしさを強調した作品が多かったように思う。共通するのは白人の目からアマゾンを描いている点だ。

 「彷徨える河」がユニークなのは、あくまで先住民の視点からアマゾンを描き出そうとしている点だ。主人公は2つの異なる時間を生きるカラマカテであり、白人探検家ではない。

 白人教祖を崇めるカルト教団。厳しい規律を押し付け、子供たちに体罰を加える神父。白人の経営するゴム工場で働く先住民。川をさかのぼる旅の途中で遭遇するこれらの人々も、探検家のフィルターを通さず、カラマカテが目にするアマゾンの現実として描かれている。

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 監督のシーロ・ゲーラは、国土の半分をアマゾンが覆うコロンビアで生まれ育った。にもかかわらず、アマゾンについて知らないことがあまりにも多いことに気づき、撮影を思い立ったそうである。

 時間を隔てた二つの物語が交錯して展開するのは「一つの人生や一つの経験が、複数の人間を通して生き続けている」という先住民の考え方に基づく。幻覚めいた映像は、おそらく主人公であるカラマカテのビジョンであろう。

 熱帯植物の生い茂るジャングル。ぬめぬめとした体をうねらす大蛇。ギラギラと目を光らせるジャガー。アマゾンの深部をとらえたモノクロ映像が何とも艶(なま)めかしい。

(文・沢宮亘理)

「彷徨える河」(2015年、コロンビア・ベネズエラ・アルゼンチン)

監督:シーロ・ゲーラ
出演:ヤン・ベイヴート、ブリオン・デイビス、アントニオ・ボリバル・サルバドール、ニルビオ・トーレス

201610月29日(土)、シアター・イメージフォーラムほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://samayoerukawa.com/

作品写真:(c)Ciudad Lunar Producciones
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2016年10月25日

釜山国際映画祭(3)「殺してあげる女」ベテラン女優ユン・ヨジョン、韓国女性哀史に挑む 高齢者の性と社会的弱者

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 釜山国際映画祭では韓国映画の新作が数多く紹介される。今年最も注目を集めた映画の一つは、ベテラン女優ユン・ヨジョンの主演作「殺してあげる女」(イ・ジェヨン監督)だ。高齢男性相手の売春で生計を立てる60代の女性が、彼らの「死にたい」という願いを、悩みながらもかなえてやるストーリー。経験豊かな女優が「死」というテーマを背景に、韓国現代史の闇に埋もれた女性の人生をつむぎ出す。
 
 英題は「The Bacchus Lady」。Bacchus=バッカスとは、韓国でもっともポピュラーな滋養強壮ドリンクだ。ソウルには高齢男性が集まって囲碁や世間話に興じる公園がいくつかある。そこに出現してバッカスを手渡しながら春を売る中高年の女性を「バッカスアジュンマ(おばさん)」と呼ぶ。その存在については筆者も韓国でしばしば耳にしたが、都市伝説のたぐいだと思っていた。しかし最近、彼女らが摘発されたというニュースが目につくようになった。これは韓国の高齢者を取り巻く貧困、孤独の問題と無縁ではないだろう。

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 映画の主人公は「バッカスおばさん」のソヨン(ユン・ヨジョン)。タイトルの「殺してあげる女」は韓国語の俗語で「すばらしく夢中にさせる女」の意味もあり、ソヨンは客にとってそのような存在だ。

 ソヨンは性病治療のため訪れた産婦人科医院で、韓国人男性とフィリピン人女性の間に生まれた「コピーノ」の少年ミンホに出会い、家に連れ帰る。少年の母親は、自分を捨てて韓国に帰った男(院長)を訪ねてきたが、冷たくあしらわれて逆上し、院長を刺してしまったのだ。

 ソヨンは昔なじみの客の見舞いに行く。脳卒中で倒れ寝たきりとなった彼には、男っぷりが良かった昔の面影はない。彼は切実に死を願う。ソヨンは悩んだ末に彼に毒を飲ませる。以後ソヨンは、認知症や孤独によって絶望し、死を望む老人たちの手助けをするようになる。

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 この映画は高齢者の問題を描き出すと同時に、韓国社会が抱える問題や、疎外されたマイノリティーの姿を映し出す。

 明示される問題のひとつは海外養子だ。ソヨンは若いころ米軍基地の町で米兵相手の商売をしていた。黒人兵士の子を宿したが、貧困と差別を恐れて海外に養子に出した経験がある。のちに黒人と韓国人のハーフの青年兵士に出会い、当時の痛みを蘇らせるのだ。朝鮮戦争後から始まった韓国の海外養子は、数こそ減ったものの、経済的に豊かになった現在も続いている。

 「コピーノ」には正確な統計はないが、3万人に上るという説もある。多くの子どもたちが貧困にあえいでいるといい、数年前に市民団体が子どもと韓国の父親との親子関係を確認する訴訟を支援し始めて問題が表面化した。

 「コピーノ」のミンホだけではなく、ソヨンの周辺にいる人々のほとんどがマイノリティーに属する。借りている部屋の家主はトランスジェンダー。隣の住人は片足が義足の青年だ。みな「普通の社会」からは目を向けられない存在だが、互いを尊重して支え合い、笑いを忘れずにたくましく生きている。
 
 客を装って近づいてきたテレビ局のディレクターが、ソヨンにインタビューを申し込むシーンがある。「老いても身を売らなければならない悲惨さを訴えてほしい」という申し出に、ソヨンは「食べていくための仕事。恥じることはない」と淡々と答える。現代の価値観や道徳観で物事を断じることに疑問を投げかける、印象的な場面だ。単なる同情心では他者を理解し共生することはできないのだ、というメッセージが伝わる。

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「同じ役はやりたくない」

 釜山映画祭では、上映後の舞台あいさつやトークイベントが行われ、大盛況となった=写真。単独トークイベントに登場したユン・ヨジョンは、「もう一度演じたらもっとうまくできるのでは、という後悔の連続」と、経験を積んでもなお衰えることのない演技への執念を垣間見せた。

 映画やテレビドラマに切れ目なく出演する今も「同じ役は避けている。違うことをしたい」というユン・ヨジョン。旺盛なチャレンジ精神に、会場を埋めたファンは惜しみない拍手を送っていた。

(文・芳賀恵 写真・岩渕弘美)

写真
1:上映後のユン・ヨジョンとユン・ゲサン 
2・3:作品写真(映画祭事務局提供) 
4:ユン・ヨジョンのトークイベント(左から2人目)

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釜山国際映画祭(2)日本映画多彩に、祭りに華添える

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 韓国の第21回釜山国際映画祭(10月6〜15日)では、「表現の自由」をめぐる問題の余波で参加を見合わせる韓国の映画人が少なくなかった。話題作の舞台あいさつに監督や主演俳優が現れないのはいささか寂しい。その物足りなさを埋めて祭りに華を添えたのは、日本など各国の映画だったと言えるかもしれない。
 
「君の名は。」監督・俳優が参加

 日本で大ヒット中の「君の名は。」は、新海誠監督と声の出演の神木隆之介、上白石萌音が記者会見に出席し、大勢の取材陣が詰めかけた=写真1。「ハッピーエンドが描けない作家と言われてきた」と新海監督。今回は幸せな結末を描いたことについて「日本では3.11(東日本大震災)が人やものの形を変えた。あの時に何かできたのではないか、という思いを日本中が抱いた。自分自身も、あの時の祈りの結晶を込めたい思いがあった」と、作品が生まれた背景を語った。

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 男女が入れ替わる難しい設定の役柄を声で演じた神木と上白石は、それぞれ役作りのエピソードを披露。神木は「異性のことはわからないので、(女性のように)内またで立って演技してみた」、上白石は「私はその姿を見て、男らしい体勢にした。街で男子高校生の会話を盗み聞きして研究もした」と話し、記者たちの笑いを誘っていた。韓国では来年1月に劇場公開予定。

<「怒り」の二人は映画祭にエール

 「怒り」からは李相日監督と主演の渡辺謙が参加した=写真2。映画のテーマは「他人への信頼と不信」だが、同席したカン・スヨン執行委員長は「(映画祭の開催が危ぶまれる)大変な時期にこの映画を見た。市と観客、映画人、海外の映画人がどこまで信頼し合えるのかと考えた」と回想した。

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 二人とも過去に釜山映画祭を訪れており、渡辺謙は司会を務めたこともあるほど縁が深い。それだけに、映画祭を取り巻く今回の事態には思うところが多い。渡辺は「一度休止するという選択肢もあっただろうが、映画人と観客と街が一体となって作り上げる映画祭はいろんなものを飲み込みながら続いていく。そこに情熱を感じた」と感慨深げに語った。李監督は「力の大きいものが何かを押さえつけることが死ぬほど嫌いなので、釜山映画祭には共感している」と、映画祭にエールを送った。

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ゴジラ、ロマンポルノ、ホラー&ロマンス……多彩な日本映画

 オープニングのレッドカーペットに真っ先に登場したのは、日活ロマンポルノ「ジムノペディに乱れる」の行定勲監督と板尾創路ら俳優たち。樋口真嗣監督と長谷川博己が参加した「シン・ゴジラ」は満員の観客を集めて貫禄を見せつけた。黒沢清監督はフランスで撮影した新作「ダゲレオタイプの女」をひっさげて登場。ホラーとラブストーリーの融合は韓国のファンも魅了したようだ。

 このほか「湯を沸かすほどの熱い愛」の中野量太監督、「オーバー・フェンス」の山下敦弘監督と蒼井優、オダギリジョーが釜山を訪れ、ファンの熱狂的な歓迎を受けた。

(文・芳賀恵 写真・岩渕弘美、芳賀恵)

作品写真:「君の名は。」(C)2016「君の名は。」製作委員会/「怒り」(C)2016 映画「怒り」製作委員会

写真:
1:「君の名は。」記者会見=(左から新海誠監督、上白石萌音、神木隆之介)
2:「君の名は。」
3:「怒り」(左から李相日監督、渡辺謙)
4:「怒り」
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2016年10月22日

「いきなり先生になったボクが彼女に恋をした」完成披露舞台あいさつ イェソンと佐々木希、互いに「言葉に挑戦」

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 韓国の人気男性アイドル・グループ「SUPER JUNIOR」のイェソン、佐々木希共演で沖縄を舞台にしたロマンチックコメディー映画「いきなり先生になったボクが彼女に恋をした」の完成披露舞台挨拶がこのほど東京都内であり、イェソン、佐々木、朝原雄三監督が舞台あいさつした。

 沖縄出張中に突然職を失ってしまった韓国人青年ヨンウン(イェソン)。韓国語をマスターしなければ旅行会社をクビになってしまうシングルマザーのさくら(佐々木希)。語学学校で出会った二人が、アクシデントを乗り越え、恋に落ちていく。

 ミュージカルなどでも活躍するイェソンは映画初主演。初めて日本語での演技に挑戦し、自ら書き下ろした主題歌も歌っている。客席から登場したイェソンと佐々木は歓声に迎えられ舞台へ上がり、笑顔であいさつすると、観客から大きな声援が飛んだ。

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 佐々木は「一番の挑戦は韓国語。ニュアンスが難しかった。準備もしたけれど、現場に一番の先生がいたので心強かった。ありがとうございました」とイェソンに感謝の言葉を述べた。

 日本で活動し、日本語の勉強を続けているイェソンは「佐々木さんは韓国語への関心が高い。もっと勉強して韓国映画やドラマに出演してほしい」と答えた。佐々木は「その時はまた先生をお願いします。共演を楽しみにしています」と話すと、イェソンは「はい」と日本語で即答。会場をわかせていた。

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 書き下ろしの主題歌「雨のち晴れの空の色」について、イェソンは「(兵役で)活動しなかった2年間、ファンとの約束を守るために作った。悲しい曲だったけれど、映画の雰囲気に合わせてアレンジし直した。映画のように心が温かくなる曲」と語った。

 同作はハワイ国際映画祭、オーストラリア日本映画祭への出品が決まっている。「日本以外の人にも笑って泣いて、元気になってほしい」と佐々木。イェソンは「沖縄で約1カ月の撮影の間、見知らぬ場所で韓国人は僕一人だった。でも不安を感じることなく、幸せに温かい気持ちで過ごせた。朝原監督、佐々木さん、すべてのスタッフに感謝の気持ちを伝えたい」と締めくくった。

(文・写真 岩渕弘美)

「いきなり先生になったボクが彼女に恋をした」(2016年、日本)

監督:朝原雄三
出演:イェソン、佐々木希、佐藤正宏、ふせえり、武野功雄

2016年11月3日(木・祝)、全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.ikinarisensei.jp/

作品写真:(C)2016「いきなり先生」製作委員会
タグ:イベント
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