2016年09月08日

「だれかの木琴」ストーカーと化す平凡な主婦 常盤貴子、屈折心理を自然体で

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 平凡な主婦の小夜子(常盤貴子)は、警備機器会社勤務の夫・光太郎(勝村政信)と、中学3年生の娘・かんなの3人家族だ。念願の一軒家に引っ越しを済ませ、近所の美容院で若い美容師の山田海斗(池松壮亮)に髪を切ってもらう。その後届いたお礼のメールに返信した時、小夜子の中で何かがざわめく──。

 井上荒野の原作小説を「サード」(78)、「もう頬づえはつかない」(79)、「絵の中のぼくの村」(96)の東陽一が監督、脚本、編集した。

 海斗が送ったのは形式的な営業メールだったが、小夜子は丁寧に返信した。ささいなやり取りのはずが、海斗がさらに愛用のハサミの写真を送信。その瞬間、小夜子の心のすき間に海斗が入り込んだ。届いたばかりのベッドの写真を送る小夜子。困惑する海斗に、恋人の唯(佐津川愛美)は「誘っているんだよ」と眉をひそめる。

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 返信しないまま2週間が過ぎた。小夜子は再び美容院を訪れ、海斗を指名してカットを頼む。なにげない世間話の中から小夜子は海斗のアパートの場所を探り出し、留守中に訪ね、玄関にイチゴとメッセージを書いたメモを残す。自分の口の軽さを後悔する海斗。心にはモヤモヤが広がり始めた。

 1通のメールから始まる「だれかの木琴」。海斗に執着する小夜子を作ったのは、夫の光太郎だろう。自分のペースで妻を抱き、自社の保安システムで守られた家に妻を放置し、無関心を貫く。逆に会社では若い社員に色目を使い、町で知り合った女を抱き、妻の異変に気付かない。小夜子の行動がエスカレートし、唯が自宅に怒鳴り込んで初めて妻に目を向ける始末だ。家を外から守ることだけに熱心な夫は、中で崩壊する妻に気付かない。皮肉な話だ。

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 東監督は1982年、「ザ・レイプ」で性的暴行の被害者を正面から描いた。今回はストーカーと化す女性が主人公だ。時代の空気を敏感にすくい取る視点は健在だ。かつてトレンディー・ドラマで一世を風靡した常盤が、自覚のないままストーカーに変わる主婦を自然に演じている。池松も翻弄される若者を等身大で好演。孤独のあまり屈折する女性の心理を、監督は巧みに描いている。

(文・藤枝正稔)

「だれかの木琴」(2016年、日本)

監督:東陽一
出演:常盤貴子、池松壮亮、佐津川愛美、勝村政信、山田真歩

2016年9月10日(土)、有楽町スバル座、シネマート新宿ほかで全国公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://darekanomokkin.com/

作品写真:(C)2016「だれかの木琴」製作委員会

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posted by 映画の森 at 09:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする