2016年07月17日

「シアター・プノンペン」ソト・クォーリーカー監督に聞く カンボジア苦難の歴史と再生への希望「真実には多くの面がある。過去を直視し、力を合わせて乗り越えたい」

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 カンボジア大量虐殺の歴史と今を生きる人々の苦悩、再生を描く映画「シアター・プノンペン」が、東京・岩波ホールで公開されている。古い映画館と未完成のフィルムを通じ、1組の家族が過去と向き合い、未来に向け歩み出す物語。自身もポル・ポト派(クメール・ルージュ)に父を奪われたソト・クォーリーカー監督は「(虐殺の)加害者を殺せば『時代が悪かった』で終わってしまう。真実には多くの面がある。過去を直視し、力を合わせて乗り越えたい」と語った。

 1970年代後半のカンボジア。ポル・ポト率いる独裁政権は知識人を中心に弾圧と粛清を繰り返し、百万人単位の人々の命を奪った。映画の舞台は独裁、内戦を経て復興の道を進む現在のプノンペン。女子大生のソポン(マー・リネット)が古い映画館で見たフィルムに、若き日の母が映っていた。映画館の元館主は女優だった母を40年間慕い続け、ソポンに「フィルムの結末部分は失われた」と告げる。二人は改めてその部分を撮影し、映画を完成させようとする。その過程でソポンは父と母が口を閉ざしてきた過去を知る──。

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 監督との一問一答は次の通り。

  ──監督自身、父がクメール・ルージュに殺された事実をどんな形で知ったのですか。

 14歳の時に母に写真を見せられ、初めて実の父がいたと知りました。母は「クメール・ルージュの軍人に連れて行かれた」と打ち明けただけ。「殺された」とは言いませんでした。私は「父はどこにいるんだろう」と思い続け、95年に英BBC放送がクメール・ルージュのドキュメンタリーを撮る際、通訳や調査を担当し、彼らの行為を知りました。

 民間機のパイロットだった私の父は、軍に入隊して人を殺せと言われ、拒否して連行されたそうです。その事実を知ったのは26歳の時。「母の腕の中で父は息を引き取った」ことも聞きました。その後、両親が連行された村を初めて訪れ、木でできた牢屋がある川沿いの地域など、母に聞いていた光景を見ました。

 ──カンボジアではこれまで、大虐殺の事実は家庭、学校、共同体で話されてこなかったのでしょうか。

 私は73年11月23日、カンボジアで生まれ、大虐殺が起きた時は子供でした。内戦後、国は飢饉(ききん)に襲われて貧しい時代が続き、教育は最後に回され、生きるのがやっと。学校ではクメール・ルージュについて詳しく教わりませんでした。

 内戦の傷が癒えず、ひどい時代でした。自分たちのリーダーが国民を虐殺したなんて、家でも近所でも生々しすぎて話せなかったのです。親たちはつらい過去には目を向けず、目の前の飢餓をどう乗り越えるか考えていました。子供に話せば深く傷つける。なかったことにすればいい。教えなくてもいい。話さないことで子供たちの心を守ろうとしたのです。

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 ──BBCが記録したのは外から見たカンボジアです。内側から当事者として、大虐殺を撮ろうと思ったのはなぜですか。

 私たちの物語だからです。国民として、生き延びた人間の一人として、内側から発信する必要性を強く感じました。BBCのように歴史を情報として世界に発信するのも重要です。しかし、それは実際に経験した国民の感情ではありません。次は当事者のカンボジア人の声を世界が聞く時期だと思いました。

 ──カンボジアでは今も、虐殺の加害者が罪を認めない現状がありますね。

 以前クメール・ルージュの幹部たちのインタビューに、通訳として参加したことがあります。中には適当なことばかり言う人もいて、生の声を直接聞くうちに、いろいろな感情がわいてきました。殺してやろうか。ほおを平手打ちしてやろうか。首を絞めてやろうか。でも私がそんなことをしたら、彼らと同じになってしまう。自分を抑えました。

 彼らが真実を語らなくても、少なくとも彼らの話をカメラに収めることで「こんなひどいことを繰り返してはならない」とカンボジアの人たちに訴えられるかもしれない。懸命に感情を抑えて通訳しました。

 今も大量虐殺を一切認めない加害者がいます。でも彼らが認めないと意味がありません。一般の人々がつらい過去を話しても、リーダーたちが認めなければ真実が分からない。救いがない。「実際にはなかったのではないのか」とすら思われてしまいます。私自身、どうすればいいか迷った時期もありました。だから、国民があえて話そうとしない気持ちも分かる気がします。

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 ──加害者だったソポンの軍人の父親のキャラクターは、描写が難しかったと思います。どんな点に気を使いましたか。

 彼はクメール・ルージュの象徴です。製作スタッフの間でも議論しました。「最後は死なせたほうがいい」という意見もありました。しかし、彼はあの時代の加害者だけれど、ある意味で時代の被害者でもある。(虐殺の)象徴を殺せば、彼に罪をなすりつけて「時代が悪かった」で終わってしまいます。加害者も被害者。過去を直視しつつ、未来へ進む物語にしたかったのです。立場の違う人たちが翻弄される様子に、今の人たちもどこかに自分を置けるのではないか、と考えました。さまざまなカンボジアの声を浮かび上がらせたい、と思いました。

 カンボジアという国は、短い間に多くのことを経験してしまいました。立て直すための特効薬はないし、何年かかるか分かりません。短い間にいろいろな立場の人が、いろいろな感情を経験しました。それぞれの声を描き、見る人が結論を出してほしかった。誰が悪いと描くのではなく、観た人がいろいろな思いを持てるように。

 ──カンボジアで上映後の反応はいかがでしたか。

 上映前はとても心配でした。カンボジア人がつらい過去を語りたくないのは事実。大虐殺は若い世代にとって、親の世代が起こした「恥」なのです。だからあえて見せれば反発されるとも思いました。一方で親の世代には、つらい過去を直視させなければならない。でもふたを開けてみたら、思ったほどネガティブな反応はありませんでした。若者たちは主人公に自分を置き換え、うまく歴史の中に導かれたようです。少しほっとしました。

 ──終盤のソポンが語った台詞「真実には多くの面があると知りました」が印象的でした。同じ事実でも立場によって複数の見え方がある、ということでしょうか。

 あの一言こそ、私が送りたかったメッセージです。軍人にもつらい思いをしている人がいる。それぞれ苦難を乗り越えようとしている。さまざまな「真実」を踏まえ、みんなでカンボジアを立て直すために頑張ろう、と伝えたかったのです。

(聞き手・写真 遠海安)

「シアター・プノンペン」(2014年、カンボジア)

監督:ソト・クォーリーカー
出演:マー・リネット、ソク・ソトゥン、トゥン・ソーピー、ディ・サーベット、ルオ・モニー

2016年7月2日(土)から岩波ホールほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.t-phnompenh.com/

作品写真:(C)2014 HANUMAN CO.LTD

posted by 映画の森 at 23:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | カンボジア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする