2016年05月27日

「鏡は嘘をつかない」海に生まれ、海に死ぬ インドネシア海洋民族の祈りと営み

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 鏡に父は映らない。インドネシアの美しい海。漁から戻らぬ父を待ち、10歳の少女パキス(ギタ・ノヴァリスタ)は水面を見つめている──。

 スラウェシ島南東部の島々・ワカトビ。サンゴなど海の恵みが豊かな場所だ。パキスは「海で生まれて、海で死ぬ」とうたわれる海洋民族のバジョ族。人々は浅瀬に高床式の家を構え、漁業を中心に生活を営んでいる。

 パキスの鏡は父が残したものだった。バジョ族にとって鏡は探し物や「真実」を映し出す大切な道具。パキスは時おり鏡をのぞくが、父の姿は見えない。母のタユン(アティクァ・ハシホラン)は顔を白く塗り、不安や悲しみを押し殺すが、父と鏡に執着する娘には「前を向け」と諭していた。

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 そんなある日、ジャカルタから来たイルカ研究者の青年トゥード(レザ・ラハディアン)が、村長の指示でパキスの家に泊まることになった。戸惑うパキス。部屋を貸すことは、父の死を受け入れることにほかならない。トゥードはパキスとその友人ルモ(エコ)を連れて海に出るが、イルカは見つからない。美しいワカトビにも、地球温暖化の波が押し寄せていた。

 やがてパキスは、都会から来た異邦人のトゥードに思いを寄せ始める。一方、トゥードは次第に地域に溶け込み、タユンと互いを必要とする関係になっていく。タユンは気持ちに区切りをつけられない娘に業を煮やし、「父を忘れろ」と鏡を割ってしまう。母娘の溝は一向に埋まらなかった。

 海は生きる源でもあったが、時に残酷にもなる。テレビに流れる東日本大震災の津波の映像を、静かに見つめるワカトビの人々。父の船が沖合で見つかり、肩を落とすルモ。海の厳しさを痛感したパキスは、ある行動に出る。パキスの求める父の姿は鏡に現れるのか──。

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 「鏡は嘘をつかない」はカミラ・アンディニ監督の初長編作。インドネシア映画界を代表する監督で父親のガリン・ヌグロホがプロデューサーを務めた。ワカトビは1996年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界自然遺産に登録されている。

 ワカトビの美しさが余すところなく映し出され、食生活、家屋、冠婚葬祭の儀式などバジョ族の文化も散りばめられている。船を自在に操る子供たちから海との一体感が伝わってくる。

 忘れてならないのは、海の表情が一つでないことだ。命をつむぐのも奪うのも海。美しいサンゴ礁、海の恵み、津波、パキスやルモの父たちの悲しい知らせ。寄せては返す波のように、海は日々表情を変える。そんな海の中にこそ、人の営みの強さを感じるかもしれない。

 鏡に父は映らない。のぞき込むと見えるのは、いつもパキス自身だ。彼女が本当に探しているのは父の姿ではなく、不安や悲しみに向き合う自分自身ではないだろうか。

(文・魚躬圭裕)  

「鏡は嘘をつかない」(2011年、インドネシア)

監督:カミラ・アンディニ
出演:ギタ・ノヴァリスタ、アティクァ・ハシホラン、レザ・ラハディアン

2016年6月4日(土)、岩波ホールほかで全国順次公開。作品の詳細は公式サイトまで。

http://www.pioniwa.com/kagamimovie/

作品写真:(c)setfilm

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posted by 映画の森 at 11:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | インドネシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする