2016年05月18日

韓国・全州国際映画祭、政治介入にも敢然と 社会派作品次々上映 復活したインディペンデント魂

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 韓国の全州国際映画祭(JIFF、今年は4月28日から5月7日)に通い始めて10年ほどになる。JIFFは2000年にスタートして以来、「デジタル&インディペンデント」を掲げ、国内のほかの映画祭と差別化を図ってきた。ゲストや作品数、取材陣の数こそ釜山国際映画祭に及ばないが、小規模な映画祭だけに映画人と観客との距離が近い。うららかな春の時期に韓国屈指の伝統文化とグルメの街・全州で開かれることも魅力のひとつだ。

 ただ、映画界でデジタル上映が主流となってからは「デジタル」というテーマの新味が失われていた。さらに執行委員会内部でスタッフ間の対立が起きた影響もあってか、上映作品の選定にポリシーが感じられなくなり、ここ数年は「アイデンティティーを見失っている」と厳しい評価も受けてきた。

 しかし今年は違った。ラインアップには優れたインディペンデントが並び、独自性を存分に発揮した。市内の観光地でのPRイベントも奏功し、週末にはメーン会場の「映画ストリート」に多くの市民が訪れて地域の祭を盛り上げた。

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劇映画からドキュメンタリーまで

 インディペンデントの力はさまざまなジャンルの映画に見られた。JIFFの常連イ・サンウ監督は、人間の心の奥底にひそむ欲望を容赦なく描き出す作風でマニアックなファンを持つ。今年は心温まるヒューマンドラマ「スター朴(パク)の茶房」を発表して観客の意表を突いた。

 韓国インディペンデント映画のコンペ部門にノミネートされた「最悪の女」(キム・ジョングァン監督)は、別れた不倫相手と現在の恋人に振り回される女と、韓国を訪れた日本の小説家のそれぞれの一日を描いたもの。ほろ苦い一日を過ごした男女が心を通い合わせる瞬間に心が和む。小説家役の岩瀬亮は6月に日本で公開される「ひと夏のファンタジア」(チャン・ゴンジェ監督)にも主演し、韓国映画と縁を深めている。

 コ・ヒヨン監督が故郷の済州島で海女たちを7年間にわたり撮り続けたドキュメンタリー「水の息」は、人魚のように海中を舞う海女の美しさと、生と死が隣り合わせの仕事の過酷さを描き出す労作だ。

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揺れる釜山映画祭を横目に

 JIFFが開催されたのは、釜山国際映画祭が「表現の自由」をめぐる問題で揺れている時期だった。騒動のきっかけは2014年。旅客船セウォル号の沈没事故を扱ったドキュメンタリー「ダイビング・ベル」について、釜山市が事前に「政治的中立性を欠く」として上映中止を要請したが、映画祭側は上映した。ここから映画祭側と市側の対立が深まり、市は執行委員長を解任。映画関係者らは市を批判し、今年4月に映画祭のボイコットを宣言する事態となっていた(5月9日にカン・スヨン執行委員長とソ・ビョンス釜山市長が今年の映画祭を予定通り開催することで合意した)。

 だが、JIFFはこの混乱をよそに、政治的問題を扱った映画を何本もラインアップに盛り込んだ。韓国の進歩派ネットメディア「オーマイニュース」によると、キム・ヨンジン主席プログラマーは開催前に「表現の自由を重視する」と明言。組織委員長のキム・スンス全州市長も「映画祭は戦場ではなく祝祭の場」と、釜山騒動を暗に批判したという。

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 韓国の情報機関、国家情報院のスパイねつ造事件を扱った「自白」(チェ・スンホ監督)は今映画祭でドキュメンタリー賞を受賞した。李明博(イ・ミョンバク)政権時に与党側から送り込まれた社長の就任に反発したり、政権に批判的な報道を行ったりして職を解かれたジャーナリストたちの復職闘争を追った「7年 彼らがいない言論」(キム・ジンヒョク監督)は、当事者のジャーナリスト7人が上映後の舞台あいさつに立ち、保守政権のメディア規制を強く非難した。いずれも注目度は高く、チケットは早々と完売した。

 こうした社会批判的な映画を2期連続の保守政権の最中に堂々と上映するところに、JIFFが目指す方向性が見える。もちろんJIFFが独立性を維持できることには、全州市が野党の牙城・全羅道にあって市長も進歩系であることが関係しているだろう。とはいえ、メディアへの政治介入が問題化する時期に、政治的に微妙なテーマの作品をあえて選択することの意味は大きい。

 実は、JIFFはこれまでも「MBの追憶」(キム・ジェファン監督)や「天安艦プロジェクト(ペク・スンウ監督)といった権力批判的な映画を数多く紹介してきた実績がある。常に権力側からの圧力が取りざたされながらも上映を敢行してきた映画祭なのだ。

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独立性を守って

 筆者は金大中(キム・デジュン)政権から盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の終盤までの時期に韓国に滞在した。長く続いた言論統制の時代に別れを告げ、表現の自由が一気に花開いた時期だった。韓国が保守政権に変わった後、その雰囲気は次第に失われていった。一度自由を手にした人々が反発を強めるのも当然だろう。

 4月末、韓国政府による今年度の国際映画祭育成支援事業の補助金額が発表され、JIFFは前年比4000万ウォン(約370万円)削減された。これを報復措置とみる声もある。だがたとえ何らかの圧力があったとしても、JIFFのインディペンデント魂がついえることはないだろう。多様な価値観の映画を観客に届けるという役割が、これからのJIFFに託されている。

(文・写真 芳賀恵)

写真1: 映画祭の野外広場
2:「最悪の女」質疑応答。右端は岩瀬亮
3:「7年–彼らがいない言論」質疑応答
4:メーン会場の映画ストリート
5:同上=いずれも全州市で芳賀撮影

6:「最悪の女」
7:「水の息」
8:「自白」
9:「7年 彼らがいない言論」
posted by 映画の森 at 17:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする